65歳以上のシニア層の雇用・就業状況~企業と働き手が考える「今後求められる能力」とは~
目次
はじめに
少子高齢化や人手不足が深刻化する中で、2021年4月の法改正により70歳までの就業機会の確保が努力義務となり、企業にとってもシニア層の就業機会の拡大を行うことが労働力不足を解決するために重要視されている。一方で働き手においては健康寿命が延びたことで“人生100年時代”が到来するといわれており、働くシニア層は増え続けている。
しかし、変化が速い現代では在宅勤務やChatGPTの活用など働き方が大きく変わっていることから、今後働き方の変化に伴い、働き手に求められる能力も変化するのではないかと考えられ、企業においては働き手へのリスキリング、働き手においては学びなおしの機会をつくっていくことが不可欠であると考えられる。
そこで今回は、65歳以上のシニア層の雇用・就業状況をみながら、企業と働き手が考える「今後求められる能力」について考察するが、総務省が労働力調査の結果からまとめた65歳以上のシニア層の就業状況を雇用形態別にみると、非正規雇用で働いている人が76.4%と多いことから、今回非正規雇用に限定して述べていく。【図1】
企業の非正規雇用のシニア層の雇用・採用状況
現在非正規雇用のシニアを採用している企業は66.4%で、今後の採用意向が高い業種は、[ドライバー]がトップで2024年問題への対応がうかがえる
はじめに、シニア層の雇用・採用について企業の状況をみていく。
現在非正規雇用のシニア層を採用している企業は66.4%で前年より1.0pt減少した。業種別では[警備]が89.4%でもっとも高く、次いで[介護]が79.6%、[ドライバー]が78.6%となり、これらの業種では8~9割がシニア採用を実施している。
前年と比べると、[建築・土木]で+9.8ptともっとも増加し、 次いで[飲食・フード]で+8.8pt、[ドライバー]で+6.9ptとなった。【図2】
一方で、今後シニアを採用していきたい(積極的に採用したい+どちらかといえば採用したい)」と答えた企業は65.8%で前年より2.6pt増加した。業種別では、[警備]が78.9%でもっとも高く、次いで[清掃]が77.3%、[ドライバー]が72.4%となった。【図3】
ドライバーはシニア採用実施率・採用意向のいずれも前年より増加して上位となっており、経済再開を背景にタクシーや観光バスなどのドライバー需要の増加や、2024年問題(※1)で人手不足が懸念されること等から人材確保を行う企業が増加しているとみられ、今後さらにドライバーのシニア採用が広がると考えられる。
※1:2024年問題とは、働き方改革関連法によって2024年4月1日以降、年間の時間外労働の上限が自動車運転業務(トラックドライバー)や建設事業で制限されることによって発生する問題の総称のことをいう
企業の非正規雇用のシニア層に対する「健康経営」の必要性有無
非正規雇用のシニア層の「健康経営」について、必要性を感じている割合は82.9%に対して、取り組んでいる割合は43.9%と半数以下にとどまった。
今後シニアを採用したい理由は、「人手不足の解消・改善につながるから」で51.2%ともっとも高く、次いで「専門性が高い・経験が豊富」で37.1%となった。【図4】
一方で、今後シニアを採用したくない理由は、「体力面・健康面が不安なため」で53.7%ともっとも高くなった。【図5】
体力面や健康面への不安がシニア採用の懸念点として挙げられたものの、労働力人口の減少が進む中で企業はシニア層の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に取り組む必要もあると考えられる。
実際、企業が非正規雇用のシニア層の「健康経営」に取り組む必要性を感じている割合は82.9%で、業種別では[事務・オフィスワーク]で90.7%ともっとも高く、次いで[建築・土木]で88.6%となった。
一方で、企業として実際に取り組んでいる割合は43.9%と半数以下となり、必要性は感じているものの、実際取り組んでいる割合は約4割にとどまっている。必要性を感じている割合が約9割と高かった[事務・オフィスワーク]で48.0%、[建築・土木]でも51.4%と約5割にとどまった。
