はじめに
2025年度の最低賃金改定により全都道府県で最低賃金が1,000円を超えた。一方で、物価上昇に伴い生活水準を保つために必要なお金が増し、必ずしも現在の最低賃金水準がアルバイトで働く人のニーズを満たしているとは限らない。賃金水準の地域格差の問題も根強く、最低賃金の大幅な引き上げが影響して発効を後ろ倒しにする地域もみられる。
本コラムでは「マイナビ最低賃金に関する調査レポート(2025年)」の結果をもとに、アルバイト就業者の賃金の今を見つめ、最低賃金を巡る諸課題を考える。
賃金を巡るギャップ
マイナビは2025年9月、最低賃金の実態を把握する目的でアルバイト就業者を対象に調査を行った。調査開始時の9月1日は、2025年度の都道府県別の最低賃金額が決定していなかったため、2025年度最低賃金引き上げに関しては、目安額(全国平均63円)を基準として聴取した。
調査データは、最低賃金額に地域差があることを踏まえ、国の中央最低賃金審議会が引き上げ額の目安として区分したA~Cランク(最低賃金水準:高い=Aランク→低い=Cランク)と、全国7ブロックのエリアに分けて集計を行った。【図1】
| Aランク | 埼玉、千葉、東京、神奈川、愛知、大阪 |
| Bランク | 北海道、宮城、福島、茨城、栃木、群馬、新潟、富山、石川、福井、山梨、長野、岐阜、静岡、三重、滋賀、京都、兵庫、奈良、和歌山、島根、岡山、 広島、山口、徳島、香川、愛媛、福岡 |
| Cランク | 青森、岩手、秋田、山形、鳥取、高知、佐賀、長崎、熊本、大分、宮崎、鹿児島、沖縄 |
【図1a】ランク区分
| 北海道 | 北海道 |
| 東北 | 青森、岩手、宮城、秋田、山形、福島 |
| 関東 | 東京、神奈川、埼玉、千葉、茨城、栃木、群馬 |
| 中部 | 新潟、富山、石川、福井、長野、山梨、岐阜、静岡、愛知 |
| 近畿 | 三重、滋賀、京都、大阪、兵庫、奈良、和歌山 |
| 中国・四国 | 鳥取、島根、岡山、広島、山口、徳島、香川、愛媛、高知 |
| 九州 | 福岡、佐賀、長崎、熊本、大分、宮崎、鹿児島、沖縄 |
【図1b】エリア区分
結果からは、賃金を巡るいくつかのギャップが浮かび上がった。 結果からは、賃金を巡るいくつかのギャップが浮かび上がった。
現在の時給と理想の時給の隔たり
1つ目は、アルバイト就業者の現在の時給額と理想とする時給額のギャップだ。調査結果では、アルバイト就業者の「現在の時給(平均)」は1,166円。これに対して、「仕事に見合うと思う理想の時給(平均)」は1,327円で、161円の差があった。
また、アルバイト就業者が適正だと思う最低賃金の全国平均額は1,200円で、現在の時給額が本人の理想額や適正と考える賃金水準を下回る結果となった。【図2】
【図2】現在の時給(平均)・自分の仕事に見合う理想の時給(平均)・適正だと思う最低賃金の全国平均額(平均)/マイナビ最低賃金に関する調査レポート(2025年)
また調査では、2025年度の最低賃金改定への期待について3つの項目で聴取した。まず「自身が希望する時給額になること」では「期待できない計(あまり期待できない+期待できない)」の割合が65.2%にのぼった。「私生活が豊かになること」は「期待できない計」の割合が72.2%、「仕事の意欲が高まること」は「期待できない計」の割合が69.8%となった。【図3~5】
【図3】2025年度の最低賃金改定への期待・時給水準/マイナビ最低賃金に関する調査レポート(2025年)
【図4】2025年度の最低賃金改定への期待・私生活の豊かさ/マイナビ最低賃金に関する調査レポート(2025年)
【図5】2025年度の最低賃金改定への期待・仕事への意欲/マイナビ最低賃金に関する調査レポート(2025年)
このデータからは、アルバイト就業者の最低賃金改定に対する期待の大きさはあまり感じられない。背景には、物価上昇の影響もあると考える。総務省の消費者物価指数(CPI)をみると、物価はここ数年上昇傾向にあり、2020年を基準の100とした場合、変動が激しい生鮮食品を除いた総合の指数は直近8月で111.6となっている。【図6】
【図6】総務省・消費者物価指数
最低賃金は上昇しているものの、物価高騰を受けて生活に必要な所得水準が高まる中で、最低賃金改定による働く人の私生活や仕事意欲への効果は限定的と予想した人が多いと考えられる。
最低賃金の地域格差意識
2つ目のギャップは、最低賃金や賃金水準の地域格差だ。アルバイト就業者のうち「最低賃金の地域格差を感じる」とした割合は70.9%。エリア別では東北や九州で割合が高く、A~Cのランク別では賃金水準が低いCランクで8割を超えた。特徴として、賃金水準が低い都道府県で格差の認識が高い傾向が見られた。【図7】
【図7】最低賃金の地域格差を感じているか/マイナビ最低賃金に関する調査レポート(2025年)
このデータは2025年度の最低賃金が決まる前に聴取した結果だが、実際の最低賃金の地域差はどうだろうか。【図8】は2025年度の地域別最低賃金一覧表である。
