順調に進んでいるはずのキャリアが、ある日突然行き詰まる、そんな感覚を覚えたことはないだろうか。その背景には偶然では片づけられない“構造”がある。
近年は、社会環境の変化や働き方の多様化、個人の価値観やライフステージの変化が重なり合うことで、私たちのキャリアは以前よりも揺らぎやすくなっている。
マイナビキャリアリサーチLabがメディア連携しているRESILIENT LIFE PROJECT(レジリエントライフプロジェクト)では、こうしたリスクを「自然・環境」「社会」「個人」という複数の層の重なりとして捉え、それらに適応しながら生活の質(ウェルビーイング)を維持・向上していく力の重要性を指摘している。
本稿では、こうした「キャリア危機」を構造的に捉え直しながら、そこにどう備えるべきかを、レジリエンスの視点から考えていく。
なぜ今、「キャリア危機」が身近なものになっているのか
人生100年時代と職業人生の長期化
かつて日本では、学校を卒業し、企業に就職し、定年まで同じ組織で働くという、比較的直線的なキャリアが標準的なモデルとして想定されていた。こうした前提のもとでは、キャリアの途中で大きく立ち止まったり、方向転換を迫られたりする局面は限られていたといえる。
ところが、「人生100年時代」と言われる現在は、職業人生そのものが長くなり、その中で経験する役割や環境の変化を経験する回数も増えている。迷いや停滞は、一時的な逸脱ではなく、長いキャリアのなかで繰り返し生じうるプロセスとして捉える必要がある。
共働きの増加、育児・介護など誰もが多様な役割を担う時代に
家族のかたちとして単独世帯や共働き夫婦世帯が増加し、現代の働き方では、仕事以外の役割を並行して担うことが前提になりつつある。
家庭、地域、ケアといった複数の責任を抱えるなかで、何を優先するかはライフステージによって変わっていく。とりわけ育児や介護のようなライフイベントは、時間の制約だけでなく、働く意味や重視する価値そのものを変えることがある。
その結果、それまで合理的だと感じていた働き方やキャリアの方向性が、ある時点でしっくりこなくなることがある。たとえば、かつては多数派であった「男性稼ぎ手モデルの世帯(大黒柱世帯)」が今では少数派になっていることを考えると想像しやすいだろう。
こうした再調整の必要性は、特定の属性に限られたものではなく、すべての働き手に広がっているといえる。
雇用の枠組みとキャリア環境の変化
さらに、キャリア危機が身近になっている背景には、雇用の枠組みそのものの変化もある。終身雇用や年功序列を前提とした時代には、個人が強く意識しなくても、一定の年次や経験に応じて役割や処遇が変化していく見通しがあった。
だが現在は、企業の内部だけでキャリアを完結させるモデルが揺らぎ、異動、配置転換、評価基準の見直し、転職や副業など、選択の機会が増えている。
その一方で、「どう選ぶか」の基準は十分に共有されていない。選択肢の広がりは自由度を高める反面、判断の負荷を個人に委ねることにもつながっている。以前公開した、レポート「つむぐ、キャリア」でも指摘しているが、現代は「選択過剰な時代」なのだ。
つまり、現代のキャリアは、以前よりも開かれているが、それゆえに、見通しを持ちにくくなっているといえる。
キャリア危機が「突然訪れる」ように感じられる背景には、このような環境の複合的な変化がある。では、その変化は実際にどのようなかたちで個人のキャリアに現れるのだろうか。次節では、世代ごとに経験されやすいキャリア危機の特徴を見ていく。
世代ごとに現れるあらわれる「キャリア危機」のかたち
キャリアの迷いや停滞を単純な「世代ごとの問題」として整理することには慎重であるべきだろう。同じ年代でも、置かれた環境や役割、価値観は大きく異なり、経験される課題も一様ではない。
ただその一方で、ライフステージの進行にともない、多くの人に共通して生じやすい揺らぎや転機があることも確かである。以下では、その傾向を大まかに整理してみたい。
クォーターライフクライシス(20代後半〜30代前半)
