仕事の難易度が上がり、コミュニケーションも複雑化する現代。ふとした瞬間に「しんどい」と感じてしまうことはありませんか?3月15日から21日は「こころの健康づくり週間」です。これを機に、改めて働く私たちのメンタルヘルスとの向き合い方について考えてみたいと思います。
今回は、YouTube等での発信でも支持を集める精神科医・益田裕介先生にインタビュー。現代人特有の「生きづらさ」の正体や、無意識に陥りやすい「べき思考」の罠、そして座禅やAIを活用したユニークな「心の整え方」まで、明日から実践できるヒントを伺いました。
益田 裕介(早稲田メンタルクリニック 院長)
精神保健指定医、精神科専門医・指導医。
防衛医大卒。防衛医大病院、自衛隊中央病院、自衛隊仙台病院(復職センター兼務)、埼玉県立精神神経医療センター、薫風会山田病院などを経て、2018年より早稲田メンタルクリニックを開業。診療中の患者さんの疾病・心理教育の補助のために始めたYouTube『精神科医がこころの病気を解説するCh』の登録者数は、令和8年2月時点で71万人を超える。オンライン上の患者会・家族会も運営。
AI時代の高密度労働と、心を追い詰める「妥協できない」完璧主義
質問:近年、働く人のメンタル不調が増えている背景にはどのようなものが考えられますか。
益田:単純に労働の難易度が上がってきていることが背景にあると思います。最近はAIを使いながら仕事をしなければいけないことも増えてきて、仕事量が増えているというか、情報の密度が上がって、やることが増えていますし、コミュニケーションも難しくなっているのです。
多くの部署の人や、他の専門家とコミュニケーションしなければならない機会が増えており、その分、仕事の負荷が重くなっています。その割には給料が上がらないということもありますし、また、コロナ禍が落ち着いて、在宅勤務が減少したことも要因として大きいのかもしれません。
質問:精神科医の立場から見て、現代の働く人々が抱えやすい「よくある悩み」はありますか。
益田:当クリニックにいらっしゃる患者さんは、20代から30代の若い方が多いのですが、そうした方々からよく聞く悩みは、通勤時間が長いことですね。「1時間半の通勤が耐えられない」といったお悩みをよくお聞きします。あとは「コミュニケーションがうまくいかない」という悩みですね。世代の問題、世代間格差があってコミュニケーション上のトラブルになったり、パワーハラスメントに直面したりしたという悩みもお聞きします。
環境要因以外では、傷つきやすい人が増えていると感じますね。自分の感情をうまくコントロールできない人が多いのではないでしょうか。また、「こうあるべきだ」と考える「べき思考」の人が増えているようです。いろいろな立場の人がいて、なんとなく意思決定されているんだけど、妥協点を見つけるのがすごく苦手なんですね。自分は全部我慢して、言いなりになってしまう。大事なのは、どこかで折衷案を見つけることなのですが、妥協点の見出し方が下手な人が多いように思います。
「先延ばし」と「反芻思考」のメカニズム。負のループを止める情報の取り入れ方
質問:悩みを抱えて精神的に疲れてしまう人に共通する特徴はありますか?
益田:問題を先延ばしにして、ため込んでしまうことでしょうか。精神科の患者さんは、日常の中で何かの問題に直面し、ストレスや疲労がたまって、その結果うつになってしまう方が多いです。その背景には、通勤時間とか家庭の問題がこじれているとか、非常に多くの問題が隠れています。それをため込まずに少しずつでも解決していければ、問題は大きくならないのですが、先延ばしにすると、どんどん増大し、ストレスがたまってしまうわけです。ですので、まずはこの「問題」をいかに解決して少なくできるか、というのが大事になります。
インタビュー時の説明をもとにマイナビ作成
解決できない理由としてよくあるのは、ご本人の特性や個性のようなものがあって、周りについていけなくなっているケースです。あとは性格的な傾向があって、自分の感情のコントロールがすごく苦手で、萎縮してしまって人と話ができないケースもあります。
また、思考のクセとして、完璧主義だったり、「白黒思考」で中間がないというか、「全部自分が悪い」と考えたり、「誰が悪いのか、どこに責任があるのか?」など、責任の所在をはっきりさせないと気が済まない、といった特徴をもった人もいます。
質問:ネガティブな考えを繰り返す反芻(はんすう)思考のメカニズムを教えてください。
益田:反芻思考のメカニズムは、結局、切り替えがうまくいかないことが原因です。同じことばかり考えてしまい、別の視点をもてないわけです。情報が足りていないというか、インプットが十分でないために、切り替えがうまくいかないのです。だからうまく切り替えることができるようにトレーニングをする必要があります。
本を読んだり、SNSから情報を得たりして、自分が今まで取り入れてこなかった情報に目を向ける習慣が必要です。自分の思考の延長線上にある情報だけを集めても、成長にはつながらないし、気持ちの切り替えもできないので、自分とは全く違うタイプの人の情報を取り入れ、吸収していく作業が重要です。そうすることで、考えや気持ちを切り替えていく練習をしていくといいと思います。
