一点集中のリスク:成果の裏で失われる倫理と健康

伊達 洋駆
著者
株式会社ビジネスリサーチラボ代表取締役
DATE YOKU

集中のパラドックス

選択と集中こそが勝つための鉄則であると信じている企業は少なくないでしょう。経営資源をあれもこれもと分散させるのではなく、勝てる分野に集中させる。そして、社員一人ひとりに対しても、明確な数値目標を与え、その達成に向けて脇目も振らず邁進することを求めます。人事評価の仕組みも、こうした考え方を後押しするように設計されています。目標を達成できたか、できなかったかという問いが、社員の評価や報酬に影響を与えます。

しかし、こうした成果への集中が強く推奨される職場で、不可解な現象が起きていることに、頭を悩まされているリーダーがいます。これまで誰よりも熱心に働き、高いパフォーマンスを誇っていたエース社員がある日突然、糸が切れたように燃え尽きてしまう。あるいは、普段は真面目で従順、ルールを破るなど考えられないような社員が、信じられないようなコンプライアンス違反や不正な会計処理に手を染めてしまう。

なぜ、組織が良かれと思って推奨する「集中」が、時として組織を揺るがすようなリスク要因へと変貌してしまうのでしょうか。

集中が生む目標保護という副作用

一つの仕事や目標に没頭することは、生産性を高めるための能力として称賛されます。しかし、心の仕組みを科学する視点から、この現象を覗き込むと、そこには見過ごすことのできない副作用が存在することが分かっています。

人の脳が一度に処理できるエネルギーには限りがあります。世の中にあふれるすべての情報を同時に処理することは不可能です。そのため、脳は何か一つの対象を選んで注意を向けるとき、それ以外の情報を自動的に見えなくするという処理を行っています。これは、カメラのレンズがある一点にピントを合わせると、背景がボヤけて見えなくなるのと似ています。

この認知メカニズムを専門的には「目標保護(ゴール・シールディング)」と呼びます。目標保護とは、ある特定の目標を何としても達成しようという意欲が高まったとき、脳がその目標を邪魔されないように守ろうとして、競合する他の目標や情報を無意識のうちに抑制し、遮断してしまう心の働きを指します。

重要なのは、これが本人の性格や悪意によるものではなく、脳が自動的に行っている情報処理の選別プロセスだという点です。本人は意図的に無視しているつもりはないのに、脳が必要ないと判断した情報が意識に上らなくなってしまうのです。

このメカニズムを理解せずに、ただ闇雲に「もっと集中しろ」「目標を必達しろ」と社員に求め続けることは、場合によっては、ブレーキの壊れた車でアクセルを踏み続けるようなものです。本稿では、目標保護という考え方を軸に、組織内で発生する不正やメンタルヘルス不調の背景にある心理的メカニズムを解説し、人事担当者やマネジャーがいかに健全な集中状態を作り出すべきかについて論じます。

見えなくなることの功罪

私たちが何らかの目標を追いかけているとき、脳の中では情報の激しい取捨選択が行われています。このプロセスを描き出した実験があります。

ある研究では、実験に参加した人たちに対して、「自分が強く望んでいること」と「それほど強くは望んでいないこと」をそれぞれ書き出してもらいました[1]。その後、他に追求していること、要するに「別の目標」を思いつく限り挙げてもらうという課題を行いました。

すると、興味深い結果が出ました。ある一つの目標に対して「絶対に達成したい」という強い思い入れ(コミットメント)を持っているグループほど、それ以外の目標を思い浮かべる数が著しく少なかったのです。一方で、「その目標を達成するために具体的に何をすべきか」という手段については、むしろ多くのアイデアを出していました。

この研究結果が教えてくれるのは、人の脳は無差別に情報をシャットダウンしているわけではないということです。現在追いかけている「本命の目標」にとって、ライバルとなり得る「別の目標」をピンポイントで狙い撃ちし、認識しにくくさせています

本命以外を自動的に遮断する脳

これをビジネスの現場に置き換えてみましょう。たとえば、ある営業担当者が今期の売上目標の達成という目標に対して、強いコミットメントを持っているとします。彼・彼女の脳内では、売上目標というゴールが最優先事項として輝きを放っています。

すると、その目標と時間や労力を奪い合う可能性のある別の価値観―たとえば、顧客との長期的な信頼関係の構築やチーム内での協力、部下の育成といったもの―が、ライバルとみなされます。そして、本人の意思とは無関係に、これらの価値観は脳の認知レベルで抑制され、見えにくくなってしまいます。