キャリア初期には、仕事に慣れ、一定の成果も出せるようになる一方で、「このままでよいのか」という思いが浮かびやすい。日々の業務には対応できていても、自分がどこへ向かっているのかという全体像が見えず、将来に対する見通しを持ちにくいからだ。
近年は、先輩や上司のキャリアがそのまま将来像のモデルになりにくくなっていることも、この感覚を強めている。選択肢は増えているのに、判断の基準が見えにくい。そのため、「大きな不満はないが、納得感もない」という停滞が生じやすい。
ミッドライフクライシス(40代以降)
一方、キャリア中期以降には、昇進や役割の変化をきっかけに、「これまでのキャリアの意味」や「これからどう貢献していくのか」を見直す局面が訪れる。
組織内で期待される役割は高度化するが、それが必ずしも自身の成長実感や納得感につながるとは限らない。加えて、日本企業では役職定年やポストの制約など、構造的な要因も影響する。
これまでの成功体験がそのまま通用しにくくなるなかで、「この先、自分はどのような価値を発揮できるのか」という問いが現実味を帯びてくる。キャリアを“伸ばす”ことから、“どう持続させるか”へと関心が移る時期だといえる。
ライフステージとともに変化するキャリアのあり方
もっとも、キャリア危機は特定の年代にだけ起こるものではない。仕事、家庭、価値観といった複数の要素は、ライフステージの変化に応じて絶えずバランスを変える。その過程で、以前は自然に受け入れていた働き方やキャリアの方向性が、自分に合わなくなることがある。
重要なのは、このズレを「一貫性の欠如」と捉えるのではなく、キャリアが時間のなかで再構成されていくプロセスの一部として理解することである。キャリア危機とは、特定の年代に起こる固有の問題というより、変化の節目に現れやすい現象だといえる。
そして、その背景には個人の内面的な要因だけでなく、環境や役割の変化が複雑に関係している。では、こうしたキャリア危機はどのような構造の中で生じているのだろうか。次節では、そのメカニズムをより構造的に捉えていく。
キャリア危機は“突然”ではなく、「構造的に起きる」
キャリアに影響を与える「3層構造」のリスク
キャリア上の迷いや停滞は、個人の内面だけで生じるものではない。キャリア論では、社会環境(マクロ)、組織(メソ)、個人(ミクロ)という3つの層で変化を捉える考え方がある。
マクロには、技術革新や産業構造の変化、景気動向など、個人の意思では左右しにくい外部環境が含まれる。メソには、企業の人事制度や評価基準、配置や役割期待といった組織との関係のなかで生じる要因がある。そしてミクロには、スキル、経験、価値観、ライフステージといった個人の側の変化が位置づけられる。
キャリア危機は、これらのどれか一つによって起こるのではなく、複数の層の変化が重なり合うことで顕在化する。
この見方は、RESILIENT LIFE PROJECTが示す「自然・環境」「社会」「個人」という三層のリスク把握とも通底している。
キャリアの文脈に置き換えれば、外部環境の変化、組織や制度の変化、そして個人の価値観や生活の変化が相互に影響し合うなかで、迷いや停滞が生じるということになる。
たとえば、業界や技術の変化によって求められるスキルが変わり、組織内の評価基準や役割期待も見直され、さらに本人の働き方の優先順位も変化する。そうした複合的な変化が重なると、「これまでの延長では対応できない」という感覚が生まれやすくなる。
構造として理解することが「備え」につながる
重要なのは、この変化を「突然起きたこと」と捉えないことである。実際には、複数の変化が少しずつ積み重なり、ある時点で一気に意識化されるために、“突然”の危機として経験されることが多い。
だからこそ、キャリア危機を事後的に対処すべき問題としてではなく、あらかじめ備えるべき変化として捉える視点が必要になる。自分のキャリアにどのような要因が影響しているのかを把握することは、その兆しに気づくための前提になる。
さらに、この「備え」を考えるうえで重要になるのが、変化が重なりやすい時期の存在である。
