マイナビ キャリアリサーチLab

働く女性の改姓問題ー選択的夫婦別姓をキャリアの視点で考えるー

東郷 こずえ
著者
キャリアリサーチLab主任研究員
KOZUE TOGO

はじめに ~婚姻時に改姓するのは95%が女性という実態~

働く女性が直面する改姓問題は、キャリア形成や個人のアイデンティティに大きな影響を与える重要な課題である。日本において現在の民法では結婚の際に必ず男性または女性のいずれかが改姓をしなければならないが、結婚して姓を変える人は女性のほうが圧倒的に多く、全体の約95%となっている。(2023年時点

しかし、これにより職場での認知度や信頼性が低下することがある。また、改姓に伴う手続きの煩雑さや、旧姓を通称として使用する際の法的・社会的な課題も存在する。選択的夫婦別姓制度の導入が議論されているが、現状ではまだ実現していない。この制度が導入されれば、夫婦がそれぞれの姓を保持することが可能となり、改姓によるキャリアへの影響を軽減できると期待されている。

選択的夫婦別姓制度の必要性とその影響について、働く女性の視点から考察することは、今後の法改正や社会の在り方を考える上で重要である。本稿では主に女性が直面している改姓の実態を把握するとともに、現在議論されている「選択的夫婦別姓」の必要性とその影響について考えていきたい。

改姓がキャリアに与える影響

改姓は、働く女性にとってキャリア形成に大きな影響を及ぼす要因の一つである。結婚後に夫の姓を名乗ることが一般的な日本では、改姓に伴うさまざまな課題が存在する。

まず、改姓に伴う手続きの煩雑さだ。銀行口座やクレジットカード、運転免許証など、さまざまな公的・私的な書類の変更手続きが必要となる。これにより、時間的・精神的な負担が増加し、仕事に集中できない状況が生じることがある。結婚したことによる喜びもつかの間、会社に休みを取って、さまざまな機関をはしごして名義手続きをしながら、「面倒だな」と感じてしまったことのある女性は多いだろう。

しかし、こうした作業的な負担よりも深刻な問題がある。それは、改姓によって職場でのアイデンティティが揺らいだり、キャリアが中断したりしてしまう可能性があるということだ。特に、専門職やクリエイティブな職業に従事する女性は業績を示す成果物(作品やレポート、原稿等)を名前とともに発表しているようなケースでは、改姓によって、あたかも別人の成果物のように見えてしまう懸念がある。つまり、改姓は自身のブランドやプロフェッショナルなアイデンティティに影響を与えるといえる。

また、専門職やクリエイティブな職業でなくても、改姓が職場での認知度や信頼性に与える影響も重要な課題である。たとえば、営業職や顧客対応を行う職種では、改姓により顧客からの信頼が一時的に低下することがある。これは、顧客が新しい姓に慣れるまでの間、業務に支障をきたすことがあるためである。

具体的には、顧客が改姓後の新しい姓を認識し、以前と同じ人物であると理解するまでに時間がかかることがある。また、顧客が改姓を知らない場合、別人と誤解されるリスクもある。これにより、顧客とのコミュニケーションが円滑に進まず、結果として信頼性が低下する可能性があると考えられる。

さらに、改姓により職場内でのコミュニケーションが一時的に混乱することもある。特に、大企業や多国籍企業では、改姓に伴う情報の共有や更新が遅れることがあり、業務効率に影響を与えることがある。

具体的には、名刺やメールアドレスの変更、電話対応において旧姓で呼びかけられた際に「現在の担当者は○○です」と訂正する必要が生じること、既存の契約書や公式書類に旧姓が記載されている場合には改姓後にこれらの書類を更新する手間が発生する場合もあるだろう。 このように、改姓は働く女性にとってキャリア形成において多くの課題をもたらす。

