博士人材のキャリアの選択肢を明確化し、進路選択の幅を広げることで、博士号を取得した人材(以下、博士人材)の多様な活用を促進する──。そんな目的のもと、マイナビとgrubioの共催により、「博士のキャリア整備に関する意見交換会」が開催されました。
東京科学大学 産学官連携コンソーシアム準備会の協力のもと、富士通株式会社で博士人材採用に携わる3名と、東京大学・早稲田大学の博士課程の学生3名が一堂に会し、長期インターンシップの実態、入社後の研究テーマ、働き方とライフデザイン、そしてビジネス博士としての活躍可能性について率直に意見を交わしました。
左から博士学生の加瀬田さん、稲田さん、有田さん、富士通株式会社の穂岐山さん、興さん、福田さん
参加者プロフィール
●学生
有田 諒子さん
東京大学大学院 情報理工学系研究科 システム情報学専攻 博士課程1年(D1)
研究テーマ/歌声合成AIにおける出力品質の自動評価モデル(非参照型)の構築
稲田 雅治さん
東京大学大学院 医学系研究科 博士課程1年(D1)
研究テーマ/Optical BMI・実時間神経活動イメージング
加瀬田 晃大さん
早稲田大学大学院 生命医科学専攻 博士課程/理化学研究所 脳神経科学研究センター
研究テーマ/アストロサイトとニューロン相互作用、適応行動制御
●富士通株式会社
輿 秀和さん
Employee Success本部 R&D人事部 シニアマネージャー
Employee Success本部 人材採用センター シニアマネージャー(全社博士人材採用担当)
北海道大学 客員准教授/国家資格キャリアコンサルタント
富士通テクノロジー部門のHRBP(Human Resource Business Partner)として、博士人材を含む高度専門人材の新卒採用・キャリア採用をはじめ、入社後の人材開発・組織開発を担当する。また、全社採用セクションにおいて博士人材の採用を担当。2025年度より北海道大学大学院の共通科目としてキャリア関連の通年授業を受け持つ。
福田 大輔さん
富士通研究所 人工知能研究所 シニアディレクター/博士(情報科学)
人工知能研究所にて生成AIや因果AIなどのAI研究とその戦略策定を担当。社内制度を活用して博士号を取得した経験も持つ。
穂岐山 郁英さん
Employee Success本部 R&D人事部
富士通テクノロジー部門のHRBP(Human Resource Business Partner)として研究開発部門の人事を担当するとともに、人材採用センターを兼務し、全社の博士人材採用を担う。
●ファシリテーター(司会)
佐藤 龍飛さん
株式会社grubio 代表取締役CEO
東京科学大学の博士課程でバイオ領域のAI開発を研究する傍ら、博士人材を中心とした産学連携エコシステムの構築を事業として展開。研究開発プロジェクトへの博士人材の参画設計やインターンシップの設計などに取り組む。
富士通の博士人材に対する取り組み紹介
研究職だけじゃない、博士人材が活躍する富士通の現在地
佐藤(司会):意見交換会の開始にあたって、まずは富士通の博士人材に対する取り組みについてご紹介ください。
輿(富士通):富士通グループではさまざまな分野で博士人材が活躍しています。新卒採用が約6割で、キャリア採用が約4割です。職種別では、7割がR&D領域で、残り3割がデータサイエンティストやコンサル、オファリングデベロップメントという新ソリューションの開発部署などです。意外に思われるかもしれませんが、研究分野以外のビジネス博士も多数活躍しています。
2020年にジョブ型人材マネジメントを導入、、スキルと成長意欲を持つ人材が、入社後早い段階から高いレベルの仕事に挑戦し、職責に見合った報酬とともにキャリアを切り開いていける環境が整っています。
富士通では、テクノロジーカンパニーとして博士人材が持っている高度な専門性をしっかり発揮し、社会課題やお客様の課題解決に貢献するイノベーション創出の源泉になってもらいたいと期待しています。
そんな博士人材の採用・活躍促進に富士通は長年取り組んできました。博士人材の通年採用はこれまでも継続的に行っており、適正な報酬設定についても取り組んでいます。ここから博士人材の活躍に向けた取り組みとして、主要なものについて五つ、入社前、入社時、入社後の流れでご紹介します。
長期有償インターンシップ
まず一つ目が、長期有償インターンシップです。単なる業務体験ではなく、企業研究員として有期雇用契約を締結し、実践的な研究をしてもらいます。国内外の大学から招聘(しょうへい)研究員という形で積極的に受け入れています。
インターンシップを通じて、アカデミアだけでなく産業界での研究活動についても実践的な経験を積み、学生のキャリア形成の一助になるとともに、実際に入社につながっている方も多くいます。
