「人とAI」が協働するために、労働組合が果たすべき役割とは-連合総合生活開発研究所 主任研究員・松岡康司氏

キャリアリサーチLab編集部
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生成AIの急速な普及は、業務効率化や生産性向上への期待が高まる一方で、AIによる労働管理や賃金格差の拡大、時間主権(※1)の侵食といった新たな課題も浮かび上がっています。

こうした変化の中で、労働組合は何を守り、どんな制度改革を求めるべきなのか。連合総合生活開発研究所の主任研究員・松岡康司氏に、AI時代の労働、組合、そして目指すべき社会のあり方について伺いました。
※1: 労働者が自身の働く時間を主体的に選択、管理、配置する権利のこと

松岡 康司 (連合総研 主任研究員)

松岡 康司 (連合総研 主任研究員)
1993年4月㈱NTTファシリティーズ入社、2002年7月NTT労働組合ファシリティーズ本部執行委員、2015年情報労連中央執行委員を経て、2021年8月より現職。
連合総研では「産業構造の大きな変化などをふまえた就労支援と能力開発の一体的な仕組みの実現に向けた調査研究」(2022.5~2024.5)と「AI・デジタル時代の『支え合い社会』の在り方に関する調査研究」(~2027.12終了予定)を担当。

AI時代に再定義される仕事の価値。判断・創造・協働の重要性

質問:AIが高度化する中、今後「働くことの意味」はどのように変化していくと考えていますか

松岡:哲学者ハンナ・アーレントは、人間の営みを「労働(labor)」「仕事(work)」「活動(action)」の3つに区分しました。ここでいう「労働」は、私たちが普段使う“労働”という意味とは少し異なります。生きていくために繰り返し行う必要のある営みのことを指し、「仕事」は自分の考えや創造性を発揮して、社会に残るものを生み出す行為、そして「活動」は、公共的・社会的な参加を指します。

哲学者ハンナ・アーレントの人の営み3区分/内容をもとにマイナビ作成
哲学者ハンナ・アーレントの人の営み3区分/内容をもとにマイナビ作成

AIが高度化する中で理想的なのは、反復的・定型的な「労働」をAIに担ってもらい、人間が「仕事」や「活動」により多く関わることです。たとえばAIを壁打ち相手として使いながら考えを深めたり、AIのアウトプットを批判的に吟味したうえで最終判断を自分で下したり。そうした使い方が、まさにこの方向性に合っています。AIに頼り切るのではなく、自分の思考や判断を軸にパートナーとして活用することが、これからの「働く意味」になっていくでしょう

また、AIによって時間に余裕が生まれれば、その分を社会参加や地域活動(アーレントのいう「活動」)に使うこともできるようになります。そうすれば、働く意味も、生活のためだけでなく、社会の中で自分がどう関わるかという視点へと広がっていくはずです。

一方で、介護や建設現場などのエッセンシャルワーカーのように、反復的で、身体的負荷の大きい仕事は今後も残り続けるでしょう。コロナ禍でその重要性が可視化されたにもかかわらず、賃金・待遇面での改善が十分でない現実があります。こうした人たちへの待遇改善・賃金向上を社会全体で認識していくことも、「働くことの意味」を問い直すうえで欠かせない視点です。

質問:労働者にとって仕事に求められる価値や目的は、どのように再定義できるでしょうか

インタビュー中の様子

松岡:AIの普及により、仕事に求められる価値は大きく変わりつつあります。これまでの技術革新と同様に、仕事そのものが減るというより、「新しい技術を使いこなせる人」と「そうでない人」の差が広がる形で影響が表れると考えられます。

慶應義塾大学 商学部教授の山本勲氏も同研究所の月刊誌『DIO』への寄稿で、新しいテクノロジーが普及すると、それを使える人材の価値が高まり、賃金にも上乗せが起きやすいと指摘しています。いわゆる「スキルプレミアム」と呼ばれるモデルです。その結果、AIを活用できるかどうかが、賃金やキャリアの差につながっていくでしょう。

こうした前提に立つと、人間の仕事に問われるのは「処理すること」ではなく、「どう活用し、どんな価値を生み出すか」という点です。AIは情報処理や定型的な判断には優れていますが、既存情報の組み合わせを超えることはできません。だからこそ人間には、AIのアウトプットを鵜呑みにせず、自ら問いを立て、判断し、責任を持つ役割が、これまで以上に求められます。

