「配属ガチャ」の裏にある、配属決定の本当の難しさ
目次
はじめに
配属ガチャとは
就職活動生は、自身の入社後の配属先に関してどのような思いを持っているのか。マイナビが発表した調査結果とともに、配属先に関して学生が抱く不安を表す言葉「配属ガチャ」が報道やSNS等で話題となった。
ソーシャルゲーム等でアイテムを手に入れるために回す「ガチャ」になぞらえ、「何が出てくるかは回してみないとわからない」という様子を、「自分自身がどの部署に配属されるのか、入社してみないとわからない」という不安に重ねた言葉として、おもにSNSから発生した言葉とされている。
もちろん、入社後の配属先に関する不安自体は、いつの時代、どんな人にとってもあったと思われるが、SNSによりこうした不安がより可視化されやすくなったことも、このような言葉が話題となった端緒の一つであろう。
本コラムの目的:配属ガチャに関する学生の不安を整理する
そのSNS上では、配属ガチャが表す不安や悩みに共感する声もあれば、一方で否定的な声も多くみられる。「配属はガチャで決まるものではない」「まだ戦力として十分でない未熟な新入社員が配属に関して主張するべきではない」といった趣旨のものもみられた。
こうした意見があること自体は理解できるものの、それによって学生が現に抱いている不安が軽減・解消されるわけではない。本コラムでは、そうした不安に対して、学生本人、そして学生を受け入れる企業がどのように対処すれば良いのかを探るとともに、学生が配属ガチャに不安を覚える背景を、学生の志向の変化や社会情勢の変化などをふまえて改めて整理してみようと思う。
配属ガチャへの不安が生まれる背景
配属は「ガチャ」ではない
まず前提としたいのは、配属決定はガチャではないということだ。
企業の人員配置・配属決定は、ゲームのガチャのように決して運任せのものではなく、一般にその企業の経営戦略や人員計画などに基づく総合的な判断のもと、合理的に行われる。ただ社会人経験のない学生にとっては、その決定プロセスはブラックボックスのように映り、その不透明さから不安を感じているものと考えられる。
こうしたプロセスの不透明さのほかに、学生に配属先決定に関する不安が生まれる原因として、さらに大きく2つの背景があると言える。それは、「内定出しから入社までの間の長い空白期間」、そして「勤務地・職種に関して自分で決めたいと考えている学生が多い」という点だ。
内々定出しから入社までの長い空白期間
まず、内々定を受けてから入社までの間に発生する長い空白期間については、これは新卒採用のスケジュールによるものである。
多くの企業が4月に内々定出しを行うが【図1】、この4月から起算すると、内定式が行われる10月まで約半年、翌年4月の入社までは約1年という期間が生じる。入社することは決まっているが、その会社で具体的に何をするかはまだわからない。そのような状況で、学生が入社後に対して不安を抱くようになるのは想像に難くない。
配属先告知のタイミング、学生と企業でギャップ
実際、配属先を「入社前」に知りたいと希望する学生は8割以上となっている。【図2】
企業側が「入社前」に配属を告知する割合は6割前後あるが、「入社後(実際の配属時)」に配属を告知する企業は3割を超えており、学生とのギャップがみられた。【図3】
もちろん、人員配置・配属決定は企業にとっても重要な判断となるため、学生が入社するまでの間に決定・告知することが難しいという事情もあるだろうが、こうした「知りたい時期に教えてもらえない」という状況は、学生の不安を増大させる要因の一つとも言えるだろう。
「勤務地も職種も自分で決めたい」という学生が半数以上
2つ目の背景として、勤務地や職種に関して具体的に知りたいという学生が多い、ということが言える。【図4】は内々定を得ている学生に対して、フォローの一環として面談で何を話したことで不安が軽減されたかを聞いたものだ。
もっとも回答が多かったのは「具体的な業務内容(入社1年目業務内容など)」である。また勤務地や職種に関して、自分で判断して決めたいか、会社に適性を判断し決めてもらいたいかという質問では「勤務地・職種ともに自分で適性を判断して選びたい」がもっとも多かった。【図5】
このように、多くの学生にとって、勤務地や職種といった入社後の配属先について具体的に知りたいという高いニーズがあることがわかる。配属ガチャへの不安は、いわばこうしたニーズの「裏返し」であるとも言えるだろう。
配属先を知りたいというニーズの背景にあるもの