共同研究を起点とした人材育成・採用
二つ目が、共同研究を起点とした人材育成・採用です。富士通スモールリサーチラボという研究拠点を設けており、富士通の研究員が国内外の大学に常駐あるいは長期滞在して、その分野の先生と異分野融合で共同研究するというものです。
そこで一緒に研究している学生さんの人材育成にも取り組んでおり、将来的に採用に結びつくケースが多く出ています。現在、国内13大学、海外4大学に設置しています。
博士人材向けの授業を実施
三つ目が、博士課程学生向けの人材開発ということで、北海道大学と協同で取り組みを始めており、前年度から大学院の共通科目として通年授業を展開しています。
博士の皆さんがアカデミアに残るだけでなく、産業界に出ていくキャリアを選択肢の一つに入れ、産業界でどんな力が必要かということについて在学中から学べるよう、富士通人事が講師として単位が出る授業を提供しています。
博士課程への進学と同時に企業にも在籍する卓越社会人博士制度
四つ目が、卓越社会人博士制度です。修士課程の学生が博士課程に進学するタイミングで、富士通の社員にもなってもらうという制度です。有期雇用ではなく、正社員で雇用しますので、基本給・賞与・社会保険に加えて、学費も全額補助します。
大学の研究と会社での業務に同時に取り組んでもらう形で、新入社員と同じ導入教育も受けていただきます。2021年に九州大学からスタートして、その後、東京大学、東京科学大学、京都大学、大阪大学などに展開し、今では全国10大学で進めています。
入社後に挑戦できる博士号取得支援制度
五つ目が、博士号取得支援制度です。修士で入社した社員が何年か経った後に働きながら博士号を取得することを支援する制度です。入学金・授業料などの学費は全額補助します。1998年から28年続いていて、208名の利用実績があります。前年から毎年20名の派遣に拡大しました。グローバルに研究員としてキャリアを形成するための支援制度です。
そのほか、博士のロールモデルやキャリアパスを見たいという声にお応えすべく、富士通のホームページ内に「研究者の夢」というコンテンツを設けて発信したり、女性研究員の1日密着動画をYouTubeで公開したりしています。これらは博士人材の採用・活躍を促進するツールの話です。ただ、ツールの拡大だけでなく、博士人材が活躍する分野の拡大も重要だと考えています。
そこで、今年度からは、R&D領域以外のビジネス領域、具体的には特にデータサイエンティストやオファリングデベロップメント職での博士人材の採用・活躍にも力を入れています。 研究職だけではなく、社会実装を見据えたビジネス職においてもこれまで以上に博士人材には活躍してほしいと思っています。
博士学生の質問に答える富士通株式会社の興さん
富士通の博士人材採用制度について
有田(学生):私の研究室にも社会人ドクターを目指して博士課程に在籍されている社会人の方がいて、会社の業務と学業との両立が大変で、3年の間に博士号を取得することに苦労しています。
貴社では、そういった方へのサポートはどのようにされているのでしょうか。
業務と研究の両立を支える28年の蓄積
輿(富士通):業務をこなしながら時間外で研究活動をするというのは、確かに大変です。ライフステージによってはお子さんを育てていたりと、さまざまなことが重なってくるわけです。ですので、まず選抜時にきちんと確認します。
本人が事前に教授としっかり話ができているか、どういう条件でPhD(博士号)を取るかについて合意しているか、そしてどういう計画で博士号を取得していくのか、という点です。そういったところを事前に、教授、上長、本人の三者でしっかり確認した上で進めてもらうようにしています。
当社では28年間この制度を運営してきていますので、組織として相当な暗黙知が積み上げられています。マネージャー自身がこの制度を経験していることも多く、勘所がわかるのです。博士論文を提出する時期に仕事の配分を調整するといった工夫もできます。
そもそも会社が学費を補助して送り出すということは、会社の研究のベクトルと個人の研究のベクトルがある程度合っているわけですから、全く別の研究で困難になるというケースはあまりありません。PhDを取得したいという意思のある研究員のキャリア形成支援に対して、会社として前向きに取り組んでいます。
福田(富士通):制度を利用する際にはまず選考があります。会社の業務と全く関係のない研究テーマでは選ばれにくいのですが、「社内でこういうことをやります、将来会社のためになります」ということをプレゼンして合意が得られれば、周囲もサポートしますし、業務の配分を柔軟に調整するといった対応を研究所内でやっています。
