人が安心して働ける農業へ。現場から変える未来のかたち(株式会社浅井農園) 

キャリアリサーチLab編集部
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キャリアリサーチLab編集部

マイナビキャリアリサーチLabでは、アースデイをきっかけに地球温暖化や気候変動が私たちの働き方にどのような影響がでるのか、について国立環境研究所のお二人にご説明をいただきました。今回は、自然資源を活かした経済活用や熱中症などへの対策を行っている株式会社浅井農園へのインタビュー後編となります。

国内外で事業を展開する、三重県発・研究開発型農業カンパニー「株式会社浅井農園」では、独自の調査研究部門を設け、栽培技術の最適化にとどまらず、作業環境や休憩方法に至るまで科学的に検証。

生産効率や環境負荷の軽減に加え、「健康的に働き続けられる農業のかたち」にも力を注いでいます。具体的にどのような実証実験を行い、成果を上げているのか。前編に続き、今回はこうした実践の最前線を支えるキーパーソンたちの声をお届けします。

馬野 幸紀 執行役員 生産開発ユニットマネージャー

■馬野 幸紀 執行役員 生産開発ユニットマネージャー
筑波大学工学部卒業。京都大学大学院エネルギー科学研究科博士前期課程修了。アクセンチュア、イーラボエクスペリエンス等を経て、 2015年より浅井農園に入社。うれし野アグリの農場運営(労務・出荷管理等)、アグリッドの新規立ち上げに参画し、現在は新規参入業者の企画・栽培支援(イチゴ)、北海道伊達市でのトマト農場開発を担当。

中島 正登 研究開発ユニット マネージャー

■中島 正登 研究開発ユニット マネージャー
明治大学農学部卒業。明治大学大学院農学研究科博士前期課程修了。片倉工業にて人工光型植物工場の研究開発職を経て、 2019年より浅井農園に入社。研究開発ユニットのマネジャーを担当。現在は事業化を目的とした栽培技術開発や大学等で開発された技術の社会実装を目的とした共同研究等を担当。

久保田 陽太郎 経営企画ユニット マネージャー

■久保田 陽太郎 経営企画ユニット マネージャー
モナシュ大学(オーストラリア)理学部卒業。モナシュ大学理学士(宇宙物理分野)修了。農林中央金庫にて企業融資やJAバンクグループの推進業務を担当した後、スタートアップの立ち上げに参画し、経営・事業企画に従事。2021年より浅井農園に入社。部門横断的なステークホルダーを巻き込みながら、持続可能な成長に向けた中長期戦略の立案および全社横断プロジェクトの企画・推進を担当。

世界基準を作る挑戦と挑戦を支える研究体制

質問:あさい農園で研究部門を設置されているとのことですが、どのような理由からでしょうか。

中島:現実的な理由と、将来を見据えた想いの両方があります。まず、現実的な理由として、私たちはオランダやニュージーランドなどから最新の技術や品種を導入してきましたが、海外の技術をそのまま日本で再現するのは難しいという課題が常につきまといます。

たとえば、オランダでは低日射期の冬季にトマト苗を定植し、翌冬まで通年で収穫を続ける理想的な栽培サイクルを実現できます。日本では夏の高温の影響で北海道等一部地域を除いて、同栽培サイクルで通年収穫を実現することは困難です。ニュージーランドのキウイフルーツも栽培していますが、これも同様で、気候や環境が異なれば、同じ栽培法では成果が出せないのです。

こうした違いに対応し、日本の環境下で最大限の収量と品質を実現するには、現場での試行錯誤と継続的な改良が欠かせません。そのためには自社で研究部門を持ち、独自に栽培技術を調整・進化させていく必要があると考えています。

もう一つの将来的な想いとしては、海外の技術を「輸入」するだけでなく、私たち自身が日本発の栽培技術を「輸出」していくことも視野に入れています。その実現のためには、大学や研究機関と連携しながら、独自の技術を確立・実証していく研究開発体制が欠かせないと考えています。

農業には終わりのない改善のサイクルがあります。自動車が常に燃費向上を目指すように、私たちも「今年25t取れたら、来年は26t、30tを目指す」といった姿勢で、収量・品質・効率のすべてを高め続ける。そうした進化を支える土台として、研究部門が存在しています。

日本の農業が直面する三つの壁─人材、気候、そして技術のギャップ

質問:研究開発の現場から見えてきた、日本の農業が直面する課題とは何でしょうか? それに対して、どのような対策が必要だとお考えですか?

