「通勤・移動」をテーマに、障害者の働き方を考える本連載では、前回、富山大学 猪井博登准教授や追手門大学 石塚裕子教授に、移動を「点」ではなく「面」で支える必要性や、地域交通の縮小が就労機会そのものに影響を与えている現状、バリアフリーの今後について伺いました。
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連載の最終回となる今回は、交通政策やバリアフリー施策を所管する国土交通省の木原隆博氏に、これまでのバリアフリー政策の歩みと、誰もが「通えないこと」を理由に働くことを諦めなくてよい社会の実現に向けた取り組みについて話を聞きました。
木原 隆博(きはら たかひろ)
国土交通省 総合政策局 共生社会政策課 公共交通事故被害者支援企画調整官
埼玉県上尾市出身。2017年に国土交通省入省。大学時代は基幹理工学部で航空・宇宙工学を専攻。国土交通省大臣官房総務課、総務省総合通信基盤局国際周波数政策室国際政策係長、国土交通省航空局交通管制企画課調査官等を経て2025年12月から現職。国のバリアフリー政策の企画・立案とともに公共交通事故被害者への支援を担当し、共生社会の実現に向けて高齢者、障害者等の移動等の円滑化に関する課題に向き合う。
「点」から「面」へ。バリアフリー法30年の歩み
質問:まずはバリアフリー政策について簡単に教えてください。その上で、移動に困難を抱える方の移動環境は、どのように変化してきたでしょうか?現状について教えてください。
木原:国土交通省としては、障害のある方もない方も含めて共生社会を実現していくということを理念として掲げ、この理念をバリアフリー法に基づいて政策として進めてきました。対象となるのは、自動車や旅客船のターミナル、空港などの旅客施設のほか、公共交通機関や航空機等を含めた車両等、そして建築物です。これらについてバリアフリーの基準等を定め、それに基づいて事業者と共にバリアフリー化を進めています。
また、点だけでなく面的にバリアフリー化を進めることも重要で、旅客施設から次の旅客施設まで移動する経路の部分も、バリアフリー化する必要があると認識しています。バリアフリー法では、こうした一体的なバリアフリーの計画を地方自治体に基本構想として策定していただくことを定めており、これにより、高齢者や障害者等が実際に生活の中で利用する経路のバリアフリー化を進めています。
バリアフリー法の歴史について簡単にご説明しますと、もともとは公共交通機関を対象とする交通バリアフリー法と、建築物を対象とするハートビル法という2つの法律に分かれていました。それぞれの分野でまず個別に取り組みが始まり、これらを合わせる形で、平成18年にバリアフリー法を制定しています。
その後、平成30年の改正で、面的なバリアフリー化を進めるマスタープランの制度を導入するとともに、共生社会の実現等を基本理念として明記し、ハード面だけでなく心のバリアフリーというソフト面の対応も位置づけました。さらに令和2年には、学校教育との連携を図るため、文部科学大臣にも有識者として加わっていただくなど、踏み込んだ改正を行っています。
木原:こうした改正の経緯を踏まえながら、これまでの歴史を振り返ると、もっとも初期にあたる平成6年頃は、バリアフリー化がほとんど進んでおらず、バリアフリー化の機運を高めようとしていたことがバリアフリー法の初期の姿でした。
そこから、まずはそれぞれの分野で個別に対応していかなければならないということで、分野ごとにバリアフリー化が進みました。それが徐々に広がりを見せてきたところで、面的なバリアフリー化に取り組んでいこう、整備された部分についてはソフト面の手当てもしていこう、という流れで、現在の形ができています。
バリアフリー法の初期と比べると非常に進んできたというのが私自身の認識ですが、一方で、面的なバリアフリーについては、バリアフリー法上の建て付けとして、施設と施設の間の経路を、まずは主要な関連経路としてバリアフリー化していくという思想で進めてきました。実際には、利用者の利便性という観点で見ると設定した経路以外の部分も残っており、もう少し改善してほしいという声も出てきています。
各自治体に策定の努力義務を規定している基本構想についても、都心部は利用実態を把握しやすいため策定が進んでいますが、地方では利用者が少ない等の理由のため実態がつかみにくく、バリアフリー化が遅れている地域があることも認識しています。
高齢化が進む社会で、共生社会をどう実現するか
質問:移動に困難を抱える方の移動や社会参加の課題をどのように捉えていますか。また、行政にはどのような役割が求められるとお考えでしょうか。
木原:我が国は本格的な高齢化時代を迎えており、高齢化は今後さらに進展していきます。高齢者や障害者の方々を含め、移動に困難を抱える方々はさらに増えていくのではないかと認識しています。
国土交通省としては、障害の有無に関わらず、共に暮らしやすい社会、共生社会を目指し、国民誰もが相互に協力し尊重し合い、支え合う社会をつくっていきたいと考えています。これはバリアフリー法の目的・基本理念にも定められていることで、この法律は、高齢者、障害者等の自立した日常生活および社会生活を確保することの重要性に鑑み、公共交通施設や建築物等のバリアフリー化や、地域における重点的・一体的なバリアフリー化を推進することで、移動上および施設の利用上の利便性および安全性の向上を図り、公共の福祉の増進に資することを目的としています。
木原:基本理念としても、高齢者、障害者等にとって日常生活または社会生活を営む上で障壁となるような社会における事物、制度、慣行、観念その他一切のものの除去に資すること、そしてすべての国民が年齢、障害の有無その他の事情によって分け隔てられることなく共生する社会の実現に資すること、この2つを旨として行われなければならない、と位置づけられています。
