顧客企業からコンサルティングのご相談をいただく中で、意外と多いのが「施策が空回りしているのではないか?」というものです。
「組織をより良くしよう」と、会社としてかなり力を入れてきた。
経営陣からも何度もメッセージを発信した。
研修も実施したし、制度にも組み込んでいる。
それなのに、この数年を経て振り返ってみると、手応えを感じられないばかりか、以前よりも状況が悪くなっている。
「施策が、上滑りしているのではないか?」
そんなご相談が、とくに近年増えてきている印象です。なぜ、このような現象が起きるのか。そして、企業はどのように対応する必要があるのか。今回は、施策の「空回り」について一緒に考えていきましょう。
組織に起こる“空回り”現象
「空回り」についてお悩みの企業担当者に話を聞くと、次のようなことを仰います。
たとえば、ダイバーシティ&インクルージョンに関するお話です。
多様な人が活躍できる組織を目指して、女性管理職比率を高めたり、外国籍人材の採用を進めたり、研修を実施したりしてきた。評価制度にもインクルーシブな行動を評価項目として盛り込んできた。
D&I推進室のメンバーを中心に、かなり本気で取り組んでいる状況だと言います。
にもかかわらず、現場からの声を見てみると、「またダイバーシティか」と冷めた反応が増えていたり、意図とは反対にむしろ若手社員とベテラン層の対立が増えているようにも感じるとのこと。多様性を推進しているはずなのに、全体的に見ると、かえって人々の間の溝がより深くなっているような気がすると仰います。
ご担当者は次のように言います。
このような問題がより見えるようになってきたのは、施策に注力しているからこそだと前向きに捉えるようにしました。だからこそ、まだまだアクセルを踏み込まなくてはと。でも、ふと『本当にこのままで良いのか?』『何か根本的に間違っているのではないか?』と不安になるんですよね。
注力して施策を展開しているのに、上滑りしている感覚がある。このような現象の背景には何があるのでしょうか。
知らぬ間に「目標」が置き換えられている
経営学では、こうした現象の要因を「目標の置換(goal displacement)[i]」という概念で説明します。
「本来目指していること(目標)」があるはずなのに、その達成のための「手段を全うすること」自体が、いつのまにか最終的なゴールであるかのように認識されていく。これが「目標の置換」です。
たとえば、ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DE&I)を例に考えてみましょう。多くの企業は、本来このように考えてDE&Iの施策を展開していくはずです。
目標「多様な人材が、その違いを生かして活躍できる組織をつくること」
そして、この目標を実現するために、さまざまな施策を設計していきます。女性管理職比率や外国籍人材の採用数といった数値目標を設定し、研修を実施し、インクルーシブな行動を評価制度に組み込む。ここで設定される数値や施策は、あくまでも目標に近づくための手段です。
ところが、実際に運用し始めると、なぜか視座が一段下がってしまうのです。
目標「女性管理職比率〇〇%を達成すること」
いつしか、掲げた数値を期日までに達成することそのものが重視され始めます。それだけではありません。「女性管理職比率を上げる」ことが過剰に重視された結果、それに起因して、本来の目的から外れた解釈さえ生まれてきます[ii]。
たとえばDE&Iを推進する企業の現場では、「配慮しなければ」という意識が先に立ちすぎて、かえって特定の属性の人たちを“特別に気をつかう対象”として構えてしまう、という声を聞くことがあります。「うちはDE&Iに力を入れているので、とくに女性には配慮しなければいけません」「女性と話すときは言葉に気を付けるようにしている」といったコメントです。
「誰も」が活躍できる組織を目指しているはずなのに、いつのまにか「特定の人」に意識が偏り、特別視するようになっていく。
困ったことに、その渦中にいる当事者たちには、目標と手段が「すり替わった」という感覚がほとんど残りません。気づいたときには、すでに置換は完了し、現場社員たちは「自分たちは真面目にDE&Iに注力している」という感覚さえ抱いたまま、本来の目標に逆行した言動をしてしまうわけです。
目標が置き換えられていくネガティブ・プロセス
目標の置換は、いくつかの段階を経て静かに進行します。出発点は、大きな目標を掲げるところにあります。
「多様な人材が、その違いを生かして活躍できる組織をつくる」
こうした目標は、向かうべき方向を示すものです。それゆえに、その達成度を直接測ることが難しいという特徴を持っています。成果を数字で示せず、日々の取り組みを見える化できない。また、社内外に対して説明責任を果たしにくい。目標に向かって真剣に取り組もうとするほど、この「測れなさ」がもどかしくなってきます(下記図②)。
