はじめに
2025年度の最低賃金が各都道府県で順次発効されている。最低賃金は5年連続で過去最高の引き上げが行われ、2025年度の全国加重平均は2020年度に比べて219円高い1,121円となった。かつてないペースで上昇する賃金水準に対して、企業はどのように受け止め、今後どのように向き合っていくのか。
本コラムでは、2025年9月公開の「マイナビ最低賃金に関する調査レポート(2025年)」の結果から企業をとりまく最低賃金の問題を概観し、対応の方向性を考える。
最低賃金上昇の現状
最低賃金の全国加重平均の推移をみると、2021年度に前年度比28円増の930円となったことを機に過去最高の引き上げ額を更新しており、2025年度は前年度比66円増の1,121円となった。【図1】
【図1】最低賃金全国加重平均の推移 ※厚生労働省の資料をもとにマイナビ作成
【図2】は2025年度の地域別最低賃金一覧表である。
【図2】2025年度地域別最低賃金・発効日一覧
国の中央最低賃金審議会は2025年度最低賃金改定を前に、47都道府県をA~Cランクに区分し、最低賃金引き上げ額の目安を設定。賃金水準が比較的高いAランクは「63円」、Bランクは「63円」、最低賃金水準が比較的低いCランクは「64円」だった。その後の都道府県ごとの労使間調整により、2025年度の地域別最低賃金は最終的には、埼玉、東京、神奈川、愛知、大阪、長野、静岡、滋賀を除く39道府県が目安額を上回る結果となった。
A~Cランクごとに、ここ5年間の引き上げ額の平均(※1)を見てみると、Aランクは「213円」、Bランクは「217円」、Cランクは「237円」。AランクとCランクには24円の差がある。
具体的な地域にあてはめると、2020年度当時、地域別最低賃金がもっとも高かったのは「東京」の1,013円で、2025年度までの増加額は「213円」。対して、2020年当時の地域別最低賃金の最低額は792円で、2020年度当時は800円未満が16地域あったが、すべての地域で2025年度までの増加額が「230円」を上回っている。とりわけ、徳島は250円増、大分は243円増、熊本と島根は241円増で引き上げ額が高い。
地域間の金額差は未だ大きいものの、少しずつ縮まってもいる。だがこれは同時に、賃金水準が低い地域の最低賃金改定による負担が大きいことを意味する。【図3】
(※1)各都道府県の2020年度から2025年度にかけての5回分の引き上げ総額を算出し、A~Cのそれぞれのランクで平均を出した
【図3】中央最低賃金審議会が定める最低賃金の区分と引き上げの実態 ※厚生労働省の資料をもとに作成
企業の負担感
企業は最低賃金改定をどう受け止めているのか。マイナビは2025年9月に最低賃金の実態を把握するため、アルバイト雇用をしている企業の採用担当者を対象に調査を行った。調査開始時の9月1日は、2025年度の都道府県別の最低賃金額が決定していなかったため、2025年度最低賃金引き上げに関しては、目安額(全国平均63円)を基準として設問文を聴取した。
調査結果からは企業の影響の大きさがうかがえた。「2024年度の最低賃金改定による雇用への負担」では、『大きな負担となった』17.8%、『やや負担となった』49.6%で、負担となった割合は67.4%となった。【図4】
【図4】2024年度の最低賃金改定の負担/マイナビ最低賃金に関する調査レポート(2025年)
さらに、「2025年度の最低賃金改定による負担の予想」の結果では、『大きな負担となる』22.6%、『やや負担となる』53.4%を合わせた「負担」の割合は76.0%にのぼった。企業規模別では、「10~50人未満」「50~300人未満」のスコアが高く、特に中小企業の最低賃金改定による負担の大きさがうかがえる。
業種で特徴的だったのが「小売」だ。「2025年度の最低賃金改定による負担の予想」で「大きな負担となる」とした割合は41.5%。一般的に、スーパーマーケットやコンビニエンスストアなども含まれる小売業は、非正規雇用で働く人が多く、最低賃金改定による影響が大きいことが考えられる。【図5】
【図5】2025年度の最低賃金改定による負担の予想/マイナビ最低賃金に関する調査レポート(2025年)
また、「最低賃金改定の単年度の適正な引き上げ額」の結果では、「0円(引き上げなし)」から「プラス50円まで」を合わせた『50円以下』が78.4%にのぼった。【図6】
【図6】最低賃金改定の単年度の適正な引き上げ額/マイナビ最低賃金に関する調査レポート(2025年)
これらの結果を踏まえれば、2025年度の全国加重平均額の引き上げ額66円という水準の負担は、企業にとって決して小さくないと言えよう。
企業の今後の対応
最低賃金改定によって自社の賃金引き上げを行う企業は人件費全体が膨らむことが予想される。すると、働く人の数や時間を調整する可能性も出てくる。
調査では、2025年度の最低賃金改定後、アルバイト雇用への対応としてどのようなことが予想されるかについても聞いている。 結果は、6割弱の企業が2025年度の最低賃金改定によって何らかの対応をするとした。業種別では「小売」「製造」が特に高く、企業規模別では、規模が大きいほど対応するとした割合が高い。【図7】
【図7】2025年度の最低賃金改定後の対応予定/マイナビ最低賃金に関する調査レポート(2025年)
対応する予定の内容では「新規募集をおさえる」が最上位となったが、「雇用人数を見直す」「時給額を見直す」「労働時間を削減する」といった現在働いているアルバイト従業員に影響が出てきそうな項目も上位となっている。【図8】
【図8】2025年度の最低賃金改定後の対応予定 具体的内容/マイナビ最低賃金に関する調査レポート(2025年)
具体的に考えられるケースとしては、1日あたりもしくは1週間あたりのアルバイト人数を減らして少ない人員で運営したり、1人あたりの労働時間を減らしたりする動きもあるだろう。そうなると、働く人個々の負担が重くなったり、想定していた労働時間・収入の希望が実現しなかったりする人があらわれる可能性がある。
働く納得感を高めるアプローチ
企業が雇用調整を行う際には、従業員側への影響を加味する必要がある。働く人の希望や働く納得感に配慮しながら、持続可能な職場づくりを進める観点が欠かせないだろう。そのためには賃金以外の福利厚生や働きやすさ向上に繋がる施策も有効ではないだろうか。
働きやすさの醸成において注目したい企業の取り組みが、「ドン・キホーテ」を展開する株式会社パン・パシフィック・インターナショナルホールディングスだ。従業員の接客中の“立ちっぱなし”問題の解決を目指し、店舗のレジカウンター内に専用椅子を設置。店舗従業員の髪色自由化も行い、個々を尊重した環境づくりに努めている。
この事例のように、多様な人材の活躍の視点を取り入れながら従業員の働く納得度や満足度の向上に繋げていくアプローチは、人材の獲得・定着の観点からも有効であると考える。
最後に
最低賃金改定を巡る企業の負担の大きさを考えれば、これから先、現状の雇用体制を保つことが困難になる会社が出てくる可能性もある。ともすれば、限られた人員体制の中でいかにして生産性を高めるかを検討することも必要になってくる。
たとえば、賃上げと合わせて商品・サービスの付加価値向上に繋がるような個々の能力開発を行ったり、これまで人で補っていた業務を省力化・自動化する工夫をしたりする策も重要であろう。
最低賃金は今後もハイペースで引き上がることが予想される。このことを前提に、中長期的な視点で雇用を捉え、持続的に従業員との関係性を維持したり活躍を促したりするアプローチも求められる。
マイナビキャリアリサーチLab研究員 宮本 祥太