社会人の継続的な学びや学び直しがその人のキャリアや人生にもたらす変化について、これまでに社会構想大学院大学の川山氏や実践をしているお二人にお話を伺ってきました。(記事はこちら)今回は、その第3弾として、文部科学省で社会教育施策に取り組む林さんに、社会教育の意義や展望を伺いました。
社会教育とは、学校の教育課程として行われる教育活動を除き、地域や生活の中で行われる教育活動のことを指します。現代社会は人口減少や人間関係の希薄化、環境問題、多様な文化との共生などさまざまな課題を抱えています。こうした時代に、世代や立場を超えて学び合い、理解を深め、人と人をつなぐ場として、社会教育の重要性は高まっています。
学びは、時間をかけて人生や社会に息づき、さまざまな形で実を結びます。持続可能な社会の実現に向けて、社会教育の役割はさらに広がろうとしているのです。
林 剛史(文部科学省 総合教育政策局 地域学習推進課 社会教育企画調整官)
群馬県みどり市出身。2004年文部科学省入省。大学時代は教育学部で社会教育を専攻(卒論テーマ『学校教育と社会教育の連携・融合』)。初等中等教育企画課専門官、静岡県教育委員会義務教育課長、国立教育政策研究所学力調査課長、参議院法制局参事等を経て2025年4月から現職。国の教育政策の企画・立案を担当する傍ら、東京と群馬との二拠点生活を実施。一人の市民の立場で群馬県みどり市大間々町の地域活性化の活動にも身を投じ、持続可能な社会の実現に向けて地域課題に向き合う。
社会教育とは?生涯学習社会の到来と社会教育の位置づけの変化
質問:「社会教育」について、これまでの変遷や歴史について教えてください。
林:社会教育とは、社会教育法上の定義では「学校の教育課程として行われる教育活動を除き、主として青少年及び成人に対して行われる組織的な教育活動(体育及びレクリエーションの活動を含む)」とされています。
わかりやすい例で言えば、公民館や図書館、博物館などで実施されるさまざまな講座や自主的な学習活動、地域の活動なども含まれる、裾野の広い教育活動です。学校教育がシステムとして確立されているのに対し、社会教育は非常に多様な場面で行われる教育の営みと考えられます。
社会教育イメージ図:林氏作成
社会教育の歴史
林:歴史的には、戦前から社会教育は行われていましたが、戦中は軍国主義に利用された不幸な時代もありました。戦後教育の民主化の中で、住民の学習ニーズに応え、民主国家建設を支える重要な要素として社会教育法が1949年(昭和24年)に制定されました。
戦後の復興期には、義務教育を終えた若者や女性の学習ニーズに応えるため、青年学級や婦人学級が農村を中心に広がりました。それを制度的に位置づけて後押していくのが社会教育の一つの意義でした。
その後、日本が経済的に豊かになり、進学率が上昇する中で、青年学級や婦人学級のニーズは急速に収束していきます。1965年にはユネスコでポール・ラングラン氏が提唱した「生涯教育」の概念が日本に導入され、学習者に重きを置いた「生涯学習」として、学校を終えた後も学び続けることの重要性が謳われるようになります。
社会教育は、この生涯学習という大きな概念に包含される形で、社会教育から生涯学習への移行が進みました。中曽根政権下の臨時教育審議会(臨教審)で、「生涯学習社会への移行」が提言されたことも大きな影響を与えました。
平成に入ると、1990年代のバブル崩壊以降、国が主導してきた「成長モデル」が行き詰まり、変化を模索する時代となります。この時期、1999年の青年学級振興法廃止に象徴されるように、学校教育を補完するという社会教育の機能は一つの転換点を迎えました。一方で、規制緩和が進み、公民館や図書館に指定管理者制度が導入されるなど、効率的な行政運営が求められるようになりました。
我が国の人口推移と世帯数の推移(推計):林氏作成
そして、2010年には日本の人口がピークを迎え、単身世帯が増えて人間関係が希薄になっていく中で、社会教育の新たな局面が訪れます。そこで「学習活動を通じた人のつながりやコミュニティ形成」という機能が注目されるようになったのです。人口減少が進む地方で人のつながりの大切さが増す中で、社会教育が持つもう一つの役割が前面に出てきたと言えるでしょう。