そこで私たちは、測定可能な「代理指標」を設定します。多様な人が活躍できているかそのものは測れなくても、「女性管理職比率」や「外国籍人材の採用数」なら測れます。測れるものに注目する、ここに「目標の置換」の起点があります(上記図③)。
代理指標は本来、目標へ近づくための一側面にすぎません。ところが、測れるがゆえに扱いやすく、語りやすい。いつしかそれは、さらに具体的な手段が講じられていく中で「目標」そのものであるかのように認識されていくのです。
代理指標が決まると、今度はそれを達成するための仕組みづくりが整えられていきます。社内ルールが敷かれ、KPIが割り当てられ、研修が組まれ、評価制度にも組み込まれる。制度化それ自体は、決して悪いことではありません。効率的に分業を進めるためには、より目標を細分化し、仕事を遂行する仕組みづくりが必要です(上記図④)。
他方で、制度は人の関心を強力に方向づけ・固定化する特性も持っています。評価され、数字で問われるとなれば、社員が「代理指標」へ過剰に適応していくのは自然な成り行きです(上記図⑤)。
その進捗や達成率が会議で、資料で、社内メッセージで繰り返しアナウンスされるうちに、組織全体の注意は「数字がいまどうなっているか」へと吸い寄せられていきます。
気が付けば、社内で語られるのは「代理指標」の話ばかりになっているかもしれません。本来の目標は時折「スローガン」のようにアナウンスされるものの、現場の実務文脈ではその存在価値を薄め、少しずつ背景へと後退していきます(上記図⑦)。
さらに悩ましいのは、本来の目標がほとんど意識されなくなった組織では、「代理指標」だけが独り歩きを始めてしまうこと。それを追うこと自体が「仕事」であるかのように語られ、何よりも代理指標の達成が重視されていきます(上記図⑧)。
そして最終的には、「代理指標に関係しないことは、やらなくてよい」という暗黙の了解さえ生まれてきます。比率や採用数に直接影響しない工夫は後回しにされ、指標に表れない現場の声は「評価されないのだから」と拾われなくなる。冒頭で触れた、「力を入れているのに、かえって後退する」という逆行現象は、まさにこの地点で起こるのです(上記図⑨)。
目標の置換が生み出す組織機能の不全
目標と手段が置き換わっていく過程では、組織のさまざまな機能が少しずつ弱まっていきます。学術的にも、目標の置換は次のようなリスクや弊害を生むと指摘されています。ここでは、代表的な四つを取り上げます。
1.「鳥の眼」を失う
目標が置き換わると、注目は「手段が正しく実行できているか」という一点に集まります。たとえば「女性管理職比率」といった数値だけが、KPI(成果指標)としてスポットライトを浴び、本来の目標である「多様な人材が、その違いを生かして活躍できる組織をつくること」からは意識が遠ざかっていく。
やがて組織は、自分たちの現在地と本来目指していたゴールの双方を見る視点を失っていきます。その結果、いま自分たちがどのような状態にあるのか、質の高いサービスという目標にどこまで近づけているのかを、判断したり、より良い方法を考えたりする機能そのものが失われていきます[iii]。
2.エンゲージメントの低下
目標の置換は、現場の“熱量”も奪います。
「多様な仲間が互いの違いを生かし、いきいきと働ける職場をつくろう」という、意義を感じられる目標を目指していたはずが、いつのまにか「進捗率の数字を達成すること」にすり替わっていく。これでは、現場の社員が味気なさを感じ、自分たちの仕事の意味が痩せ細っていくように思うのも、無理はありません。
それでもなお「数値目標」ばかりが繰り返し強調されれば、「またこれか」という冷めた反応は、いっそう色濃くなっていきます[iv]。冒頭で紹介した「また女性活躍か」という声こそ、この目標の置換によって生まれる不具合の一つです。
3.学習能力の低下
目標の置換は、組織の学習能力そのものも低下させます。
手段が目標のように扱われると、議論は「どうすればその数字を達成できるか」という狭い範囲に収束しがちです[v]。「女性管理職比率をどう引き上げるか」「研修の受講率をどう上げるか」といった具合です。
その結果、より本質的な意見交換は停滞します。「そもそも、私たちにとって“多様な人が活躍できる”とはどういう状態なのか」「なぜ、この指標をこれほど重視するのか」という健全な問い直しはしにくくなり、「もっと良い別のやり方はないか」という代替案の検討も、静かに勢いを失っていきます。
4.膨大な調整コスト
リーダーがどれほど志高く目標を掲げても、それが組織に浸透していく途中で目標の置換が起きると、フォロワーは「手段」への適応に力を注ぎ始めます。