また、取り組んでいる割合がもっとも高かったのは[ホテル・旅館]で56.6%、次いで[その他小売・サービス]で56.4%と上位業種でも約6割となった。【図6】
健康経営の必要性を感じている企業は多いものの、実際に取り組めている企業は少ないことがわかった。
企業が非正規雇用のシニア層に求める能力が変化するのか
将来的に非正規雇用のシニア層に求める能力が変化すると思う割合は54.2%と5割以上、業種別では[事務・オフィスワーク]がトップ
将来的に非正規雇用のシニア層に求める能力が変化すると思う企業の割合は54.2%で、業種別では、[事務・オフィスワーク]で65.4%ともっとも高くなった。【図7】
非正規雇用のシニア層の人材育成に課題を感じる割合は69.0%で、能力開発の考え方として、企業主体で取り組むべきだと思う割合は83.2%となった。【図8】【図9】
半数以上の企業が将来的に非正規雇用のシニア層に求める能力は変化すると考えており、コロナ禍で在宅勤務の導入やDXの推進などで働き方も多様化していることからも、時代の変化に合わせてシニア層が学びなおしを行う必要性があると考えられる。
一方で、シニア層の能力開発は企業主体で行うべきと考える企業が多く、8割の企業が人材育成に課題を感じていることから、今後企業において人材活用戦略の見直しやシニア層の育成に必要な体制や環境作り、従業員のスキルアップ・リスキリング(学びなおし)の環境整備等が進められていくとみられる。
企業が考える今後非正規社員に求める能力とは
今後非正規社員に求められる能力は「正社員同様の能力」「創造力・思考力」「ITスキル・適応力」等
では、企業が今後非正規社員のシニア層にどのような能力を求めているのかをみていきたい。
企業に将来的に非正規社員に求める能力について聞いたところ、「従来は正規社員のサポート業務が主だったが、今後は正規社員同様の主体的な業務を担うことになる」といった正規社員同様の職務遂行力、「記録などの媒体がすべてパソコン、タブレット入力に限定されていくのでそれなりの読解スキルが要求されるようになる」という論理的思考力、「最新テクノロジーへの対応と適応力」等の意見が挙がった。
同一労働同一賃金の適用により、正社員と非正規社員間の待遇差是正が進められていることからも、(待遇が是正されることを前提として)今後非正規社員のシニア層においても正規社員と同様の職務遂行力を求める企業が増加する可能性が考えられる。
また、具体的な能力としては社会におけるデジタル化等の時代の変化に適応するために、ITスキルや論理的思考力等が今後求められるようだ。【図10】
非正規雇用のシニア層の就労意欲
70歳を超えても働きたいシニアは49.8%で、男性では約6割
ここまでシニア層の雇用・採用について企業の状況をみてきた。ここからは、シニア層の就労意欲についてみていきたい。
現在企業は従業員に対して70歳までの就業機会確保が努力義務(※2)となっているが、アルバイトとして働くシニア層 (65歳~79歳)に就労継続を希望する年齢を聞いたところ、70歳を超えても働きたい人は9割と大半を占め、80歳を超えても働きたい人では24.3%となり、性別では女性(18.5%)より男性で高く35.9%と3人に1人以上が80歳を超えても働きたいと考えていることがわかった。【図11】
※2:2021年4月に改正された高年齢者雇用安定法により、70歳までの就業機会の確保が企業の努力義務となった。
また、シニア層で、現在経済的なゆとりがないと答えた人は46.4%(「あまりゆとりがない」+「全くゆとりがない」)となり、女性より男性で高く49.9%と約5割となった。【図12】
さらに、老後働かなくても暮らしていける程度の資産を保有していると思うかに関しては「全く足りないと思う」が43.1%となった。【図13】
物価上昇などの影響から経済的に余裕のないと感じる人が約5割となり、今後の就労希望年齢はますます上がっていくと考えられる。
非正規雇用のシニア層の学び直しに対する意識
学びなおしの必要性を感じるシニア層は28.2%にとどまる
