AIの発達が知識労働と感情労働それぞれに与える影響とは
―桃山学院大学経営学部 三輪卓己教授

キャリアリサーチLab編集部
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AIが目覚ましく発達し、私たちの仕事や生活の中に広く浸透してきた。人手不足の緩和や業務負担の軽減といった観点から、もはやさまざまな企業や職場においてAIの活用が当たり前のように重要になっている。

では、AIは私たちの働き方や仕事の価値、キャリアにどのような影響を及ぼし、どう活用していくのが賢明なのか。それらの問いに対する考え方は、高度な専門知識や創造性によって課題解決を図る知識労働と、接客・介護・看護・教育等の対人支援を担う感情労働によって違ってくるだろう。

そこで、IT・AI時代における知識労働と感情労働の在り方や変化について研究する、桃山学院大学経営学部の三輪教授に話を聞いた。

桃山学院大学経営学部 三輪卓己教授

三輪卓己(桃山学院大学経営学部教授)
1964年、徳島県生まれ。企業勤務を経て、2001年に神戸大学大学院経営学研究科博士課程を修了。専攻は経営学、人的資源管理。新しい社会における働き方(知識労働、感情労働)とキャリア、人的資源管理を中心に研究している。 おもな著書に『知識労働者のキャリア発達ーキャリア志向•自律的学習• 組織間移動』(中央経済社,2011)、『ミドル&シニアのキャリア発達一知識労働者にみる転機と変化』 (中央経済社,2021)など。

付帯業務が代替され、本格的な仕事にシフト

質問:AIの発達による知識労働や感情労働への影響について教えてください

三輪:まず前提として知識労働と感情労働とは何かという定義から共有しましょう。

知識労働と感情労働の比較表/マイナビ作成

三輪:知識労働とは、著名な経営学者のピーター・ドラッカーが1968年に刊行した『断絶の時代』で使い始めたとされる言葉です。ドラッカーは、大量生産・大量消費による資本主義社会が成熟するにしたがって、経済成長のためには新しいアイデアや発想が求められ、高度な知識や思考力を持つ労働者が活躍する社会になると説き、そうした人々のことを知識労働者と呼びました

伝統的には研究者や医者などが該当し、ITが発達した2000年代以降は、ITエンジニアやコンサルタント、アナリスト、新規事業開発者などが新しい知識労働者として注目されるようになりました。

一方、感情労働はもう少し後に生まれた概念で、1980年代にアメリカの社会学者、アーリー・ラッセル・ホックシールドが提唱しました。端的にいえば、顧客やサービスの利用者の感情を適切な状態で維持する必要がある職業で、当初は客室乗務員をはじめ接客サービスに従事する労働者が感情労働者と定義されました。

時を経て現在はケアワーカーや看護師、教員といった介護・医療・教育へも範囲が広がり、これらはより複雑な感情のコントロールが必要となることから高度な感情労働者といわれています。

では、AIの発達による影響について見ていきましょう。2013年にオックスフォード大学のマイケル・オズボーン准教授らによって『雇用の未来』という有名な論文が発表され、「20年後までに人類の仕事の約50%が人工知能や機械によって代替されてなくなる」というセンセーショナルな論考が話題になりました。しかし、AIの発達による影響は、オズボーン氏のように職業の危機と捉える面もあれば、仕事をアシストしてくれるツールが生まれたと捉える面もあります。

知識労働への影響

三輪:知識労働への影響についていえば、近年、世界的なコンサルティングファームで数万人規模のリストラが敢行されました。その背景には、AIによる影響が色濃くあるといわれています。

大規模なコンサルティングファームでは、一部のスターコンサルタントが華々しく戦略やビジネスの仕組み等を構想・提案し、ファームをけん引しています。そして、それ以外の大多数のコンサルタントが、それらの応用や運用,あるいは補助作業や拡販等を担うという構図があります。

スターコンサルタントのように、自ら仮説を立て、答えを探索するタイプの人たちにとっては、AIを活用することによって情報収集や分析、要約など手間のかかる業務を大幅に効率化でき、本来のクリエイティブな仕事に集中しやすくなるため、AIの発達は喜ばしいこととして受け止められるでしょう。