社会教育の役割とは?人と人をつなぎ、課題について学びを深める場
質問:現代社会における社会教育の役割について教えてください。
林:今注目されている役割は、学びを通じて「人と人をつなぎ、人のつながりを強めていく」というものです。また、私たちが社会生活を営む上で目を背けられない課題、たとえば環境問題や食料問題、人権問題、共生社会の実現といった現代的な課題に取り組むことも社会教育の重要な役割です。
これらの課題を共有し、議論する中で、結果として地域のつながりや人のつながりが生まれると考えられています。学校教育の外で、大人たちがこうした課題についての学びだけでなく、人とのつながりを深めることが、現代における社会教育の役割と言えるでしょう。
私自身の経験を元にお話しすると、私の長男は自閉症を持っているのですが、彼を連れてさまざまな療育や活動に参加する中で、私自身も多くの学びを得ています。長男と向き合う中で、共生社会をどう実現していくか、マイノリティの方々が心地よく過ごせる世の中にするにはどうすれば良いかという思いを抱くようになりました。
こうした課題意識を持って活動していると、同じような活動をしている人たちとの出会いがあり、新たな化学反応が生まれることがあります。自分自身の成長にもつながりますし、次の一歩を踏み出すきっかけにもなったのではないかと思います。
公民館の可能性
林:さて、社会教育の普及を促進するために、社会教育が実践される場として、公民館がもっと活用されてもいいのではないかと考えています。世の中が複雑化するにつれて、一人ひとりが置かれている状況は細分化され、孤立しやすくなる傾向があります。だからこそお互いを知り、人々が相互に理解し合う取り組みがより重要になってきます。
戦後、公民館では、学校教育以外でもっと学びたいというニーズに応え、さまざまな講座が開かれていました。これからはいろいろなバックグラウンドを持った人たちがよりよく生きていくためにも公民館の機能をアップデートしていく必要があるのではないかと考えています。
社会教育士がつなぐ多様なネットワーク
社会教育士HPより引用
質問:社会教育に関する称号として「社会教育士」が令和2年(2020年)に新設されたと思いますが、新設された背景や目的、活動事例について教えてください。
林:社会教育士は、行政機関の教育委員会に置かれる専門職員である「社会教育主事」の養成講習を受講した人や大学での養成課程を修了した人に対し、その学習成果を価値づけ、社会教育士として名乗れるようにする称号(制度)として導入されました。
社会教育の推進には、行政だけでなく、地域住民やNPO、民間企業といった多様な主体とのネットワーク構築が重要です。そのような中で社会教育主事だけでなく、より幅広い人材が担うべきだという機運が高まり、社会教育主事講習の受講者が、コーディネート能力やファシリテーション能力、プレゼンテーション能力など知識や経験を活かして社会教育を推進できるよう、「社会教育士」という名称の制度が設けられました。
2025年3月末時点で約1万人が社会教育士の称号を取得しており、人を中心とした社会教育の推進体制を国として進めていきたいという意図があります。
社会教育士のなり方と活動事例
林:社会教育士の養成には、社会人向けの社会教育主事講習と、大学生向けの養成課程があります。今後は、より幅広い人に社会教育士の資格を取得してもらい、その後の活動につなげてもらうことを重視しています。たとえば、民間企業の方々や大学の教員など、多様な方が社会教育士の称号を取得しており、それぞれの分野で社会教育の専門性を活かすことが期待されています。
具体的な活動事例は、「文部科学省|社会教育士note」で詳しくご紹介していますが、地域の学びを促進することを目的に、地域住民全体を巻き込むコーディネート能力や話し合いの場を円滑にしたり、気づきを促進したりするファシリテーション能力を活かすなど、社会教育士だからこそ活躍できる場が多くあります。もともと何らかの活動をされていて、追加で社会教育士を取得されるケースが多く、農業や社会福祉、NPO、公民館、企業などさまざまな分野で連携して取り組みが進められています。