目標保護の仕組み

顧客への誠実さを大切にしたいと思っていないわけではありません。しかし、売上目標への集中が高まれば高まるほど、誠実さという別の目標へのアクセス権限が脳内で一時的に剥奪されてしまうのです。

葛藤状態で起きる視野狭窄のリスク

深刻な問題として、葛藤状態における視野の狭まりが挙げられます。別の研究では、難しい課題を行っている最中に、情報の食い違いによる葛藤(どっちを選べばいいか迷うような状況)が生じると、目標を守ろうとする機能が過剰に働き、周囲の重要な合図を見落とす確率が高まることが示されました[2]

実験では、画面上の矢印の向きや位置を判断する課題を行わせましたが、矢印の向きと位置情報が矛盾するような(たとえば、右にあるのに左を向いている矢印など)葛藤状態においては、メインの課題とは無関係な場所にパッと現れる特定の合図に対する反応が、著しく鈍くなりました。

この知見は、組織マネジメントにおいて重要な意味を持っているでしょう。マネジャーが部下に対して、達成困難な目標を与えたり、矛盾する指示を出して葛藤状態に追い込んだりするとどうなるでしょうか。部下の脳内では目標保護の機能がフル稼働し始めます。「今のタスクをやり遂げなければ」という防衛本能が働き、一点集中モードに入ります。

その結果、部下は目の前の作業に没頭するあまり、周囲で起きている異変に気づきにくくなります。市場環境の微細な変化や、あるいは「これは法的にまずいのではないか」というコンプライアンス上の警告シグナルが、物理的には目に入っていても、脳がそれをノイズとして処理し、認識しないという事態に陥るかもしれません。

組織における集中は、成果を生み出す要因であると同時に、リスクを感知するセンサーを麻痺させる要因としても機能してしまう。この二面性を理解することが、マネジメントにとっては大事です。

なぜ普通の人が不正に走るのか

目標保護のメカニズムが組織にもたらすリスクの一つが、一般社員による不正行為です。ここで注目すべきは、最初から悪意を持った人物が計画的に不正を行うケースではありません。むしろ、成果を上げようと必死になっている真面目な社員が、目標保護の過剰な働きによって倫理観という別の目標を脳内から排除してしまうプロセスです。

もっとも不正リスクが高いのは中間層

あるインフラ企業に勤務する従業員を対象とした研究は、個人のキャリアに対する不安感と非倫理的な行動との関連性を示しています[3]。この研究では、自身の「外部エンプロイアビリティ(他社でも通用する能力=市場価値)」に対する認識と、「組織のための非倫理的行動」との関係性が分析されました。

ここで言う組織のための非倫理的行動とは、私腹を肥やす横領などではありません。会社の見栄えを良くするために数字を少しだけ改ざんしたり、会社の利益のために顧客へ虚偽の報告をしたりといった、本人にとっては「会社のため」「チームのため」という意図で行われる不正を指します。

調査の結果、自分の市場価値と不正行動の間には、山なりの関係が見られました。具体的には、自分の市場価値を「低い」と認識している層、そして「高い」と認識している層は、どちらもこうした不正に関与しにくい傾向がありました。

市場価値が低いと自認する人は、「今の会社にしがみつきたい」という思いが強いため、リスクを冒してまで不正をする動機が生まれません。安全第一です。一方、市場価値が高いと自認する人は、自分のキャリアに傷がつくことを恐れます。転職市場での評判を守るために、倫理的なリスクを避ける判断をします。

もっともリスクが高かったのは、その中間に位置する人々でした。すなわち、他社でも通用するかもしれないが確信は持てない、あるいはそれなりに優秀だが、ずば抜けてはいないと感じている層において、組織のための不正行為への関与がもっとも高くなるという結果が示されました。

詳細な分析の結果、この傾向は「結果至上主義(ボトムライン・メンタリティ)」的な考え方によって引き起こされていることが分かりました。

倫理観がノイズとして処理される

この現象を目標保護の視点から解釈すると、次のような物語が見えてきます。中程度の市場価値を持つ人は、現在の組織で成果を出し、自身の能力を証明したいという強い欲求を持っています。「ここで結果を出せば、自分の価値は高まるはずだ」と考えています。しかし、その地位は盤石ではなく、将来への不安も抱えています。

