女性が長期的にキャリアを形成する時代、「改姓」が及ぼす影響のリアルを考える
「働く女性にとっての『改姓』を考える」シリーズ企画。第2弾の今回は、転職支援サービスを提供するマイナビエージェントで、キャリアアドバイザーとして活躍している千本に転職における「改姓」の実態について聞いた。また、自分自身も「働く女性」であることから、働くうえで実際に経験したことや感じたことなど意見交換を行った。
千本 佳奈子(せんぼん・かなこ)
マイナビエージェント キャリアアドバイザー
2008年大学を卒業後、新卒で人材ベンチャー企業へ入社し、2015年にマイナビ入社。マスコミ・メディア・コンサルティング・インターネット・小売り・メーカーを中心に多種多様な企業・求職者の方向けの採用支援・転職支援を行う。現在はメーカー領域のマネジャーとして「質の高い転職支援サービス」を多くの方に提供するミッションを実行。キャリアコンサルタント国家資格保有。人材業界歴17年目。
聞き手:東郷 こずえ(とうごう・こずえ)
キャリアリサーチLab 主任研究員
2007年、中途で入社。営業推進、サイトデータ分析部門などを経て、キャリアリサーチLabに参画。新卒採用領域において学生および企業向けアンケート調査の立案・運用・分析に従事。2024年4月より主任研究員と編集部の責任者を兼ねて企画立案や取材、原稿執筆などを行う。国家資格キャリアコンサルタント。2024年、筑波大学人間総合科学研究群カウンセリング学位プログラム(博士前期課程)修了。修士(カウンセリング)。
目次
キャリアの分断につながる改姓、転職ではどうなる?
旧姓の通称利用と転職するときの実状
東郷:第1回目のコラムでも触れましたが、結婚しても同じ会社で働く場合は、名前に紐づく業務上の実績といったキャリアが分断されることを避けるために、旧姓の通称利用が広がりつつあるようですが、転職をする場合には、どうされるケースが多いのでしょうか?
千本:転職の場合は、履歴書や職務経歴書など、公的に通用する書類を提出しますので、戸籍上の公的な名前を使って活動することになります。前職では旧姓を利用されていた方も、転職に際しては戸籍上の名前を使用せざるを得ないというのが実状です。
東郷:あくまで旧姓は通称としては利用することがあっても、公的に認められた「姓」ではない、ということになるのですね。
千本:そうですね。あと、私が普段キャリアアドバイザーとして転職のご支援をさせていただいている方は、一般の企業に勤務される方が中心なので、旧姓の通称利用にこだわる方は少ないのかもしれません。むしろ、転職を機にリセットしたいというお気持ちがあるようです。
前の会社では旧姓で働いていたけれども、転職後は新姓で働くことが前提になっていて、私たちが履歴書を拝見する際も、旧姓か新姓か確認するまでもなく、新姓で書類を作成されていることが当たり前になっているように思います。
私が担当している企業には、エンジニア職の方も営業職の方もいらっしゃいますが、自分の実績と一緒に自分の名前が残ることを意識してお仕事をされている方は多くない印象です。
クリエイティブ職や専門職の場合
東郷:少し疑問に感じたのですが、たとえば私自身も自分の名前を公表して記事を書いたりするのですが、同じように名前を出して作品や原稿といった発表物として制作される専門職やクリエイティブ職の方はどのように対応されているのでしょうか?名前はある意味で自分の作品などのラベルのようになっていると思うのですが・・・。
千本:クリエイティブ職の方であれば、「通称名」みたいなものを使われているケースもあります。おっしゃるように、これまで培ってきた実績が検索されたり、SNSで発信されたりする機会も多いと思いますので、その際は履歴書の備考欄などに、旧姓や通称名で仕事をしたいと記載して申請されるケースが多いと思います。ただ、新しい職場でそれが認められるかどうかは入社予定先の企業と相談する必要があります。
東郷:そういう対策も選択肢としてはあるのですね。旧姓の通称利用について、入社予定先の確認は必要だとしても、「転職しても旧姓をそのまま使いたい」と考える方は増えているでしょうか?