中島:研究現場から見えてきた最大の課題は、農学部の学生が農業生産の現場に就職しないことです。背景には、農業法人がまだ十分な収入や福利厚生を提示できず、職業選択肢として見られていない現状があります。だからこそ私たちは、安定した報酬と成果に見合う待遇を提供できる生産体制を、研究を通じて築いていく必要があると考えています。

また、気候変動への対応も喫緊の課題です。最近では、生物由来の資材「バイオスティミュラント」が注目されており、私たちも効果が見込める資材を厳選して実地検証し、一部はすでにオペレーションにも取り入れ始めています。特に高温・乾燥といった環境下でも植物の生産性を支える手段として期待しています。

さらにもう一つ重要な観点として、スマート農業技術の導入における「適合性」の問題もあります。現在、多くの農業機械メーカーや農薬メーカー、スマート農業関連企業は海外市場を主要ターゲットとしています。

実際、海外の農業は日本企業の努力もあり大きく進化している一方で、日本国内では導入技術が現場に合わず、うまく機能しないケースもあります。このままでは日本の農業だけが取り残されてしまう可能性もあるため、導入する技術を日本の農業現場に適したかたちにカスタマイズし、実装していく視点が求められます。

科学で働く人の身体を守る。これからの農業現場の暑熱対策

スマートフィット 安全の見方ができる、現場の味方

質問:働き方や休憩方法の研究にも取り組んでいるとのことですが、具体的にどのようなことを行っているのでしょうか?

中島:夏場のハウス農業では、作業者への負担が大きく、熱中症リスクへの対策が欠かせません。そこで私たちで、倉敷紡績(以下、クラボウ)、大阪大学、三重県農業研究所と連携し、クラボウさんの「Smartfit for work」というセンサー付きのアンダーシャツを着用し、作業中の衣服内温度や心拍数を測定する実証実験を行いました。

熱中症は「どの時点で危険なのか」が人によって曖昧な部分があって、そのリスクを定量的に把握する手段として、こうした計測技術を活用し、状態の見える化を行いました。

ここまでの取り組みで見えてきたこと

中島:実験の中で、私がまず注目したのが「休憩が本当に休息になっているのか?」という点でした。センサーのデータを確認すると、休憩中は確かに心拍数が下がっているものの、衣服内の温度、つまり体温に近い数値はほとんど下がっていなかったのです。作業によって体温が1〜2℃上昇しても、通常の休憩方法ではそれがなかなか下がらない。これでは、身体の負荷は取りきれないと考えました。

そこで、いくつかの休憩環境を比較してみました。当初の休憩場所は、ハウスの前室で空調もない空間。そこでは休憩しても衣服内温度はほとんど下がりませんでした。一方で、エアコンの効いた環境だと体温は下がる。でも、今度はスタッフ(作業員)から「冷えすぎて体に合わない」という声が上がったのです。

休憩方法の検討
休憩方法の検討_結果

中島:その中間として導入したのが、ハンディファンで風を服の中に送り込む方法です。これが一番バランス良く体温を下げられて、負担も少なかった。実際に「汗を気化熱で飛ばす」ことで、自然な冷却効果が得られることがデータでも確認できました。

電動ファン付ウェアについても検証しました。少し前の報道などでは「猛暑下では空調服は逆効果」といわれることもありますが、私自身が実験台になって45℃近いハウス内で実験しました。電動ファン付ウェア空調服を着た日は、着ていない日と比べて明らかに体温の上昇が抑えられることがわかりました。ただし同時に、水分補給とセットで使わないと脱水リスクが高まることもわかりました。

こうした実証を経て、私たちの13ヘクタールの全農場に電動ファン付ウェアを導入する決断をしました。スタッフにも根拠を持って説明できたことで、理解も得やすく、結果として身体への負担もかなり軽減されたと感じています。

スタッフのみなさんがこうした実験に前向きに協力してくれたことが、とても大きかったです。データをもとに、より安全で快適な環境を作っていく。その姿勢をこれからも大事にしていきたいと思っています。

また、女性スタッフが多く働いている現場ということもあり、ライフステージや体調変化に伴う負担についても、大阪大学や三重県農業研究所と連携しながら検討を進めています。まだ具体的な対策や仕組みにまでは至っていませんが、どのような状況でどの程度の負荷がかかっているのかを可視化するための試みを行っており、今後の改善につながる可能性を模索しているところです。