第三の選択肢としての卓越社会人博士制度
稲田(学生):卓越社会人博士制度と博士号取得支援制度は「富士通に入社してから博士号を取る人」や「修士から博士に進学するタイミングで入社する人」向けの制度だともいますが、すでに博士課程に在籍している途中の段階、たとえば私のように博士1年の状態で入社するというパターンはあるのでしょうか。
輿(富士通):卓越社会人博士制度はM2(修士課程2年)からD1(博士課程1年)に上がるタイミングを想定した制度ですが、D1の方にも適用できます。ただ、二つのポイントがあります。
一つ目は研究テーマのマッチングです。人工知能研究所や量子研究所といった富士通の研究所との研究テーマが合うかどうかが重要になります。M1やM2の段階であればテーマがまだ固まっていないことが多く、マッチングを図りやすいのですが、D1になると研究テーマがすでに決まっていますので、そこが富士通の研究領域と合うかどうかがポイントになります。
二つ目は卓越性です。この制度は大学での研究と企業での業務に同時に取り組み、成果を出すことが必要になります。PhDをきちんと取得できるかという点は指導教官も非常に気にされるところですし、同時に企業の業務でも即戦力として働けるかどうかも求められます。実際にやってみないとわからない部分もありますが、マッチングと卓越性が確認できれば、D1であっても対象になり得ます。
稲田(学生):同じ研究室でM2からD1に進む方であれば、M2の時点ですでにある程度研究テーマが決まっているので、ドクターでの時間の使い方も見通しやすいですね。そう考えると研究テーマがマッチすればD1でも卓越社会人博士制度の対象となることは理にかなっているように思います。
輿(富士通):この制度を始めた背景の一つに、日本の博士人材数が伸び悩んでいるという社会課題があり、これまで博士人材の活躍促進に長年取り組んできた富士通としてさらなる一手として何かできないかと考えたのです。
修士から博士に進まない理由としてよく挙げられるのが、経済的な負担と、博士課程修了後のキャリアの不透明感です。一方で、優秀な人材であれば博士課程でのアカデミアの研究と、社会実装を見据えた企業での研究の両方に関わりたいと考えているのではないかとも思っていました。そういった人材を受け入れて伸ばしていくための機会提供になればよいのではないかというのが、この制度を始めた理由の一つです。
博士後期課程への進学を考え始めるのはM1の夏頃が多いと思います。周囲が就活やサマーインターンシップの話をし始めるタイミングで、アカデミアに残るか企業に就職するかという二択だけでなく、「アカデミアと企業の両方に関わる」という第三の選択肢があることをM1の夏から冬にかけて知っていただきたい。意欲があり、研究テーマのマッチングと卓越性が確認できれば、ぜひチャレンジしていただきたいと思っています。
インターンシップの実態と博士採用の評価軸
カジュアル面談から始まるマッチング
佐藤(司会):博士在学中の方が富士通と接点を持つ場合、インターンシップや富士通スモールリサーチラボが主な入り口になるのでしょうか。また、そこから実際に入社につながるケースはどのくらいあるのか教えていただけますか。
輿(富士通):そういったケースも多くあります。富士通スモールリサーチラボ経由では、常駐している富士通の研究員と一緒に研究する中で職場の雰囲気も伝わりますし、自分の研究領域と富士通の研究領域がマッチしていると感じてもらえれば、入社につながるケースがあります。インターンシップ経由も多いです。
ただ、いきなり長期のインターンシップはハードルが高い場合もあるので、まずはカジュアル面談を行うようにしています。面接ではなく、働き方や研究内容、やってみたいことなどをお互い気軽に話す場です。その後インターンシップに応募するかどうかも、採用選考に進むかどうかも、本人の自由です。
博士の方はそれぞれ事情が異なります。夏休みに学会が重なる方もいれば、海外での研究活動がある方もいます。一律に「夏にインターンシップを」とはいかないので、個別に事情を聞きながら柔軟に対応しています。有償インターンシップの受け入れ人数はそれほど多くはありませんが、こうしたプロセスを経てお互いの理解が深まり、就職につながるケースが多くあります。
インターンシップ中の論文執筆と知財の扱い
有田(学生):有償インターンシップに参加する場合、そこでのテーマや業務内容が入社後のキャリアに生かされるでしょうか。また、アウトプットの扱いについてもお聞きします。インターンシップ中の成果はどのように扱われるのでしょうか。