千本:フリーランスで仕事されている方などは、屋号をお持ちの方もいらっしゃるので、屋号や通称名を使ってお仕事されるケースは増えてきているように感じます。
リファレンスチェックの場合
東郷:最近は、企業が人材を採用する際に、候補者の過去の職務実績や人柄を、前職の上司や同僚に確認するリファレンスチェックが普及してきているようですが、前職では旧姓で働き、転職を機に新姓に変えられる方は、どのように対策されているのでしょうか?先ほどおっしゃっていたように、備考欄に注意書きを記載したりされるのでしょうか?
千本:リファレンスチェックに関しては、求職者ご自身がかつての自分の上司を指定してチェックを受けることも多いようで、旧姓とか新姓とか、あまり気にされていないように思います。そうした事情を知ってらっしゃる方にお願いしているためだと思います。
同じ会社で継続して働く場合の「改姓」の実態
旧姓の通称利用
東郷:ここまで「転職」における「改姓」に注目してお話をうかがってきましたが、やはり「公的な氏名」が必要な場では、新姓を利用することが一般的なのですね。
では、ここからは同じ企業で継続して働く女性にとっての「改姓」のリアルについて、話していきたいと思います。
私の場合は、結婚後も仕事上では旧姓を利用しているのですが、社会人大学院に入学するときは新姓を使いました。ただ、今後、研究活動を継続する際に研究の実績と仕事の実績をつなげるために旧姓を利用しておいたほうがいいように感じていました。
修了後に学会で発表することがあり、そのときは旧姓の名字と名前の間に、戸籍名の名字をミドルネームのようにして入れて登録して、どちらの姓も自分を示すような工夫をしました。
大学院の先生方もおっしゃっていたのですが、女性研究者の方も、名前が変わることによるキャリアの分断に悩んでいる方は多く、同じように旧姓をそのまま利用したり、両方の姓を登録する方も少なくないようです。
千本さんは、結婚前もあとも同じ会社でキャリアアドバイザーとしてお仕事されていますが、結婚しても旧姓を使われているのですね。
千本:もしかするとクリエイティブ職の方の意識に近いかもしれませんが、自分がやってきたことや営業としての実績は、“千本”という珍しい名字だからこそ覚えてもらいやすかったり、印象に残っていたりするのかなと感じていて、結婚しても旧姓を使い続けることにしました。 名字を変えると、これまで旧姓で仕事をしてきたキャリアが分断されてしまうのではないかという気持ちもありました。
改姓が社内外のコミュニケーションに与える影響
千本:加えて、やはり名前を変更する際の社内の手続きが面倒だし、何よりメールアドレスが変わることで、社内外のいろいろな方に連絡するのが手間だと感じたのが正直な気持ちですね。
東郷:千本さんは営業部門でお仕事をされているので、お客さまにとっては名前が変わることのデメリットが大きいかなと思うのですが、同じ領域でお仕事されている周りの方はどうされていますか?
千本:入社してから結婚された方は、旧姓のままお仕事されている方が多いかなと思いますが、結婚を機に転職して来られる方は新姓を利用されるのが一般的です。旧姓のままお仕事されていた方も、産育休から復帰されるタイミングで新姓に変えられる方はも多いように思います
東郷:産育休のタイミングで、(担当変更などで)お客さまとの関係性はいったんリセットされて、復職されてから新たに関係を構築されるので、名前を変えてもスムーズに移行できるということですね。
千本:復職の際に会社でいろいろな手続きをしなければならないので、そのタイミングで新姓に変えてしまう方もいらっしゃいますね。
東郷:会社内で公的な書類を作成してもらう際に、旧姓で記載する必要がある場合など、混乱することはありませんか?