就労年齢が延びることにより、急速に変化する時代にあわせて働くことが求められると考えられるため、シニア層は変化にあわせてスキルアップや学びなおしを行う必要性が今後あるだろう。そこで、65歳~79歳のシニア層に将来のための学びなおしについての必要性や取り組み状況を聞いた。
学びなおしが必要と感じる人は28.0%で、性別では男性より女性が高く30.3%、年代別では70代より60代で高く29.8%となったものの、シニア層で学びなおしの必要性を感じている人は約3割にとどまった。【図14】
また、実際に学びなおしに取り組んでいる人は14.9%で、性別では女性より男性が高く16.2%、年代別では60代より70代が高く16.1%となり、必要性を感じている割合が高かった女性や60代では実際に取り組めている割合は少ない様子がみられた。【図15】
シニア層が学びなおしが必要だと思うスキルは「IT関連技術」や「語学力」
シニア層で学びなおしが必要と感じる人に理由を聞いたところ、「自分ができる仕事の幅を広げたいため」が40.7%ともっとも高く、次いで「明確な理由はないが、不安を感じるため」が20.6%となった。
性別でみると、男性で「収入を増やしたいため」が女性より8.8pt高く、女性で「明確な理由はないが、不安を感じるため」が男性より7.0pt高くなったことから、男性では収入アップを目的として学びなおしを行う人が多い一方で、女性では明確な目標はなく不透明な社会への不安が垣間見える結果となった。【図16】
また、「学びなおしの必要性を感じている」と回答した人に、どのようなスキルを身に着けたいか自由回答で聞くと、「パソコンスキル」「IT技術」などIT関連のスキルが多かった。
加えて高齢化が進む中で需要が増していく「介護・福祉」、日商簿記やファイナンシャルプランナーなどさまざまな資格がある「経理・財務」に関するスキル、「英語・語学」などコミュニケーションに役立つスキルなども挙がった。【図17】
企業が将来的に非正規社員に求める能力としても挙がったIT関連のスキルに関しては、シニア層でも今後身に付けるべきスキルとして必要性を感じていることがわかった。
学びなおしの必要性を感じない理由は「転職をする予定がないため」に次いで「身に付けるべきスキルが不明確であることや費用の負担」が上位
一方で、学びなおしの必要性を感じない人に理由を聞いたところ、「転職をする予定がないため」が67.5%ともっとも高く、次いで「どのようなことを学び直したら仕事に活かせるかわからないため」が14.5%、「負担する費用が重いため」が13.3%となった。【図18】
身に付けるべきスキルが不明確であることや費用の負担が学びなおしにおける壁となっている様子がみられたことから、企業や社会において働き手に今後どのようなスキルを求めるのかを明確に開示していくことや学び意欲がある人が学ぶことを諦めないですむような金銭的支援などの仕組みや制度をより整備することが必要であるとみられる。
まとめ
正規社員と非正規社員間の待遇差是正が進められていることや社会におけるデジタル化等の時代の変化に伴い、企業が非正規社員のシニア層に求められる能力は変化するとみられる。また、企業における非正規雇用のシニア層の今後の採用意欲は増加傾向にあることからも、就労促進のための健康経営などの取り組みは今後さらに進められると考えられる。
一方、人生100年時代といわれる中でシニア層の就労年齢は伸びていくと考えられると、企業に求められる能力の変化に合わせて、働き手であるシニア層においてもこれまでとは異なる能力やスキルを身に付けるといった学びなおしが求められる。
しかし、シニア層の就労意欲や学びなおしに関する意識をみてきた中で、 “仕事の幅を広げたい“という前向きな就労意欲から学びなおしを行うシニア層が多い一方、身に付けるべきスキルが不明確であることや費用の負担が学びなおしにおける壁となっていると考えられることから、企業や政府は今仕事に必要な能力やスキルだけでなく、今後どのような能力やスキルが各職種や業界等で求められるのかを明確に示し、学び意欲のある人への金銭面での支援を行うことが求められるだろう。
キャリアリサーチLab研究員 三輪 希実