企業型農業がもたらす、分業による生産性と働きやすさ

質問:日本の農業はまだまだ家族単位で行うというイメージが強いのですが、組織として運営することが働き方に与えるメリットや変化などありましたら教えてください。

中島:やはり組織として農業を行う最大のメリットは、それぞれが得意なことに集中できる点だと思っています。たとえば、植物の管理や生産技術に関心のある人には、その領域に専念してもらいたい。

しかし、家族経営の場合は、業務の幅が広く、一人で担わなければならないことが多くなりがちです。野菜を育てるだけでなく、売上の管理、スーパーへの納品、市場への出荷や荷受けなど、あらゆる業務を自分たちでこなさなければなりません。そうなると、どうしても一人ひとりの負担が大きくなってしまいます。

その点、私たちのように規模のある組織であれば、生産が得意な人は生産、営業が得意な人は営業といったように、役割分担が可能になります。これは一般的な企業では当たり前のことかもしれませんが、農業の現場では、まだ十分に仕組み化されていないケースも多いと感じています。だからこそ、生産性を高めていくには、それぞれが得意なことに集中できる体制作りが不可欠だと考えています。

久保田:人材面においても、組織として運営していることの利点は大きいと感じています。家族経営の農園に「ここで人生をかけて働きたい」と思って入社する方は、やはり限られるかもしれません。一方、企業として組織的に運営している私たちの農園には、農業以外の業界からも多様な人材が集まり、それぞれが自分の持ち味を活かしながら働いています。

また、私たちは「箱理論」という考え方を持っています。これは、農園という“一つの箱”を全員で共有しながら、社員一人ひとりがその中で自由に挑戦し、自己実現していこうというものです。こうした考え方があるからこそ、「もっとこうした方が良いのでは」といった前向きな提案が自然に生まれ、チーム全体で前に進んでいく感覚が生まれています。

もちろん、家族経営だからこそ生まれる魅力や温かさもあります。ただ、これからのキャリアを見据えて入社を希望する方にとっては、組織的に成長の道筋が描ける環境の方が、将来の展望を持ちやすいのではないかと感じています。

中島:たとえば飲食業界でも、個人で営まれている小さなお店が素晴らしい味やサービスを提供しているように、家族で営む農業にも独自の魅力があります。それと同じように、農業にも多様なかたちがあって良いと思います。ただ、生産性を高めていくという観点から見ると、やはり企業としての運営の方が取り組みやすい面が多いと感じています。重要なのは、「何を目指していくのか」というビジョンの明確さであり、そのビジョンに応じた経営のかたちが選ばれるべきだと思います。

編集後記

今回の取材で印象的だったのは、あさい農園が環境と地域、そして未来の働き方に対して明確なビジョンを持って取り組んでいるという点です。

たとえば、企業と連携したバイオマスを活用した「ゼロカーボン農業」の実践や、北海道・伊達市での地熱利用モデルの構築は、まさに環境負荷の軽減と地域資源の有効活用を両立させた取り組みです。工場の排熱や地元の木質バイオマスといった“捨てられていた熱”を、農業のエネルギーへと再活用する仕組みは、地域産業の共存モデルとしても注目に値します。

また、現場に調査・研究部門を設けている点も見逃せません。高温環境下での作業リスクをセンサーで可視化し、実験を通じて“本当に効果のある休憩”を追求する姿勢には、科学的エビデンスに基づいた安全性と快適さをしることができました。従来の経験則に頼らず、科学的な根拠をもとに現場改善に取り組む姿勢は、研究体制を備えた農業法人だからこそ可能になるアプローチの一つといえるでしょう。

これからの農業には、気候変動や人手不足といった複雑な課題に立ち向かう「仕組み」と「協働」が欠かせません。そしてその現場で求められる人材も、経営や技術の視点を持ち、チームで成果を出せる柔軟な働き方を実践できる存在へと変わりつつあります。

“持続可能な農業”とは、生産のあり方だけでなく、「人が長く安心して働ける環境」をどう実現するかという視点が不可欠であると考えます。そのヒントが、あさい農園の取り組みに数多く詰まっていると感じました。

ライター:西谷忠和

片山久也
担当者
キャリアリサーチLab編集部
HISANARI KATAYAMA

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