【図8】2025年度地域別最低賃金・発効日一覧
地域間の差に着目して最低賃金額をみると、もっとも高い東京の1,226円であるのに対して、もっとも低い高知・宮崎・沖縄は1,023円で、203円の差がある。依然として地域間の金額差は小さくないが、一方で、都道府県全体の地域差が徐々に縮まっているのも確かだ。
国の中央最低賃金審議会が定めるA~Cランクでは、最低賃金水準が高いランクほど引き上げ額の目安が低く設定されており、ランクごとの加重平均はAランク5.6%、Bランク6.3%、Cランク6.7%となっている。
この目安の設定に対して、2025年度の最低賃金改定では39道府県が目安額を上回った。目安を上回った地域の比率は、Aランクに比べて最低賃金水準が低いBランクの方が、Bランクに比べて最低賃金水準が低いCランクの方が高い。また、増加幅にも違いがあり、特にCランクでは13県すべてで目安の64円を7円以上(71円~82円)上回る結果となった。
さらに、2020年度~2025年度にかけては5年連続で過去最高の引き上げが行われているが、最低賃金水準が低いエリアは引き上げ額が高い傾向がある。最低賃金水準が高いAランクの5回の引き上げ総額は213円であるのに対して、Bランクは217円、Cランクは237円となっている(※1)。【図9】
(※1)各都道府県の2020年度から2025年度にかけての5回分の引き上げ総額を算出し、A~Cのそれぞれのランクで平均を出した
【図9】中央最低賃金審議会が定める最低賃金の区分と引き上げ実態 ※厚生労働省の資料をもとに作成
具体的な地域にあてはめると、2020年度当時、地域別最低賃金がもっとも高かったのは「東京」の1,013円で、2025年度までの増加額は「213円」。
対して、2020年当時の地域別最低賃金の最低額は792円で、2020年度当時は800円未満が16地域あったが、すべての地域で2025年度までの増加額が「230円」を上回っている。とりわけ、徳島は250円増、大分は243円増、熊本と島根は241円増で引き上げ額が高い。地域間の金額差は未だあるが、少しずつ縮まってもいる現状がある。
発効後ろ倒しの問題
2025年度の最低賃金改定を巡る動きでもう一つ見逃せないのが、発効の後ろ倒しの問題だ。例年10月に発効されることが多い最低賃金だが、11月発効が13地域、12月発効が8地域、越年発効が6地域となった。これは企業の負担感に配慮した措置と言える。
越年の6県のうち、熊本は82円引き上げで1月1日、大分は81円引き上げで1月1日、秋田は80円引き上げで3月1日となっている。目安を上回る引き上げによって近隣地域や全国との金額差を縮めることに繋がる一方、発効時期が後ろ倒しになれば、個人の収入の観点では、1年単位の通算で得られる収入水準が相対的に低くなる可能性がある。ここにも地域格差の意識に繋がる種が潜んでいる。
越境バイトのニーズ
地域の賃金を巡る課題という点ではもう一つ、今回の調査で興味深いデータが出ている。アルバイト就業者のうち、時給が高い近隣地域でアルバイトをしたいと感じたことがある割合は43.6%にのぼった。時給が高い近隣地域に越境してアルバイトをした経験があるとした割合は17.9%で、6人に1人以上が地域を超えて越境バイトをした経験があるとした。【図10~11】
【図10】時給が高い近隣地域でアルバイトをしたいと感じたことがある割合/マイナビ最低賃金に関する調査レポート(2025年)
【図11】時給が高い近隣地域に越境してアルバイトをした経験があるか/マイナビ最低賃金に関する調査レポート(2025年)
この調査結果からは、より高水準な賃金水準を求めて近隣の市町村や都道府県外でアルバイトをするニーズがうかがえる。アルバイト就業先に求める条件として「エリア(自宅から近いこと)」は重視される傾向だが(※2)、時給の条件によってエリアの条件が多少緩和される可能性も考え得る。
(※2)マイナビ「アルバイト就業者調査(2025年)」のアルバイト・パートの必須条件は、「自宅から近い」が47.5%でもっとも高く、「シフトの融通がきく」45.0%、「交通費が全額支給される」30.8%、「年齢に関係なく活躍できる」29.7%、「未経験でもできる仕事である」28.9%、「給与が高い」28.7%と続く。
最後に
最低賃金の大幅な引き上げが続くとともに、実質的な地域別最低賃金の金額差が縮まっている現状はある。だが一方で、アルバイト就業者個人が求める賃金と現行の賃金水準には依然として隔たりがあり、地域格差の意識が根強いことが調査からうかがえた。
片や、実質的に地域間の金額差を埋めることは、最低賃金水準が低いエリアの企業にとって負担が大きい。ギャップがある働く側の要求と企業側の現状を、いかに調整しながら最低賃金水準を引き上げていくかが今後の課題であろう。
キャリアリサーチLab研究員 宮本 祥太