また、AIが広く活用される時代には、一度身につけたスキルだけでは働き続けるのは難しくなります。自らの強みを活かしながら新しい領域へ適応するためのリスキリングや、変化に応じて学び続ける柔軟性が、これからのキャリアを支える鍵になります。

さらに、仕事は個人の能力だけで完結するものではなくなります。AIによって個人の生産性が高まる一方で、その成果を他者と共有し、チームで意思決定し、価値につなげる力が欠かせません。対人コミュニケーションや協働の力も、これまで以上に問われるでしょう。

これからの仕事の価値は、単なる作業遂行ではなく、判断・創造・責任・関係性の中で価値を生み出す営みへと再定義されていくはずです。AIはあくまで強力な手段であり、その使い方次第で人間の価値が問われる時代になっていると言えるでしょう。

ただし、こうしたAIを使いこなす競争を個人の努力だけに委ねれば、社会的な分断は避けられません。AIがもたらす恩恵を一部の「使いこなせる人」だけに留めず、いかに社会全体の「支え合い」の原動力へと転換できるか。個人の能力差を超えて、誰もがデジタル社会の恩恵を享受できるような包括的な仕組みを同時に構想することも不可欠です。

アルゴリズム管理、時間主権、リスキリングの導入。AI時代の労働を支える仕組み

質問:AI時代における労働組合の役割で、今もっとも重要だと考えるものは何ですか

松岡:近年は、業務の進め方や評価、人事判断の領域にも、データやAIを活用した管理が広がっています。

ここで重要になるのが「アルゴリズム」です。アルゴリズムとは、簡単に言えば「どのような基準や手順で判断・処理を行うかを決めるルール」のことです。AIはこのアルゴリズムに基づいて、業務の指示や評価、配置などを行うため、その設計次第で働き方が大きく左右される可能性があります。

そのため、AI時代における労働組合のもっとも重要な役割は、アルゴリズムによる労働管理をチェックし、適切なルールづくりに関わることだと考えます。AIによる評価がどのようなデータや基準に基づいて行われているのか、透明性や説明責任を確保し、労働者に不利益が生じていないかを検証することが欠かせません。

AIによる管理が過度に進めば、人間の判断や主体性が失われるおそれもあります。だからこそ、「最終的な判断は人間が担う」という原則を守ることも重要です。

これからの労働組合には、賃金や労働時間といった従来のテーマに加え、AIが職場でどのように使われるのかを監視し、働く人にとって公正で納得感のある仕組みをつくる役割が求められます。AIを人間のための技術として活かすには、ルールづくりに主体的に関わることが、これまで以上に不可欠になってきます。

今後必要な制度改革とは

質問:AI時代に対応した労働政策として、今後必要となる制度改革は何でしょうか

松岡:重要なのは、制度改革を企業任せにするのではなく、行政の一定のルールやガイドラインを整えることだと思います。

まず必要になるのは、AIやアルゴリズムの活用に関する基準を明確にすることです。評価や配置、業務指示にAIが使われる場面が増える中で、その判断基準が見えなければ、働く人は納得感を持てませんし、不利益が生じたときに声も上げにくくなります。だからこそ、説明責任や透明性を担保するためのルールを整備していく必要があります。

次に大事なのは、AIによって生まれた時間を、働く人(従業員)の休息や生活の時間にも返していくことです。生産性が上がっても、その分がそのまま新たな仕事に振り向けられるだけでは、働き方は変わりません。勤務時間外の仕事に関する連絡をシャットアウトする「つながらない権利」や、勤務終了から翌日の出社までの間に一定時間以上の休息時間を設ける「勤務間インターバル制度」に加え、いつ働き、いつ休むかを自分でコントロールするという「時間主権」の考え方も欠かせません。仕事と生活の境界を守る仕組みを、制度として整えていくことが重要です。

また、学び直しや職種転換を支える仕組みも欠かせません。AIを使いこなせる人には追い風になりますが、すべての人が同じように新しい技術に適応できるわけではありません。だからこそ、AIに関するリスキリングを個人の努力だけに委ねるのではなく、学び直したい人が実際に次の仕事へ移っていけるような支援制度が必要になると思います。

その際に見落としてはいけないのが、非正規雇用や請負、フリーランスなど、立場の弱い働き方をしている人たちです。こうした人たちは、正社員に比べて制度の恩恵が届きにくい面があります。AIの進展によって、時間を守る仕組みや学び直しの機会、労働条件の保護が一部の人にしか及ばないとすれば、技術の進歩がそのまま格差の拡大につながりかねません。雇用形態に関わらず、保護と支援が及ぶ制度設計にしていくことが必要です。