福田(富士通):研究所サイドからお答えします。インターンシップのテーマについてですが、入社後のキャリアに生かされます。事前の面談でお互いに何ができるかをすり合わせた上でテーマを決めますので、大学での研究とぴったり同じではないにしても関連するテーマで取り組んでもらいます。そのままご入社いただいた場合も、全く関係のないテーマになることはほとんどありません。
アウトプットについては、招聘研究員として来ていただく以上は戦力として捉えています。実際に富士通内の研究チームにインターンシップ生が関わり、新しい技術を開発したケースもあります。また、アカデミアと企業の研究の違いとして、ビジネス化や実用化まで視野に入れて取り組むという経験ができる点も、インターンシップで得られるものの一つです。
論文については、インターンシップ期間中の研究内容をもとに執筆するケースもありますし、また富士通から投稿する論文に第2・第3オーサーとして名前を載せていただくこともあります。特許・知財については、契約上富士通に帰属する形になる場合もありますが、大学の先生も交えてきちんと取り決めをした上で進めます。
有田(学生):論文を発表したい場合にも、きちんとサポートしていただける体制が整っているということですね。
福田(富士通):はい。一緒に成果を出したり論文を発表したりすることは、採用時の推薦理由にもつながります。ともに取り組んだ実績は優秀さのエビデンスになりますので、積極的に推進しています。
稲田(学生):私がインターンシップに求めるのは、やはり技術です。もし富士通でインターンシップをするとしたら、富士通が持つ技術にアクセスしたいというのが率直な思いです。
ただ、マッチングが一番の課題だと思っています。該当する技術を持つ部署があるか、そこがインターンシップを受け入れてくれるか。そしてもしインターンシップで技術開発に携われた場合、開発した技術が富士通に帰属することになれば、その後大学の研究で自由に使うことは難しくなるのではないかという点が気になっています。
福田(富士通):知財の帰属については、排他的にライセンス料を求めるというスタイルではありません。一緒に開発したものであれば、商用利用の際にどういう取り決めにするかをクリアにするためのものです。学術目的で論文を書く場合などは権利を強く主張するわけではありませんし、成果としてアピールしていただくことは歓迎しています。ケース・バイ・ケースではありますが、基本的にはそのようなスタンスで取り決めをしています。
博士学生の質問に回答する富士通株式会社の福田さん
富士通が博士に求める「良い問いを立てる力」
加瀬田(学生):博士採用において富士通が求めていることを教えてください。日本全体で博士人材を採用しようという動きがある中で、博士号を持っているというだけで評価されるのか、それとも特定の技術力や専門性を持った人材が求められているのか。修士卒ではなく博士であることが重要な理由はどこにあるのでしょうか。
輿(富士通):博士号を持っているかどうかだけが評価軸ではありません。ビジネス領域では「学士でも修士でも博士でも、仕事ができる人であればいい」という声がよく聞かれますし、それは事実でもあります。
ただ富士通が博士人材に期待しているのは、新しい価値を創出する力です。 修士までは指導教官から研究テーマを与えられることが多いのに対し、博士課程では自ら良い問いを立て、技術課題を設定し、リソースを集めて研究を完遂するという経験を積んでいます。この力は、企業でイノベーションを生み出す上で大きな差になると考えています。
福田(富士通):研究員の観点から補足します。PhDを持っていることは研究所ではスタートラインだと考えています。修士までは指導教官からテーマを与えられることが多く、論文が必須でない場合もありますが、博士課程では査読を経て成果を世に問うことが求められます。
研究をやり抜く力の証明という意味で、PhDであることは前提条件です。加えて研究所では、専門の内容が富士通の取り組みに資するか、あるいは将来的に関係してくるかという観点で、研究の中身も重視しています。
加瀬田(学生):個性と協調性のバランスについての考え方を教えてください。博士号を持っている人は個性が強い人が多いという印象があるのですが、確固たる技術や専門性を持ついわゆる「とがった」人材と、組織になじめる人材とでは、どちらが評価されるのでしょうか。
輿(富士通):「とがった人材か、場になじめる人材か」という二択ではありません。企業は大きな共同体であり、研究員であっても部署をまたいで多様な人と関わりながら成果を出していく場です。
アカデミアのように研究室の独立性が高い環境とは異なります。求められるのは迎合することではなく、さまざまな人を巻き込んで大きな成果を出す力、いわば包摂力や人間的な幅といったものだと思います。
福田(富士通):研究所にはマネージャーラインと研究員ラインという二つのキャリアパスがあります。研究に特化して専門性を深める道と、人をまとめて大きなアウトプットを生み出す道です。
