働く現場にAI(人工知能)が広がっている。AIがカバーできる仕事領域は拡大を続け、それによってヒトに求められる役割が変化しつつある。フィジカルAIの台頭は象徴的で、これまでヒトが得意としていた物理的な作業もAIが高度な判断能力や学習能力を持って対応できるまでに進化した。AIはヒトの仕事を代替するのか、補完するのか。AIとヒトの間にある役割の境界線について活発に議論がなされている。
こうしたAIの発展は専門職の仕事にどのような影響を与えているのか。本稿では、高い専門性が必要とされる「業務独占資格」である薬剤師の仕事に焦点を当てる。現場におけるAI活用の実態とともに、専門職人材が今後どのようにAIと共存していくことができるかを展望する。
企業のAI導入実態
総務省の「令和8年版 情報通信白書」では社会にAIが広く浸透している様子が浮かび上がってきた。企業を対象とした調査の「生成AIの活用方針の策定状況」の結果をみると、「積極的に活用する方針」「活用する領域を限定して利用する方針」を合わせた「利用方針あり」の割合は68.9%となった。【図1】
【図1】生成AI活用方針の策定状況 総務省(2026)「国内外における最新の情報通信技術の研究開発及びデジタル活用の動向に関する調査研究」をもとにマイナビ作成
また、生成AIを1つ以上の業務で利用していると回答した割合は86.4%にのぼり、多くの企業でAIが当たり前になっている実態が見えてきた。【図2】
【図2】生成AIを一つ以上の業務で利用している割合 総務省(2026)「国内外における最新の情報通信技術の研究開発及びデジタル活用の動向に関する調査研究」をもとにマイナビ作成
では企業におけるAI活用はどのような目的で活用されているのか。「業務類型ごとの生成AIの活用状況」の結果では、「議事録・メール作成補助」と回答した割合が7割を超えた。次いで、「営業・販売」が約6割、「社内ヘルプデスク」「社内システム開発・運用」が約5割で続いている。【図3】
【図3】業務類型ごとの生成AI活用状況 総務省(2026)「国内外における最新の情報通信技術の研究開発及びデジタル活用の動向に関する調査研究」をもとにマイナビ作成
さらに、「企業における生成AIの活用により生じうる影響」では、「作業時間の短縮などによる業務の効率化」が61.6%でもっとも高かった。一方で、調査では日本と米国・ドイツ・中国の国際比較がなされているが、日本を除く他の3か国は「品質管理の精度向上やパーソナライズなどによる製品・サービスの質の向上」の回答割合がもっとも高く、日本との差が大きい。【図4】
【図4】生成AIの活用により生じうる影響(国別) 総務省(2026)「国内外における最新の情報通信技術の研究開発及びデジタル活用の動向に関する調査研究」をもとにマイナビ作成
この結果について、情報通信白書では『日本では生成AIが業務効率化の文脈で捉えられている一方で、他の3か国では、もう一歩踏み込み、製品・サービスの質の向上や生産性向上といった文脈で捉えられている可能性がある』と指摘されている。
薬剤師現場のAI活用状況
業務効率化を主な目的としてAIが広く社会に普及している様子がうかがえる中で、薬剤師の現場ではどのようにAIが広がっているのか。
薬剤師の仕事は、高度な専門性が求められる知識労働という面でホワイトカラー的性質がある一方、勤務場所によっても異なるが、対人サービスの性質の側面も有する。さらに、資格を有する者だけに特定業務への従事が認められる業務独占資格であり、一般的にはヒトによる代替可能性が低い職種と位置づけることができる。
こうした特異性がある薬剤師の仕事に対するAIの影響について、「マイナビ薬剤師白書2026年版」の調査データから考察する。
AIの活用意向・活用状況
現在就業中の薬剤師に、薬剤師業務において、AI活用を積極的に進めるべきかを聞いたところ、「そう思う」が34.9%、「ややそう思う」が40.8%で、2つを合わせた割合は75.7%となった。薬剤師業務への活用について前向きな傾向がある。【図5】
