マイナビ キャリアリサーチLab

中・東欧諸国とポーランドのIT人材を取り巻く現状

島森 浩一郎
著者
キャリアリサーチLab主任研究員
SHIMAMORI KOICHIRO

マイナビ・ワルシャワ駐在員事務所の島森と申します。
私は2019年の春から欧州のIT/AI人材のレベルの高さに着目し、ビジネスの可能性を探るための調査を開始。2020年2月末に弊社初となる欧州拠点をポーランドの首都ワルシャワに設立すると同時に現地に赴任しました。

現在は中・東欧諸国、北欧やバルト三国を中心に、現地のイノベーション領域に関する調査、日本企業と現地企業・人材とのブリッジ、テクノロジーやESG関連の投資活動、日本政府(経済産業省)の事業受託といったミッションを担っています。

このコラムでは、私が欧州赴任後の調査活動等を通じて得た知見をもとに、ポーランドを中心とする中・東欧諸国のIT人材と彼らを取り巻く現状について、いくつかご報告したいと思います。

はじめに

皆さまは「なぜポーランド?」と思われたのではないでしょうか。

マイナビでは、高度IT人材が多く輩出されている中・東欧、北欧、バルト三国について事前調査を行った際、①IT人材のポテンシャルの高さと層の厚さ、②コストパフォーマンスの高さ、③地理的な利便性の良さ、以上3点において特に優れていることを理由に、欧州初拠点をポーランドに設置することを決定しました。

それでは、中・東欧諸国の状況と、その中でポーランドとはどのような特徴をもつ国なのかをみていきましょう。

中・東欧の各国の状況比較

まず、日本ではなかなか馴染みのない中・東欧の主要4カ国の情報を整理します。

2022年 EU ポーランド ハンガリー ルーマニア ブルガリア 
首都 ブリュッセル ワルシャワ ブダペスト ブカレスト ソフィア 
通貨 ユーロ ズウォティ フォリント レウ レフ 
言語 24言語 ポーランド語  (西スラブ系) ハンガリー語  (フィン・ウゴル系) ルーマニア語  (ラテン系) ブルガリア語  (南スラブ系) 
主な宗教 ― カトリック(85%) カトリック(39%) ルーマニア正教 ブルガリア正教 
人口(千人) 449,571 37,990 9,671 19,038 6,811 
面積(㎢) 4,233,262 312,679 93,023 238,391 110,372 
GDP成長率(2021) 5.4% 6.8% 7.1% 5.8% 7.6% 
一人当たりGDP(千USD) 38.10 20.05 20.12 16.23 13.22 
インフレ率 9.2% 13.2% 15.3% 12.0% 13.0% 
失業率(2021) 7.0% 3.4% 4.1% 5.6% 5.3% 
最低賃金(€/月)  (2022/01)   655 542 515 332 
EU加盟年月 1958年 2004年5月 2004年5月 2007年1月 2007年1月 

※主要数値はEUROSTAT 2023年2月データ、国土面積は国連、一人当たりGDPはIMF、GDPは実質値より参照

こちらで各国の概要と規模感を、ざっくりとご理解いただけたかと思います。本コラムでは触れませんが、どの国も長い歴史と独自の文化を誇り、多くの世界遺産も擁する、非常に魅力的な国々です。

中・東欧諸国の優位性

続いて現在のIT領域における中・東欧諸国の強みについて見ていきたいと思います。
中・東欧諸国の強みとして、「理数系教育のレベルの高さ」と「高等教育修了者の層の厚さ」が挙げられます。

中・東欧諸国は、古くから理数系や外国語能力に秀でた人材を多く輩出するエリアでしたが、第二次世界大戦後、社会主義体制下でより一層、理数系教育に力が入れられました。

教育がほぼ無償化されていることもあり、高等教育の機会を得るのに家庭環境や性別の違いも影響しづらい環境となっており、大学院まで進学することも珍しいことではありません。たとえばポーランドでは現在、9割以上の高校生が高等教育進学を目指し、2017年の4年制大学進学率はOECD加盟国で8位(日本は23位)でした。

ポーランドの教育水準の高さは「OECD生徒の学習到達度調査(PISA)」で、2018年の調査では読解力で10位(日本15位)、数学的リテラシーで10位(日本6位)、科学的リテラシーで11位(日本5位)といずれも高い水準を示しています。

社会主義体制下ではソ連の指導体制のもと、東欧各国は得意領域に従った重点産業が各々割り当てられました。各国では冷戦期に蓄積された知見と発達した技術が、冷戦体制崩壊後も継続して成長し、現在でもフィンテックやサイバーセキュリティ、データ解析、暗号化技術などを得意とするスタートアップの誕生を促すなど、確実に受け継がれています。

このように、素養・専門性の両面から理数系人材が豊富で、大学進学率も高く、英語をはじめ複数の外国語を話す若者が多いのが、中・東欧諸国のIT産業における最大の特徴であり魅力です。そのため欧米のIT産業にとって、ポーランドを始めとする中・東欧諸国は、人材獲得のための絶好の目的地となり、激しい囲い込み競争が進行中です。