一方、その下に位置するコンサルタントたちの多くは、これまではスターコンサルタントによって生み出されたコンセプトやブランに沿って活動してきましたが、AIがそれらの業務をほとんど代替できるようになった今では、労働力としての存在意義が揺らいでしまっています。そこで、大規模なリストラの対象になったのです。

このような両面の影響が、コンサルタントに限らず、他の知識労働においてもみられるようになるでしょう。

感情労働への影響

三輪:感情労働においても、AI・ITの活用が進んでいます。外食産業ではスマートフォンやタッチパネルを通して注文できる店舗が増え、ホールスタッフの負担が軽減されています。ホテルで自動チェックイン・アウト機の導入が進んでいることは、フロントスタッフにとってはうれしいことでしょう。

ただ、感情労働の場合、定型的な仕事についてはAI・ITによって代替され、業務に忙殺されてしまう状況は改善できますが、感情労働の本質である「相手の感情を望ましい状態にする」という役割は、AIでは代替できません。AIの発達によって煩雑な業務が軽減されるにしたがって、感情労働者はより複雑な感情をコントロールするという面に真価が問われていくでしょう。

このように、知識労働・感情労働のいずれにおいても、AI・ITの発達が業務負担の軽減をもたらし、知識労働では「思考し、創造すること」、感情労働では「相手の感情を適切に保つこと」という本質的な仕事にシフトしていくと見ています。

AIの活用によって業務の本質を高める

質問:AIの業務への効果的な活用について、どういった視点で考えればよいですか

三輪:知識労働の場合、学習支援や思考の補助として、AIを活用することが効果的だと思います。そうすることによって、知識労働者が本来のクリエイティブな業務に専念できる状態をめざすことができます。

たとえば、私のような大学の研究者の働き方がそうです。私が社会人大学院 で学んでいた1990年代には、資料収集のために大学図書館の薄暗い地下にこもっては、1960年代・70年代の海外文献を懸命に探し、英語が苦手だったので泣きながら日本語に訳しては読み進めた記憶があります。

そうした苦労が嘘のように、今では生成AIに聞けばすぐに目当ての文献・資料を検索でき、AI翻訳ソフトを使えばわずか数分で全文を訳してくれます。

準備作業を入れると、知識労働には膨大な時間と労力が必要とされましたが、AIによってその作業が大幅に簡略化され、考えることに集中してアウトプットを高めることができます。知識労働にとってはそうした活用が効果的だと思います。

一方、感情労働においては、注文対応や事務処理などの業務については、AI・ITの活用によって軽減することができます。また、たとえば顧客や患者の記録をチームで管理・共有することによって、チーム全員でより適切な対応を行えるようにすれば、一人ひとりの精神的な負担を軽減することができるでしょう。

ただ、相手の感情をコントロールするという本来の業務において、AIによって革新的な変化をもたらすことができるかというと、現段階では難しいと考えます。たとえば、AIがクライアントの悩みを診断しますといわれても、クライアント側としてはAIのいうことを鵜呑みにして信用することには抵抗があるでしょう。やはりそこには必ず人と人の対話が存在し、だからこそ感情労働者の価値があるといえます。

AIをうまく使いこなして精度を上げる

三輪:いずれにおいても、今後はAIを使いこなす人と使えない人では、仕事の質の差が広がっていくのではないかと思います。生成AIを駆使している人たちの間では、AIとのやりとりのことを「壁打ちする」といい、AIとの壁打ちが上手な人ほど、AIと一緒にアイデアを発展させ、仕事の質を高めています。一方、うまく使いこなせていない人は、発想が停滞してしまいかねないでしょう。

今は「プロンプトエンジニアリング」という言葉があるように、AIに問いかける技術が重視され、精度を高めるための研究を行っている人もいます。的外れなプロンプトばかりではAIは鍛えられず、回答のクオリティが低くなりかねません。「AIをどう使い、どう鍛えるか」ということも、仕事の違いにかかわらず、重要になると思います。