【図5】今後、薬剤師業務においてAIの活用を積極的に進めるべきだと思うか マイナビ薬剤師白書2026年版
一方、実際に薬剤師業務においてAIを活用している割合は39.4%となり、今後の活用意向との間には大きな差がみられた。それでも、高い専門性が求められる薬剤師の現場にもAIが広がっている様子がデータから見えてきた。【図6】
【図6】薬剤師業務についてAI(人工知能)活用を行っているか マイナビ薬剤師白書2026年版
AIの代替可能性・補完可能性
次に、AIの仕事への影響について「代替」「補完」の2つの観点からみていく。
代替・補完を考える前に、現時点でAIがどのように業務に活用されているかを確認する。薬剤師業務にAI活用を行っていると回答した人に具体的な業務内容を聞いた結果では、「薬歴・記録業務」が50.9%でもっとも多く、次いで「処方内容の確認・監査」が33.9%、「在庫管理・発注業務」が25.0%となった。【図7】
【図7】薬剤師業務についてAI(人工知能)活用を行っている業務(複数回答) マイナビ薬剤師白書2026年版
こうした現状がある中、現場で働く薬剤師は今後どのような業務がAIによって代替される、あるいは、補完されると感じているのか。
AI活用によって「代替されると思う」業務では、「在庫管理・発注業務」が73.6%でもっとも高く、「処方内容の確認・監査」が57.0%、「薬歴・記録業務」が51.4%となった。この3項目は【図7】で示した「AI活用を行っている業務」の上位3項目と重なっており、薬剤師の現場でAI活用の有用性が感じられる業務として、今後さらに「AIによる仕事」として広がっていく可能性が高いものと考えられる。
一方、「補完される(効率化・高度化)と思う」業務では、「疑義照会・処方提案」が46.5%、「服薬指導・患者対応」が46.1%、「服薬フォロー・継続的な患者支援」が43.7%となっている。患者とのコミュニケーションや専門的な判断を伴う領域の業務が上位にきている点が特徴と言えよう。こうした業務は今後も「ヒトによる仕事」としてAIとの共存が進んでいく可能性がある。【図8】
【図8】今後、AIの活用が進んだ場合、薬剤師のどのような業務が代替されると思うか。
また、どのような業務が補完されると思うか(複数回答) マイナビ薬剤師白書2026年版
AI活用による仕事の価値の変化
「AI活用による薬剤師の仕事の価値の変化」の結果では、高まる(計)が31.8%、変わらないと思うが35.6%、低下する(計)が33.1%となり、意見が分かれた。
一方で、すでに薬剤師業務でAIを活用している「AI活用者」に限定すると、高まる(計)が35.7%となり、「AI非活用者」に比べて5pt以上高くなっている。 実際にAIを活用している人はAIの有用性を理解し、今後の活用に関してポジティブに捉えている可能性がある。【図9】
【図9】AIの活用拡大で、今後「薬剤師の仕事の価値」はどのように変化すると思うか マイナビ薬剤師白書2026年版
調査では、仕事の価値が「高まる」「変わらない」「低下する」を選んだ理由についてフリーアンサー形式で答えてもらった。回答を見ていくと、今後のAI活用を最大化させるための手がかりやさらなるAI活用の方向性が浮かび上がってくる。
仕事の価値が高まると思う理由
- 時間の有効活用により対人業務、とくに在宅や地域活動などへ発展的な仕事の価値が上がる。(40代女性)
- 在庫管理や雑務をAIに任せれば、その分患者さんに時間を割けるため。健康相談やお薬の提案など、対人業務に充てられる。(20代女性)
- より的確で高度な服薬指導や処方監査が行えるようになり、医師や患者にフィードバックできるため。(50代女性)
- よりしっかりしたエビデンスの元、適切な対応ができた方が安全だと思うから。(30代女性)
高まると思う回答で目立った特徴は、「専門性の最大化」「対人性への注力」の観点だ。深い知識を備えるAIが薬剤師の知識を補強しつつ、定型業務をAIが代替することによって本来薬剤師が担うべき専門的領域に集中できる余白が生まれる可能性が見えてきた。
