仕事が遅れる心理「計画錯誤」のメカニズムとは?~「すぐ終わる」という幻想の正体~

伊達 洋駆
著者
株式会社ビジネスリサーチラボ代表取締役
DATE YOKU

はじめに

「この業務なら来週中には終わります」。そう宣言した部下の仕事が、月末になっても終わらず頭を抱える。あるいは、自身が立てた計画が、次々と発生する想定外のタスクによって遅延していく。みなさまも、このような「計画通りに進まない」という現実に日々直面しているのではないでしょうか。

私たちはつい、計画の遅れを個人の能力や意欲、あるいは不運のせいにしてしまいます。しかし、この問題の根源は、実はもっと深く、人間の思考に根ざした心の「癖」にあるかもしれません。

それが、心理学で「計画錯誤」と呼ばれる現象です。計画錯誤とは、過去に同じようなタスクがもっと長くかかったという経験があるにもかかわらず、その客観的な証拠を無視して、未来のタスクにかかる時間を一貫して楽観的に、つまり実際よりも短く見積もってしまうという認知の歪みを指します。これは一部の楽観的な人の問題ではなく、豊富な経験を持つ専門家でさえも陥る、人間の思考に深く組み込まれた罠です。

本コラムでは、なぜ私たちの計画はこれほどまでに楽観的に歪んでしまうのか、その心理的なメカニズムをさまざまな研究結果から探ります。そして、その特性を理解した上で、より現実的な計画を立てるための具体的な方法を考えていきます。

「すぐ終わる」という幻想はなぜ生まれる?

頼りにしている記憶自体の歪み

私たちは、新しいタスクの所要時間を見積もる際、ごく自然に過去の経験を参考にします。しかし、その頼りにしているはずの「記憶」自体が、体系的に歪んでいるとしたらどうでしょうか。ある研究では、作業に習熟すればするほど、記憶の中で作業時間が「圧縮」され、実際よりも短く思い出される傾向が示されました[1]

計画錯誤は過去の失敗を無視することで生じるのではなく、参照している記憶そのものが歪んでいることに一因があるのです。たとえば、作業に慣れると、一つひとつの手順を意識することなく、一連の滑らかな動作として記憶が再構成されます。この過程で、苦労した部分や細かなステップが省略され、時間の感覚も短縮されます。

自転車の乗り方を覚えるとき、最初はペダルを漕ぐ、ハンドルを握る、バランスを取る、といった個別の動作に集中しますが、慣れてしまえば「自転車に乗る」という一つの行為として記憶されます。
このとき、個々の動作にかかった時間や苦労の記憶は薄れ、全体としてスムーズに進んだという印象だけが残ります。この短く圧縮された記憶をものさしとして未来を予測するため、必然的に見積もりも甘くなるわけです。

計画のポジティブな側面への没入

私たちは過去の失敗経験と向き合うことを避ける傾向もあります。卒業論文の提出時期を学生に予測させた研究では、多くの学生が自ら設定した「もっとも悲観的なシナリオ」よりも遅れて提出するという結果になりました[2]。これは、計画の当事者として、その計画が成功に至るまでの理想的な手順を具体的に思い描く「内的視点」に没入している状態だからです。

この視点に立つと、「今回はこの新しい手法を試すからうまくいく」「自分の能力なら大丈夫」といった、目の前の計画のポジティブな側面にばかり焦点が合います。結果、過去の類似した課題で遅れた経験や、「他の課題と重なるかもしれない」といった起こりうる障害、つまり客観的な「外的視点」からの情報は、「今回は当てはまらない」と都合よく解釈され、思考から締め出されてしまいます。

権力による楽観性の増幅

組織における「権力」という要素も、計画の楽観性を増幅させることが指摘されています。権力を持つ状態は、人の注意を「目標達成」という一点に強く集中させる効果があります。目標達成という報酬が明確に見えていると、そこへ至る道筋に意識が集中するあまり、障害となりうる周辺情報(過去の失敗データや計画の細かな実行ステップなど)が視野から外れやすくなります。

権力は、いわば思考の視野を狭め、ゴールへの最短ルートだけを照らし出すスポットライトのような働きをします。その光の外にある潜在的なリスクやコストは見えにくくなり、結果的に過度に楽観的な計画が立てられてしまうのです。

計画錯誤がおこる背景/Roy, Christenfeld, and McKenzie(2005)
およびBuehler, Griffin, and Ross (1994)および本文の内容をもとにマイナビが作成
計画錯誤がおこる背景/Roy, Christenfeld, and McKenzie(2005)
およびBuehler, Griffin, and Ross (1994)および本文の内容をもとにマイナビが作成

「人前での宣言」と「集団での議論」が計画を狂わせる

目標を公言することが逆効果に

目標を公に宣言することは、責任感を生み、目標達成を後押しすると一般的に考えられています。しかし、計画の「正確性」という観点では、この公言という行為が逆効果になることがあります。

