キャリア危機は突然やってくるのではない。だからこそ育てておきたい、レジリエンスという回復力-I-レジリエンス株式会社 顧問/京都大学 名誉教授 林春男氏

キャリアリサーチLab編集部
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人生100年時代と言われる現在、職業人生は長くなり、その途中で経験する変化の数も増えている。異動、転職、結婚、育児、介護、そして自身の心身の変化。かつては人生の節目として別々に訪れていたはずのできごとが、今はいくつも重なり合いながら私たちに押し寄せてくる。そうした変化の積み重ねが、ある日「もう今までのやり方では対応できない」という感覚となって表れることがある。

本シリーズ第1回では、RESILIENT LIFE PROJECT(レジリエントライフプロジェクト)で提示されている考え方をもとに、こうした感覚を「キャリア危機」と捉え、社会・組織・個人という三つの層が織りなす構造的な現象として読み解いた。

今回は、同プロジェクトの中核メンバーであり、長年、防災研究の立場から「レジリエンス」という概念を研究してきた、I-レジリエンス株式会社の顧問を務める京都大学名誉教授・林春男先生にお話をうかがった。災害からの回復を見つめてきた林先生の言葉から、キャリアの危機にどう向き合うべきかを考えていく。

林 春男(はやしはるお)
I-レジリエンス株式会社顧問/京都大学名誉教授国立研究開発法人 防災科学技術研究所 前理事長

林 春男(はやしはるお)
I-レジリエンス株式会社 顧問/京都大学 名誉教授/国立研究開発法人 防災科学技術研究所 前理事長
社会心理学が専攻のため、災害をハード面だけでなく、自助・公助・共助などソフト面の視点から説く。防災科学技術研究所理事長時代には、防災科研の研究データを広く社会に還元する社会実装を常に訴え、民間企業とのJV=I-レジリエンス社の創設に尽力。社名の由来となっている「レジリエンス」が災害リスクへの対策として有効だと考え、日ごろからのレジリエントな暮らしが日常のリスクへの適応・予防にも貢献し、持続可能な生活、ひいてはウェルビーイングにもつながると提唱。

「危機」は新しい生き方への「転機」

Q:長いキャリアの中には、ワークキャリア上の変化やライフイベントによって「キャリア危機」が生じることが知られています。「キャリア危機」をどのように捉えていますか。

林:私は、キャリア危機を仕事の場面だけで起こる問題だとは考えていません。人生には誰にとっても避けがたい転換期があります。その転換期には、「社会」「組織」「個人」という三つの変化が同時に進んでいきます。

社会では、AIの急速な普及やDX、人口減少、価値観の多様化などが起こっています。組織では、異動や昇進、転職、働き方改革といった形で、職場の環境そのものが変わっていきます。そして個人では、就職、結婚、子育て、親の介護、自身の病気、定年など、人生の節目が訪れます。

こうした変化は、どれか一つだけが単独で起こるのではなく、複数が重なり合って私たちに影響を与えます。その結果、これまでの経験や価値観だけでは対応できないと感じる時期が生まれる。私はこれを「キャリア危機」と呼んでいます。

危機という言葉にはネガティブな印象がありますが、本来、危機とは人生の終わりを意味するものではありません。むしろ、新しい生き方へ移行するための転機だと捉えています。 私が長年研究してきた災害も同じです。災害は突然起こるように見えますが、その被害は長い時間をかけて、社会の弱さの中に蓄積されています。人生の危機もまた、突然訪れるように見えて、社会・組織・個人の変化が積み重なる中で構造的に生じるものなのです。

レジリエンスを支える「三つの力」とは

Q:先生は、こうした”危機”への備えとして「レジリエンス」に着目されています。その理由を教えてください。

林:私はもともと、社会心理学を専門としてきました。教員として最初に赴任した弘前大学で、着任からわずか50日目、1983年の日本海中部地震に遭遇しました。私自身が受けた被害は大きくありませんでしたが、地域社会にとっては非常に大きなインパクトのあるできごとで、これをきっかけに大学を挙げて災害について考えるようになりました。それが、被害を受けた人がどう立ち直っていくのかを見つめる、私の出発点です。

