新卒採用における待遇・福利厚生の注目度の高まり―企業の取り組みと求められる情報発信とは?
昨今、初任給の引き上げを行っている企業が話題になっており、就活生が待遇や福利厚生など企業のハード面に注目する傾向もみられている。今回は新卒採用における待遇・福利厚生に関して、学生が注目している点についてと、企業側の取り組み、また求められる情報提供の在り方について考えていく。
待遇や福利厚生が気になる就活生たち
まずは就活生が、どのくらい待遇や福利厚生に関心があるのか、また、その関心度の変化をみていこう。
注目度が高まっている「待遇」「福利厚生」
24年卒の就活生に、企業の福利厚生についてどの程度関心があるか聞いたところ「勤務地・仕事内容・給料と同程度関心がある」という学生が63.4%で最多だった。
また、わずかではあるが「勤務地・仕事内容・給料よりも関心がある」と回答している学生もおり、就活生にとって福利厚生の情報が、労働条件の大きな要素である仕事内容や勤務地に引けを取らないくらい関心度が高い要素となっていることが分かる。
また、5月の学生就職モニター調査の結果をみると、「企業を選ぶときに注目するポイント(ベスト3まで選択)」の1位が「福利厚生」・2位が「給与・賞与(待遇)」となっている。
「福利厚生」の順位の経年変化をみると、21年卒と22年卒では順位の変化がほとんどなく、23年卒でもエントリー開始時点では3位だったが、月ごとに順位を上げ、5月に1位となっている。さらに、24年卒では3月の時点で福利厚生が2位、4月には1位となっている。
23年卒から、選考を経て志望企業を絞り込む段階の時期になると福利厚生に注目する学生が増えていたが、24年卒でさらに福利厚生に注目するタイミングが早まっていると考えられる。また、24年卒では「給与や賞与が高い」が4月・5月で2位となっており、例年上位となっている「自分が成長できる環境がある」「社員の人間関係が良い」を上回るなど、待遇面への注目度も高くなっていることが見てとれる。
さらに、企業を選択する場合にどのような企業が良いか(あてはまると思う項目を2つまで選択)を聞いた調査では、「安定している」は3年連続、「給料の良い」は2年連続の増加となっている。
2024年卒大学生活動実態調査 (3月)で「企業に安定性を感じるポイント」として「福利厚生が充実していること」が最多となっていたことと合わせて考えると、近年、企業を選ぶ際に安定性を求める学生が増えているために、安定性の判断材料として福利厚生の充実度や給与への注目度が高まっていると推察される。
安定を求めて待遇・福利厚生を重視するわけ
では、なぜそれほど安定性を求めて労働条件を重視する意識が高まっているのだろうか。
企業を選ぶ際、待遇や福利厚生を重視するという学生のコメントをみると、「金銭面で不安を抱えている」「少しでも安定して生活ができるだけのお金がほしい」という意見や、「結婚や出産をしても働き続けやすい就職先を探している」「福利厚生が充実している会社は資格取得のための補助金やクラスなども充実している」という趣旨のコメントがみられた。
物価が上昇している中、「入社できた」だけでは生活基盤に不安が残ることから、より入社後の社会人生活に安心感を持てる企業を選びたいという意識や、長く働くことを想定して将来のライフイベントやスキルアップのことも考えて経済的な安定性を感じたりサポート体制が充実したりしている環境を望んでいると分かる。
この「結婚・出産などのライフイベント後も働き続けたい」という意識は、大学生ライフスタイル調査からも分かっている。「結婚後の仕事に関して共働きを希望する」男子学生の割合は2024年卒調査で調査開始以来はじめて6割を超え、女子学生も調査開始当初と比べてやや増加している。
また、男子学生の「育児休業を取って子育てしたい」の割合も近年増加しており、女子学生との割合の差が減少している。
男女ともに結婚、育児などのライフイベントがあっても変わらず働き続けることを想定していることから、長く安定して働き続けられるような待遇や制度面でのサポートがある企業に入社したいという希望が高まっているとみられる。
企業の取り組みと望まれる待遇
給与の引き上げを実施・検討中の企業が6割
学生の注目度も上がっており、賃金の引き上げも話題になっている中、企業は待遇や福利厚生についてどのような取り組みを行っているのかをみると、2023年初任給や基本給の引き上げを実施・検討している企業は6割だった。
また、賃金に関わると考えられる「評価制度の改正」も半数以上が実施・検討中としているほか、2割程度の企業が各種手当の改正や賃金引き上げについて「必要性を感じている」と回答している。企業が給与や手当について見直しを進める必要性を感じており、実際に検討や取り組みを開始している企業も多いことが分かる。
地方・遠方の学生からの応募促進のために福利厚生を見直す企業も
2023年卒企業採用活動調査では、地方学生や遠方に住む学生からの応募を増やすための取り組みとして福利厚生の見直しを実施・検討している企業のコメントもみられた。新卒学生全体に向けた取り組みだけでなく、応募を集めたい層へのアピール材料や定着という目的で、ターゲット層にあった福利厚生を整備している企業もあるようだ。
賃金引き上げによって関心・志望度が高まると思う学生が約7割
次に学生側の意見をみてみると、企業が初任給や給与を増額する動きについて「その企業に対する関心が高まり、就職先としての志望度も上がる」と回答した学生が68.2%となった。