改姓に関する統計データ

改姓に関する統計データは、働く女性が直面する現状を理解する上で重要な情報源である。ここからは改姓に関する統計データをより詳細に確認する。

結婚に際して改姓する女性は約95%

冒頭でも述べた通りとおり、内閣府によると、結婚に際して改姓する女性の割合は約95%に達している。これは、結婚した夫婦のうち、ほとんどの女性が夫の姓を選択していることを示している。 2023年のデータでは、婚姻届を提出した474,741組の夫婦のうち、448,397組(94.5%)が夫の姓を選択している。

また、改姓が結婚に対する意識にも影響を与えている。内閣府の調査によると、「名字・姓が変わるのが嫌・面倒だから」という理由で積極的に結婚したいと思わない女性の割合は、20~39歳で25.6%、40~69歳で35.3%に上る。【図1】

【図1】「令和3年度 人生100年時代における結婚・仕事・収入に関する調査」(令和3年度内閣府委託調査)より作成。(同調査の回答項目のうち、「当てはまる」「やや当てはまる」の累計値を掲載)
【図1】「令和3年度 人生100年時代における結婚・仕事・収入に関する調査」(令和3年度内閣府委託調査)より作成。(同調査の回答項目のうち、「当てはまる」「やや当てはまる」の累計値を掲載)

グラフ上で示されているとおり、他の理由のほうが高い場合もあるが、特に注目したいのは男女差の大きさである。 男女差は20~39歳で14.5pt、40~69歳では28.7ptだ。この結果より、特に女性にとって、また、キャリアを重ねるほど「改姓」が結婚に対するネガティブな要因となっていることを示しているといえる。

改姓に関する統計データは、働く女性が直面する現実を浮き彫りにしていると考えられる。こうした影響を軽減するために、結婚後も旧姓をそのまま使い続ける、いわゆる「旧姓の通称利用」を続ける人も少なくない。

企業における旧姓の通称利用の現状

次に、企業における旧姓の通称利用の現状について確認する。旧姓の通称利用は 、働く女性が改姓によるキャリアへの影響を軽減するための重要な手段の一つである。

内閣府の調査によれば、旧姓の通称利用を認めている企業は全体で49.2%(「認めている(45.7%)」と「条件付きで認めている(3.5%)」の合算)で、半数程度となっている。また、その割合は企業規模によって異なり、中小企業ほど低い傾向にある。【図2】

【図2】旧姓使用の状況(企業規模別)/旧姓使用の現状と課題に関する調査報告書(内閣府)(2016年)
【図2】旧姓使用の状況(企業規模別)/旧姓使用の現状と課題に関する調査報告書(内閣府)(2016年)

しかし、旧姓の通称利用が認められている範囲は限定的であるようだ。多くの企業では、先述したような名刺やメールアドレス変更に伴う手続きの煩雑さを避けるために、一定の範囲で旧姓使用が認められているが、公的な書類や公式な場面では戸籍上の姓を使用する必要があるため、完全な解決には至っていない。【図3】

【図3】<旧姓使用を認めている企業のみ> 旧姓使用を認めている範囲(複数回答)/旧姓使用の現状と課題に関する調査報告書(内閣府)(2016年)
【図3】<旧姓使用を認めている企業のみ> 旧姓使用を認めている範囲(複数回答)/旧姓使用の現状と課題に関する調査報告書(内閣府)(2016年)

また、旧姓の通称利用に伴う法的・社会的な課題も無視できない。たとえば、旧姓を通称として使用する際に、書類や帳票において通称と戸籍姓の統一ができず、関係者の混乱を招くケースや社内システムが通称使用に対応していないため、管理が煩雑になること等が考えられる。これにより、旧姓の通称利用が広く認められている現状であっても、実際の運用においては多くの障害が存在すると推察される。

著者自身の経験でいうと、仕事における活動は旧姓を通称として継続して使っており、日常的に困難を感じることはない。しかし、引っ越しをした際に生じた各種変更手続きの際に、通常の届け出資料に合わせて、姓が変わったことを示す証明書(戸籍抄本や住民票など)を用意する必要があり、「旧姓の自分と、改姓後の自分が同一人物であることを公的に示す必要があるんだなぁ」と改めて認識した覚えがある。

