最低賃金1,500円時代へ。働く現場の“期待と不安”

早川 朋
著者
キャリアリサーチLab主任研究員
TOMO HAYAKAWA

2025年度の最低賃金引上げと、1,500円を目指す前向きな変化の兆し

2025年度の最低賃金の目安は、全国の加重平均で時給1,118円と決定された。現在の1,055円から63円の引き上げとなり、伸び率は6.0%と、いずれも過去最大の水準である。なお、2024年度に示された目安は5.0%であり、最低賃金を時給換算で示すようになった2002年度以降で最大だったが、今年度はそれをさらに上回る結果となった。

この過去最大の引き上げは、政府が掲げる「2020年代に全国平均1,500円を目指す」という方針を背景としたものである。政府は当初、この方針の達成時期を2030年代半ばとしていたが、2024年に物価上昇が続く中で生活の安心や将来の展望を支える必要性が高まったことを理由に、「2020年代」へと大きく前倒ししている。

こうした中で、最低賃金の引き上げは、生活の安定や仕事への意欲向上につながる前向きな変化の兆しとして、社会的にも注目を集めている。

マイナビのアルバイト就業者を対象に行った 調査でも、最低賃金1,500円の実現について「実現してほしい」「どちらかと言えば実現してほしい」と回答した人は、合わせて83.1%となった。【図1】

【図1】最低賃金を全国平均1,500円に引き上げることについて実現してほしいか/最低賃金1,500円引上げに関する意識調査(アルバイト就業者・企業)

また、最低賃金が1,500円に引き上げられる場合、仕事への意欲が「向上する」「どちらかと言えば向上する」と回答した人は、合わせて72.9%であった。【図2】

【図2】最低賃金が全国平均1,500円に引き上げられる場合、仕事の意欲にはどのような変化があると思うか
/最低賃金1,500円引き上げに関する意識調査

生活費や将来のことで不安を抱えながら働く人々にとって、賃上げは切実な願いであり、単なる数字の話ではない。収入が増えれば生活が安定し、仕事への意欲も高まり、自分の時間や学びへの投資に目を向ける余裕が生まれる可能性もある。多くの人が“働くことへの前向きな意識の変化”に期待を寄せている。

広がる“現場の不安”の声―企業だけでなく、働く人も

企業の不安

一方で、マイナビの企業調査で、最低賃金を全国平均1,500円にあわせて、段階的に引き上げられると思うかを聞いたところ、「できないと思う」「どちらかと言えばできないと思う」が56.3%と過半数を占めている。【図3】

【図3】最低賃金を全国平均1,500円の引き上げにあわせて、毎年段階的に自社の賃金の引き上げを行うことができると思うか/最低賃金1,500円引き上げに関する意識調査

企業側からは、「業績が追いつかない」「現状と乖離がありすぎる」「中小企業には無理がある」などの声が寄せられている。特に小規模事業者やサービス業など、利益率が比較的低い業界では“賃上げ=経営圧迫”という構図になりかねず、現場では深刻なジレンマが生まれている。

また、地域差も無視できない。労働政策研究・研修機構(JILPT) の「最低賃金引上げと企業行動に関する調査(2024年) の概要(速報)」によると、パート・アルバイトのもっとも低い賃金は、「最低賃金を5%未満上回る」企業の割合がもっとも高かったが、郡(町、村)では市・特別区よりも「最低賃金と同様」の割合が高く、「最低賃金を10%以上上回る」割合が低い。【図4】

【図4】事業所のパート・アルバイトの最も低い賃金/JILPT 最低賃金の引上げと企業行動に関する調査(2024年)速報

特に地方では、地域全体の賃金水準が低いため、最低賃金が“実質的な賃金のベースライン”のように扱われているケースもある。こうした地域では、企業が賃金設定において最低賃金を一つの基準としている傾向が見られ、結果として従業員の時給が最低賃金に近い水準にとどまることが多い。

そのため、最低賃金が引き上げられると、企業はすべての該当従業員の時給を一律に引き上げる必要があり、人件費が急激に増加する。そのコストへの対応が難しい企業では雇用人数の調整やシフト時間の短縮などの対応を検討せざるを得ず、結果として働ける機会が減少するリスクが生じる可能性がある。

働く人の不安

最低賃金の引き上げは、企業側の課題として語られることが多いが、実は働く人の側にも不安の声がある。冒頭で紹介した【図1】最低賃金を全国平均1,500円に引き上げることについて実現してほしいかの結果を見ると、「どちらかと言えば実現しなくてもいい」「実現しなくてもいい」と答えた人は16.9%となった。少数派ではあるが、賃上げの影響をネガティブに受け止めている人も一定数いることがわかる。

その理由(自由記述)を見てみると、「扶養内で働くので年収は変わらないから」「生活するのに困っていないため」といった個人の事情に基づく声もある一方で、賃上げが現場に与える影響を心配する声も見られた。たとえば、「求められることが増えそう」という声からは、時給が高くなればその分、企業側が従業員に求めるスキルや業務量も増えるのではないかという不安が読み取れる。

「働ける時間が減る」は、企業が人件費を抑えるために、本人の希望より短い労働時間に制限するのではないかという懸念がうかがえる。「採用率が下がるため」は、企業の雇用人数の調整によって、 働ける人数が限られてしまうのではないかという不安を反映している。【図5】