また、これから私が個人的に関心を持っているのは、ショッピングセンターとの連携です。郊外のショッピングセンターも過疎化の課題に直面し、空きテナントが目立ち始めてきました。今後は、買い物や飲食だけでなく、人が集まる場所として学びの要素を取り入れることで、新たな価値を生み出せるのではないかと考えています。
公民館と商業施設が併設される事例もありますが、官民限らず人が集まる空間で学びの機会が提供されることは、これからの社会教育の可能性を広げるものだと感じています。
学びが人生の伏線を回収する
質問:学ぶことの目的に、資格を取得するというような成果をゴールに置く場合もあるかと思いますが、社会教育は学ぶ過程そのものに価値があるということでしょうか。
林:そうですね。学校教育が修業年限や成績評価といった明確な指標を持つ一方、社会教育にはそうしたものがありません。社会教育においては、学びが継続的な取り組みとして続くことそのものに価値を見出しています。
社会教育における学びは、たとえば、〇〇という資格を取得して仕事につなげるというように一見すると、すぐに収益につながらないため魅力がないように映るかもしれませんが、人生100年時代と言われる現代において、長い人生を充実させる上で非常に重要な意味を持つと考えています。
私自身の経験で言えば、役所に入ってから数年経ち、仕事の中で自分に足りないものを感じて大学院で経済学を学びました。これは仕事に直結する学びでしたが、その後、息子の障がいが分かってからは、息子が見ている世界を知りたいという思いから放送大学で心理学を学びました。
また、子どもに農業体験をしてほしいという想いから民間農園の畑を借りて農業を学んだりもしました。生きていくのはアウトプットの連続なので、自分の不足や必要性を感じたときには、あらためて自分自身のために時間をつくって学び、意識的にインプットに努めることが重要ではないかと思います。
そして、学校教育は3年なり6年という時間軸の中で進んでいきますが、社会教育はもっと長い時間軸の中で学んでいくものだと思います。社会教育には、学びによって物事の見え方が変わることで、人生におけるさまざまな経験が後になって意味を持つようになるという面白さがあります。
たとえば、地域活動を見てみると、子供のころに経験した地元のお祭りはにぎやかなイベントのイメージがあるかもしれませんが、大人になってお祭りに関わると、神事の意義や家族の歴史など、また別の一面が見えてくることもあるかと思います。
そういう意味では、社会教育は人生の「壮大な伏線回収」という言葉で表すことができるかもしれませんし、人生100年時代において、「生き方を考えること」だといえるかもしれません。私は、学生時代に社会教育を学んでいたのですが、文部科学省入省後は長く、学校教育に携わってきました。
しかし、この年齢になって再び社会教育の仕事に携わり、恩師や同期の研究者たちと一緒に仕事ができるようになった…これも一つの伏線が回収された出来事だと感じています。
社会教育を通じて持続可能な社会の実現を
質問:林さんがこれから社会教育を通じて、どのような社会を実現したいのか、また社会教育に期待するものについて教えてください。
林:一言で言うと、持続可能な社会を実現したいと考えています。日本の人口が減少していく中で、誰もが幸せに暮らせる社会を維持していくための下支えを社会教育が担ってほしいと願っています。
現代は一人でも生活できる世の中になっていますが、人はどこかで人とのつながりを求めています。社会教育がいま、再評価されているのは、まさにこの「人とのつながり」を紡ぐ活動としての役割に期待が高まっているからだと感じています。
さまざまなコンテンツの個別最適化が進み、共通体験が失われつつある現代だからこそ、人と人とのつながりを紡ぎ、持続可能性を高めるための取り組みとして、社会教育に期待を寄せたいと思っています。