はじめに
最低賃金の引き上げは全国的に進んでおり、特に2021年以降は毎年30円以上の改定が続いている。2025年度には、全国加重平均 額で時給1,121円となり、引き上げ額は過去最大の66円に達した。こうした動きの背景には、政府による所得格差の是正や生活保障の強化といった政策的な意図がある。最低賃金の引き上げは、労働市場全体の賃金水準を底上げすることを目的とした重要な施策といえる。
では、最低賃金が上昇する中で、実際に働く人々の賃金はどのように変化しているのだろうか。本コラムでは、アルバイト情報サイト「マイナビバイト」に掲載された求人情報をもとに作成している『アルバイト・パートの平均時給レポート 』のデータを再集計し、時給の推移を分析する。これらのデータを通じて、最低賃金の改定が平均時給に与えた影響を探っていくことが本コラムの目的である。
2020年から2025年までの平均時給の推移を軸に、最低賃金との関係性を分析する。全国平均の動向に加え、最低賃金の地域ランク区分(A~C)に基づく地域別の平均時給の変化、さらに職種別の平均時給の推移にも着目し、格差の実態とその変化を明らかにする。
最低賃金の引き上げは、単なる数字の改定ではなく、働く人々の生活や地域経済、雇用の在り方に深く関わる重要なテーマである。平均時給という視点から、賃金水準の変化や格差の傾向を具体的に捉え、労働市場の現状を読み解いていく。
全国平均で見る最低賃金と平均時給の推移(2020~2025年)
2020年から2025年にかけて、全国平均の最低賃金は902円から1,121円へと219円上昇した。特に2021年以降は、毎年30円以上の引き上げが続いており、2025年には過去最大となる66円の改定が行われた。これは、政府が掲げる「全国平均1,500円 」の目標に向けた着実なステップであり、労働市場における賃金水準の底上げを意図した政策的な動きといえる。
一方、年間の平均時給 も同期間に1,110円から1,285円へと上昇しており、最低賃金の改定と連動するような形で増加している。特に2023年以降は、最低賃金の引き上げ幅が大きい年ほど、平均時給の伸びも大きくなっている傾向がみられる。【図1】
また、最低賃金と平均時給の差について、2020年以降の推移を見ると、年によって多少の変動はあるものの、おおむね200円前後の差が継続的に存在していることがわかる。【図2】
※2025年の平均時給は7月時点までの集計であり、最低賃金の改定後の影響はまだ反映されていないため、グラフからは割愛した。
最低賃金と平均時給の差が継続している背景にはさまざまなものが考えられるが、主な要因のひとつは深刻な人手不足である。多くの業種・地域で、最低賃金水準では十分な人材を確保するのが難しく、企業はより高い時給を提示しなければ応募が集まらない状況が続いている。
企業側は、求人広告で他社よりも高い時給を提示することで、少しでも早く良い人材を確保しようとする。こうした動きが平均時給を押し上げており、結果として最低賃金との間に一定の差が生じ続けていると考えられる。
最低賃金と平均時給の差については、賃金格差の是正という観点からは、差が縮まることが望ましいとする見方もある。一方で、企業が人材を確保するために競争力のある時給を提示するという観点からは、ある程度の差があった方が望ましいという考え方もある。
そのため、この差が「あるべきか・ないべきか」を一概に良し悪しで判断することはできない。現状を見ると、最低賃金の改定は賃金水準の底上げには確かに寄与しているが、企業が人材獲得のために最低賃金以上の時給を提示せざるを得ない状況が続いているため、両者の差は今後も一定程度保たれる可能性が高い。
本章では全国平均の動向を中心に、最低賃金と平均時給の関係性を概観してきた。より詳細に実態を把握するために、次章からは地域や職種ごとの賃金格差がどのように変化しているのかを検証していく。
最低賃金制度の地域区分と格差是正への動き
最低賃金の地域別ランク
2025年度の地域別の最低賃金 は、すべての都道府県で1,000円を超えた。引き上げ後の最低賃金が最も高くなるのは東京都の1,226円で、最も低いのは高知県、宮崎県、沖縄県の1,023円となった。
このように、日本の最低賃金制度は、都道府県ごとに定められる「地域別最低賃金」が基本となっている。毎年夏、厚生労働省の中央最低賃金審議会が、全国をA~Cの3つの地域ランクに分類し、それぞれに対して改定額の目安を提示する。
この目安は、各都道府県の地方最低賃金審議会が実際の地域経済や雇用状況を踏まえて審議を行う際の参考値となる。最終的な最低賃金額は、都道府県ごとに決定される仕組みであり、地域の実情に応じた柔軟な運用が可能となっている。
地域ランクは、各都道府県の賃金水準や経済規模をもとに分類されており、Aランクは主に大都市圏、Bランクは中規模都市、Cランクは地方圏に該当する。各都道府県がどのランクになるのか、また、2025年度の地域ランク別引き上げ額の目安は以下の表を参照してほしい。【図3】
先述したように、最低賃金制度は地域の実情に応じた柔軟な運用が可能となっているが、その一方で、地域間の賃金格差が固定化される可能性について懸念する声もある。
地域間の賃金格差については、近年、縮小に向けた動きが強まっている。とはいえ、地域によって物価や家賃が異なるのであれば、最低賃金に差があるのも自然ではないかと考える人もいるだろう。しかし、地域格差が問題視される背景には、いくつかの理由がある。
地域格差が問題視される背景
主な理由の一つは、働く人の不公平感である。同じ業務内容であっても、働く地域が異なるだけで賃金に差が生じるという現実は、特に時給で働く人々にとって深刻な問題である。
