沈黙する上司~健全な関係を築く対話デザイン~

神谷俊
著者
株式会社エスノグラファー代表取締役 バーチャルワークプレイスラボ代表
SHUN KAMIYA

「部下に対して、フィードバックを躊躇してしまう」
こうした声を耳にする機会が、ここ数年で増えてきました。

これまで、職場における沈黙の問題は、主にチームメンバーや部下側に注目が集まってきました。しかし最近では、上司側の沈黙も見過ごせないテーマになっています。

本稿では、上司の沈黙が生まれる背景とそのリスクを整理したうえで、部下に対して健全にフィードバックを行うための対策を考えていきます。

上司の沈黙が引き起こす問題

最初に、上司の沈黙の何が問題なのかを整理してみましょう。

ここでいう沈黙とは、単に口数が少ないことではありません。伝えるべき期待や評価、改善点、気になる点があるにもかかわらず、それをあえて伝えない状態を指します。

上司が何も言わなければ、その場では波風が立たず、穏やかに見えるかもしれません。しかし実際には、部下の迷い、認識のズレといった見えにくい負担が、職場の中に少しずつ積み重なっていきます。

部下への影響

まず、部下個人への影響です。上司が本来果たすべき指導やフィードバックを控えると、部下は「何を、どの水準まで達成すればよいのか」を判断しにくくなります。このような役割認識が揺らぐ状態は、職務満足や帰属意識、そしてパフォーマンスの低下と関連することが知られています(※1)。

チームへの影響

上司が言うべきことを言わずにいると、ミスや不正の発見が遅れ、問題解決のスピードは落ちていきます。小さな問題のうちに対応できず、気づいたときには大きなトラブルになっていることも少なくありません。

さらに深刻なのは、「余計なことは言わないほうが安全だ」という空気が職場に広がることです。上司が沈黙している姿を見れば、メンバーも発言を控えるようになります。こうして、誰も気づいたことを言わない、意見を出さない状態が広がっていきます(※2)。結果的に、チームパフォーマンスの低下リスクは高くなります。

上司自身への影響

さらに見落とされがちなのが、上司自身への影響です。

本来は注意や指導をしたほうがよいと分かっているのに、それを伝えられない状態が続くと、上司の中には「言うべきだ」と「言いたくない・言えない」がぶつかる葛藤が生まれます。こうした考えと行動のズレは、心理的な負担となり、ストレスや疲労感を高めやすくなります(※3)。

また、部下から見ても「必要なことを言ってくれない上司」「判断から逃げている上司」と映ることがあり、上司への信頼や期待は少しずつ下がっていきます(※4)。

沈黙は短期的にはリスク回避に見えても、長期的には部下にもチームにも上司本人にも代償をもたらす、まさに「三方悪し」の状態なのです。

上司の沈黙がもたらす影響

上司を沈黙させる5つの要因

では、なぜ上司は沈黙を選んでしまうのでしょうか。

問題を改善していくためには、現象だけを見るのではなく、その背景にある要因を正しく理解することが欠かせません。いくつかの研究や実務調査をたどると、上司の沈黙は大きく5つの要因から説明できそうです。

1.関係リスクの懸念

心理学では、相手にとって都合の悪いことやネガティブな内容ほど伝えにくくなる傾向が知られており、これは「マム効果(MUM effect)(※5)」と呼ばれています。

特に上司と部下は、その場限りの関係ではなく、これからも一緒に働き続ける相手です。そう考えると、「今回は言わないでおこう」「次にミスしたときでよいか」と先送りの判断をしてしまうのは、ある意味で自然な人間的反応とも言えます。

2.ハラスメント・レッテルの懸念

最近はハラスメントに対する意識が高まっています。不適切な言動が見過ごされにくくなり、働く人を守る環境づくりが進んでいます。これ自体は、大切な価値ある変化です。

一方で、その影響として「どこまでが指導で、どこからがハラスメントなのか分からない」と感じる上司も増えています。実際、調査結果(※6)では、8割の管理職が「ハラスメントと指摘されること」を恐れて発言を控える傾向があることが示されています。