ある実験で、学生に宿題の完了予定日を予測させたところ、実験者に対して口頭で宣言したグループは、匿名で提出したグループよりも楽観的な予測を立てる傾向が見られました[3]。匿名グループは予測と実績がある程度連動していましたが、公言グループではその相関が消え、予測が全く当てにならなくなっていました。

人前で計画を宣言する際、私たちの心の中では「正確な予測を立てたい」という動機よりも、「他者から有能に見られたい」という社会的動機が勝ってしまうためだと考えられます。有能で仕事が早い人間だと思われたいという欲求が、計画が外れるリスクを上回ってしまうのです。

計画錯誤は、過去の経験よりも、予測を立てるその瞬間に誰の視線を意識しているかという、社会的な文脈に強く影響されます。

集団での議論は計画の楽観性を増幅

では、複数人で知恵を出し合えば、より正確な判断ができるのでしょうか。残念ながら、時間予測においては、集団での議論がむしろ楽観性を増幅させてしまうことがわかっています。

大学のグループ課題に関する調査では、学生たちがグループで話し合って合意した完了予測は、個人が単独で立てた予測の平均値よりも、さらに楽観的なものへと変化していました[4]。議論を経ることで、個人の楽観的な見積もりが修正されるどころか、集団としてさらに極端な楽観へと突き進んでしまいました。

なぜなら、グループでの議論は、成功シナリオやメンバーの能力といったポジティブな側面に焦点が当たりやすく、起こりうる障害や困難といったネガティブな情報への言及が抑制される傾向があるためです。

議論の場では、「きっとうまくいく」「この戦略でいこう」といった前向きな発言が場を盛り上げ、支持されやすいのに対し、「もし失敗したらどうするのか」といった慎重な意見は、和を乱すものとして敬遠されます。誰もが心のどこかで感じていたかもしれない不安は表明されず、楽観的な意見だけが共有・強化されていきます。

たとえ「最悪の事態」を強制的に考えさせられたとしても、私たちはその悲観的な情報を軽視してしまいます。ある実験では、参加者に悲観的なシナリオを詳細に記述させても、いざ最終的な予測を立てる段になると、そのシナリオを「信頼できない」と判断し、楽観的な予測にほとんど反映させないことが示されました[5]

興味深いことに、この悲観シナリオは、利害関係のない第三者(観察者)には素直に受け入れられ、予測に反映されました。観察者は当事者のような感情的な思い入れや「うまくいくはずだ」という動機がないため、「この種の課題は一般的に遅れやすい」といった客観的な視点から、提示された情報を冷静に評価できたのです。

「分解」と「客観視」が武器となる

漠然とした大きなタスクを前にすると、私たちは正確な時間を見積もることが困難になり、根拠のない楽観に陥ります。しかし、タスクの「見方」を変えるだけで、見積もりの精度を向上させられることが研究で示されています。その有効な方法が、タスクの「分解」です。

タスクを分解することの効果

ある実験の結果、中長期のタスクにおいて、ひとまとめに見積もる「一括見積もり」は典型的な「計画錯誤」に陥ったのに対し、作業を細かく分解してから見積もりを合計する「分割見積もり」ではその傾向が抑制され、より現実的な予測を立てられることがわかりました[6]。短いタスクでは分割するとかえって過大評価になることもありますが、見通しの立てにくい複雑なタスクほど、分解の効果は絶大です。

大きな塊としてタスクを捉えると、私たちはその中に含まれる細かな準備や確認作業、関係者との調整といった、目に見えにくい「付随時間」を見落としてしまうからです。たとえば、資料作成というタスクには、必要なデータを探す時間、関係者にメールで確認を取る時間、作成したグラフを修正する時間など、数多くの小さな作業が付随します。

タスクを分解するプロセスは、こうした見過ごされがちなステップを一つひとつ可視化させ、見積もり全体をより現実に即したものへと変化させます。

客観的なデータが正確な予測の助けに

計画が失敗するもう一つの原因は、参照している過去の記憶自体が歪んでいることにもあります。これを解決するのが「客観視」、すなわち客観的なデータを参照することです。

ある実験では、あいまいで主観的な記憶が、客観的で否定しがたい事実によって上書きされ、次の予測を立てる際の強力な「錨(アンカー)」として機能しました[7]。一度、正確な実測値という「錨」が心に下ろされると、たとえそこから多少ずれたとしても、全く何もない状態から推測するよりも、はるかに現実的な範囲に予測が収まるようになります。

では、自身に経験のない未知のタスクについてはどうでしょうか。この場合でも、客観的なデータは有効です。ある調査では、自分自身の経験がなくとも、他者の平均的な実績という客観的な基準が、根拠のない楽観から私たちを引き戻し、冷静な見積もりを立てるための助けとなることが示されました。