そのため、成果を出すという目標が脳内で過剰に保護され、優先順位が極端に高まります。「何が何でも数字を作らなければならない」という状態です。その結果、本来であれば並列して考慮されるべき「倫理規範を守る」「正直である」という目標が、成果目標の達成を邪魔するものとして脳内で抑制されてしまいます。

意識の外へと追いやられた倫理観は、ブレーキとしての役割を果たせません。この認知的な遮断が、通常であれば躊躇するような不正行為への心理的なハードルを下げてしまいます。「今回だけなら」「会社のためだから」という言い訳が通りやすくなるのは、脳が倫理という目標をオフにしているからです。

人事担当者やマネジャーにとって、この知見は人材マネジメント上の示唆を含んでいます。組織の中でケアすべきは、最高の業績を上げているスター社員でも、業績が低い社員でもありません。そこそこ優秀だが、将来のキャリアに漠然とした不安を抱えている中間層である可能性があります。

彼ら・彼女らに対して、「もっと数字にこだわれ」「結果がすべてだ」といった過度なプレッシャーを与えることは、目標保護機能を暴走させ、真面目な社員をコンプライアンス違反へと誘導することになりかねません。不正が起きたとき、倫理観の欠如を個人の資質の問題として片付けるのではなく、組織構造や評価圧力が生み出す認知的な結果として捉え直す必要があるでしょう。

情熱が毒になるとき

続いて、個人のメンタルヘルスとパフォーマンスに関わる「情熱」の問題について考えてみましょう。一般に、仕事に情熱を持つことは美徳とされ、採用面接や人事評価の場面でも高く評価されます。熱意を持って取り組むことは、成功へのパスポートのように語られもします。しかし、目標保護の観点からは、情熱が必ずしもポジティブな結果をもたらすとは限らないことが示唆されています。

調和的情熱と強迫的情熱

ある研究では、情熱を「調和的情熱」と「強迫的情熱」の二つに分類し、それぞれの目標保護への影響を検証しています[4]。この二つの違いを理解することが大事です。

調和的情熱とは、その活動を自分自身でコントロールできており、生活の他の側面とも調和が取れている状態を指します。仕事は大好きで熱心に取り組むけれど、定時になればスイッチを切り替えて家族との時間を楽しめる、そのような状態です。

一方、強迫的情熱とは、活動への衝動を自制できず、生活の他の部分と対立してしまう状態を指します。「仕事をしなければならない」という内なる圧力に駆り立てられ、仕事以外に楽しみがなく、常に仕事をしていないと不安になるような状態です。いわゆるワーカホリックに近い状態と言えます。

調和的情熱と強迫的情熱の違い

研究チームが行った実験では、強迫的情熱を持つ人々は、自分の好きな活動(仕事など)を意識した瞬間、それ以外の目標に関連する言葉への反応速度が著しく遅くなることが確認されました。これは、強迫的な情熱の対象以外を、脳が自動的に認識しにくくしていることを意味します。仕事モードに入った瞬間、家族のことや健康のこと、趣味のことなどが、脳のスクリーンから消え去ってしまうのです。

脳のエネルギーの枯渇を招くメカニズム

深刻なのは、この他の情報を遮断するプロセスが、本人の認知資源を消耗させるという点です。認知課題を用いた実験の結果、強迫的情熱を持ち、他の目標を抑制する状況に置かれた人々は、その後の課題での成績が低下することが明らかになりました。

無意識下で「仕事以外のことを考えないようにする」「葛藤を抑え込む」という作業に、脳のエネルギーを使い果たしてしまっていました。一方で、調和的情熱を持つ人々には、このような過度な抑制やエネルギーの枯渇は見られませんでした。

この知見は、長時間労働や過剰な没頭を称賛する組織風土に警鐘を鳴らしています。強迫的情熱に取り憑かれた社員は、本人の自覚がないままに視野が狭くなっています。一つの業務にのめり込むあまり、家族との時間、健康管理、新しいスキルへの興味といった、人生を豊かにし、長期的には仕事のパフォーマンスを支える他の要素を切り捨ててしまいます

そして、その切り捨てる作業自体に精神力を使い果たし、結果的に燃え尽きやパフォーマンスの低下を招くのです。誰よりも遅くまで残って頑張っている社員が、実は脳のエネルギーを浪費し、生産性を落としている可能性もあります。