ポーランドIT産業の特徴と強み

社会主義時代の建物と新しいビルが併存するワルシャワ中心部01

ここからは、中・東欧諸国の中でマイナビが展開しているポーランドについて取り上げます。

IT産業の特徴と強み

ポーランドは総面積が312,685平方キロメートルとヨーロッパで9番目に広く、人口は約3,800万人とヨーロッパで8番目に多い国です。中・東欧諸国の中では国土・人口ともに最大規模を誇り、農業や製造業で大きな存在感を誇りますが、近年ではIT産業が著しく発展してきました。その証左として、2018年に21億ユーロであったソフトウエア産業規模は年平均4%の成長を遂げ、2021年には24億ユーロとなっています。

ポーランドに登記されているスタートアップ企業数は、中・東欧諸国で最大となっており、505社にのぼっています。情報通信技術産業を営むポーランド企業数はEU諸国の中で第5位となっており、EU全体の同産業分野の企業数の7.6%を占めています。

IT産業が盛んなヨーロッパの中でも、特に目覚ましい成長を遂げるポーランドが持つ特色を5つ紹介します。

経済の成長性

1990年代に始まった社会・経済改革によって、ポーランド経済は安定した成長を今日まで続けています。1990年から15年の間で国内GDPは7倍の成長を遂げ、2020年には4.5%のGDP成長率となるなど、高い成長率を維持しています。

これは新型コロナウイルスによる影響下でも、他のEU諸国と比較して堅調な経済成長を保っていました。

スキルの高いIT専門家

 ポーランドのソフトウエアエンジニアは、世界でもスキルが高く経験豊富であると評価されていますが、その理由の一つとして、ファーストキャリアに就く時点でのコーディング経験の豊富さがあります。

元々、ポーランドは数学教育に力を入れており、高校生で数学オリンピックに参加し、高得点を取得する生徒もいるほど、数学的素養を早くから育成しています。またHackerRank社による発表では、ポーランドにおける5~10歳でコーディングを始めたエンジニアの割合は7.7%で、イギリス、オーストラリア、オランダに次いで第4位となるなど、中等教育の一環として位置づけられ、早くからプログラミング教育が行われています。

IT産業の安定した成長

ポーランドでは、新型コロナウイルスの感染拡大に起因する各種サービスのオンライン化も成長を後押し、2021年にはIT産業全体の成長率は16.8%に達しました。

また、2021年にTholon社により発表された「デジタル国家(Digital Nations)」ランキングでは、全世界で第14位を獲得しています。

アメリカ/EU水準の知的所有権保護と情報セキュリティ

ポーランドでは、IT産業に関わるうえで必要な知的所有権や情報セキュリティの知識も豊富です。
ポーランド国内の企業は、EU諸国の一員として、一般データ保護規則(GDPR)を順守しており、アメリカの規則と類似する部分も多いGDPRに日頃の業務で接していることもあって、アメリカ企業の要件(特に知的財産、著作権、データセキュリティ)に対する理解が進んでいることも強みの一つです。

広い分野のIT人材

ポーランド政府の発表によると、近年のポーランドの大学入学者でコンピュータサイエンス関連の学部への入学する者が、他学部と比較して最多となるなど、若者のキャリア進路としての関心の高さも示されています。

2020年には33,000名を超え、2021年には36,026名、2022年には44,163名もの新入学生が、コンピュータサイエンス関連の学部へ入学しているという報告がありました。在学中の学生の総数は63,000名にものぼるとも言われており、将来のITエンジニアの人数はさらに増えることが見込まれます。

ソフトウエア開発の人件費

但し、ポーランドにおいても近年の物価上昇の影響は受けています。ポーランドのインフレ率は2022年には前年比+16%超に達しており、物価の上昇は他国同様に問題となっていますが、リクルートメント会社Adzuna社によると、ポーランドITエンジニアの平均賃金である約11,341ズロチは、イギリスの同職種の平均賃金と比較した場合、半分近くとなるなど、同じEU圏内で比較すると割安な状況が続いています。

ポーランドの給与水準も年々上昇していますが、ポジションによって異なるものの、他国と比較して低賃金な場合が多いです。これにより、外国企業による積極的なポーランドIT人材獲得につながっています。

IT人材の特徴と強み

ポーランドは、IT人材の層が厚いことでも知られています。中・東欧地域のIT人材の約25%がポーランドに居住しているとも言われ、約30万人にのぼるとされています。

先に記載した通り、コンピュータサイエンス系の学部に在籍する学生数も多く、ITエンジニアを希望する若者の数が毎年増えていることも、国内の優秀なITエンジニアの底上げにつながっています。

また、IT人材に特化し、最初の選考をWeb上で完結させられる採用プラットフォームも誕生するなど、ポーランドに進出する欧米の大手企業がHRテックを含めた採用手法に着目しています。現地の高度IT人材獲得において、若い世代の特性を考慮した方法での採用手法も進化し、人材の獲得競争は激しくなっているのが現状です。

