アルバイトをしたり、会社に就職したりすると、働く人と会社の間に法的な関係が始まります。法的な関係というのは、一方が他方に対して「権利」をもち、「義務」を負うという関係です。
この働く人と会社の間の「働くこと」に関する法を「労働法」と呼んでいます。「労働法」という名前の法律があるわけではなく、労働組合法や労働基準法、最低賃金法、男女雇用機会均等法、労働契約法など、働くことに関するたくさんの法律を集めたルールの総体です。
「法」とは何か?―「権利」と「義務」
世の中には憲法、民法、刑法などたくさんの法があり、労働法もその「法」の一つです。「法」とは人びとが守るべき一種のルールですが、ルールのなかでも、それを守らせるために国家権力が力を貸してくれるものを「法」と呼んでいます。
たとえば、10万円で自転車を買ったのに代金を払わない人に対しては、裁判所がきちんと代金を支払うよう判決を下します。それでも支払わなければ、国家がその人の財産を差し押さえてお金に換え、支払いを強制します。このように、法は、最終的には国家の力を借りて実現されるという性格をもっています。
そこで、ある人が国家の力を借りて救済を求めることができるかどうかのポイントとなるのが、「権利」という概念です。先ほどの例では、自転車の売主は買主に対して10万円の代金の支払いを求める権利があるとされます。
権利の反対の言葉は「義務」です。ここでは、買主は売主に10万円の代金を支払う義務を負っているとされます。このように、権利をもつ人は、義務を負っている人に対して、裁判所などの国家の力を借りながら、義務を履行させることができるのです。
法は、このような意味で、「権利」と「義務」を定めた体系であるということができます。
権利と義務の根拠となるものは何か?―「契約」と「法律」
法が権利と義務の体系であるとすれば、この権利と義務は何によって根拠づけられるのでしょうか。言葉を換えていうと、人はどういう根拠があるときに、他人(さらには裁判所などの国家権力)から強制されるのでしょうか。
かつての封建社会では、国王や領主など力の強い者からの絶対的な命令に従わざるをえないことがありました。しかし、自分が関与しないところで決められたルールを強制されることの苦痛や理不尽さは小さくなく、これを打破しようとした市民革命をきっかけに、人びとは自分の「自由意思」に基づく行為によってのみ他人からの強制を受ける、との考え方が広がっていきました。近代市民社会の成立です。
そこで、この自由意思に基づく行為として想定されたのが、「契約」と「法律」でした。自由な市民は、各人の自由な意思が合致して成立した「契約」と、国民が自由な意思(投票)によって選出した代表者(議員)によって決められた「法律」によってのみ、他人から強制を受けるという考え方が、法制度化されていったのです[1]。
労働契約
今日の労働法の世界でも、この考え方は、基本的にあてはまっています。働く人(労働者)と会社(使用者)との間の関係は、法的には、個々の労働者と使用者の間の「労働契約」(または「雇用契約」)に基づくものと考えられています。
労働契約とは、労働者が使用者の指揮命令を受けて働き、使用者がこれに対し賃金を支払うことを約束する契約です(労働契約法6条、民法623条参照)。この契約に基づいて、労働者は使用者から指揮命令を受けて働く義務、使用者は労働者に賃金を支払う義務を負うことになります。
この契約上の権利と義務は、明示の合意だけでなく黙示の合意でも発生しますし、信義則(労働契約法3条4項、民法1条2項)と呼ばれる当事者間の信頼関係に基づいて発生することもあります。
たとえば、ある会社で規則や契約書に書かれているわけではない長年の慣行として、毎年12月末に従業員に10万円ずつ「もち代」を支給する取扱いが行われ、会社も従業員もこれを一種のルールと認識していた場合には、そのような黙示の合意が成立しているとして、裁判所が会社にその支払いを命じることがあります。
また、従業員に指揮命令をして働かせている会社は、明示または黙示の合意がなくても、従業員の生命や健康を危険から守るよう配慮する義務(安全配慮義務)を信義則上負っていると解釈されています。
労働契約に基づくさまざまな法律
働く人と会社との関係は、この労働契約に基づく関係を基礎としつつ、これに対してさまざまな法律が規制を加えています。たとえば、労働基準法や最低賃金法、男女雇用機会均等法、育児介護休業法、労働契約法などの法律です。
また、民法上の権利濫用(1条3項)や公序(90条)が規律を加えることも少なくありません。これらの法律規定は「強行法規」と呼ばれ、当事者の合意の有無や内容にかかわらず当事者を規律するものとされています。
たとえば、最低賃金法が最低賃金を時給1,163円(要改定。以下同じ)と定めているのに、会社と従業員の間で時給1,000円という契約を結んだ場合、1,163円を下回る契約部分は無効とされ、法律の定めに従って契約内容は時給1,163円に修正されることになります(最低賃金法4条2項)。
また、労働基準法や最低賃金法、労働安全衛生法などの法律は、労働基準監督署(長)という行政機関によって使用者がそれをきちんと遵守するよう指導や監督が行われており、法律を守らない悪質な使用者には拘禁や罰金などの罰則が科されます。労働法では、この強行的な性格をもつ法律の役割が大きくなっています。
労働法に固有の法源―「労働協約」と「就業規則」
このように、契約と法律は、人びとの権利や義務を根拠づけるものとなり、労働法の世界でも重要な役割を果たしています。さらに、日本の労働法では、この2つに加えて、「労働協約」と「就業規則」が、働く人と会社の間の権利義務を基礎づける根拠となりうるものとされています[2]。