業務上必要な指導とハラスメントは本来区別されるべきですが、受け手の受け止めや周囲のラベリングの影響を完全にコントロールすることはできません。結果として、リスクを取ってまで言う必要があるのかという考えから、言うべきことまで飲み込んでしまうのです。

3.上司批判への懸念

最近の職場では、心理的安全性の重要性が広く共有され、部下が率直に意見を言いやすくなってきました。これは組織にとって、非常に前向きな変化です。課題が表に出やすくなれば、改善の機会も増えていきます。

ただ、その一方で、一部の上司にとっては別の難しさも生まれています。部下から鋭い指摘や異論を受けたときに、「自分の判断力が足りないと思われているのではないか」「マネジメント能力を疑われているのではないか」と感じてしまうことがあるからです(※7)。

こうした場面では、人は無意識に反発や言い返しを恐れ、防衛的になりやすくなります。その結果、「余計なことは言わないでおこう」「指摘すると面倒になるかもしれない」と考え、必要なフィードバックまで控えてしまうことがあります。

4.非対面的なコミュニケーション環境

実は、テレワーク環境も上司の沈黙への影響を生み出していると言えます。

ここまで述べてきた通り、部下への注意やネガティブなフィードバックは、上司にとって多くの懸念や脅威を含む難しいコミュニケーションです。そこにオンライン環境が重なると、さらに難易度が上がります。対面であれば伝わるはずの「表情」や「間」、「ちょっとした空気感」「感情の変化」が読み取りにくくなります(※8)。

そのため、上司の側には「うまく伝わらなかったらどうしよう」「きつく受け取られたら困る」という不安が生まれやすくなり、「この話は今度会ったときにしよう」と先送りされ、気づけば伝えないままになってしまうことがあります。

5.認知リソースの不足

忙しさも、上司に沈黙を選びやすくしています。

部下への注意やフィードバックは、実はかなり“消耗する”コミュニケーションです。相手が誤解しないように言い方を考え、相手の反応を観察しながら言葉を調整し、場合によっては戦略的に会話を切り上げる判断や、ときにフォローやケアも必要になる。相手の表情や空気を読み取りながら、複数の情報を同時に処理し、「何をどう伝えるか」を絶えず考え続けている状態です(※9)。

そのため、上司自身に余裕がないときほど、このようなコミュニケーションを後回しにしがちです。上司が多くの業務を抱えている現場ほど、注意の先送りは日常的に起きやすいものです。

上司の沈黙を生み出す5つの要因

上司たちは、どうしても「部下が」話しやすい環境づくりに目を向けがちです。しかし実際には、上司自身もまた人間であり、部下と同じように言いづらさを感じる存在です。だからこそ、自らのパフォーマンスを十分に発揮するために、自分自身が抱える対人不安や感情負荷にも目を向ける必要があります。

職場内のコミュニケーションに、これまで以上に丁寧な配慮と意識的な投資が求められる時代になっています。だからこそ、部下だけでなく、上司も安心して言うべきことを率直に伝えられる環境を、どう整えていくか。その視点が、これまで以上に重要になってきます。

部下の“揺らぎ”を抑え、率直なコミュニケーションを

上司が、指導やフィードバックを適切に行うためには、何が求められるのでしょうか。アプローチとして有効なのが、「定例化(※10)・言語化・見える化(※11)」 の3つです。

ここで重要なのは、部下の“解釈の揺らぎ”を減らすことです。同じ言葉であっても、役職、経験、仕事観、置かれた状況が違えば、受け取り方は大きく変わります。上司が『この言葉はどう響くだろうか』と不安になるのは、部下側の受け止め方が読めないからです。逆に言えば、解釈の幅をある程度整えられれば、上司の側の不安は下がり、率直な対話は起こりやすくなります。

フィードバックの場を定期的に用意し、「この場では改善のための指摘が行われる」という前提を共有する。また、これまで暗黙の了解になっていた基準や前提を、あえて説明していく。部下の認知や解釈を整えていくためには、「言わなくても分かること」をあえて確認しながら指導・フィードバックを行っていくことが不可欠です。