さらに、人口流出と都市一極集中の加速も懸念されている。賃金水準の高い都市部に若年層が集中し、地方から人材が流出することで、地域の過疎化や人手不足がさらに深刻化する要因となっている。地域格差に関する課題は他にもあるが、本稿では主な論点に絞って取り上げる。
このような課題を背景に、政府は「全国平均1,500円」という最低賃金の目標を掲げるとともに、「全国一律最低賃金」(=地域差がなく全国どこでも適用される単一の最低賃金制度)の導入についても検討を進めている。
制度の区分方法ではすでに変化が見られ、2023年度までは全国を4つのランクに分けて改定額の目安を提示していたが、2024年度以降は3区分に簡素化されている。さらに2025年度には、Cランクの改定目安額がAランクを初めて上回るという異例の状況となり、地方圏の賃金水準を底上げしようとする政策的な意図が明確に表れている。
このように、最低賃金制度では地域差の縮小が進んでいるが、制度だけでは実際の賃金格差までは見えてこない。特に最低賃金の影響を受けやすい時給で働く人たちが、実際にどれくらいの賃金を受け取っているのか、平均時給の地域差を見ることで、より正確な実態が見えてくる。
次章では、A~Cランクに分類される地域ごとの平均時給の推移を分析し、地域間の賃金差がどのように変化しているのかを検証していく。
地域別に見る平均時給の推移と格差
最低賃金制度では、地域をA~Cの3ランクに分類し、段階的な賃金水準の引き上げが行われてきた。制度上は、地域間の格差を徐々に縮小する方向で改定が進められているが、実際の平均時給においてもその傾向がみられるかを検証するため、各ランク別の平均時給の推移を比較した。【図4】
2020年から2025年にかけて、すべてのランクで平均時給は着実に上昇している。特にCランクでは、2020年の937円から2025年には1,155円へと218円の増加となっており、上昇幅がもっとも大きい。これにより、AランクとCランクの平均時給の差額は2020年の244円から2025年には197円まで縮小している。
このような推移は、制度上の地域差縮小が実際の賃金水準にも一定程度反映されつつあることを示唆している。ただし、依然として200円近い差が残っていることから、格差の完全な解消には至っておらず、今後も継続的な検証が求められる。
職種別に見る平均時給の推移と格差
ここまで地域別の平均時給の推移を見てきたが、本章では視点を変え、職種別の賃金動向を確認していく。アルバイト求人サイト「マイナビバイト」にある16職種を5職種にまとめ、分析した。職種区分の詳細は「アルバイト・パートの平均時給レポート」から確認できる。
職種間の賃金格差は、地域間の格差とは性質が異なる。というのも、職種が異なれば、仕事内容や求められるスキル、業務の難易度も異なるため、一定の賃金差が生じるのは自然な構造といえる。
そこで本章では、職種間の賃金差が「存在するかどうか」ではなく、「どの程度の差があるのか」、そして各職種が最低賃金とどれほど乖離 しているのかを確認することで、最低賃金政策が実際の賃金に与えている影響を検証する。【図5】
職種別の推移を見てみると、2020年から2025年にかけて、すべての職種 で平均時給は上昇している。
この期間を通じて、もっとも平均時給が低い職種は飲食・フード職である。2025年時点では、平均時給が1,167円と、最低賃金(1,118円)との差はわずか49円にとどまっている。販売・接客などの職種も同様に、最低賃金に近い水準で推移している。
一方、平均時給がもっとも高いのは専門職であり、2025年時点では1,480円と、最低賃金を362円上回っている。他の職種と比べて高い水準にあり、市場原理やスキル評価によって賃金が形成されていることがうかがえる。
各職種の平均時給が最低賃金とどのように推移してきたかを時系列で示すことで、最低賃金政策の影響が職種ごとにどの程度及んでいるかを視覚的に把握できる。特に、飲食や販売などの職種では、最低賃金の引き上げに伴って時給が底上げされている様子が見て取れる。一方で、専門職などは常に高い水準で推移しており、最低賃金の動向とは異なる賃金形成がされていることがわかる。
本章の冒頭でも述べたように、職種間の賃金差は仕事内容や必要なスキルの違いによる自然な構造である。しかし一方で、飲食や接客の仕事も社会にとって不可欠であり、日常生活を支える重要な役割を担っている。
そうした職種が最低賃金に近い水準で推移している現状を踏まえると、各職種がその役割に見合った適正な評価を受けているかどうかを検証することは、最低賃金政策の妥当性を判断し、今後の制度設計を考えるうえで欠かせない視点である。
おわりに
本コラムでは、アルバイト市場における平均時給の推移を、全国・地域別・職種別という3つの視点から分析してきた。その結果、最低賃金の引き上げが平均時給の底上げに一定の効果をもたらしていること、そしてその影響の度合いは地域や職種によって異なることが明らかになった。
最低賃金政策は、働く人々の生活や雇用の在り方に深く関わる重要な制度である。その影響を正しく捉えるためには、制度の改定だけでなく、実際の賃金水準や格差の実態を継続的に検証していくことが不可欠である。
今後、最低賃金がさらに引き上げられていく中で、すべての地域・職種において、働く人々がその役割に見合った適正な評価を受けられるような制度設計が求められる。本コラムが、最低賃金政策の現状と課題を考える一助となれば幸いである。
マイナビキャリアリサーチLab 主任研究員 早川 朋