また、企業にとっては、AIを上手に活用できる人材をどう育てるか、従業員が自分で考える力をどう育てるかという点も重要になっていくでしょう。

危機意識を持って自分のキャリアと向き合うべき

質問:AIが業務に取り入れられる中、私たちの働き方はどのように変化しますか

三輪:ホワイトカラーと呼ばれる人たちが減少するのではないかと思います。「事務仕事を器用にこなす」というタイプの労働者は、AIに代替され、ニーズが伸びていかないということです。

今後、そうした性質の働き方をしている人は、何らかの専門職へ転換したり、テクノロジストと呼ばれるような知識も体も使う仕事に切り替えたり、あるいは感情労働へシフトしたりする動きが増えてくると見ています。

つまり、先に述べたように、AIの発達によって仕事の価値が本質的なところに移っていくため、より知的で、より人間的な仕事に携わることが重要になるでしょう。

しかし、現状はどうでしょうか。たとえば、大学生の書くレポートでいえば、AIの言う通りにまとめたことが一目瞭然のレポートが見つかることもあると聞きます。もし多くの学生がそんなことをすれば、同じようなレポートが大量生産されてしまいます。

これは学生に限ったことではありません。AIを学習支援や思考の補助として使うのではなく、AIの言う通りにアウトプットする、つまりAIに使われてしまっている人が少なくないように思います。ドラッカーは知識労働について「What is the task?(仕事の目的は何か)」を問い直すことが大事だと述べました。またAppleのスティーブ・ジョブズ氏はThink differentの重要性を指摘しましたが、このような働き方は二人の言葉と正反対のものだといえます。

それでは今後、立ち行かなくなってしまうでしょう。AIによって仕事や働き方がどう変わっていくのか、どう変えるべきなのか、近い未来を見据えながら、自分の働き方や価値に目を向け、自らキャリアを選ぶことが必須の時代になってきたのです。

現に、かつての大卒の王道コースのようなキャリアは先細りしています。いい大学を出て、いい会社に入り、会社のいうことを聞いておけば生き残れた時代には、キャリアという概念さえなく、みんなと同じことをしていればよかった。その結果どうなったかというと、新しい時代、新しい社会に適応できず、キャリアが行き詰っている中高年が増えています。

これから10年後、20年後、そうした人たちが後から後から出てくるのではないかと危惧しています。そうならないように、年代にかかわらず、AIやITが仕事に及ぼす影響をふまえて、自分はどんな強みやスキルを伸ばし、活かしていけばいいのかを考え、危機意識を持って自分の仕事・キャリアと向き合っていく必要があると思います。

AI活用が人手不足対策のカギになる

質問:人材不足対策という観点では、AI活用についてどうお考えでしょうか

三輪:知識労働でいえば考えること、感情労働でいえば相手を思うこと、そうした仕事の本質にシフトしていくことをふまえたうえで、人材不足対策のためのAI活用を考えていく必要があると思います。

たとえば研究者の世界でいえば、AIによる統計分析ソフトや翻訳ソフトが登場したおかげで、研究者は意義のある研究課題や仮説を立て、ロジックを見出すという本来の役割に集中し、仕事の質を高めることができます。

他の知識労働についても同様です。AIを活用することによって、「考える」「創造する」ことに集中できる環境をつくり、一人ひとりのアウトプットの質や生産性を高めていく。それがひいては人材不足対策になると考えます。

感情労働に目を向けると、とりわけ教員の人材不足が顕著です。新しい学習カリキュラムが増加する中で、採点・フィードバック、資料作成、保護者や生徒からの問い合わせ対応など、教員の付帯業務は多岐にわたり、人材不足によって教員一人ひとりの負担が相当重くなってしまっています。

近年は教員の働き方改革が進められていますが、これからもAI・ITを活用して付帯業務の自動化・効率化をいっそう推進する必要があります。IT・ICTによる情報共有によってチームで生徒や保護者に対応することは、メンタルヘルスの観点からも有効だと思います。

教員だけに限りません。サービス業やケアワーカー、看護師などの感情労働においては、AIによって付帯業務の負担を減らすこと、データ共有によってチームでの対応を強化することが、人材不足対策のポイントになるでしょう。

矢部栞
担当者
キャリアリサーチLab編集部
SHIORI YABE

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