リーダーの掲げる目標は「夢物語」「神話」と受け取られ、現場はより現実的で評価されうる実務的な手段のほうへと傾倒していくのです[vi]。
こうした動きが組織のあちこちで同時に起これば、支払うべき調整コストは膨れ上がります。上層部と現場で話がかみ合わない。リーダーがビジョンを語っても、伝言ゲームのように想定外の行動が現場で広がる。そのたびに、本来の目的を確認し直し、理解を促し、手戻りを修正する。こうして、調整のための時間と労力が際限なく積み上がっていきます。
問題の根源は、認識プロセスにある
ここまで読むと、代理指標そのものが問題のように思えるかもしれません。しかし、そうではないということを強調しておきます。
遠くにある大きくて測れない目標を目指す以上、私たちは何らかの代理指標に頼らざるを得ません。経営組織において効率的な分業・協働を達成するためには、代理指標は必要不可欠なものです。
問題は指標そのものではなく、それに過剰に固執し、本来の目標を意識しなくなってしまったり、それ以外にも代理指標と並列で扱うべき価値を見過ごしたりしてしまうプロセスにあります。
だとすれば、私たちが考えるべきポイントは、一つに絞られます。代理指標を追いながらも、その背後にある本来の目的を見失わないために何をすべきかです。
以下では、常に本来の目標を意識させるための要点を二つ紹介します。
【対策1】スローガン+ストーリーで目線を合わせる
「目標の置換」が発生する要因の一つは、意外なほど単純です。そもそも本来の目標が、現場によく伝わっていないのです。
背景にあるのは、「知識の呪い(curse of knowledge)[vii]」と呼ばれる現象です。知っている人は、知らない人の視点や心理が想像できなくなってしまう。ある種の心理バイアスです。
目標を掲げる側は、自分に見えている景色を、周囲の全員にも同じように見えていると思い込んでしまう。だからこそ、スローガンのように端的な言葉でベクトルだけを示そうとします。ところが受け手の側は、そのスローガンが具体的に何を指しているのかを、高い解像度で思い描くことができません。
たとえば「多様な人材が活躍できる、インクルーシブな組織をつくる」という目標を示されても、そもそも「インクルーシブ」とは何かが見えてこない。職場のメンバーがどんな表情で、どんな言葉を交わし、どんなふるまいをしているとき、それが「インクルーシブな組織」の達成といえるのか。そのイメージが想像できないのです。
目指すべき程度やレベルが分からないため、人はより輪郭のはっきりした「代理指標」に意識を向けていきます。この「目標を掲げる側」と、「達成に向けて動く側」との認識の乖離こそ、まず埋めなければならない溝です。
有効なのは、目標を示すときに具体性をもう一段高めることです。抽象的な標語ではなく、五感で思い描ける言葉やイメージとして、目標を語っていくのです。
たとえば、「インクルーシブな組織をつくる」といったスローガンを提示するだけではなく、下記のように、インクルージョンが実現した職場で働く人々の姿を具体的に示すことが有効とされています。
インクルージョンが実現した職場では…
・外国籍のメンバーが仕事の役割に戸惑ったとき、周囲がそのメンバーを「なぜ分からないのか?」と問題視するのではなく、「どうして戸惑うのだろうか?」「こちらの勉強不足なので教えて欲しい」と、そのメンバーに興味と学習意欲を持って向き合い、丁寧に前提や価値観の違いにアクセスしていく。
・現場で方針を伝えたときに、全員が「分かりました!」と合意し、理解を示す。その状況に対して、すかさず若手社員が「この状況って、組織の目指す姿としてはまずい状況ですよね?もう一度、考えませんか?」といったような問題提起を平然と提示できる。
・重要な会議の日時が伝えられた際に、メンバーから「この曜日は、私は休みを取るつもりなので難しいです」という発言がすぐに提示される。さらに、その直後、別の誰かから「全員参加しないと良い話し合いができないから、日程を変えましょう」という提案が出される。
このように目指している状態を語れば、「多様な人材が、その違いを生かして活躍できる組織をつくること」=「女性管理職比率」といった認識は生まれにくくなります。
それどころか、女性活躍だけではなく、部下に「より質の高い仕事をしていこう」という姿勢を促すことや、「状況を常に内省して、学び合おうとする風土」をつくっていくことも必要だと言うことも理解してもらえるはずです。
本来の目標を、ノイズやブレなく組織全体へ浸透させたいならば、経営リーダーや人事担当者は、事あるごとに目標をありありと想起させる事例やエピソードを発信し続けることが有効です。
【対策2】代理指標「以外」を話す機会を組み込む
