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人生100年時代、ミドルシニア世代がいかに自分を取り戻すか—必要なマインドとスキルとは—法政大学キャリアデザイン学部教授 廣川 進 氏

キャリアリサーチLab編集部
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シニア世代直前の50代は受難の時代!?

人生100年時代と言われる現代では、国や社会の要請によって企業は従業員の「雇用延長」をせざるを得ない状況となっている。とくに、高齢者雇用の観点からも、企業は業績の良し悪しに関わらず、人件費抑制のため給与削減、役職定年、出向転籍、早期退職などを余儀なくされている。

そのような中、働く50代の仕事へのモチベーションや「キャリア自律」の意識は、ほかの世代と比較して最低とも言われ、急激な変化への適応もままならない。職場では「残念なシニア」と呼ばれる現象も耳にするなど、企業としても個人としても望ましくない状況下であり、昨今の重要課題の1つである。しかし、企業も有効な対策を見つけられていないというのが実情だ。

こうした背景には、多くの主要な調査データからもさまざまな問題提起がされている。たとえば、内閣府が2022年に行った「満足度・生活の質に関する調査報告書 2022」では、「15-39歳」「65-89歳」と比較して「40-64歳」の生活満足度が低い。

また、マイナビが行った「ライフキャリア実態調査 2023年版」では、仕事に関する価値観について聞いている。就業者(正規)において、世代別にみてみると「業務内容そのものに満足感があった」「将来のキャリアの見通しが開けた」「熱心に仕事に取り組んだ・夢中になって仕事をしていた」などの項目がほかの世代と比較して40代・50代が低いという傾向がみられた。

個人と組織のキャリア課題に存在する “大きな溝”

個人と組織のキャリア課題に存在する “大きな溝”

なぜこうした実態が生じているのか。これは、超高齢化が急速に進んで「人生100年時代」になり、国は社会保障維持のために「70歳までの就業確保」を法律化した(2021年改正高年齢者雇用安定法)ことが大きく影響している。バブル期の大量採用、就職氷河期の新卒採用抑制のツケがまわり、年齢構成の分布が歪む、高齢者偏重組織が8割を超える状況がその要因の一つとなっていると考えられる。

その一方で、経営陣は生き残りを図るために、50代以降の減給、昇給昇格昇進の機会の減少、役職定年(ポストオフ)、出向、転籍、早期退職等の施策を実施する動きを加速。雇用のルールも従来の年功序列と終身雇用のメンバーシップ型から「ジョブ型雇用」に転換し、キャリアは個人の責任で開拓する「キャリア自律」を促す流れとなっている。加えて、急激な環境変化にも変幻自在に適応できる「プロティアン・キャリア」や、組織から求められる新たなスキルを学習し続ける「リスキリング」などの掛け声なども大きくなっている。

一方、ミドルシニア世代側の立場で考えれば、「できる限り働き続けよ」という社会的・金銭的状況下の中、会社からは「変われる人は活かし」「変われない人は、自身の道を」とも言われかねないプレッシャーを孕む。

個々の腹の内や思いを素直に語れる相手が見当たらず、一人で鬱々として働く意欲の減退した50代社員を量産する状態ともなれば、個人/組織の双方にとって大きなマイナスに繋がりかねないのだが、現状多くの企業では、社員目線での十分な対策が取られていない。

経営的な視点で考えれば、若年層の定着や幹部候補育成などを優先し、ミドルシニア向けの施策は、優先課題としての意識が低い。とりわけ50代の対策は、平均年齢の高い一部の企業に限られることや、重要ではあるが具体的な有効策を見いだせていないことなどから先送りされていることもあり、さらに深刻化している現状があると考えられる。

各企業における“リアルな実態”に切り込み探索する

前述したように、急激な環境変化を前に多くの50代は、問題と直面することを避け、棚上げしている実情がある。経営陣や人事から「キャリア自律をせよ」とのメッセージが発せられ、セカンドキャリアやマネープランの研修を実施したところで、早々に意識と行動が変わることは大変難しい。こうした状況をどのように打破すべきか。

そこで、今回50代の社員を抱える企業2社にご協力を賜り、特別なキャリアカウンセリングプログラムの効果検証を行った。当該2社の50代社員に対し、利害関係のない第三者的な立ち位置であるキャリアカウンセラーを設置し、現状のさまざまなネガティブ、マイナスの思いを話しあい、直面する問題を自覚・認識して整理する、というワークを実施する取り組みを開始した。

これは、仕事だけでなくライフの視点も取り入れた「統合的な人生設計」のワークをカウンセラーと一緒に考えることで、未来に向けて行動を起こすきっかけとなる取り組みである。そこではナラティブ・アプローチ(※1)による個別の探索を行い、なかなか表面化しにくい、各人の“ホンネ”を聞いた。
※1:ナラティブ・アプローチとは、相談者が抱える“悩み”や“思い”を物語(ナラティブ)、ストーリー形式で語り、問題を外在化・言語化するプロセスで、その人が生きやすくなる物語を見つけていく手法のこと。

“ホンネ”の実像に迫りつつ、以下の4つの尺度を参考にして、個人の内面の変容を促進する要因を探った。

尺度1: 縮小型ジョブ・クラフティング尺度
「拡大昇進的」よりマイナスの要素に捉えられがちだった「縮小予防的ジョブ・クラフティング」も高齢雇用者のモチベーションにはプラスの影響があることが示唆されている。