コミュニケーション力より研究力が突出している人も、その逆の人も、それぞれの特性に応じて活躍できる制度設計になっています。どちらかでなければならないということは全くありません。
入社後の研究テーマ
やりたい研究を進める裁量と制度の仕組み
佐藤(司会):研究テーマはどのようなプロセスで決まっていくのでしょうか。また、入社時・入社後それぞれの段階で、自分の専門性や希望はどの程度反映されるのかについてお聞きできればと思います。
福田(富士通):採用の時点で、研究内容が富士通の取り組みと関連していることは前提としています。まず会社として注力する領域は戦略的に絞っています。たとえば生成AIという内容についても、音声・画像・映像など領域ごとに「ここはやる、ここは外部から調達する」という選択が必要になります。
一方で、会社の方針と合致した領域は全力で取り組みますが、それ以外を一切認めないというわけではありません。自分のやりたい研究を一定の割合でやることは認められており、新しい研究テーマはそういったところから生まれることが多いのです。
実際、富士通では現在フィジカルAIというロボット関連の研究テーマを立ち上げていますが、これはかつてロボット研究が一度中断された後も「ロボットは必ず来る」と信じて研究を続けていた研究員がいたからです。会社としても大学への派遣や論文執筆をサポートしていました。新しい研究テーマの芽という意味で、個人の裁量に任せている部分があります。
コンバージングテクノロジー(異分野融合技術)という取り組みもその一例です。技術と人文系、たとえば心理学や経済学といった分野を結びつけた研究で、以前はなかったものですが、そういった領域の博士人材がいたことも一つの要因として始まりました。
加瀬田(学生):そういった研究は、現場から経営層に伝わってゴーサインが出る形で進んでいくのでしょうか。
福田(富士通):そのようなシーズを拾い上げて進むケースもありますが、ボトムアップリサーチテーマ(BURT)という制度もあります。「今、会社でやっていないけれど、こういう研究をやりたい」というテーマをプレゼンして、承認されれば2、3年かけて取り組めるというものです。この制度から生まれて製品化に至ったものもあります。
佐藤(司会):ボトムアップリサーチテーマは、どのくらいの年次の方が提案するケースが多いのでしょうか。
福田(富士通):年次の制限は特になく、何年目でも提案できます。ただ入社直後は会社の状況がわからないので、少し慣れてきてから提案するケースが多いですね。早い方だと2年目くらいからということもあります。
キャリアオーナーシップを支える異動制度の実態
有田(学生):最初に採用された部門から、研究職・開発職・事業部門などへの異動はどのくらい起こり得るのか、またその場合、研究者としての最初のキャリアはその後どのように生かされるのかについて教えてください。研究職の中で専門領域を変えることはできるのかについても併せてご説明ください。
穂岐山(富士通):異動については、ポスティングという制度があり、社内にさまざまな求人が出ています。同じ研究所内での異動、たとえば人工知能研究所から量子研究所といったケースもありますし、研究所から事業部に移って社会実装により近いところで取り組むといった異動も可能です。
富士通ではキャリアオーナーシップ、つまり自分自身のキャリアは自分で築いていくという考え方を大切にしており、ポスティング制度を活用して異動している方が社内に多くいます。
福田(富士通):異動にはいくつかのレベルがあります。ポスティングは完全に所属が変わるものですが、Assign Me(アサイン・ミー)という制度では自分の業務時間の一部を他の部署の業務に充てることができます。人工知能研究所の研究員が量子コンピューターの研究に関わるといったことが実際に起こっています。その中間として期限付きで異動先業務をメインに行うジョブチャレという形もあり、段階に応じた制度が用意されています。
一方で、会社の都合による異動もあります。たとえば開発が一段落して事業化のフェーズに入った際に、研究所から事業部への異動が会社主導で行われることもあります。ただそういった場合でも、ポスティングなどの制度を使って自分の意思で選択することも可能です。
輿(富士通):日本企業の人事制度は今、メンバーシップ型からジョブ型へと移行が進んでいます。
メンバーシップ型とジョブ型の最大の違いの一つは、キャリアを誰がデザインするかという点です。ジョブ型では、キャリアは従業員本人がデザインし、従業員本人が自分自身でキャリアを切り拓いていきます。穂岐山や福田が説明した各制度は、この考え方を前提にしています。