「目標の置換」への対策の二つ目は、代理指標の「以外」に注目させる仕掛けをつくることです。どれほど目標を具体的に語っても、日々の業務が代理指標だけで回り始めると、人の関心は自然と「数字」のほうへと引き寄せられていきます。だからこそ、「指標の外を見ること」を習慣的に促す仕組みを準備する必要があります。
有効な打ち手の一つが、会議のアジェンダを、戦略的に設計することです。
たとえば営業会議を思い浮かべてみてください。多くの場合、話題は契約者数や予算進捗率といった代理指標に終始します。もちろん、それらは追うべき大切な数字です。しかし、そこだけを繰り返し見つめていると、いつのまにか「数字をつくること」そのものが仕事の目的になっていきます。
本来、営業の目標は、顧客に対してより良い価値を届けることにあるはずです。ところが、この本質を精緻に捉え、意識的に取り組めている組織は、意外なほど多くありません。契約者数は毎週アナウンスされるのに、「その契約を通じて、顧客にどんな価値を届けられたのか」が語られる場は、ほとんど用意されていないのです。
そこで、会議の中に、代理指標「以外」へ強制的に目を向ける時間をつくります。
たとえば、定例のアジェンダに「今週の良い仕事」という枠を固定的に設置することです。顧客から感謝されたケースや想定を超えて喜ばれた場面を、メンバーで持ち寄って共有し合うのです。その際に欠かせないのが、「なぜそれが良い仕事といえるのか」つまり、自分たちの本来の目標は何だったのかを、あわせて語り合うことです。
こうして、顧客への価値提供が適切に進んでいるかどうかを、チームで定点的に確認し合う。さらに部署のリーダーが、何度も「私たちが目指しているのはこの状態である」と繰り返す。この小さな習慣が、代理指標に過剰に適応してしまうこと、そして「数字さえ満たせばよい」という空気が組織に根づいてしまうことを、静かに防いでくれます。
空回りは、力が足りないから起きるのではありません。”力の向かう先”が、いつのまにか横滑りし、本来の力点からズレていくからこそ生まれる現象です。
だからこそ、組織を導く人の仕事は、今以上にアクセルを踏ませることではなく、組織が向くべき方角を、繰り返し指し示し続けることにあります。
私たちはどこへ向かっているのか?そこから目をそらさずに、みんなで同じ方向を見る。それこそが組織を好転させる本質だと私は考えています。
[i] Merton, R. K. (1940). Bureaucratic structure and personality. Social Forces, 18(4), 560–568.
[ii] Leslie, L. M. (2019). Diversity initiative effectiveness: A typological theory of unintended consequences. Academy of Management Review, 44(3), 538–563.
[iii] Choi, J., Hecht, G., & Tayler, W. B. (2012). Lost in translation: The effects of incentive compensation on strategy surrogation. The Accounting Review, 87(4), 1135–1164.
[iv] Ryan, R. M., & Deci, E. L. (2000). Self-determination theory and the facilitation of intrinsic motivation, social development, and well-being. American Psychologist, 55(1), 68–78.
[v] Levinthal, D. A., & March, J. G. (1993). The myopia of learning. Strategic Management Journal, 14(S2), 95–112.
[vi] Pfeffer, J., & Sutton, R. I. (2000). The knowing-doing gap: How smart companies turn knowledge into action. Harvard Business School Press.
[vii] Camerer, C., Loewenstein, G., & Weber, M. (1989). The curse of knowledge in economic settings: An experimental analysis. Journal of Political Economy, 97(5), 1232–1254.