たとえば、次のようなポイントを整えていくことで、揺らぎを大きく減らすことができます。

上司・部下間の解釈の揺らぎ

1.空間的・時間的な構造化

まずは、定例化です。「いつ・どこで・どのくらいの頻度で」話すのかを明確にします。

フィードバックが“突発的な出来事”ではなく、“予定されたプロセス”になることで、受け手の心理はかなり変わります。また、定例化されることで上司も事前に準備や計画を整えることができるようになります。

2.認識のすり合わせ

次に重要なのは、何について話すのか、なぜ話すのか、どんな基準で見ているのか等について言語化し、解釈のズレを解消することが大切です。

たとえば、面談で突然「最近、パフォーマンスが低いよね」と言われたら、多くの部下は戸惑います。

「売上のことを言っているのか」
「仕事の進め方のことなのか」
「上から言われて、とりあえず自分に伝えているだけなのか」

このように、上司の意図が分からないまま、部下の解釈が揺らぎ、さまざまな受け止め方が生まれてしまいます。そうならないために、フィードバックに入る前に、まず前提を揃えることが大切です。たとえば、次のような点を共有します。

  • この面談は何のために行うのか(部下の成長・キャリア支援/チームパフォーマンス改善・長期的な戦略共有など)
  • チームとして目指しているゴールは何か?(売上目標の達成/品質向上/業務効率化など)
  • 業務でどのような役割を期待していたのか?(正確な業務遂行/周囲との連携強化/改善提案など)
  • この面談の中で、何を進めたいのか?(認識のすり合わせ・行動改善・追加レクチャー等)

上司からすると当たり前に思えることでも、部下が同じように理解しているとは限りません。むしろ、「言わなくても分かるはず」と思っていることほど、あえて言葉にすることでズレは小さくなります。

3.ビジュアル・コミュニケーション

部下の解釈が大きく揺らいでしまい、うまく伝わらないとき、そこにはいくつか共通した特徴があります。

たとえば、会話がその場の思いつきで進んでしまい、論点が整理されない(発散的・非構造的)。話し手と聞き手のあいだで、やり取りがかみ合わなくなる(論点・視点の不一致)。あるいは、事実よりも主観的な印象に引っ張られ、焦点がずれてしまう(主観的・印象的)状態です。

こうした“解釈の揺らぎ”が生じやすいコミュニケーションでは、言葉だけで理解を揃えようとしても認知的に消耗するばかりで、効率的とは言えません。そこで有効になるのが、ビジュアル・コミュニケーションです。

ポイントは、「見える化」。書いて整理していくことです。会話の内容をその場で書き出し、見える形にしていくことで、何について話しているのか、どこに論点があるのかを、互いに共有できるようになります。

  • テーマを一行で明確にする
    「〇〇のために、××をどのように改善するか?」と書き出し、議論の軸を固定する
  • 部下に問いかけながら意見を引き出す
    上司が一方的に話すのではなく、出てきた内容をその場で書き出し、状況を可視化する
  • 要因を列挙し、整理する
    「影響度 × 改善可能性」などの軸で分類し、優先順位を明確にする
  • 対策案を列挙し、整理する
    「効果 × 実行しやすさ」などの観点で整理し、現実的なアクションに落とし込む

さらに、ビジュアル・コミュニケーションには、上司の沈黙を和らげるうえで大きな利点があります。それは、互いの顔や反応ではなく、ホワイトボードや付箋といった「見える情報」に注意が向くことです。

対面でのやり取りでは、どうしても相手の表情や態度に意識が向きます。「今の言い方で大丈夫だっただろうか」「嫌な顔をしていないか」といった不安が生まれやすく、その結果、お互いに過剰に気を遣い、本来言うべきことを控えてしまうことがあります。

一方で、議論の内容が書き出され、「見える化」されている状態では、関心の中心が人ではなく事象に移ります。何が起きているのか、どこに問題があるのかが客観的に整理されるため、個人への指摘ではなく、課題に対する議論として会話が進みやすくなります。

その結果、上司も「相手を傷つけるかもしれない」という不安を感じにくくなり、必要な指摘やフィードバックを行いやすくなります。また、部下にとっても、指摘を“自分への批判”ではなく、“状況を改善するための情報”として受け取りやすくなります。