こうした機会はさまざまあるが、弊社の場合、なんらかの入力フォーム上で氏名を記入する欄に「社内通称」か「戸籍名」のどちらを記載するべきか指定されていることも多く、なるべく管理が煩雑にならないように工夫されていると思われる。

旧姓の通称利用については日常業務としては一見問題はなく、「このまま旧姓の通称利用が推進されれば問題ないのではないか」等と感じてしまうこともあるが、やはり、法的な整備が整っていないことも事実である。このように法的な整備が整っていないことで起こる不都合が解決できないこともあり、日本では30年ほど前から「選択的夫婦別姓」の導入が議論されているが、まだ具体的な法改正には至っていない。

次に、選択的夫婦別姓の必要性について確認する。

選択的夫婦別姓の導入に関する各方面の見解

先日、国連の女性差別撤廃委員会から日本に対して夫婦同姓制度の改善を求める4回目の勧告が出されたことがニュース等で報道された。この勧告は国連の女性差別撤廃委員会が2024年10月に発表した「UN women’s rights committee publishes findings on Benin, Canada, Chile, Cuba, Japan, Lao, New Zealand and Saudi Arabia 」に含まれている。

日本では夫婦は婚姻時にいずれか一方が必ず姓を改めなければならないという夫婦同姓制度が採用されているが、本レポート内で、特に結婚した夫婦が同じ姓を使用することを要求する民法第750条を改正するための措置が取られていないことに懸念が示されている。

多くの先進国では、夫婦がそれぞれの姓を保持することが一般的であり、実は、日本のように法律によって夫婦同姓が定められている国のほうが珍しい。夫婦同姓制度自体が女性差別的であるというわけではないが、古くからの慣習によって、女性のほうが改姓する割合が著しく高い現状を鑑みると、ジェンダーギャップ解消のために、日本も国際基準に合わせる必要があるという意見はもっともかもしれない。

経団連も選択的夫婦別姓制度の早期実現を求める提言を発表している。経団連は、昨今は長期的にキャリアを形成する女性、グローバルに活躍する女性、役員をはじめ意思決定層に登用される女性、自ら起業する女性等の増加に伴い、女性が不便・不利益を被る場面が一層増しており、改姓によるキャリアの分断や旧姓の通称使用に伴うトラブルが企業経営にとっても重大な課題であると指摘している。経団連の調査では、88%の女性役員が「旧姓の通称使用」が可能である場合でも、新姓への変更手続きに伴う不便さや不利益を感じていると回答していることが報告されている。

一方で、法務省は選択的夫婦別姓制度の導入について慎重な立場を取っている。法務省の見解では、選択的夫婦別姓制度の導入は婚姻制度や家族の在り方に関わる重要な問題であり、国民の理解のもとに進められるべきであるとされている。また、世論調査の結果では、選択的夫婦別姓制度の導入に賛成する意見が増えているものの、依然として反対意見も根強く存在している。

最後に

改姓問題は、働く女性にとってキャリア形成や個人のアイデンティティに大きな影響を与える重要な課題である。選択的夫婦別姓制度の導入は、改姓によるキャリアの中断や再構築の必要性を軽減し、女性が結婚後もスムーズにキャリアを継続できる環境を整えるために必要不可欠である。経団連も選択的夫婦別姓制度の早期実現を政府に提言しており、法改正に向けた動きが加速していくと予想される。

法令だけでなく、多くの慣習が夫婦同姓であることを前提に考えられていることを鑑みると、確かに選択的夫婦別姓制度が導入されることで一定の混乱は免れないかもしれない。しかしながら、本来であれば、男女が同じように晒されるはずの「改姓」のリスクが、「女性の問題」として議論されていることへの違和感にそもそも気づくべきなのではないだろうか。

マイナビキャリアリサーチラボ 主任研究員 東郷 こずえ

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