「その企業に対する関心が高まるが、就職先としての志望度は変わらない」という回答も含めると9割以上の学生が企業に対する関心が高まるとしており、給与の引き上げは広く学生からの注目を集めるという観点で大きな効果がありそうだ。
あったら嬉しい福利厚生は「休暇制度」や「諸手当」
福利厚生の具体的な内容について、学生の希望をみてみると「就職する企業にあったら嬉しいもの・求めるもの」で、もっとも多かったのは「休暇制度」の77.5%で、「諸手当」(74.1%)、「各種補助」(53.0%)が続いた。
福利厚生の内容としては、かつての福利厚生の定番とみなされるような「レクリエーション」などの項目よりも、前述のように、安定して長く働けることを意識する傾向から、ワークライフバランスや経済的な安定に直接的に繋がるような制度を希望する学生が多いことが分かる。
企業の採用広報と求められる情報発信
最後に、新卒採用において待遇・福利厚生がどのように広報されているのか、そして、学生が求めている情報発信の在り方について探っていく。
採用活動でアピールしていること、福利厚生は4位。
待遇をアピールすべきと考える企業は少数
企業に「採用活動でアピールしていること」を聞いてみると、「福利厚生」は4位と比較的高い順位となっている。また、「今後アピールすべきだと感じる点」でも6位となっており、学生が注目しているように、企業も情報発信に力を入れているまたはアピールすべきだと考えていることが分かる。
一方、「待遇の良さ」については「今後アピールすべきだと思うこと」として挙げている企業は12.9%と少なく、学生の注目度や待遇改善の重要性の意識と比べると、アピールについては必要性を意識している企業が少ないように見受けられる。
各社が待遇改善に取り組み始めている中、強みとして打ち出すのはハードルが高く感じられるのかもしれないが、待遇はその企業が従業員をどうみているかの姿勢が伝わる要素でもある。アピールとまではいかなくとも学生にしっかり伝わるように情報発信していくことは重要だ。
新入社員は待遇や福利厚生について「就活時に知っておけばよかった」と思っている
実際に、新入社員に聞いた結果をみると、「入社して初めて分かった情報で、就職活動時に知っておけばよかったと思うもの」として待遇や福利厚生は上位となっている。特に「給与や賞与に関する情報」を知っておけばよかったと回答した学生の割合は、わずかではあるが「実際の仕事内容に関する社員の話」の回答割合をも上回っている。
配属される現場や状況によって細かく内容が変わってくると考えられる仕事内容よりも、一般的に一律に定められる給与や賞与の方が募集要項などで情報を得やすいように思えるが、それでは十分でないのかもしれない。
待遇や福利厚生については、情報として分かっていても社会人経験がない学生にとっては実感として理解できていないことが推察される。
「口コミ・SNS」で情報収集している学生も
また、待遇や福利厚生について入社前に十分に知ることができていないのは、就職活動時に知りたい情報があっても企業に直接は聞けなかったからとも考えられる。
学生調査によると、福利厚生についての情報をさらに知りたいとき、企業に直接確認(質問や問い合わせ)をしたことがあるという学生は20.5%で、「直接確認しづらい」という回答は70.8%だった。多くの学生は直接企業に聞けない代わりに採用ページ等で調べているようだが、「口コミサイトやSNS等で情報収集している」という学生も17.5%と少なくない。
学生が求める詳しい情報を一次情報として積極的に伝えていくことは、学生が誤って不正確な情報を参考にしてしまうのを防ぐ上でも必要なことだといえそうだ。
学生が福利厚生について特に知りたいのは「種類」や「利用実績」
では、学生が詳しく知りたいと思うのはどのような情報なのか。
福利厚生について関心のあるポイントをみると、もっとも多かったのは「種類や数(どのような福利厚生があるのか)」の70.0%で、次いで多かったのは「利用実績(どれくらいの社員が利用しているか)」で53.8%だった。
福利厚生について、種類等などできるだけ細かく伝えることはもちろん、実際に利用しやすい制度や環境であるのかどうか、活用の事例などまで伝えるとより良い情報提供になりそうだ。
さいごに
ここまで、近年のデータから新卒採用における待遇や福利厚生についてみてきた。
学生が自身の想定するライフキャリアを実現しながら働き続けられるような環境を求めて待遇や福利厚生に注目していることや、企業も待遇アップの必要性を感じ、取り組み始めている様子が見てとれる。採用市場が激化している中、労働環境の改善はより重要な要素となってきているようだ。
企業にとって初任給の引き上げは、既存社員の給与や評価制度にも影響することで簡単なことではないが、学生が望むことは長く安定して働き続けられることなので、資格取得手当のような形での待遇改善や休暇制度などの環境の見直しも一つの手であるといえる。
就活生へのアピールのためにも、入社したあとの定着のためにも、さらには既存社員のモチベーションアップのためにもそういった改善が検討されることが期待される。また、新卒採用においては社会人経験がない学生たちに対してどのように待遇や福利厚生の情報を伝えていくかということも重要だと分かった。
ミスマッチにならず双方にとってより良い採用活動になるように、今後、労働環境の見直しや情報発信により力を入れていく必要がありそうだ。
キャリアリサーチLab研究員 沖本 麻佑