自律走行型搬送ロボットは、医療現場とどのように共に働くのか-東北大学病院の業務改善のかたち

キャリアリサーチLab編集部
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人手不足が深刻化する医療・福祉の現場で、AIやロボットの活用が始まってきました。東北大学病院では、他業種でも見かけることが多くなったロボット技術を医療・福祉分野でも導入して、自律走行型の搬送ロボットを臨床検査部門の業務改善に活用。検体搬送業務の自動化に取り組んできました。

ロボットを迎え入れた現場では何が変わり、どんな課題が生まれたのか。臨床検査部門の菅原新吾さんに、導入の経緯から医療分野におけるAI・ロボットの可能性まで、率直にお話しいただきました。

菅原新吾氏

菅原 新吾
東北大学病院臨床検査部門
臨床検査技師長・主任臨床検査部門長・副診療技術部長/医療・臨床検査技師
【資格】
・認定血液検査技師
・認定骨髄検査技師

採血室と検査室の距離が生んだ搬送問題

HOSPI(ホスピー)※提供元:東北大学病院
HOSPI(ホスピー)※提供元:東北大学病院

質問:自律走行型搬送ロボットを導入した理由や背景についてお聞かせください。

菅原:私が所属している臨床検査部門は、検査部、生理検査センター、輸血・細胞治療部、病理部の4部門で構成されています。HOSPIを活用しているのは、採血検体・尿検体などの検査を担う検査部です。

導入の背景には、当院特有のレイアウト上の課題がありました。一般的には採血室の近くに検査室を置き、採取後すぐに検査に移れるようにするのが通常です。ただ当院では、震災後の移転などの経緯もあり、採血室の隣接エリアを確保できなくなってしまいました。採血室の周囲を外来の診療室が取り囲むかたちになっていて、どうしても距離が生まれてしまっているのです。

その間を人が行き来しながら検体を運んでいたのですが、当初は検査技師が搬送を担っていました。検査技師が搬送に時間を取られるのはもったいないということで、搬送用のスタッフを雇用することになりました。それでも、その方が休んだときは検査技師が代わりに動かなければならないという状況が続き、そこをなんとかできないかということで、HOSPIの話が出てきたのです。

一般的にロボットの導入費用は高額ですが、当院の場合は、人件費と比較しても、ロボットを導入しやすい状況でした。その理由としては、院内の物品管理(SPD)業者と契約し持ち込む形にしたため導入費用やメンテナンス費用が抑えられ、導入しやすかったという面は大きかったですね。 

搬送がなくなって、現場に生まれた余裕

質問:自律走行型搬送ロボット導入後、現場部門でどのような変化がありましたか。

菅原:端的に言うと、楽になりました。人で運ぶとなると、どの部門から誰を出すかという話になって、特定の人に負担が集中したり、今日は人手が足りないのに順番が回ってきた部署は何とかしなければならなくなったり、現場の中で少しギスギスする原因になっていたのです。それがロボットを導入することで、検査に集中できるようになりました。業務を組む上でも、搬送の人員確保を考えなくていい分、今いる人員でどう業務を組むかを考えやすくなったという声が上がっています。

採血室は朝8時から夕方16時まで稼働していて、特に午前中は絶え間なく採血が続くため、10〜15分単位で検体の搬送を続けます。そこを一日何十回もロボットが往復してくれているわけです。以前は検査技師がそのたびに検査の手を止めて移動しなければならず、残った人がフォローするという状態でした。搬送スタッフが休んだ際も、今なら「HOSPIを動かしましょう」と切り替えられますので、安定して検査業務ができるようになりました。 

他部門との連携への影響という点では、今回の導入が単純作業の置き換えだったことが大きく、部門間の関係性に影響が出るようなことはありませんでした。人がやっていた搬送をロボットに替えただけなので、コミュニケーションが減ったといった弊害もなかったです。

費用と安全性、二つの壁をどう越えたか

質問:自律走行型搬送ロボット導入までに直面した課題や、それを乗り越えるための取り組みや現場部門の思いを教えてください。

菅原:導入前の課題としては、費用と安全性の二つが大きかったです。費用については先ほどお話ししたSPD業者が持ち込む形で導入できたため、高額な費用をかけてロボットを購入する必要がなく、導入コストとランニングコストを抑えることができました。 

安全性については、現場全体に心配の声が上がりました。HOSPIのサイズは小さくはないので、廊下を動くときに患者さんにぶつかってしまわないかという懸念です。採血室から検査室へは、外来の患者さんが利用するルートを通るため、足腰の不自由な方や小さなお子さんも歩いています。

導入前にテストをさせてもらい、HOSPIの前に飛び出してみるなどいろいろな試みをしたところ、センサーがしっかり機能して止まったり、回避してくれることを確認できました。導入してから今まで、事故はゼロです。子どもたちが喜んで近づいてくることもあるくらいで、顔があっておしゃべりする機能があるおかげで、患者さんにも受け入れてもらいやすいと感じています。