千本:たいへんありがたいことに、弊社の場合、社内では旧姓で仕事を続ける女性社員が多いからか、担当部門の方が戸籍名で書く必要がある項目には注意書きを入れてくれています。そのおかげで私自身はあまり混乱した経験はありません。
東郷:確かにそうですね。私も同様に感じています。そういう対応をしていただけると煩わしさが解消されてうれしく感じますし、自分の名前や実績が認められている感覚にもなりますね。
「改姓」をジェンダー問題にしている現状
転職時の対応が変わる可能性
東郷:これまでは、女性が結婚して名前を変えることを不思議に思わない人が多かったかもしれませんが、今後、正社員で働き続ける女性が増えてくると、転職者の中にも旧姓を使いたいと考える人が増えてくるでしょうか?
千本:少しずつ流れが変わってくる可能性はあると思います。選択的夫婦別姓の議論も盛んになってきましたし、女性自身の意識も変わるだけでなく、こうした選択を受け入れる企業も増えてくるのではないかと思います。
東郷:もし求職者の方が、旧姓を通称利用して仕事を続けたいと思う場合、頭から無理だと考えずに、転職先の方に相談してみるとか、もしくは人材紹介で間に入られているエージェントの方を通して確認してみるというのは問題ないでしょうか?
千本:もちろん問題ありません。ただし、転職に際して提出が必要となる書類については、戸籍上の名前を使っていただく必要があります。
「改姓」に対する認識に男女の違いがある可能性
東郷:個人的な経験談ですが、旧姓で作成された書類と新姓で作成された書類の両方が必要なときに、「この名前はどちらも私である」ということを、複数の公的書類をとり寄せて証明しなきゃいけないことがあって、これは多くの男性は経験することがないことなのだろうなと、少し複雑な気持ちになりました。氏名に紐づく実績などのキャリアが分断されることを避けるためにを踏まえると、「改姓」に対する認識に男女の違いはありそうですね。
千本:仕事では、結婚しても同じ会社で働き続ける場合、旧姓を通称利用することが一般的になってきているので、名前を変えない限り、男女ともに結婚したかどうかもわからないようになりました。今は、会社の中であまりプライベートなことを公にしたくないと考えている人も増えているようですし、そういう意味でも女性だけが「改姓」の影響を強く受ける現状は少し疑問を感じますね。
東郷:「改姓」は婚姻時だけではなくて、離婚した際も必要な場合がありますよね。こういう場合、(婚姻時に女性が95%改姓していることを踏まえると)女性のほうが必要のないプライベートな事情を明かさなくてはならないのはデメリットなのかなとも思います。
千本:私の場合は、旧姓と新姓で仕事とプライベートの切り替えができることにメリットも感じています。仕事における自分と自宅での母親としての立場をうまくスイッチできている気がします。
東郷:確かに、名前を公にするような仕事だと、気持ちの切り替えもできるしリスクヘッジにもなりますね。そう考えると、つい「旧姓の通称利用」が解決策としてふさわしいのではないかと考えてしまいますが、その名前が法的には認められない現状を踏まえるとそうとも言えないことは、「転職」の場におけるケースを聞くと実感します。
夫婦同姓を義務づける日本の民法に対して、国連から4度目の是正勧告が出されたことや「選択的夫婦別姓の導入」に関して議論が盛んになっていると聞いても、当初は自分事として考えられていなかったのですが、女性活躍が進み、1人の職業人としてのキャリアを歩み続ける女性が増えてきた今、もう少し自分に引き寄せてこの問題を考えないといけないのではと思うようになりました。
今後について
千本:大切なのは、選択できるということだと思います。結婚して名前を変えたい人は変えればいいし、無理に夫婦別姓にする必要もないように思います。
東郷:現在の日本の民法では、結婚するときは「男性か女性のいずれか」が改姓しなければならないとされていますが、実態としては95%、女性が改姓しているという事実によって、この問題はジェンダー問題にすり替わっていく難しさを感じます。もし、男性も50%が改姓されるような状況だと、改姓における不便さを社会全体の課題としてとらえるようになり、今の制度はおかしくないかという声も増えるかもしれないですね。
選択的夫婦別姓の議論は、これまで30年間にわたって続けられてきましたが、現時点ではまだ状況は変わっていません。しかし今、女性が長期的なキャリアの形成に向き合い始めたというのは、これまでにない大きなムーブメントだと思います。新しい時代がいよいよ来るかもしれないと感じています。