ではこうした配属先に関する学生のニーズには、学生のどのような志向が要因として考えられるだろうか。勤務地、職種それぞれについて考えてみようと思う。
勤務地にこだわる背景(共働き志向の増加、安定志向、コロナによるリモートワーク浸透)
まず学生が勤務地を知りたい・決めたいと考える背景としては、以下の3つが考えられる。
- 共働き志向の学生の増加
- 安定志向
- コロナ禍によるリモートワークの浸透
(1)共働き志向の学生の増加
1つ目の「共働き志向の学生の増加」については、下の図6のグラフに見て取ることができる。緑の丸が女子学生、青い四角が男子学生の共働き志向の推移を示したものだが、2023年卒の学生については女子が74.5%、男子が59.9%となった。
特に男子の調査開始以来最もっとも高い割合となり、男女差(薄緑の棒グラフ)は調査開始以来最もっとも少なくなっている。
共働きを希望する学生が多いということは、結婚後も夫婦それぞれが仕事を持つという状況を意味する。すると、一方のパートナー(たとえば夫)の転勤に伴い、もう一方の無職のパートナー(たとえば妻)が付いていく、というこれまで日本の多くの企業でみられた転勤パターンは難しくなる。
「行きたくない会社」の特徴として、「転勤の多い会社」が上位に上ってきているというデータがあるが、そうした学生の志向の変化が影響している可能性もある。【図7】
(2)安定志向
2つ目の「安定志向」については、就職先として企業を選ぶポイントとして「安定性がある」と回答する学生がもっとも多かったこと、そして企業に安定性を感じるポイントとしては「安心して働ける環境である」を選ぶ学生がもっとも多かった、というデータが示している。【図8】【図9】
安心して働けるという言葉には、ワークライフバランスや就労環境が良い(ブラックでない等)といったさまざまな意味が含まれると思われるが、(1)で説明した「転勤が多い会社」へは行きたくないという学生が増えたという傾向から、勤務地が希望の場所でないことや、勤務地が変更になることより発生する不安を回避したいという気持ちも含まれると言えるだろう。
(3)リモートワークの浸透
3つ目のリモートワークの浸透については、ここで改めて説明するまでもないかもしれない。
コロナ禍を機にリモートワーク・在宅勤務が急速に浸透し、大学でもオンライン授業が実施された。仕事と働く場所が必ずしも固定ではなくなったことにより、働く場所に対する学生の考え方が変わった可能性もあり、それも勤務地に対する希望を強くする一つの背景として考えられる。
職種にこだわる背景(「就社から就職へ」、インターンシップ参加率の増加、)
次に、入社後の職種に関して知りたい・自分で決めたいと考える背景について考える。これについては、以下の2つのことが考えられる。
(1)「就社から就職へ」という社会的風潮
(2) インターンシップ参加率の増加に伴う、学生の自己分析・職種研究の向上
(1)「就社から就職」という社会的な流れ
2019年に経団連・中西会長による「終身雇用の見直し」(※)の発言なども受け、終身雇用・年功序列に象徴される日本型雇用の未来に対する懐疑的な見方が広がって久しいが、そうした中で「就社から就職へ」という価値観も広まりつつある。そうした風潮が大学生の就業意識にも波及して、就職活動においても職種という軸を強く持つようになったと考えられる。
※一般社団法人 日本経済団体連合会/定例記者会見における中西会長発言要旨 2019年12月23日
(2)インターンシップ参加率の増加に伴う、学生の自己分析・職種研究の向上
インターンシップ(ワンデー仕事体験含む)の参加率は年々増加傾向にあり、2023年卒では82.6%にまで上がっている。【図10】
最近の学生は就職活動準備期間においてインターンシップに積極的に参加することで、自身の性格や経験の棚卸し(=自己分析)や、その自己分析をふまえて自分がどのような仕事に向いているかを考えること(=仕事研究、職種研究)が、より進んでいるものと考えられる。
その結果として、前段で説明した「就社から就職」への意識の変化などと相まって、自分が付きたい仕事・職種に対してもより思いを強く持つ傾向にある学生が増えている可能性がある。
配属ガチャがもたらすデメリットと、それを防ぐためにできること
配属ガチャによるデメリット