ただし、会社主導のローテーションがなくなるわけではありません。企業戦略も研究テーマも変化するとはいえ、根底にあるのはキャリアオーナーシップ、自分でデザインして切り拓いていく力です。
富士通には、ポスティング、Assign Me(社内兼業)、ジョブチャレ(期限付きで別部署で仕事)などがあります。ただ、制度があるかどうかより、実際に使われているかどうかが重要です。たとえば、富士通ではこれまで4万3,000人がポスティングに手を挙げ、1万5,000人が実際に異動しており、かなり高い活用率になっています。
加瀬田(学生):異動が多くなると流動的になりすぎて、専門性を十分に磨けないまま止まってしまうのではないかと懸念しています。専門的なことを深めるにはある程度の期間が必要だと思うのですが、ミスマッチや技術面のデメリットはないでしょうか。
福田(富士通):異動があるからといって未熟なままということはありません。技術の細分化が進んでいる現在では、一つの技術だけで何かを変えることは困難です。ある専門性を身につけた上で、さらに可能性を広げるために別の領域に行くというパターンが多く、中途半端に投げ出すケースは聞きません。
研究所とビジネスサイドの役割分担
稲田(学生):経営判断によってプロジェクトの優先度や研究テーマが変わっていく中で、自分のキャリア選択とどう両立させるかが気になっています。たとえば、現時点ではまだ技術的に発達していないが現在、ビジネス価値があるとされている技術の先にある領域だというケースです。ビジネス的なバリューを意識しながらも、自分の研究として突き詰めたいテーマとの間で乖離が生じてしまうような場合は企業の中でどう扱われるのでしょうか。
福田(富士通):それは社内の役割分担で対応しています。弊社には研究所のほかにも、生み出した技術をいちはやくビジネス化する開発部隊もあります。技術AとBを組み合わせてCというビジネス価値を示す段階まで研究所が担い、道筋が見えたところで開発部隊に引き渡してビジネス化などの価値創出のプロセスへとシフトしていきます。
研究所は新たにその次のDを考えるという分担です。弊社の研究所は、研究テーマに価値があることを示すところまで求められますが、そこまで示せればその後は引き取ってもらえる仕組みになっています。
座談会に参加している博士学生の皆さんとファシリテーターを務める佐藤さん
働き方とライフデザイン
研究職かマネジメント職か、デュアルラダー制度と社外兼業の実態
佐藤(司会):入社後、キャリアオーナーシップを持ちながらさまざまな制度を活用してキャリアを歩めるというのが富士通の特徴かと思いますが、10年後・20年後という中長期で見た時に、他社と比べてどのような違いが出てくるのでしょうか。また、どのようなキャリアパスが開かれているのでしょうか。
輿(富士通):研究所では、複線型の人事制度をとっています。幹部社員以上になると、マネジメント職系のラダーと研究職系のラダーの二つに分かれています。
また、キャリアの中で別の職種に挑戦したいという場合も、ポスティングの仕組みを使って、転職せず社内で異動を希望することができます。富士通内でキャリアの幅を広げられるというのが特徴です。
福田(富士通):研究員の観点でご説明すると、論文発表・学会・特許を非常に重視しています。研究員としての資質を示すエビデンスになるからです。大学の先生を兼任している社員もいますし、論文や特許を多数出すことで、社内だけでなく社外でも通用するキャリアを築けます。業界の中で一定のポジションを得られる仕組みが整っており、実際にそういったメンバーが在籍しています。
輿(富士通):企業研究所として事業価値の創造に寄与するという点も大きな特徴です。世界トップクラスの研究の成果をスピーディーに創出し、早期の新規事業開拓を牽引することで、富士通を変化創造企業へと変革させる役割も担っています。
企業における成果の評価軸
稲田(学生):アカデミアでは論文を投稿して査読を通すことが成果の基準ですが、企業での成果はどのように評価されるのでしょうか。
福田(富士通):論文は一つの指標ではありますが、トップジャーナルの査読を通ったからといってそれ自体が良い成果になるわけではなく、会社としての活動にあまり関係のない研究であれば評価にはつながりません。論文で富士通の優れた技術を示すこと、それを使って事業化・製品化し、どういうインパクトを生み出したかというところまでが評価のポイントです。論文を出しっぱなしにせず、そこまで持っていく責任が企業の研究にはあります。
最近では研究員がお客様のところに出向いて技術を見せ、フィードバックをもらうこともあります。そうすることでより良い技術が生まれますし、会社への貢献にもつながるということで、働き方も変わってきています。