他者の実績データが、前述した「外的視点」を与えてくれるからです。個人的な希望や感覚といった「内的視点」から離れ、「世の中の平均ではこうなっている」という基準に目を向けることで、私たちは地に足のついた予測を立てることができます。

「分解」と「記録」で仕事時間を正確に把握する方法

計画錯誤は精神論だけでは克服できません。しかし、「分解」と「記録」という二つのテクニックを用いることで、その影響を減らすことが可能です。これらは、先ほど見た「分解による可視化」と「客観視による記憶の矯正」を、日々の業務に落とし込むためのアクションプランです。

作業工程の分解

まず、見積もりにおいては「分解」が大事です。「資料作成:3時間」といった大きな塊で見積もるのではなく、あたかも料理のレシピのように、作業工程を細かく分解することで、見落としていた「隠れタスク」があぶり出され、現実的な時間が見えてきます。

すると、当初の漠然とした見積もりよりも合計時間が長くなるはずですが、それこそがより現実に近い姿です。このプロセスを通じて、これまで無視していた準備や後処理といった「付随時間」が計画に組み込まれるからです。

作業時間の記録

次に重要なのが、「体感」ではなく客観的な「記録」を信じる習慣をつけることです。私たちの記憶は驚くほどあいまいです。そこで、まずはスマートフォンやPCの時間管理ツールを使い、一つの作業でも良いので時間を計測してみましょう。

「この作業を始める」と決めたらタイマーをスタートし、終わったら止める。この単純な行動を繰り返すことで、自分自身の作業時間に関する客観的で信頼性の高いデータベースが構築されていきます。

過去の実績時間を用いた計画

そして、新しい仕事の見積もりをする際は、必ず過去の似たタスクにかかった実績時間を確認するルールを作りましょう。あいまいな記憶という不確かなコンパスに頼るのではなく、過去の航海日誌という確かなデータを見て、次の航路を決めるようなものです。この習慣が、客観的な自己分析を可能にし、計画の精度を高めるでしょう。

仕事時間を正確に把握する方法/本文の内容をもとにマイナビが作成
仕事時間を正確に把握する方法/本文の内容をもとにマイナビが作成

おわりに

本コラムでは、「計画錯誤」という現象が、個人の能力や性格の問題ではなく、記憶の仕組み、社会的動機、集団心理といった、人間の認知の特性に根ざしていることを見てきました。私たちは、経験を積むほどに過去を短く記憶し、人前では自分を良く見せようと楽観的な計画を立て、集団で議論すればかえってその楽観性を増幅させてしまいます。

しかし、この厄介な心の癖も、そのメカニズムを理解し、適切に対処することで乗り越えることが可能です。まずは、タスクを細かく「分解」することで、これまで見過ごしてきた無数の小さな作業を可視化し、計画の全体像を正確に捉えること。

そして、あいまいな記憶に頼るのではなく、日々の業務時間を客観的に「記録」し、その信頼できるデータを未来の計画を立てるための道しるべとすること。これらの具体的な行動が、計画の精度を向上させます。


[1] Roy, M. M., Christenfeld, N. J. S., and McKenzie, C. R. M. (2005). Underestimating the duration of future events: Memory incorrectly used or memory bias? Psychological Bulletin, 131(5), 738-756.
[2] Buehler, R., Griffin, D., and Ross, M. (1994). Exploring the “planning fallacy”: Why people underestimate their task completion times. Journal of Personality and Social Psychology, 67(3), 366-381.
[3] Pezzo, S. P., Pezzo, M. V., and Stone, E. R. (2006). The social implications of planning: How public predictions bias future plans. Journal of Experimental Social Psychology, 42(3), 221-227.
[4] Buehler, R., Messervey, D., and Griffin, D. (2005). Collaborative planning and prediction: Does group discussion affect optimistic biases in time estimation? Organizational Behavior and Human Decision Processes, 97(1), 47-63.
[5] Newby-Clark, I. R., Ross, M., Koehler, D. J., Buehler, R., and Griffin, D. (2000). People focus on optimistic scenarios and disregard pessimistic scenarios while predicting task completion times. Journal of Experimental Psychology: Applied, 6(3), 171-182.
[6] Forsyth, D. K., and Burt, C. D. B. (2008). Allocating time to future tasks: The effect of task segmentation on planning fallacy bias. Memory & Cognition, 36(4), 791-798.
[7] Roy, M. M., Mitten, S. T., and Christenfeld, N. J. S. (2008). Correcting memory improves accuracy of predicted task duration. Journal of Experimental Psychology: Applied, 14(3), 266-275.

株式会社ビジネスリサーチラボ代表取締役・伊達洋駆

著者紹介
伊達洋駆(だて ようく)
株式会社ビジネスリサーチラボ代表取締役

神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(すばる舎)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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