当時の防災の主流は、エンジニアや理学の研究者たちによる「被害を出さない」ための予防研究でした。その状況が変わる転機になったのが、1995年の阪神・淡路大震災です。あれほどの被害が出たことで、予防に努めるだけでは被害を防ぎきれないということが、日本の防災そのものの転換点になりました。

災害は、いくら予防を尽くしても完全には防ぎきれないものです。だからこそ、被災した人がその後どのように回復していくのかという心理的なプロセスに、目を向ける必要が出てきたのです。

同じ頃、アメリカでもノースリッジ地震(1994年)が起き、被災後の生活をどう取り戻していくかという研究が世界的に進みました。そうした中で、困難に直面してもなんとか生き延び、生活を取り戻していくプロセスを言い表す言葉として、2005年頃から「レジリエンス」という言葉が使われ始めます。東日本大震災後に仙台で開催された国連の世界防災会議でも、レジリエンスは中心的なキーワードとして掲げられ、国際的にも定着していきました。

こうして防災や危機管理を長く研究してきた中で、確信したことがあります。自然災害そのものを止めることはできません。しかし、被害の大きさは「対応する能力」によって大きく変わります。

この考え方は、人生やキャリアにもそのままあてはまるのではないでしょうか。社会の変化やライフイベントは避けられません。それにどう向き合い、どう適応するかによって、その後の人生は大きく変わります。私は、この能力を「レジリエンス」と呼んでいます。

レジリエンスとは、単に元に戻る力ではありません。変化を受け入れ、その環境の中で自分らしい人生を築いていく力です。私は、このレジリエンスを三つの力で説明しています。

第一は「吸収力」 です。予想外のできごとに直面しても、現実を受け止め、冷静さを失わない力です。
第二は「適応力」 です。変化した環境に合わせて、自分の考え方や行動を柔軟に変えていく力です。
第三は「変革力」 です。危機をきっかけに新しい役割や価値を生み出し、以前よりも豊かな人生へ発展させる力です。

この三つは、現実を受け止め、環境に適応し、新しい未来を創るという順番で働きます。それが、私の考えるレジリエンスです。 そして、この能力は危機が起きてから急につくられるものではありません。日々の暮らし方、生き方の中で育まれるものです。私は「防災とは生き方である」と考えていますが、それは災害だけでなく、人生全体についても同じことが言えると思っています。

林 春男(はやしはるお)
I-レジリエンス株式会社顧問/京都大学名誉教授国立研究開発法人 防災科学技術研究所 前理事長
インタビューの様子

人生には「集中して備えるべき時期」がある

Q:「クリティカルピリオド(レジリエンス向上の注力期)」について教えてください。

林:私が最初にクリティカルピリオドという言葉に出会ったのは、行動生態学の世界でした。ある一定の限られた時期にだけ強く反応するものがある、という考え方です。

人生の生存率を見ていくと、「バスタブカーブ」と呼ばれる形になっています。生まれてから15年ほどの間は死亡率が比較的高く、いわば初期故障の時期です。15歳を過ぎると死亡率は大きく下がり、40歳頃までは安定した時期が続きます。40歳を過ぎると、今度は経年劣化が始まり、少しずつ死亡率が上がっていく。こうした形から、人生の最初期は、まず生き残ることそのものが大切な時期だと考えました。生きる基本である衣食住や、読み書きそろばんのような最低限の力は、この時期に身につけておく必要があります。

そこから、人生には決まった時期に動き出すものがあるのではないかと思い、統計を調べてみました。人生にも、死亡率が年齢によって特徴的な変化を示すように、人生にも、その時期に取り組むべき課題が集中的に現れる時期があると私は考えています。

たとえば、年齢階級別労働力率を見ると、職業人生が本格的に始まる時期がはっきり分かります。住宅ローンの借り入れ年齢を見れば、住まいを取得する時期が見えてきますし、生活習慣病の罹患率や死亡率を見ると、健康への備えが重要になる時期が分かります。人生には、年齢によって重点的に取り組むべき課題が存在し、その時期はある程度限られている。これが、私の考えるクリティカルピリオドです。