輿(富士通):これからの富士通研究所に求められているのは、顧客のニーズをくみ取るだけでなく、圧倒的な技術でブロックバスター的に市場を作り出すことです。組織も研究テーマも速いスピードで変わっていきます。だからこそ、アカデミアの最前線で新しい技術や知見をキャッチアップしてきた博士人材が重要なのです。
福田(富士通):最近変わってきたと感じるのは、以前は若手に任せられるのは大きなプログラムの一部を担う程度でしたが、今は入社2~3年目の研究員が取り組んだ内容をそのまま社長・経営層に見せるような場面もあります。生産性が高まり、一人ひとりの仕事の重要性も、できることの幅も広がっています。そういった意味でも、研究員個人の能力が問われやすくなっています。
女性研究者のライフデザイン
女性研究者のキャリアとライフイベントへの支援
有田(学生):女性研究者として育児や出産を含むライフイベントへの対応やライフデザインについて、富士通としてどのような取り組みをされているのかお聞きしたいです。
穂岐山(富士通):全社的に産休・育休の取得率は高く、最近は男性が育休を取るケースも増えています。そういった休暇を取りやすい文化がだいぶ醸成されてきていると感じています。
女性がキャリアや仕事とプライベートの両立について、より前向きに考えられる環境を整備する取り組みについては、全社と研究所ならではの取り組みで少し異なる部分があります。たとえば、研究所は女性の割合が少ないため、女性同士がつながることのできるコミュニティを前年(2025年)に立ち上げました。
女性研究員が集まってワーキンググループで話し合い、そこから生まれたのが月1回のランチの場です。多様な立場、経験を持つ人が集い、育児との両立や仕事への向き合い方、キャリアの考え方等、さまざまなテーマを気軽に話せる場として継続的に開催しています。
福田(富士通):男性の育休取得率は非常に高く、課長レベルのメンバーであっても3カ月取得するケースがあり、周囲も全力でサポートします。またリモートワークが可能なので、オンライン会議中に赤ちゃんの声が聞こえるといった場面も珍しくなく、男女問わず育児をしながら働きやすい環境になってきています。
有田(学生):社員一人ひとりがどうしたいかという声を聞いた上で制度が形成されているという印象を受けたのですが、その認識は正しいですか。
穂岐山(富士通):そうですね。人事として、研究所の方が実際に何に悩み、何を必要としているのかを踏まえた上で施策を考えることは大切だと思っています。もう一つの取り組みとして、女性が少ないからこそロールモデルが見つけにくいという現場の声から、女性研究開発者向けに特化したAIエージェントの公開や情報発信などを行った事例もあります。
これは先ほど触れたランチ会の中で女性研究員から出たアイデアで、一人の完璧なロールモデルを探すのではなく、さまざまな人の経験やノウハウを集めて共有していくことの一環として実施したものです。
有田(学生):私の研究室も女性がほぼ一人で、ロールモデルがいないため、育児も含めてどういう働き方ができるのかがわからない部分があります。そういった取り組みはとても助かります。
富士通からの問い
”ビジネス博士”に踏み出せない理由と響く伝え方
輿(富士通):今富士通としては博士人材の活躍の場を研究所以外のビジネス部門にもより一層広げていきたいと考えていますが、ビジネス領域への進路を考える際に、どういったことが皆さんには響くのか、ぜひ聞かせていただけますか。
稲田(学生):N=1ではありますが個人的な感覚として、自分の場合は「SFを実現したい」が研究の原動力です。以前はそのために自らエンジニアやサイエンティストとして技術開発や研究をするという方向で考えていましたが、最近視野が広がってきて、自分が手を動かさなくても最終的に世界がSFっぽくなればいいという考え方になっています。
そういう意味では、オファリングデベロップメントのような仕事も面白そうだと感じています。富士通の研究所や開発部門の技術、あるいは外部からアクセスできる技術を組み合わせて、SF世界の先駆けとなるような大きなシステムを設計するような役割、いわばオーケストラの指揮者のようなポジションが自分には向いているかもしれないと思っています。
輿(富士通):報酬や働く環境、人間関係、仕事の内容などさまざまな要素がある中で、やりたいことができるかという点が大きな決め手になりそうですね。
稲田(学生):少なくとも自分はそうですし、博士課程まで進んでいる人間には同じ感覚を持つ人が多いのではないかと思います。
有田(学生):私の場合、やりたいことは「自分のスキルを生かせること」です。狭く捉えれば音のAIを扱っているのでAI関連であれば何でもよいですし、広く捉えれば先端技術を吸収して何が必要かを自分で考え論文にまとめるというスキルが生かせるなら、研究職でなくてもよいと思っています。