RESILIENT LIFE PROJECTでは、環境や役割の変化が集中し、適応力や回復力が特に試されやすい時期を「クリティカルピリオド(レジリエンス向上の注力期)」として整理している。
人生の各段階では、「衣食水力」「学」「職」「住」「医」「対人関係」など、複数の生活領域が相互に影響し合いながら変化する。キャリアもその一部であり、住まいや家族構成、健康状態、人間関係などの変化と切り離して考えることはできない。
変化が重なりやすい時期に、自分の状態や環境との関係を見直すことは、単なる対処ではなく、将来に向けた備えとして大きな意味を持つ。
レジリエンスとは何か
ここで重要になるのが「レジリエンス」という視点である。レジリエンスとは、困難な状況に直面したときに、それにただ耐えるのではなく、状況に適応しながら回復し、次の行動へとつなげていく力を指す。
RESILIENT LIFE PROJECTにおいても、レジリエンスは単なる精神的な強さではなく、日常生活のなかで直面する変化や困難に対して、どのように備え、適応し、その後の行動へとつなげるかという一連のプロセスとして捉えられている。
また、心理学者アン・マステンがレジリエンスを「ordinary magic(ありふれた魔法)」と表現したように、それは一部の特別な人だけが持つ資質ではなく、誰もが日常のなかで発揮しうる力でもある。
レジリエンスに関するよくある誤解
ただし、レジリエンスはしばしば誤解されやすい。
第一に、「レジリエンス=精神的に強いこと」という理解である。もちろん粘り強さは一つの要素だが、それだけではない。レジリエンスには、状況に応じて考え方や行動を柔軟に変える力も含まれており、「我慢し続けること」とは異なる。
第二に、「レジリエンスは生まれつき決まるもの」という見方である。しかし実際には、レジリエンスは経験や環境との相互作用のなかで発揮され、日常の行動や周囲との関係のなかで育んでいくことができる。
キャリアにおけるレジリエンスの意味
こうした点を踏まえると、キャリアにおけるレジリエンスとは、単に困難を乗り越える力ではなく、より広い意味で捉える必要がある。
環境や役割の変化に応じて、自身の価値観や行動を見直しながら、キャリアの方向性を柔軟に再構築していく力である。言い換えれば、それは「元に戻る力」というよりも、「変化しながら続いていく力」である。 この視点に立てば、キャリア危機は単なる停滞ではなく、自分のあり方や優先順位を見直し、次の段階へ移行するための契機としても捉えられる。
さいごに─キャリア危機をどう捉え直すか
キャリア危機は、誰か特別な人にだけ起こるものではない。職業人生の長期化、役割の多様化、雇用環境の変化が進むなかで、迷いや停滞は誰にとっても起こりうるものになっている。
そしてそれは、個人の弱さや準備不足だけで説明できるものではなく、社会、組織、個人の変化が重なり合うなかで生じる構造的な現象でもある。
だからこそ大切なのは、キャリア危機を「避けるべきもの」としてではなく、「備え、向き合うべきもの」として捉えることだ。
その際に鍵となるのが、変化に適応しながら、回復し、次の行動へとつなげていくレジリエンスである。もっとも、こうした力は日常のなかでは意識しにくく、自分では把握しづらい。順調なときほど見えにくく、困難に直面して初めてその必要性に気づくことも多い。
だからこそ、一度立ち止まって、自分の状態を客観的に見つめ直す視点が重要になる。レジリエントライフプロジェクトで開発された「レジリエントライフスコア診断」のように、自身のレジリエンスを可視化する取り組みも、その一助になるだろう。 キャリア危機は、必ずしもネガティブな出来事にとどまらない。むしろ、それは自分の価値観や方向性を見直し、次の段階へ移行するための契機にもなりうる。
次回は、レジリエンスがどのような要素から成り立ち、どのように育てていけるのかについて、より具体的に見ていきたい。
(参考)ご自分のレジリエンス能力を可視化してみたい!という方はこちらをご覧ください。
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二次元コード「レジリエントライフスコア診断」