このように、議論の焦点を「人」から「事象」へと移す環境を整えることが、上司の沈黙を解消し、健全な対話を生み出すうえで有効なアプローチと言えます。

おわりに

上司の沈黙は、短期的には関係維持やトラブル回避のように見えるかもしれません。しかし長期的には、部下の迷いを増やし、チームの学習を止め、上司自身の信頼や影響力も損なっていきます。

だからこそ必要なのは、『どう言えばうまく伝わるか』という話し方の工夫だけではなく、率直なコミュニケーションが起こりやすい場をどう設計するかという視点です。

大切なことは、厳しく言うことでも、優しく包むことでもありません。期待と現実のズレを互いに確認し、その差分を埋める情報を丁寧に伝えることです。「言いにくい」という感情を完全になくすことはできませんが、言いにくさを過度に増幅させない構造をつくることはできます。

上司もまた対人不安を抱える一人の人間であると認めたうえで、自らの責任を果たしやすい環境を整えることに知性を使う。それが、結果として部下を守り、チームを強くすることにつながっていくのではないでしょうか。


※1 Zhou, Q., Martinez, L. F., Ferreira, A. I., & Rodrigues, P. (2016). Supervisor support, role ambiguity and productivity associated with presenteeism: A longitudinal study. Journal of business research, 69(9), 3380-3387.
※2 Morrison, E. W., & Milliken, F. J. (2000). Organizational Silence: A Barrier to Change and Development in a Pluralistic World. The Academy of Management Review, 25(4), 706–725.
※3 Shaukat, R., & Khurshid, A. (2022). Woes of silence: the role of burnout as a mediator between silence and employee outcomes. Personnel Review, 51(5), 1570-1586.
※4 Hsiung, H. H. (2012). Authentic leadership and employee voice behavior: A multi-level examination. Journal of Business Ethics, 107(3), 349–361.
※5 Rosen, S., & Tesser, A. (1970). On reluctance to communicate undesirable information: The MUM effect. Sociometry, 253-263.
※6 ダイヤモンド・コンサルティングオフィス合同会社. (2021年12月22日). 「ハラスメント」トラブル回避のため、部下への発言を躊躇する上司が8割強(ハラスメント調査[管理職編]). PR TIMES. https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000008.000058857.html
※7 Burris, E. R. (2012). The risks and rewards of speaking up: Managerial responses to employee voice. Academy of management journal, 55(4), 851-875.
※8 Daft, R. L., & Lengel, R. H. (1986). Organizational information requirements, media richness and structural design. Management science, 32(5), 554-571.
※9 Grandey, A. A. (2000). Emotion regulation in the workplace. Journal of Occupational Health Psychology, 5(1), 95–110.
※10 Baik, D., Abu-Rish Blakeney, E., Willgerodt, M., Woodard, N., Vogel, M., & Zierler, B. (2018). Examining interprofessional team interventions designed to improve nursing and team outcomes in practice: a descriptive and methodological review. Journal of Interprofessional Care, 32(6), 719-727.
※11 Haviland, C., Green, J., Dzara, K., Hardiman, W. O., Petrusa, E. R., Park, Y. S., & Frey-Vogel, A. S. (2022). Psychological safety between pediatric residents and nurses and the impact of an interdisciplinary simulation curriculum. BMC Medical Education, 22(1), 649.

神谷俊

【著者紹介】
神谷俊(かみや しゅん)
株式会社エスノグラファー代表取締役/バーチャルワークプレイスラボ代表
企業や地域をフィールドに活動。定量調査では見出されない人間社会の様相を紐解き、多数の組織開発・製品開発プロジェクトに貢献してきた。2020年4月よりリモート環境下の「職場」を研究するバーチャルワークプレイスラボを設立。大手企業からベンチャー企業まで、数多くの企業のテレワーク移行支援を手掛け、継続的にオンライン環境における組織マネジメントの知見を蓄積している。また、面白法人カヤックやGROOVE Xなど、組織開発において革新的な試みを進める企業の「社外人事(外部アドバイザー)」に就くなど、活動は多岐にわたる。2021年7月に『遊ばせる技術 チームの成果をワンランク上げる仕組み』(日経新聞出版)を刊行。

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