第5章 仕事で成果を出し続けるための「ゾーン」コントロール術まとめと調査結果の考察
はじめに
本特集では、変化の速い社会の中で、短期間でハイパフォーマンスを発揮していくために「集中力のコントロール」が重要な役割を果たしていることを伝えている。究極の集中状態としてアスリートの世界で言われる「ゾーン」に着目し、仕事で成果を出し続けるための「ゾーンコントロール」術について、4回にわたって連載してきた。
最終章となる今回は、「ゾーン」に入るために必要な要素やリラックス状態になる方法など、これまでに述べてきた各章のポイントを振り返り、本特集で考えてきたゾーンコントロール術を実践する上で意識すべきこと、またその際に環境構築や組織として留意すべきことを提案していきたい。
第1章まとめ
第1章では、「ゾーン」とは単体で考えられるものではなく、常に「リラックス」とセットで考える必要があるもので、最高のパフォーマンスにつながるゾーン状態を、燃え尽きを起こさずに断続的にもたらすには、適度なバランスでの「ゾーン」⇔「リラックス」の良い波が必要であることがわかった。
第2章まとめ
第2章はゾーンに関する研究と、スポーツ・仕事でゾーン状態を経験した鈴木あぐり氏へのインタビューから、ゾーンに入る方法やキープする方法についてみてきた。
再掲だがそもそも「ゾーン」とは、学術的には「フロー」と呼ばれる心理状態のこと。心理学者のミハイ・チクセントミハイが提唱した概念で、究極の没入状態のことを指し、自意識や時間の感覚がなくなるほど目の前の活動に没頭し、最高のパフォーマンスができるという心理状態である。
個人でゾーンに入る方法(①リラックス⇒ゾーン)
ゾーンに入るためにポイントとなるのは、はじめに集中を阻害する要因を排除した上で、集中をゾーンまで高める要素をそろえることであるとわかった。
ステップ1:集中できる環境をつくるには
ものごとに完全に没頭してゾーン状態になるには、まず自分が気を散らされずにものごとに集中できる環境づくりが必要ということがわかった。その土台づくりには下記のことが重要である。
ステップ2:ゾーンに入りやすい状況をつくるには
ステップ1で他のことに気を取られない環境を整えたあと、「ゾーン状態」まで集中が高まる状況をつくるには以下のことが必要だ。
上記のような要素を仕事上でもそろえることができれば、ゾーン状態に入りやすい状況をつくることができると考えられる。
ゾーンを維持するには(②ゾーンキープ状態)
第2章では、ゾーンに入ったあとにゾーンを維持するための方法についても述べた。ゾーン状態がキープされるためには、取り組んでいるものごとに慣れを感じて飽きてしまうことのないよう工夫することが重要だとわかった。具体的には以下のようなことだ。
取り組んでいるものごとに変化がなくても日頃から取り組み方をいろいろ試すなどして変化をつくり、「楽しさ」を見出すことを意識するのがポイントのようだ。
第3章まとめ
第3章では、「ゾーン」を提唱したチクセントミハイの弟子にあたるキース・ソーヤーが提唱した、チームメンバー全員がゾーン状態に入る状態=「グループフロー」が生まれやすい環境をつくる方法についての理論や、グループフロー経験があると思われる対象者へのインタビュー調査をもとに考えた。
また後半では、個人でもチームでも「ゾーン」が続きすぎることによる危険性とその対処法についても紹介した。
チームでのゾーン状態である「グループフロー」に入る方法(①リラックス⇒ゾーン)
ソーヤーはチーム全体がゾーンに入りやすくなるためには、個人でのゾーンに必要な要素である「目標が明確であること」「迅速なフィードバックがあること」「スキルと挑戦のバランスが取れていること」に加えて、下記の10条件を含む環境を整えることが重要だと述べている(K. Sawyer,2015)。
上記より、チームメンバー全員が同じ目標を共有し、それぞれにリスペクトを持ち、役職非役職の区別なく平等なコミュニケーションを実現できる環境づくりがカギとなると考えられる。