中でも、対人業務により注力できることへの期待は大きく、患者とのコミュニケーションや健康相談の対応といった対人サービスの業務に時間を割けるようになることで、薬剤師の仕事の価値がさらに高まると感じている人が多く見られた。
仕事の価値が変わらないと思う理由
- すぐにはすべて置き換わらないと思うから。(60代男性)
- 補助的なものなので今後も変わらないと思う。(30代男性)
- AIがどのように薬剤師の仕事に役に立つのか、まだ具体的に想像できないから。 積極的に取り入れようという姿勢が会社に感じられず、現場で働いていても特に欲しいと思う場面がなく、本当に必要なのか疑問があるから。(40代女性)
- AIで事務作業は効率化されると思うが、薬剤師として患者さんの気持ちに寄り添った対応をする意義は変わらないと思うから。(40代女性)
変わらないと思う理由はさまざまあったが、AIがカバーできる業務範囲の限界に対する声が多く、現段階ではAI活用の影響についてイメージできないという意見も見られた。また、AIが普及しても本来薬剤師が担うべき役割は変わらないなど、仕事の本質的価値を信じる見方もあった。
仕事の価値が低下すると思う理由
- AI利用により、必要となる薬剤師数が減少すると考えられるため(30代女性)
- 薬剤師の仕事の大きな部分を代替できるようになるため必要な人数が減る可能性大。(40代女性)
- 人間に比べて調剤、監査が正確なのと、患者さまから質問があった時、不安や不明な点があった時に、知識が膨大で幅広く、対応も早いと思うから(50代女性)
- 人がやらなくてもAIがミスなどを発見するようになり、説明なども画像や動画などで行い完結するようになることで薬剤師の必要性が低くなる。(30代性別答えたくない)
低下すると思う理由では、AIがカバーできる仕事領域が今後さらに拡大すると予測し、現在になっている職務範囲が狭まるとの理由が多く見受けられた。特に、AIが得意とするデータの収集や情報のチェックなどの作業に関して、AIによって仕事が奪われてしまうことへの危機感のようなものも感じられた。
専門職人材とAIのこれから
「マイナビ薬剤師白書2026年版」の調査データからは、専門性が高い薬剤師の仕事にもAI活用が浸透し、それによって求められる役割が変化している一端がうかがえた。
調査から得られた示唆は、有資格者しか担えない、いわばヒトによる代替可能性が低く聖域的性質があった業務独占資格の専門職であっても、専門知識とは別に、AIを含むテクノロジーを使いこなすスキルや、論理的思考や批判的思考といった高次のメタスキルが求められる、ということではないか。専門領域を超えた学習を継続的に行っていく姿勢も、変化が激しい今の時代において専門職人材に求められるキャリア形成の観点と言えよう。
また、AIが専門職人材の仕事をより質の高いものへと発展させる可能性も感じられる。業務効率化を目的としたAI活用が国内で浸透している現状はあるが、AI活用によって、その人材にしか担えない専門業務により集中できるようになったり、ヒトが担ってきたヒューマンタッチの対人業務により注力できたりと、サービスの質向上や生産性向上に寄与する可能性もある。
AI活用を「専門性の最大化」「対人性への注力」につなげることができれば、薬剤師の専門職としての仕事の価値が高まるだけでなく、サービスを利用する患者やサービスを提供する組織にとっても好影響を与えることも期待できる。
厚生労働省の「令和8年版 厚生労働白書」では、薬剤師の仕事と関連がある医療の現場でAIがさらに浸透していく展望が示された。薬剤師の現場ではすでに、スマートフォン・パソコンなどの電子機器によって自宅に居ながら薬の処方を受けられる「オンライン服薬」の導入も始まっており、今後もテクノロジーの普及によって仕事の役割が大きく変化することが予想される。
こうした労働環境の変化とともに、薬剤師を含む専門職の仕事が今後どのように“その仕事らしさ”を残しながら固有の価値を生み出していくのか注目していきたい。
キャリアリサーチLab研究員 宮本 祥太