座禅、AI対話、活動記録。感情に支配されずメンタルを整える
質問:悩みすぎて負のループに陥っている人に向けて、負のループを断ち切る思考法のアドバイスを教えてください。
益田:座禅がおすすめですね。座禅をして目を閉じて深呼吸を繰り返していくのがいいでしょう。何か余計なことを考えてしまっても、「いかんいかん」と思って呼吸に戻ることによって、思考を切り替える練習になります。呼吸に集中していれば、一回リセットすることができます。パソコンの強制シャットダウンのように、頭で考えていることをいったんゼロにして、気持ちを呼吸に集中させるわけですね。
また、AIに相談するのもおすすめです。AIは話を整理してくれます。個人的によくやるのは、AIと継続的に対話することです。自分の愚痴も仕事の予定もすべてAIに情報が入っているので、「今日は何をやったらいいんだっけ?」と確認すると、いろんな情報を整理してアドバイスしてくれます。もちろん自分でもできますが、AIに頼ってみると楽ですし、きれいに整理してくれます。
自分では、「こうだな」と思っていたことも、AIと壁打ちしていると、自分を深く内省することができます。中学生の頃に片思いをして、「あの人は私のことを好きなのか、それとも嫌いなのか?」といった自問自答を永遠に繰り返した経験がある方もいると思いますが、それと似ています。若い時に、生成AIに3時間でも5時間でも同じ話をし続ける時間があってもいいのではないかと思います。AIなら、どんなくだらない会話にも、何時間でも付き合ってくれますからね。
一方でAIを利用するリスクも知っておく
質問:AIの普及は、メンタルトレーニングの面でも影響があるんですね。一方で、AIを活用することのリスクや注意点はあるのでしょうか。
益田:AIを利用したメンタルケアは、とにかく気軽に話せるというメリットがある一方で「誤った情報や倫理的に不適切な応答があったり、過度の迎合や肯定をされて考え方が偏るおそれがあったりというリスクがあります。また、ご本人の特性や抱えている課題によっては依存してしまうケースもあるので要注意ですね。
AIのいうことを鵜吞みにせず、複数のAIに同じことを聞いて回答を確かめたり、おかしいと思ったら利用をやめる、人に相談するという選択肢も残しておくべきです。
また、AIは専門家ではなく医療行為はできないので、通院している方は通院をやめず、あくまでサポートとして利用することが大切です。
精神科医が教えるメンタルトレーニング法
質問:メンタルを鍛えたいと思っている人に向けて、簡単なメンタルトレーニング法を教えてください。
益田:そもそも精神科の治療のゴールは何かというと、「感情やトラウマに支配されない状態にすること」なんです。幸せになることとか、不安がなくなることを目指すのではなくて、不安になってもそれに支配されず、行動すればいいわけです。「不安だな」と思いながら仕事に行くとか、「大丈夫かな?」と考えながら嫌いな人と喋るとか、100嫌いなことを、30嫌いという状態にするという世界です。だからどう我慢するか、どう受け入れるかが大事です。
そのための方法として、先ほどもお話したように、座禅を組んで切り替えの練習をする、ちゃんと自分と向き合う時間を作ることが重要です。他には、24時間タイプの手帳に活動記録を付けてみるのもおすすめです。記録を付けると、「あれもしたい、これもしたい」と思っていても、手帳を見ると、そんな時間がないことがわかります。そこで諦めがついたら、ちゃんと予定を立てて行動し、計画を修正しながら生活することができるようになります。
あとは、先ほどもお話したAIの活用ですね。AIと対話をして、わからないことを聞いて、どんどん知識を深めていくといいと思います。精神科の治療においては、勉強して知識を深めるというのはとても大事です。知識がつけば、本人が納得できることも増えていくわけです。AIのリスクを理解した上で使う分には、とても便利なツールなので、むしろ積極的に活用した方がいいと思いますね。
また、人との対話も大切にしてほしいです。職場の先輩をはじめ、さまざまな人と対話をすることによって、新たな気づきが得られ、自分が変化するきっかけになりますから。そこで理解できなかったことが出てきたり、モヤモヤした気持ちになったりしたら、またAIと壁打ちしていけばいいと思います。
イメージとしては、原始時代みたいな生活をした方がいいんですよね。原始時代は、常に自分と向き合って生活していたわけではなくて、何かの作業に熱中したり、獲物を獲りに行ったりと、やるべきことがたくさんありましたから。そういう状態が人間の心を鍛えるんです。
今の社会は、さまざまなことがルールで決まっています。もちろん、ルールがある方が透明性は高いですが、相手を思いやる力がなくなってしまいます。スマートフォンに頼りすぎた生活の弊害は、レコメンド機能で受け身になりすぎてしまって、能動性を失うことなのです。デジタルデトックスじゃないですが、スマートフォンから距離を置いて、自分と向き合う時間をもつことはとても大切だと思います。