実際、インタビュー調査を行った仕事でグループフローを実現しているチームでは年齢など異なる属性の集まるチームのコミュニケーションを最適化する仕組みが存在しており、日頃からチームの目標をメンバーに浸透させることや、異なる属性間のメンバー同士でのコミュニケーションを円滑にすることなどが特に重要であることがわかった。
ゾーンが続きすぎることの危険性と対策(③ゾーン状態からリラックスへ)
第3章では、最大の能力を引き出すとされる「ゾーン」には難点もあることもみてきた。精神医学臨床学者のスリニ・ピレイも、集中しすぎることの弊害について「むしろ集中がほかの依存症と同じくらい脳にダメージを与えることもあるという事実を理解しておくべきだ」と指摘しており、集中しすぎている状態を「集中依存」と呼んでいる。
個人においてもチームにおいてもゾーン状態になれば高いパフォーマンスを期待することができるため、仕事に没頭し、それ自体を楽しめれば理想の状態に思えるが、常にその状態を目指して集中しすぎるとブレーキをかけられずにあるとき突然精神的に燃え尽きてしまったり、うつ病を発症したりと、病につながる可能性もある。
特にチームで仕事を行う場合には、複数人であることや管理者がいることによる拘束力も生まれ、自分の意思ひとつで集中の加減をコントロールすることが難しい場合もあり、注意が必要だ。
このように集中力が過度に続くことを防ぐためには、以下のような方法を用いて適度なタイミングで集中を解き、リラックスモードへ切り替えることが大切である。
働き方改革も徐々に進み、時間の側面ではフレックスタイム制など、場所の側面ではリモートワークやフリーアドレス制など、働く環境の自由度も増している中で、自分の労働環境が、リラックス習慣を身に着けるのに適しているかという観点で振り返ってみることが重要であると考えられる。
第4章まとめ
第4章では、リラックス状態=仕事への集中状態から脳を切り替えている状態について、理論や多くの組織開発・製品開発プロジェクトに従事する株式会社エスノグラファー神谷俊氏へのインタビューをもとにリラックス状態をつくりだす方法と、その状態をキープする方法についても書籍等をもとに紹介した。
2種類のリラックスの状態とその状態になる方法(③ゾーン状態からリラックスへ)
仕事への集中状態から脳を切り替えている状態であるリラックス状態には、脳の疲労を回復させる「ケア(回復)」としてのリラックスと、「インスピレーション(発想)」につながるリラックスの2つの種類があり、それぞれ以下の方法を実践することでこのようなリラックス状態になれることがわかった。
リラックス状態をキープするためには(④リラックスキープ状態)
第4章では、このリラックス状態をキープするために、意図せず集中状態に戻ってしまうことを避けるポイントについても紹介した。
精神医学臨床学者のスリニ・ピレイは非集中(リラックス)モードを妨げる4つの敵として「習慣」「不安」「集中依存」「集中への回帰」 を挙げており、リラックスモード継続のためにはこの4つの敵を排除することがポイントになる。
しかし、スリニ・ピレイはリラックスモードを妨げる4つの敵について、意識をしていてもわかっていてもどうしても集中してしまうことはあるとして、リラックスモード継続のための方法についても紹介している。
本特集における「リラックス」はあってもなくても良いものではなく、“集中ありきのリラックス、リラックスありきの集中”といったゾーンコントロール術において必須の要件であり、成果を出し続けるためになくてはならない位置づけであることから、以上のような方法をヒントにリラックスをコントロールする方法を身に付けることも重要であると考えられる。
本特集の考察
ここまで第1章~4章のポイントをまとめることで、「ゾーン」に入るために必要な要素と危険性や、リラックス状態になるためのポイントや継続するための方法についてみてきた。
ここからは、本特集からみえてきた仕事で成果を出し続けるための「ゾーン」コントロール術を行う上で意識すべきこと、また行う上での環境構築や組織として留意すべきことを3つ提案していきたい。
企業全体で健康に対する知識と理解を高めていく