ここまで、なぜ学生が勤務地や職種といった配属先に関して不安を覚えるのかということについて、その背景・要因を考察してきた。勤務地や職種に対して、なるべく早く、なるべく具体的に知りたいと考える学生が多い中、こうした配属先への不安が軽減・解消されない場合、どのようなデメリットが生じるだろうか。
まず、配属先に関する情報が得られず、入社後の自身の具体的な業務内容や勤務地がわからないため、入社直後・あるいは入社後の姿や入社後数年経った後のキャリアなどについてイメージを持つことができず、その企業と自身のマッチング・適性について考えることが難しくなってしまう。そうした状態が入社後に対する不安や焦りにつながり、結果として内定辞退や、入社後の早期離職といったミスマッチにつながってしまうケースも想定できる。
しかし、前述したように配属はガチャではなく、企業全体を見据えた戦略のもとで判断される事項なので、学生の知りたいと思うタイミングでの決定・告知が難しい場合も十分にあり得る。このような状況において、配置ガチャによるデメリットを防ぐにはどのようにすればいいだろうか。
学生側ができること(デメリットを防ぐために)
まず学生は、配属に関する【自身の希望を明確にする】ことが大切だ。そして、なぜ配属を希望するのかということを【深掘りする】ことで、「なんとなくこの部署・この勤務地は嫌だ」という漠然とした理由でなく、配属希望の理由を自分の中で明確化・言語化することができる。
それにより、改めて自身の志向や適性と配属について客観的に見つめ直すことができるようになる。そのうえで【企業に対してその希望を伝える】、あるいは【配属決定時期を確認する】などのアクションに移り、企業側と配属に関するコミュニケーションを図ることが重要になるだろう。
企業側ができること(デメリットを防ぐために)
対する企業側は、学生に対して【配属に関す希望があるかを確認する】、そして希望がある場合は【丁寧に聞く姿勢を持つ】ことが重要だ。事情によりまだ配属を伝えられない場合でも、いつ頃に決まるかという【配属決定・告知に関する現時点での予定・状況を伝える】ことで、学生に「知りたい」という気持ちに寄り添うことができる。
仮に決定した配属が学生の希望とは違うものであったとしても、【なぜあなた(学生)がこの配属になったのか、という背景を丁寧に説明する】ことで、企業が学生に求めていること、期待していることなどをその学生の志向・適性をふまえて伝えていく。そうすることで、希望の配属でなかった学生のショックを軽減できたり、あるいは決まった配属に対して前向きに感じてもらえたりするようにできるはずだ。
このように、配属決定のプロセスをブラックボックス化せず、透明性をもって学生とコミュニケーションを図ることが、配属ガチャによる不安を軽減・解消し、それによって生じるかもしれないデメリットを回避していくことにつながるだろう。
配属ガチャの本当の難しさ
本コラムでは、配属ガチャへの不安が生まれる背景・要因から、それによるデメリット、そしてそのデメリットを防ぐために学生側・企業側ができることを紹介してきた。ここまで書いてきて改めて感じたことは、配属決定・告知においては「学生が考える自身の適性と、企業が考える学生の適性のすり合わせ」という工程こそが非常に重要であり、そして、これこそが配属ガチャという言葉の裏に隠された、配属決定の本当の難しさであるということだ。
学生は自分自身で十分に納得のいくレベルまで自己分析・仕事研究など進め、そのうえで就職活動を通じ、自身の適性についての考えを確かなものにしていく。一方で社会人経験を持たないという立場でもあり 、実際の配属先への適性は働いてみないと当然わからない。
対する企業は、これまで多くの社員を受け入れ、社会人として教育してきたという経験があり、企業側にしかわからない学生の適性とその配属先(そして時としてそれは学生自身の希望とは異なる)というものもあるだろう。しかし、学生の志向や適性は選考という限られた時間内で探らざるを得ず、時としてその見極めが不十分であることもあるかもしれない。就労経験を持たない学生が自身の適性をどこまで見極められるのか、そして選考というわずかな時間しかない中で企業が学生の適性をどこまで見極められるのか―。
そうした難しさがあることには変わりはないが、学生・企業の間で丁寧なコミュニケーションを重ね、学生が考える自身の適性と、企業が考える学生の適性の間にあるギャップを少しでも埋めていくことこそが、配属ガチャや配属先に関する問題を軽減・解消していくことにつながる方法だとわたしは考えている。
キャリアリサーチLab研究員 長谷川 洋介