時間主権を実現するために、労働者と労働組合にできること

質問:労働者が「時間主権」を持つために重要なポイントと、労働組合の支援策を教えてください

インタビュー中の様子

松岡:まず必要なのは、働く人自身が「時間は自分のものだ」という意識を持つことです。現実には、長く働くことが評価される風潮がいまだに残っており、時間を主体的に使うという発想が十分に根付いているとは言えません。だからこそ、単なるワークライフバランスにとどまらず、自分の生き方として時間をどう使うのかを一人ひとりが考えることが出発点になります。

そのうえで、時間の使い道を「家庭」だけでなく「社会」にも広げていく視点が欠かせません。これからは、地域活動や社会参画といった領域にも時間を使っていくことが、結果として社会基盤を支えることにつながります。社会が安定してこそ、働くことや企業活動も成り立つからです。

こうした考え方を広げていくうえで、労働組合の役割は大きいと考えています。時間主権という考え方を理念として明確に掲げ、組合員教育の中で継続的に伝えていくことが求められます

また、実践の機会をつくることも労働組合ならではの役割です。従来の一斉参加型の社会貢献活動だけでなく、地域ごとのニーズと組合員の関心を結びつけ、個々人が無理なく関われる形で社会参画の機会を提供していくことが望まれます。労働組合が持つネットワークを活かせば、こうしたマッチングは十分に可能だと思います。

AIは時間を生み出す技術でもあります。生み出された時間は、民主主義をアップデートするための原動力でもあります。たとえば、デジタルプラットフォームを通じて市民が政策立案に直接関与する「デジタル民主主義」の実装には、市民側の「考える時間」が欠かせません。労働組合が時間主権を勝ち取ることは、単なる休息の確保ではなく、市民が社会の意思決定に参加するための基盤をつくることでもあるのです。生み出された時間を再び仕事に回すのではなく、人間らしい生活や社会との関わりに活かしていく。その方向へ導いていくことが、これからの労働組合に求められる支援のあり方ではないでしょうか。

AI時代に問い直す、人間の役割と協働の形

質問:理想的なAIと人との協働の形とはどのようなものだと考えていますか

松岡:理想的なAIと人との協働とは、やはりAIを目的ではなく手段として位置づけ、人間が判断や方向づけの主体であり続ける関係だと思います。そのうえで、人間が担うべき役割も改めて考える必要があります。AIに任せきるのではなく、人間が主体的に関わり続けることです。AI時代は、働き方だけでなく、「人間とは何か」「人は何のために働き、どう生きるのか」を見つめ直す時代でもあるのです。

また、こうした協働を成り立たせるためには、社会の仕組みも重要になります。AIが広く活用される社会では、仕事を失ったり切り替えたりする局面でも生活が不安定になりすぎないように、安心して暮らせる仕組みを整えていくことが大切です。たとえば退職後次の仕事が決まるまでの生活が不安定な期間においても、安心して生活できる支援や、次の機会につながる学びの場が保障される社会でなければなりません。

同時に、教育や学びの機会が特定の人に偏らないようにすることも欠かせません。誰もが学び直しや能力を伸ばす機会を持てる環境が整っていなければ、AIの進展は新たな格差を生み出してしまいます。

こうした条件が整ったとき、AIは人間の「労働」を減らし、社会に価値を生み出す「仕事」を広げ、さらに人と人との関係の中で行われる「活動」の時間を豊かにする技術として活用できるはずです。

つまり、理想的な協働とは、AIに仕事を奪われる関係ではなく、人間の可能性を広げるためのパートナーとして活用していく関係です。そしてその実現には、技術だけでなく、社会の仕組みそのものを見直していくことが不可欠だと考えています。

そこで、連合総研では「AIデジタル時代の支え合い社会のあり方に関する調査研究会」を立ち上げ、制度やデジタル空間の課題、デジタル民主主義のあり方について多様な専門分野の研究者に参加していただき、議論を進めています。AIとの協働を本当に意味あるものにできるかどうかは、AIを人間と社会のためにどう位置づけ、どう使いこなしていくかにかかっているのだと思います。

矢部栞
担当者
キャリアリサーチLab編集部
SHIORI YABE

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