1つ目に、個人やチームのパフォーマンスを効果的に高めるためには、組織全体で健康に対する意識を高めることが重要であると考えられる。今回紹介してきたように、集中の加減をコントロールできなくなることは、突然精神的に燃え尽きてしまったり、うつ病を発症したりと、病につながる可能性がある。
そのような、過剰な集中による危険など、精神状態も含めた体調管理の知識をつけることが、健康な精神・体調で個人やチームがパフォーマンスを続け、長く成果を出し続けるために大切であるとみられる。特に部下を持つ管理職は、健康に対する知識を高め、周囲に発信していく必要があるだろう。
個人も自分のコンディションを意識する
2つ目に、そもそも自分は今どういう状態にあるのかを知った上で、仕事の難易度によってもどうしたら自分の仕事が上手く進むのか、仕事を進める上でどのような状態が適しているのかを知っていくことが重要であると考えられる。
自分の状態について“今集中モードなのか、リラックスモードなのか”、“何に集中すべきか明確なのか”などを把握したり、定期的な自身での振り返りにより目標に対する自身の状況を常に認識したりすることは、燃え尽きを起こさずに最高のパフォーマンスを発揮できるゾーン状態をもたらすための環境づくりにつながる。個人も自分のコンディションに意識的になることが大切であるとみられる。
集中できる働く環境の整備
3つ目に、在宅勤務や時差出勤など働く時間も空間もばらばらな環境で仕事を行う機会が増える中で、個人と組織それぞれが“集中できる”働く環境を整備することが重要であると考えられる。
ものごとに完全に没頭してゾーン状態になるには、まず自分が気を散らされずにものごとに集中できる環境づくりが必要ということがわかったことから、自分が集中して仕事ができる環境を個人がそれぞれ知ることが必要であり、その環境をセルフマネジメントしていくスキルが求められるだろう。
加えて、個人によって集中して仕事ができる環境は異なると考えると、働く環境を一律にするのではなく個人が自分に合った集中して仕事ができる環境を選択できるように企業はオフィス環境を整備したり、周りがその選択を尊重する風土つくりに取り組んだりすることも大切であるとみられる。
以上、本特集では、先行研究や超集中状態である「ゾーン」やリラックスについてヒントを持つ方々へのインタビューを踏まえながら、仕事の生産性や付加価値を高め、持続的に成果を出し続けるために必要なこと、さらには組織として成果を出し続けるための環境づくりについても考えてきた。
「ゾーン」とは単体で考えられるものではなく、常に「リラックス」とセットで考える必要があり、最高のパフォーマンスにつながるゾーン状態を燃え尽きを起こさずに断続的にもたらすには、適度なバランスでの「ゾーン」⇔「リラックス」の良い波が必要であるとした。
そのため、これらを個人で整えることや、部下を持つ立場であれば、メンバーに対してこのような環境や要素を整えることを意識してマネジメントを行うことで、メンバーの成果を引き出すことにつなげること、組織として企業が環境構築を行う上での参考材料などとして頂けると幸いである。
キャリアリサーチLab 「ゾーンコントロール術」特集メンバー
<参考文献>
・『フロー体験入門―楽しみと創造の心理学」M.チクセントミハイ (著), 大森 弘 (翻訳) 世界思想社
・『最強の集中力 本当にやりたいことに没頭する技術』ニール・イヤール、ジュリー・リー(著)、野中香方子(翻訳)、日経BP
・『超人の秘密 エクストリームスポーツとフロー体験』スティーヴン・コトラー(著)、熊谷玲美(翻訳)、早川書房
・K. Sawyer, Group Flow and Group Genius, The NAMTA Journal. Vol. 40, No. 3(2015)
・石村郁夫 (2014)『フロー体験の促進要因と肯定的機能に関する心理学的研究』 風間書房 71-80
・スリニ・ピレイ(2018) 『ハーバード×脳科学でわかった究極の思考法』 ダイヤモンド社 16-20
・『集中力はいらない』森 博嗣、SB新書