尺度2:適応的諦念(ていねん)尺度
困難な状況をあきらめ受容することは個々人のレジリエンスにつながると考えられている。

尺度3: キャリア自律(心理・行動)尺度
能動的に自分の意思でキャリアを形成しようとする個人の心理的要因と行動的要因を意味し、その変化を読み取る。

尺度4: 幸福感尺度
職業生活を積み重ねて来た中高齢労働者にとっては、柔軟に新しい役割を受け入れる関心と好奇心が幸福度に影響が大きい。心理的契約、心理的安全性、ジョブ・クラフティング、キャリア・アダプタビリティ等との関連も高いと考えられる。

この中でも特に【尺度3】【尺度4】を手掛かりに、「研修とカウンセリング」をセットにした効果検証を行った。そこにはどのような変化が生じているのか、また、変化が好転しない背景にはどのような障壁が潜んでいるのか、企業の歴史的背景や文化・風土の観点から、特徴的な2社の事例を通して、その全体像をとらえていった。

変化を阻害する“見えにくい内外の壁”を打開する手立てとは

こうした取り組みを通して、前提となる課題がみえ、社員の自己肯定感や自己効力感といった観点が一律には改善されていないことがわかった。

企業側は、世代別のキャリア醸成に関わるワークショップを通して、「自律的なキャリア支援」のガイドラインやその保証制度などを提示するものの、参加者側は自分事として理解し難い“心理的な壁”の存在がみえてきた。これは、「組織から離れて頑張れ!」という選択肢とは別に「組織に定着し続ける選択肢」が提示されていないこともあり、自分のキャリアをどう描いたら良いのか腹落ちしにくいといった可能性がある。

企業側は一般論として「この先の60代がどのようなキャリアが描けるのか、実際生活するうえでかかる費用の実態」といった一般的なデータ提供はしているものの、会社に残った場合の具体的な年収に関する指標や複数の選択肢は提示されておらず、いつまでにどのような準備が必要なのか、そのマイルストーンがみえにくい情報提供の可能性もある。これは、多くの企業が同じ轍を踏んでしまう“企業側の利害が先行した情報提供”に留まっていることが考えられる。

一方、社員側からすると、自分の意思とは関係なく、会社の業務として全力で取り組んできた歴史や現在の業務から離れ、自分のやりたかったことを改めて考え見直すということは、かなり労力と思考力が伴う。

「45歳定年説」「40歳になったら独立支援」など、入社間もない時点で社員に提言している企業もある一方、50代のタイミングになってはじめてキャリア施策を提示されたのでは、社員の目線からみると、唐突さを感じてしまうのは否めない。実際のところ、こうした“手厚いミドルシニア向け支援”への取り組みは日本独特のもので、アメリカなどでは、すべてが自己完結である。

これから企業がミドルシニア世代に対してやるべきこと

では、これからの時代、企業がミドルシニアに対してなにをすべきか。以下に3つ挙げる。

(1)企業からの情報提供によりリアルな情報提供を

企業からの情報提供の中身も理想を語るだけでなく、条件が悪いなら悪いなりの情報開示をしつつ、どのタイミングで準備をし、どのくらいのスパンで今後のキャリアを描くのか、またその時のリスクと覚悟をどのように想定すべきか、個人の特性や価値観に応じ、プロセスを明示していくことがカギとなる。

(2)先駆者の体験にならえ

次に、コロナ禍で働き方や社会情勢、“あたり前”とされる定説が大きく変わる中、 “時代の荒波を悠々と乗り切る未来の描き方”は、先駆者たちの成功や失敗事例にこそ多くのヒントは隠されている。

社内にとどまる、社外に出る、それぞれの選択をした先輩たちのさまざまな活躍のモデル、具体例を提示してほしいという研修参加者の声も多い。企業側のリアルな葛藤と対峙しながら、共に考えサポートしていく、といったスタンスなども重要となる。

(3)社員に新たなコミュニティづくりの推進を

情報や事例を提示しつつ、ミドルシニア世代が自らを変えていくことこそ必要不可欠と言える。旅行や美術館や未体験の場に足を運んでみるもよい。自分なりの新たなコミュニティづくりに向けた行動を、一歩でも半歩でも踏み出し、自分なりのキャリアとライフを見つめ直す、パラダイムシフトが改めて重要となるだろう。

さいごに

次回以降、本シリーズでは、企業担当者との対談を通じて、よりリアルな実態と内情を伺っていく。この先100年時代のキャリアと人的資源をどう活かしていくか、また未来に渡る有効な施策は何か、を各企業の生の声や取得したデータの考察を通して紐解いていきたい。


■著者プロフィール

廣川 進(ひろかわ・すすむ)

廣川 進(ひろかわ・すすむ)
法政大学キャリアデザイン学部教授(文学博士)
公認心理師、臨床心理士、シニア産業カウンセラー、2級キャリア・コンサルティング技能士、日本キャリア・カウンセリング学会前会長

ベネッセコーポレーションに18年勤務。育児雑誌ひよこクラブ創刊に携わり、人事部でヘルスケア部門等の業務も経験。社会人大学院(大正大学臨床心理学専攻)、同博士課程を修了し2001年退社。大正大学臨床心理学科教員を経て2018年から現職。ほかにも海上保安庁(惨事ストレス・メンタルヘルス対策アドバイザー)や企業で、カウンセラー、コンサルタントとして関わっている。主著に「失業のキャリア・カウンセリング」金剛出版、「心理カウンセラーが教える「がんばり過ぎて疲れてしまう」がラクになる本」ディスカヴァー・トゥエンティワン、「キャリア・カウンセリングエッセンシャルズ400」金剛出版

(コラム編集・構成:水須明)

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