こうした考えはバリアフリー法上の基本理念として位置づけられており、バリアフリー化を推進することが、共生社会の実現に大きな意義を持つものだと考えています。そのため、移動や施設の利用上の利便性・安全性を高めていくための取り組みは、私たちの使命だと思っています。
そのため、国土交通省では、「共生社会」というキーワードを非常に重要視しています。これは単純に高齢者や障害者のためということではなく、国民全体で暮らしやすい社会を目指していくという意味で、国土交通省として取り組んでいくべき言葉だと考えています。
自治体・交通事業者とともに進める「移動全体」を支える仕組み
質問:「移動全体を支える」という考え方をどのように捉え、自治体や交通事業者などと具体的にどんな取り組みを進めているのでしょうか。
木原:地方自治体には、不特定多数の人が日常生活や社会生活で利用する生活関連施設同士をつなぐ動線を含め、地域全体を面的に捉えた連続的・一体的なバリアフリー化を進めるための基本構想を策定していただき、その計画に沿ってバリアフリー整備を進めていただいています。
基本構想の策定にあたっては、協議会という形で事業者や当事者を含めてご意見をいただけるような会議体を設けていただき、そこでバリアフリー整備について、それぞれが利用しやすいよう調和の取れた形で対応していただいています。
こうした取り組みを進めるには費用がかかるため、国土交通省としては自治体や事業者が行う事業の調査や整備に対する補助、税制の減額措置にも取り組んでいます。一例を挙げますと、地域公共交通バリアフリー化調査事業という形で、自治体が基本構想を策定するための調査費用を補助する事業を展開しています。単に制度を設けるだけでなく、こうした補助もあわせて、無理のない形で少しずつ取り組みが進んできたところです。
施設のバリアフリー化についても同様の支援策を設けています。建築物の場合、固定資産税や都市計画税が課されますが、一定のバリアフリー化を行っていただいた上で申請していただければ、減税という形で対応しています。交通事業者だけでなく、バリアフリー化に関わる事業者全体に、それぞれのプランで補助などを行っています。
当事者の声を施策に生かし、共生社会の実現へ
質問:移動に困難を抱える方々の声をどのように施策へ反映しているのでしょうか。また、誰もが「通えないこと」を理由に働くことや社会参加を諦めなくて良い社会を実現するために、読者へのメッセージをぜひお願いします。
木原:バリアフリー化の推進にあたっては、当事者参画という観点は、非常に重要だと捉えています。平成30年の改正で、当事者の方々からご意見を聞ける場を用意しようということになり、法律の規定に基づいて設置が義務づけられている会議体として移動等円滑化評価会議を設置し、これまで15回開催してきました。
高齢者・障害者団体の方々、公共交通事業者、施設の設置管理者、有識者の方々、それから文部科学省や警察庁等の関係行政機関、地方公共団体の方々にも加わっていただき、バリアフリー化の進展状況の確認や評価を行っています。
こうした取り組みに加えて、地域分科会という形で全国10ブロックにおいて、それぞれの地域で個別に行われているバリアフリー事業について、当事者や有識者の方々からご意見をいただく場を設けています。また、テーマ別の意見交換会を実施し、障害者の方々から直接ご意見をいただき、施策に反映する取り組みも行っています。
直近では、令和7年5月に、建築物の当事者参画ガイドラインを作成しました。これは法律にひもづくものではなくガイドラインという位置づけですが、当事者参画にあたって心がけるべき事項や、取り組みの好事例をまとめ、今後の建築物の設計等を行う際に参照いただき、当事者参画の実施を促す形で展開しています。
移動等円滑化評価会議でいただいたご意見の中には、当事者ならではの気づきもありました。たとえば、階段の段差解消や通路の拡幅といった整備を進めても、確保できるスペースが限られ、実際には最善の形になっていないケースがあるというご意見をいただいています。
また、障害の特性によって求められる対応が異なることもあります。視覚障害のある方には点字ブロックの整備が必要な一方、車椅子を使う方には段差を極力減らすことが求められ、要望が相反する場合もあります。こうしたご意見をいただきながら、もっとも良い形をこれまでも検討してきました。
こうした取り組みを重ねる中で、バリアフリーはハード面の整備としてはある程度成熟してきたと考えており、国土交通省としては、今後、新たなバリアフリー政策を推進していく必要があると考えています。特に利用者の目線からバリアフリー化を見ていくべきではないかという議論も上がってきていることから、令和8年7月に検討会を設置しました。この検討会での議論を踏まえて、今後のバリアフリー政策を検討していきたいと考えています。
さらに国土交通省としては、共生社会の実現に向けて、今後もさまざまな施策を進めたいと考えています。ただし、共生社会を実現するためには、事業者のみなさまによるバリアフリー化の整備や、障害者・高齢者の方々へのご案内といった接客・サービス・学校教育等の面で大きな協力が必要です。
みなさまには、高齢者や障害者の方々が何かお困りの際、すぐ近くにいらっしゃる方だからこそできる気遣いをお願いしたいと思います。そのため、優先席や優先スペースの利用案内、ベビーカーをお使いの方への声かけなど、広報面でも譲り合いを呼びかけ、心のバリアフリーを推進しています。こうした取り組みを通じて、国民全体でバリアフリー化を進め、共生社会の実現に向けて取り組んでいきたいと考えています。