マネジャーは、部下が仕事に対して持っている情熱が、健全な調和的情熱なのか、それとも危うい強迫的情熱なのかを見極める必要があります。定時で帰宅しても仕事のことが頭から離れない、趣味や休息の時間を罪悪感なく楽しめないといった兆候は強迫的情熱のサインです。こうした状態にある社員に対してさらに集中を求めることは、彼ら・彼女らの認知資源を枯渇させ、組織にとって大きな損失となる可能性が高いことを理解すべきでしょう。

健康は仕事の敵ではない

健康管理と業務遂行がトレードオフ(どちらかを取ればどちらかが犠牲になる)の関係にあると誤解している職場がないわけではありません。睡眠時間を削ればその分仕事ができる、ジムに行く時間があるならもう一件営業に行けるといった考え方です。健康を気遣うことは、仕事への熱意が足りない証拠だとみなされることさえあります。

しかし、目標保護に関する研究は、この見解に疑問を呈しています。パンデミック下の不安定な雇用環境にある労働者を対象とした追跡調査は、健康目標と仕事目標の関係性について新たな視点を提供しています[5]

恐怖や不安は認知リソースを圧迫する

この調査では、感染症への恐怖が高まる中で、労働者たちがどのように目標を設定し、行動したかが分析されました。分析の結果、まず分かったのは恐怖という感情の副作用です。恐怖は人の認知的リソースを圧迫します。

感染への不安で頭がいっぱいになると、脳の処理能力が奪われ、将来に向けて意欲的な計画を立てる余裕が失われます。その結果、本来ならもっと高く設定できたはずの健康維持のための目標を、低く見積もってしまう傾向が見られました。

当初、研究者たちは目標保護の理論に基づき、こう予測していました。「健康を守るための目標を高く掲げれば、脳はその目標を守ろうとするあまり、仕事の目標を『競合するもの』として抑制してしまうだろう。その結果、仕事に割く時間や労力が削られ、仕事の成果は下がるはずだ」と。

しかし、実際の結果は真逆でした。健康目標を高く設定し、感染予防に力を入れている人は、そうでない人と比べて、より多くの時間を仕事に費やし、仕事上の行動量も多かったのです。健康第一を掲げた人の方が、仕事もバリバリこなしていました。

健康へのコミットメントが仕事の活力を生む

この結果は、自分の健康を第一に考え、安全を守ろうとする意志を持つことが、決して仕事をサボることにはつながらないことを示しています。むしろ、健康へのコミットメントが生活全体の基盤を安定させ、「病気になったらどうしよう」という不安という認知的なノイズを低減させることで、脳のエネルギーを無駄遣いせず、仕事に向かうエネルギーを生み出していたと考えられます。

この知見を根拠にすれば、健康と仕事は目標保護において競合関係にはないことを認識すべきでしょう。健康の目標を追求することは、仕事の目標を抑制するのではなく、促進する土台となります。

安全や健康を優先させることは、生産性を犠牲にすることではなく、持続可能なパフォーマンスを発揮するための条件です。社員が健康管理に罪悪感を持つことなく、堂々と時間を割けるようにすることが、組織全体の生産性向上に寄与します

イフ・ゼン・プランの活用

ここまで、目標保護のメカニズムとそのリスクについて論じてきました。一つのことに集中しすぎると、他の重要なことが見えなくなり、時には不正や燃え尽きにつながる。現場のマネジャーや人事は、どのような対策を講じれば良いでしょうか。

精神論で「もっと集中しろ」「誘惑に負けるな」「不安になるな」と説くことは、効果が薄いどころか、脳に余計な負荷をかけ、逆効果になることがあります。意志の力に頼らずに行動を制御する「実行意図」、通称「イフ・ゼン・プラン(if-then plan)」という手法が、多くの研究でその有効性を実証されています。

意志の力に頼らず、行動を自動化する

イフ・ゼン・プランとは、非常にシンプルです。「もし状況Xが起きたら(If)、行動Yをする(Then)」と、あらかじめ決めておくことです。たったこれだけのことですが、その効果は絶大です。

イフ・ゼン・プランとは

ある実験では、テニスの試合におけるプレッシャーなどの内的な敵への対処が検証されました[6]。選手たちは、「もし不安を感じたら、深呼吸をしてリラックスする」といった自分専用のイフ・ゼン・プランを作成しました。その結果、単に「勝つために集中する」という目標を立てただけのグループと比較して、イフ・ゼン・プランを作った選手たちは、不安を感じやすい傾向があったにもかかわらず、本番で優れたプレーを見せました。