そして、そのクリティカルピリオドに複数の課題が重なった結果として生じるのが「ライフクライシス」です。20代後半から30代前半では、就職や転職、結婚などが重なり、「どう生きるか」を問われるクオーターライフクライシスが生じます。40代後半から50代前半では、仕事上の責任の増大に加え、子どもの進学や独立、親の介護、自身の健康問題などが重なり、「何を社会に残すか」を考えるミッドライフクライシスを迎えます。さらに65歳以降には、退職や役割の変化に加え、健康問題や家族構成の変化が重なり、「何を次世代へ伝えるか」を考えるスリークオーターライフクライシスが訪れます。

しかも、この難しさは自分自身だけでは決まりません。親世代の高齢化・介護、子どもの進学や就職・独立など、それぞれの世代が異なるクリティカルピリオドにあるため、それらが同時に重なることで人生の負荷はさらに大きくなります。だからこそ、ライフクライシスは個人の問題ではなく、人生全体を俯瞰して理解すべき構造的な現象なのです。

危機を乗り越えられる人と乗り越えられない人の違い

Q:クリティカルピリオドをうまく乗り越えられる人とそうでない人には、どのような違いがありますか。

林:その違いは才能ではなく、日々の生き方にあると私は考えています。繰り返しになりますが、レジリエンスは危機が起きたときに急につくられるものではありません。毎日の生活習慣の中で育まれるものです。

それぞれの人生の局面には、向き合うべき課題があります。その課題をどれだけ先送りせずにこなしていけるか、そして新しい能力の開発にそのタイミングで取り組む姿勢を持てるかどうかが、違いを生むのではないでしょうか。

私は、人が豊かに生きるための能力を六つに整理しています。

第一は、健康や睡眠、食生活などを整える身体維持能力です。
第二は、情報を集め、正しく判断する情報判断能力です。
第三は、住まいや生活環境を維持する生活・環境維持能力です。
第四は、家族や地域とつながる社会参加・共助能力です。
第五は、仕事や家計を支える経済維持能力です。
そして第六は、変化を受け入れ、新しいことを学び続ける未来適応能力です。

これらは、防災のためだけの能力ではありません。人生を豊かに生きるための生活能力です。健康に暮らし、学び続け、人とのつながりを育て、小さな挑戦を積み重ねている人ほど、大きな人生の変化にも柔軟に適応できます。生き方そのものが、能力を育てていると言えるのではないでしょうか。

「レジリエント・ライフ」は、日々の暮らし方から生まれる

林:人生は、変化の連続です。社会も仕事も、そして私たち自身も、年齢とともに変わっていきます。だからこそ、変化を恐れないことが大切です。

人生を、中年以降は衰えていくものとして捉えるのではなく、生涯を通じた発達の過程として捉えることが大切だと思います。そう考えると、どの段階にも学びがあります。

私は、人の一生を四つの発達段階として捉えています。まず、自分を育てる時期があります。次に、家族を支える時期があります。そして、地域や社会へ貢献する時期を迎えます。最後は、自分が得た経験や知恵を次世代へ伝える時期です。

人生とは、責任の輪が「自分」から「家族」「地域」「社会」「次世代」へと少しずつ広がっていく過程なのです。

その歩みを支えるのがレジリエンスです。レジリエンスとは、災害への備えだけを指す言葉ではありません。健康に暮らし、学び続け、人とつながり、自然とともに生き、社会に参加し、その生き方を次世代へ伝えていくことです。 災害は、日々の生き方を映し出す鏡だと、私は考えています。同じように、人生の危機もまた、自分自身の生き方を映し出す鏡です。

今日の小さな習慣が、10年後、20年後の自分を支えます。だからこそ、防災もキャリアも、人生そのものも、日々の生き方から始まるのではないでしょうか。それが、私が提唱している「レジリエント・ライフ」の考え方です。

(参考)ご自分のレジリエンス能力を可視化してみたい!という方はこちらをご覧ください。LINEアプリが立ち上がります。

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二次元コード「レジリエントライフスコア診断」
東郷 こずえ
担当者
キャリアリサーチLab主任研究員
KOZUE TOGO

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