【図5】最低賃金の全国平均1,500円への引き上げ 実現しなくてもいい理由/最低賃金1,500円引き上げに関する意識調査

こうした声は、単に「賃上げに反対している」わけではなく、賃上げの結果として“働ける機会そのもの”が減ってしまうことへの懸念を示している。

時給の高さだけでは語れない、働くということのリアル

こうした不安の背景には、最低賃金の引き上げが、現場の雇用や働き方に影響を及ぼすのではないかという懸念がある。働く人にとっては、時給の高さだけを重視しても、働くチャンスの減少や働く環境の不安定さが進めば、本来目指すべき生活の安定ややりがいは実現されない。

だからこそ、「賃金の水準」という“目に見える数字”だけでなく、「働く環境の質 」という“目に見えにくい価値”にも配慮すべきではないだろうか。

実際に、マイナビで行ったアルバイト就業者調査 では、アルバイト探しの際に重視される条件として、「自宅から近い」「シフトの融通がきく」といった項目が、「給与が高い」よりも上位にあがっている。【図6】

【図6】アルバイト探しの必須条件/アルバイト就業者調査(2025年)

この結果は、働き手が単に“どれだけ稼げるか”ではなく、“どのように働けるか”、つまり働きやすさや柔軟性といった“質”を非常に重視していることを示している。

最低賃金の引き上げによって、企業が雇用を絞ったり 、フルタイム勤務を前提とした働き方を重視したりするようになると、短時間勤務や柔軟な働き方を希望する人にとっては働きづらい環境となり、“働く環境の質”が損なわれる可能性がある。

それでも、私たちは“賃上げ”を目指すべきか?

ここまで見てきたように、最低賃金1,500円は“期待”と“不安”の両面を抱えている。賃上げは生活の底上げにつながる一方で、その副作用として、採用のハードルが上がったり、働く機会が減ったりする可能性もある。しかし、こうした不安があるからといって、賃上げの流れそのものを止めるべきだとは言い切れない。むしろ、最低賃金の引き上げは、すべての人が安心して働ける環境をつくるための第一歩である。

実際に、国もすでにいくつかの支援策を講じている。たとえば、最低賃金の引き上げに取り組む中小企業を対象にした「業務改善助成金」がある。これは、生産性向上のための設備投資や業務フローの改善などに取り組むことで、一定の条件を満たせば費用の一部が助成される。

他にも、地域や業種を超えて企業同士が連携したIT導入など、賃上げを支える取り組みにも少しずつ舵が切られ始めている。こうした支援をより実行性のあるものへと進化させながら、企業・働き手・地域がともに安心して「賃上げできる社会」を築いていけるかが、これからの大きなテーマになるだろう。

最低賃金1,500円実現への課題と展望

ここまで見てきたように、最低賃金1,500円には、生活の安心や仕事の前向きな意欲といった“期待”がある一方で、雇用や働き方の変化への“不安”も少なからず存在している。

企業や働き手が安心して賃上げを受け入れられる環境を整えるには、社会全体が、企業と働き手の双方にとって持続可能な未来を共有できるかどうかが重要になる。

最低賃金1,500円の実現に向けたペースと課題

では、この1,500円という目標は、実際にどのようなペースで実現されていくのだろうか。最後に、最新の動向から今後の展望を見ていきたい。

冒頭でも触れたが、2025年度の最低賃金改定に向けた議論はすでに大詰めを迎えており、全国加重平均で1,118円(+63円、伸び率6.0%)という過去最大の引き上げ幅が決定された。これは、2024年度の+51円(引き上げ率5.1%)を上回るものであり、物価高騰や人手不足といった社会的背景を反映した結果である。

仮にこの6.0%というペースで毎年引き上げが続いた場合、最低賃金が1,500円に到達するのは2031年頃となる計算になる。【図7】

この仮定は、2025年度の引き上げ率を今後も毎年維持するという前提に基づいているが、過去の引き上げ率の推移を見ると、6.0%という水準は比較的高めである。2010年代以降の多くの年では、引き上げ率が2~3%台にとどまっており、特に2020年には新型コロナウイルス感染症の影響で引き上げ率が0.1%と極めて低く抑えられた。こうした社会情勢次第では、想定通りの上昇ペースが崩れるリスクもある。

一方で、今回の改定は過去最大の引き上げ幅となっており、最低賃金1,500円に向けた到達ペースがやや現実味を帯びてきたとも言える。これまで難しいとされてきた2020年代中の到達も、状況次第では視野に入りつつある。だからこそ、これからの議論では最低賃金を「いくらにするか」だけでなく、“どうすれば実現できるか”という視点が重要となるのではないだろうか。 

今後注目すべき3つの視点

その実現に向けて今後注目すべきポイントを以下に整理した。

2025年改定額が示す方向性

2025年度の最低賃金改定額は、全国加重平均で1,118円(+63円、伸び率6.0%)と、過去最大の引き上げ幅となった。この結果は最低賃金1,500円の実現に向けた強い姿勢を示すものであり、今後の引き上げペースにも影響を与える重要な動きである。
この改定額が一時的なものなのか、あるいは今後も同様のペースが維持されるのかは、今後の議論や経済状況次第であり、引き続き注視が必要である。

企業支援の強化度合い

特に中小企業にとって、人件費負担の増加は深刻だ。最低賃金の引き上げに合わせて、業務改善助成金などの拡充や、生産性向上への支援がどれだけ用意されるかが鍵となる。

地域格差の是正スピード

地域別最低賃金ランク区分の再編 (従来の4区分→3区分)など、格差是正に向けた動きは始まっている。しかし、2024年度の時点では、依然として200円以上の差がある都道府県も存在しており、「どう均していくか」には長期的な視点が必要だ。

最低賃金の引き上げについては、金額だけでなく、制度の仕組みや企業への支援なども含めた幅広い視点が、これからますます重要になってくるだろう。

マイナビキャリアリサーチLab 主任研究員 早川 朋

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