その上で皆さんにお伝えしたいのは、カジュアル面談や学会などの場で「あなたのスキルはこう生かせます」と具体的に示していただけると、ビジネス博士という選択肢に踏み出しやすくなるということです。職種名だけでなく、自分のスキルとの接点を具体的に言語化してもらえることが、背中を押す一番の要因になると思います。
加瀬田(学生):アカデミアの良いところは、すべての経験が地続きになっている点だと思います。研究者はCV(業績一覧)を非常に重視しますし、ビジネス博士になった時にこれまで積み重ねてきたものが崩れるのではないかという懸念が、踏み出しにくい理由の一つだと思います。
その上で2点お伝えしたいことがあります。1点目は伝え方です。職種名を伝えるだけでなく、どういった能力が必要とされるのかまで具体的に示してほしいということです。たとえば知財であれば、「研究成果を権利化して競争優位を築く戦略的な仕事」と伝えてもらえると、自分の研究がどう社会に位置づけられるのか、そこに関与できるのかというイメージが湧きます。
2点目は横の動きです。研究職以外に行った後でも研究職に戻れる制度があれば、フレキシブルに別の領域に挑戦しやすくなると思います。
佐藤(司会):補足として、grubioでも日本総合研究所と共同で博士のキャリアに関する調査を実施したのですが、「研究開発マネジメント職」、いわゆるURA(University Research Administrator)のような、研究に携わりながらマネジメントや研究者支援を行う職種に関心があるかを尋ねたところ、約8割が関心を示しました。ただし「URAになりますか」という聞き方では関心が低く、職種名ではなく業務内容を示した時に初めて関心が高まるという結果でした。職種名と実際の業務内容が結びついていないという点で、今の3名のご意見と共通していると感じています。
博士課程学生が語るキャリア選択の決定打
穂岐山(富士通):皆さんがキャリアを選択する上での決定打は何か、またその選択に至るプロセスについてお聞きしたいです。
福田(富士通):私からは、決定打の前段階として、そもそも「この会社を調べてみよう」「この会社に入ってみよう」と思うきっかけ、そして最終的な決めては何かをお聞きしたいです。
有田(学生):きっかけとしては、今日のような意見交換会や女性研究者向けのイベントなど、企業名を知っているだけでなく、直接働きかけていただける機会が大きいと思います。学会に来ていただいて話をする機会や、SNSでの発信なども含めて、そういったプラスアルファがあると「この企業なら自分に合うかもしれない」と感じるきっかけになります。
不安な点は、自分のスキルが生かされるのかという点です。最終的な決め手は、今の研究内容が直結するかどうかよりも、自分のスキルでその企業に貢献できるかどうかです。カジュアル面談などで「あなたのスキルはこう生かせます」と具体的に示していただけると、イメージが湧いて判断しやすくなります。
加瀬田(学生):私がアカデミアを選んだきっかけは、精神や心のメカニズムを知りたいという思いでした。そこから大学院に進み、解きたい問いがあるから続けているという状態です。ただ、その問いが変わる可能性もあると感じていて、自分が見つけたものを社会に届けたいという思いから、スタートアップや起業にも関心が出てきています。
アカデミアは外部との接点が少ない環境で企業の方と話す機会が少なく、イメージが湧きにくいというのが正直なところです。自分の能力や興味がどこに役立つかというイメージが湧いた時に、それが火種となって大きなモチベーションにつながると思っています。
仮に民間企業を選ぶとすれば、アカデミアにはできないことが明確になった時です。たとえば、予算・設備・データ量といったスケールの大きさを示した上で、これだけの社会課題に取り組めますと具体的に伝えてもらえると、面白いと感じて関心を持てると思います。
稲田(学生):自分のキャリア選択を振り返ると、学部・修士・博士とすべて研究室を変えてきました。それぞれの選択の根底にあったのは、SFの世界を実現したいという大きな問いです。学部時代の半導体研究は楽しかったのですが、その問いに向き合うためにブレインマシンインターフェースの研究へと軸を移し、より自分のビジョンに近い研究環境を求めて現在の研究室に至っています。
アカデミアか企業かという選択については、医学系研究科の博士課程があと3年あります。3年後に見えているビジョンともっともイメージが合致していて、かつしっかりした研究環境と技術がある場所を、アカデミアと企業を問わず探していくというのが今の考えです。