別の実験では、精神的にひどく疲れている状態でのパフォーマンスが検証されました[7]。被験者に感情を抑圧させて精神的エネルギーを消耗させた後、難しい言葉のパズルを解かせたところ、「頑張って解こう」という目標しか持っていなかった学生たちは正答数が落ち込みました。しかし、「一つの問題を解いたら、すぐに次に取り掛かる」というイフ・ゼン・プランを立てていた学生たちは、同じように疲弊していたにもかかわらず、高い成績を維持しました。

このメカニズムの鍵は自動化にあります。イフ・ゼン・プランを作成すると、行動の制御は本人の意志の力から離れ、環境(状況X)へと委ねられます。「もし〜したら」という特定の状況が訪れれば、本人の気分や疲労度にかかわらず、脳が自動的にスイッチを入れて行動Yを引き出すようになります。これによって、限られた認知資源を消費することなく、望ましい行動を取ることができます。

組織マネジメントへの実装

組織マネジメントへの応用としては、いくつかの場面が考えられます。たとえば、コンプライアンス遵守のためには、「もし数字の報告で迷いが生じたら、上司ではなくコンプライアンス部門に相談する」というプランを共有しておくことです。切迫した状況下では、脳は成果を守ろうとして倫理を抑制してしまうかもしれません。しかし、事前にこのプランがあれば、迷った瞬間に自動的に相談行動が引き出され、判断ミスを防げる可能性があります。

マネジャーは部下に対し、「気合いを入れろ」といった抽象的なスローガンを唱えるのではなく、具体的な状況と行動をセットにしたイフ・ゼン・プランの作成をサポートするのが良いでしょう。「不安になったらどうするか」「ミスに気づいたらどうするか」を事前にプログラム化しておくことで、部下の脳にかかる負担を減らし、健全な集中状態を作り出すことが可能になります。

健全な目標保護のために

本稿で論じてきたように、目標保護は人の脳に備わった機能ですが、それは諸刃の剣でもあります。一つの目標に没頭させることは、短期的には高い成果を生むかもしれませんが、同時に倫理観の欠如、燃え尽き、メンタルヘルスの悪化といったリスクを組織にもたらす可能性があります。

組織としては、社員を単一の目標に縛り付けて視野を狭くさせるのではなく、複数の重要な価値(成果、倫理、健康、家庭)が共存できるような環境を整える必要があります。そのために、成果プレッシャーの適正化、多様なキャリアパスの提示による将来不安の解消、科学的な行動計画であるイフ・ゼン・プランの導入が有効でしょう。 人間の認知的な限界を前提としたマネジメントを行うこと。それが、リスクを回避しつつ、組織と個人の持続可能なパフォーマンスを最大化する道です。


[1] Shah, J. Y., Friedman, R., and Kruglanski, A. W. (2002). Forgetting all else: On the antecedents and consequences of goal shielding. Journal of Personality and Social Psychology, 83(6), 1261-1280.
[2] Goschke, T., and Dreisbach, G. (2008). Conflict-triggered goal shielding: Response conflicts attenuate background monitoring for prospective memory cues. Psychological Science, 19(1), 25-32.
[3] Niu, Y., Liu, D., and Niu, X. (2025). Internal security vs. external options: A goal-shielding explanation of how employability differentially shapes unethical pro-organizational behavior. Frontiers in Psychology, 16, 1605697.
[4] Belanger, J. J., Lafreniere, M.-A. K., Vallerand, R. J., and Kruglanski, A. W. (2013). When passion makes the heart grow colder: The role of passion in alternative goal suppression. Journal of Personality and Social Psychology, 104(1), 126-147.
[5] Van Fossen, J. A., Alanis, J. M., Marquez, S. M., and Tresidder, A. (2025). Balancing health and work: Fear predicts gig workers’ goals and behaviors during COVID-19. Applied Psychology, 74(2), e70014.
[6] Achtziger, A., Gollwitzer, P. M., and Sheeran, P. (2008). Implementation intentions and shielding goal striving from unwanted thoughts and feelings. Personality and Social Psychology Bulletin, 34(3), 381-393.
[7] Bayer, U. C., Gollwitzer, P. M., and Achtziger, A. (2010). Staying on track: Planned goal striving is protected from disruptive internal states. Journal of Experimental Social Psychology, 46(3), 505-514.

株式会社ビジネスリサーチラボ代表取締役・伊達洋駆

著者紹介
伊達洋駆(だて ようく)
株式会社ビジネスリサーチラボ代表取締役

神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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