ただし、導入後には課題も出てきました。ハードウェアの特性に関するものです。センサーが光の影響を受けやすく、病院内の日差しが差し込む渡り廊下でHOSPIが止まってしまう現象が起きました。そこで遮光カーテンを設置して対応しています。また、廊下が狭い箇所やベッドが通る経路で干渉しないように、ルートの選定に制約が出てきたことも、導入後に感じた課題でした。光の影響に関する問題はメーカー側にもお伝え済みなので、今後改善が進んでいけばいいと思っています。

搬送から診断支援へ。医療分野ならではのロボットの役割

質問:医療・福祉分野において、AIやロボットはどのような可能性を持っていると思われますか。

菅原:ロボットの活用という点では、まだまだ担える場面があると思っています。夜間に人がいない時間帯の検体搬送や、手術室と材料室の間の滅菌材料搬送など病院での活用方法はアイデア次第でいろいろあると思います。検査部門だけで費用対効果を考えると難しいかもしれませんが、病院全体での使い方を設計すれば、導入の選択肢は広がるのではないでしょうか。 

私自身は血液細胞を顕微鏡で観察・分類する業務に携わってきましたが、今まさにその画像解析をAIで行うシステムができています。当院でも台湾の企業と共同研究を進めており、そういったシステムが現場にどんどん導入されてくるのではないかと思っています。ただ、AIが人と完全に置き換わるとは考えていません。標準的なケースのスクリーニングはAIが担い、特殊なものや判断が難しいものは人が対応する。そういう役割分担になっていくのではないでしょうか。

一方で気をつけなければいけないのは、便利なものを活用することで人が考えなくなってしまうことです。AIも人工知能ですから完璧ではなく、人がしっかりチェックする必要があります。説明可能なAIの開発も進んでいると聞いていますが、AIの判断が可視化されて、人が理解した上で使えるような関係になっていければいいと思っています。

また、医療現場でロボットを導入する上では、患者さんへの配慮も大切だと思っています。HOSPIは顔がついていてしゃべるんです。人が近づくと丁寧に声をかけて、通過後にはお礼も言う。音声機能により近づいてきているとわかるので、患者さんへの注意を促せるという安全面での利点があります。デザインも白と青で落ち着いた雰囲気なので、患者さんの安心感につながっているのではないかと思っています。このような人へ配慮したデザインや機能は必要だと考えています。 

まず業務内容を整理する。ロボット導入はそこから始まる

質問:人手不足が深刻化する医療・福祉分野において、AIを活用しながら医療サービスを提供したいと考えている医療機関・福祉事業所へのメッセージをお願いします。 

菅原:AIやロボットの技術は、これから確実に医療現場に入ってきます。パソコンが普及し始めた頃、「どう使えばいいかわからないけど、とりあえず買ってみよう」という時代があったと聞きますが、使用する目的があって初めて有用性が生まれます。今のAI・ロボットもそれに近い状況なのかもしれません。 

導入を検討するにあたっては、まず現在の作業動線や業務内容を見直してみることが大切だと思います。属人的になっているところを標準化して整理すると、ここは単純作業だからロボットに置き換えられる、この情報処理はAIに任せられるといった整理ができるようになります。複雑な情報処理に関しても、検査室などではデータが膨大ですから、AIの情報分析を活用することは人の労力を軽減しヒューマンエラーの防止にもつながり、新たな価値を生めると思います。 

今後、AI活用を進める上で欠かせないのがデジタル人材の育成です。医療現場では「デジタル化」と言っても、紙をPDFにする程度の理解にとどまっていることも多く、ものを組み立てたり再構成したりするデジタル思考を育てることが必要だと感じています。当院では現在、システム委員会のメンバーを中心に、メーカーと連携して勉強会を企画しています。検査システムのマスターをどう組み立てると、どんな結果が得られるかを学ぶことで、デジタルで考え設計する力を身につけていこうとしています。 

検査技師の世界では、スペシャリストかゼネラリストかという議論がよくあるのですが、私はどちらでもなく、スペシャルを掛け合わせるエキスパートゼネラリストが必要だと思っています。一つの分野に固執せず、部門をまたいでスキルを広げていく。そこにAIが加わることで、単純作業はAIに任せて、人間はより複雑なことにトライできるようになっていくのではないでしょうか。 

私たち臨床検査の現場は意外と狭い領域にとどまりがちで、AIやロボットを「自分たちとは別世界のもの」と感じてしまう方が多いのが現状です。でも実際には、スマートフォンなどでAIは身近な存在になっています。今回お話しした私たちの取り組みの情報が広く届くことで、より多くの現場に何らかの気づきをもたらすことができたらうれしいです。 

穂刈顕一
担当者
キャリアリサーチLab編集部
KENICHI HOKARI

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