労働協約
労働協約とは、労働者が結成・加入する労働組合と会社との間で締結される合意・協定のことをいいます。労働協約は、書面に作成し署名または記名押印という一定の様式を満たすときには、そこに定める基準に反する労働契約の部分を無効とし、無効となった契約部分を補う効力(いわゆる「規範的効力」)が認められます(労働組合法14条・16条)。
たとえば、労働契約にはボーナスは月給の2か月分と定められていたとしても、労働協約にボーナスは月給の3か月分と定められた場合には、労働契約の内容は月給の3か月分に修正され、組合員は会社に月給3か月分のボーナスの支払いを請求する権利をもつことになります。
就業規則
就業規則とは、労働条件や職場規律など職場における集団的なルールについて使用者が定める規則のことをいいます。
労働基準法は、常時10人以上の労働者を使用する使用者に、労働時間、賃金、退職、食費・作業用品等、安全衛生、職業訓練、災害補償、表彰・制裁、その他労働者のすべてに適用される事項を記載した就業規則を作成することを義務づけています(労働基準法89条)[3]。
その結果、日本では、就業規則に労働条件や職場規律など職場のルールのほとんどが記載されるに至っています。
就業規則に定められた労働条件については、その職場(事業場)の最低基準として、これを下回る労働契約の部分を無効としそれを補う効力が認められています(労働契約法12条)。これを「最低基準効」といいます。
この最低基準効は、就業規則と労働契約の双方に定めがある場合の調整の場面で出てきます(たとえば就業規則には時給1,500円、労働契約には時給1,200円と記載されていた場合、労働契約の内容は就業規則の最低基準効により、時給1,500円に修正されます)。
さらに、ある労働条件が就業規則にのみ記載されている(労働契約には定めがない)場合について、労働契約法は、それまでの判例の立場(秋北バス事件・最高裁1968年12月25日など)を取り入れ、就業規則が合理的な労働条件を定め、それが労働者に周知されていた場合には、労働契約の内容になるとしています(7条)。
日本の労働法の体系―4つの法的根拠
このように、働く人と会社との間の働くことをめぐる関係は、労働契約を基礎としつつ、それに規制を加える法律(強行法規)や労働協約、就業規則(最低基準効)という4つの法的根拠によって規律されています。これを法的な強さの順に整理し直すと、下の図表のようになります。
働く人と会社の間の関係では、これらの4種類の法的根拠のなかのどれかによって基礎づけられた権利と義務になることによってはじめて、労働者が使用者に、または使用者が労働者に、法的な請求をすることが可能になります。
逆にいうと、これらの4つのどこにも根拠がないことについては、裁判所の力を借りてその実現を図ることはできません(法的にいうと「請求の根拠を欠く」ことになります)。労働法は、これらの4つの法的根拠に支えられた権利と義務の体系ということもできます。
実際の権利義務(労働条件)の設定の方法
実際に働くときにどのような形で権利義務が設定されているかは、ケース・バイ・ケースです。大前提となるのは、最低賃金法や労働基準法などの法律(強行法規)を必ず守って、権利義務(労働条件)を定めることです。これが守られていないと、法令違反として会社に罰則が科されます。
労働組合があるところでは労働協約が定められているところもありますが、労働組合がない会社では労働協約は(ほとんど)ありません。実際に重要なのは、会社が定めている就業規則と、労働契約(個別の契約書)です。
アルバイトなど短時間や有期契約で働く場合には、契約書(労働契約書、雇用契約書等と書かれた書面)が交付されますので、そこにどのような記載がなされているかをちゃんと読んで、納得したうえで契約を結ぶようにしましょう。
正社員等として会社で働き始めるときには、個別の契約書は交付されず、権利義務(労働条件)は就業規則に記載されていることが多くなっています。働き始める前に、就業規則の内容をきちんと確認し、自分がどういう権利義務をもって働くことになるかを認識しておくことが大切です。
[1] 例えば、1789年のフランス人権宣言は、「およそ主権というものの根源は、本質的に国民のうちに存する。いかなる団体も、いかなる個人も、明瞭に国民から発していないような権力を行使することはできない」(3条)、「法律は一般意思の表明である」(6条)と規定し、人びとは契約と法律によってのみ拘束されることを宣言した。この契約と法律によってのみ権利と義務が根拠づけられるという考え方は、ナポレオン・ボナパルトの下で起草・編纂された1804年フランス民法典のなかに取り込まれ、その後、今日の社会においても広く受け入れられている。
[2] 理論的に厳密にいえば、労働協約は法律(労働組合法16条など)に基づいて権利義務の根拠となるもの、就業規則は契約の一種として権利義務の根拠となるもの(労働契約法七条参照)と解釈されるため、広い意味では法律または契約に基づくものと位置づけられる。
[3] 労働基準法は、使用者が就業規則を作成しまたは変更するにあたり、①事業場の労働者の過半数代表(労働者の過半数が加入する労働組合、それがないときは労働者の過半数を代表する者)からの意見聴取(90条1項)、②所轄の労働基準監督署長への届け出(89条)、③作業場の見えやすい場所への掲示や電子機器へのアクセスなどの方法による労働者への周知(106条)という3つの手続を踏むよう義務づけている。