雇用形態

ポーランドのITエンジニアの多くは、正社員契約 (employment contract)ではなく、業務委託契約(B2B contract)を結び仕事をしているのが一般的です。

その理由として、財政的なメリットが挙げられます。雇用者と被雇用者双方にとって、主に税制面でのメリットが多く、給与水準が高ければ高いほどメリットが増大する仕組みとなっており、業務委託契約を結ぶ人が多くなっています。

雇用側にとっての主なメリットは、社会保険料等の給与として支払う額以外の手間・コストがなくなることです。これにより毎月、被雇用者(エンジニア)が提出した請求書への支払いを行うことで給与精算が完了します。

一方、被雇用者側は請求額を受け取り、所得税および社会保険料を自分で支払うことになりますが、トータルの手取り額は業務委託契約の方が正社員契約よりも多くなるのです。所得税については、業務委託契約の場合、個人事業主である被雇用者が累進課税制もしくは一律課税制から選ぶことができ、コストの計上や合計年間所得額に応じて、個々で選択できるため、メリットも多いのです。

求人動向

ポーランドのIT業界で、2022年に求人数が多かったポジションは、バックエンドエンジニア、フロントエンドエンジニア、DevOpsエンジニアでした。

各種エンジニアの求人数は、バックエンドエンジニアが年間を通して最多となっており、上記以外で求人の多い職種は、テストエンジニアとなっています。

転職に対する考え方

IT業界に限らず、ポーランドでは転職をすることでキャリアアップを目指すことが一般的です。社内でのキャリアパスや昇級制度が確立されていないこと、自身のライフスタイルに合わせて勤務形態の変更を理由に転職をする人が多くいます。パンデミックとウクライナ戦争の影響による高いインフレ率も、よりよい待遇のためにキャリア形成を希望するIT人材の流動性を高めることに繋がっています。

言語能力

ヨーロッパの中でも、ポーランドは英語教育の水準が高い国として知られています。特に高等教育を受けた若いソフトウエアエンジニアは、仕事において十分な英語能力を有することが必須条件であり、グローバルな就業環境にもすぐに適応できます。 英語以外にも、ドイツ語やロシア語、フランス語やスペイン語などを第二外国語として学ぶ点は、ポーランド以外の中・東欧諸国も同様です。

EF Education Fast財団によると、世界111カ国中、ポーランドの英語話者のランキングは13位となっており、日本の80位と比べても高い順位となっています。また、ポーランドでのアウトソーシングを希望する欧米企業にとって、人材の高い言語能力は魅力の一つとなっているようです。

ポーランドの教育

教育システム

ポーランドのプログラミングスキルを支えているのは教育システムによるところが大きくなっています。ポーランドでは、小学校8年、高校4年、大学3年、大学院2年の教育システムを導入しており、公立小学校では、4年次から週に1回、「情報」という名前の科目でITリテラシー教育が行われています。

高等教育については、20校の大学、28校の工科大学、37校の経済大学、34校の5年制高等専門学校(Technikum)で、専門的なIT教育が行われるなど、就業前からスキルを積んだ人材を輩出しています。

高等専門学校でのIT教育

ポーランドでは高等専門学校での専門科目として代表的な学科はコンピュータエンジニアリング、プログラミングなどで、希望すれば大学への編入も可能です。

大学との違いは、授業量の多さと実践性を重視したカリキュラムは特に、授業時間に関しては、毎日平均8~9時間ほどで充実しています。

大学でのIT教育

各都市には名門と言われる国公立総合大学のほか、工科大学も多く、レベルの高さは国際的にも知られています。たとえばクラクフに本部を置くAGH科学技術大学(正式名称:The AGH University of Science and Technology)は、1919年創立のポーランドの国公立大学です。創設当初は鉱業と冶金に特化した大学でしたが、今やポーランドのIT人材育成を牽引する最大規模の理工系総合大学として知られています。

おわりに

今回は、ポーランドのIT人材を取り巻く現状について報告いたしました。次回は、2023年10月中旬にブルガリア、ポーランド、ルーマニアで初めて実施する「経済産業省 中・東欧IT人材ジョブフェア事業」と、日本企業が中・東欧の人材を確保する際に留意すべき点について報告する予定です。


島森 浩一郎/株式会社マイナビ 欧州事業企画部長 兼 ワルシャワ駐在員事務所長

著者紹介
島森 浩一郎(しまもり・こういちろう)
株式会社マイナビ 欧州事業企画部長 兼 ワルシャワ駐在員事務所長
大学卒業後、保険会社勤務、大学院修士課程、フランス留学、芸術文化関連財団勤務を経て、2007年3月(株)毎日コミュニケーションズ(現マイナビ)中途入社。
出版編集、世界遺産検定、マイナビ転職、北陸支社、グループ経営等、多くの新規立上げ任務を経て、2020年2月よりワルシャワ駐在員事務所設立と同時に赴任。
北はフィンランドから南はブルガリアまで、主に欧州の東側全域にスコープを定め、イノベーションやサステイナビリティなど日本が欧州から多く学ぶべき領域でのネットワーキングを活発に行っています。

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