企業の本音!最低賃金大幅引き上げの影響と“全国平均1,500円”の現実味
目次
10月から大幅に引きあがった最低賃金、企業の反応は?
2024年10月より適用となった最低賃金は全国平均1,055円である。2023年からの上昇幅は過去最高となり、2021年から連続して過去最高の引き上げが続いていた中、今年も大幅な引き上げとなった。【図1】
目安発表前に弊社で実施していた非正規雇用に関する企業アンケートでは「最低賃金を引き上げるべきではない」との意見もあったが、実際に引き上げとなってすでに適用されたいま、企業はどのような対応を取り、どのような影響を受けたのか。給与水準が低く最低賃金の影響を受けやすい非正規雇用・特にアルバイトを中心に、採用担当者の意見をみていく。【図2】
2024年の最低賃金引き上げによる企業の賃上げ状況
最低賃金を超える積極的な賃上げを行う企業も
非正規雇用に関する企業の定点調査(2024年9-10月)では10月の最低賃金引き上げを受けて非正規社員の賃上げを行ったかどうか聴取した。結果、パート・アルバイトを雇用している企業のうち66.9%が賃上げを実施していた。
その内訳をみると「最低賃金を下回っていたので、最低賃金まで賃上げした(39.8%)」だけでなく、「最低賃金を超えて賃上げした(13.0%)」「最低賃金を上回っていたが、さらに賃上げした(14.1%)」もそれぞれ1割以上みられ、最低賃金の引き上げが積極的な賃上げの後押しとなっていた。
派遣社員、契約社員といったパート・アルバイト以外で働く人に対しても賃上げが実施されており、他の勤務形態の人を含め広く影響があったことがわかる。【図3】
どのようにして賃上げに対応したのか
- 改定前聴取時は「生産性UP」による対応想定も、実際は正社員を中心に人員計画の見直しが主な対応策だった
- 小規模企業の対応策は「対応策ほぼなし」中小企業は「正社員増員」大企業は「正社員削減」
改定前に必要だと思われていた施策と実際に行われた施策
同調査では最低賃金が改定される前の2024年5-6月調査時に、10月の最低賃金引き上げの際に必要だと思う対策を聴取していた。
その上位は「正社員のスキル向上をはかり、生産性を向上(18.9%)」「正社員の労働時間の短縮(16.6%)」が並び、理想としては、人員調整よりも社員のスキル向上で効率よく利益を上げる構造を作ることを想定していた様子が推察される。
一方、実際に10月の改定で最低賃金を下回った企業が賃上げのために対応した施策をみると「正社員の削減(19.6%)」「正社員の増員(18.1%)」といった人員調整が上位となり、「正社員の労働時間短縮(16.8%)」が続いた。現状は生産性向上よりも正社員の人員計画の見直しや労働時間調整で対応となった企業が多かった。
5-6月調査時では引上げ幅がどの程度になるかわからなかったこともあり、当初の想定とは違った対応となった企業も多かったのかもしれない。【図4】
従業員規模ごとにみる対応策の違い
先述の10月の最低賃金改定の対応策を従業員規模別でみると、小規模企業(10-50人未満)は「対応策はない」が32.1%で突出「正社員の削減」「正社員の労働時間の短縮」が続く。
中小企業(50-300人未満)では「正社員の増員」が24.4%で「正社員の削減」を上回り「正社員のスキル向上をはかり、生産性を向上」も上位に入った。
大企業(300人以上)は参考値ではあるが、「正社員の削減」が37.0%でもっとも高く、「非正規社員の増員」「非正規社員の生産性向上」といった非正規社員への対応が続いた。
大企業や中小企業では従業員の増員やスキル向上による生産性への施策も行われており賃上げに対応するために稼ぐ力が強化された面もうかがえる。一方で小規模企業はこういった対応ができず人件費増加が利益を圧迫した面が強そうだ。
最低賃金引き上げによってどのような影響があったのか
全体としてどのような影響があったか
最低賃金引き上げをうけて、全体的としてどのような影響があったか聞いたところ、非正規いずれかにおいて賃上げをした企業の採用担当者の5人に1人以上が「良い影響があった」と回答。(元々最低賃金を上回っていた企業も含む)【図6】
賃上げをした企業に生じた変化
最低賃金引き上げを受けて生じた変化をみると「より長い労働時間を希望する人が増えた」が30.3%で「より短い労働時間を希望する人が増えた」を、「モチベーションが上がった非正規社員が多いと感じる」が28.8%で「モチベーションが下がった非正規社員が多いと感じる」をそれぞれ5pt上回った。
賃上げにより、就業意欲の向上や働き控えの解消に繋がったことが推察される。
一方、業績については全体で「業績が悪化した」が26.7%となり、「業績が好調になった」よりも5pt以上高い。特に従業員規模10-50人未満では「業績が悪化した」が21.3%で「業績が好調になった」を10pt以上も上回った。小規模企業をはじめ一定数の企業で業績にマイナスの影響があったことがわかる。
中小企業では設備投資に踏み切り生産性が向上した傾向も
最低賃金引き上げを受けて生じた変化について従業員数50-300人未満に注目すると、「A非正規社員の採用・人材確保をしやすくなった」「A省力化・DX化の設備投資に積極的になった」がそれぞれBよりも高くなっており、賃上げが従業員確保や企業の生産性向上につながったプラスの影響が考えられる。
「A少ない社員に業務が集中するようになった」は一見ネガティブだが、設備投資に積極的な結果も併せると、生産性が上がり少ない社員で業務を回せるようになったとも考えられる。
最低賃金全国平均1,500円の目標は非現実?
2024年度の最低賃金大幅引き上げによって企業の負担は増えたものの、積極的な賃上げにつながり、生産性に寄与した面もあったようだ。
ただし最低賃金の引き上げはこれで終わりではなく、今後も持続的に上がっていく見込みだ。とりわけ最近は「1,500円」のワードが衆議院選で飛び交ったことが記憶に新しい。
「最低賃金全国平均1,500円」の目標
総裁選では「デフレからの完全脱却をはかるために持続的な賃上げを実現する」と強調され、最低賃金の全国平均について従来の政府目標「2030年代半ばに1,500円」を「2020年代」に早めるという発言があり、議論が進められている。
一方で現在の最低賃金設定からの乖離は大きく、企業の支払い能力がともなわず現実的ではないなどの懸念の声もある。企業の本音としてはどうなのか。非正規雇用の担当者に聞いてみた。
全国平均1,500円の実現に向けた企業のリアルな声
全国平均1,500円に向けて賃上げは可能なのか
非正規社員の採用担当者863名に、最低賃金が全国平均1,500円に引き上げることに合わせて段階的に賃金の引き上げを行うことができるかの見解を聴取したところ、「できると思う※どちらかと言えば含む」は43.7%、「できないと思う※どちらかと言えば含む」は56.3%となり、難しさを感じている企業がやや上回った。【図9】
「できると思う」回答者のコメント
「できると思う」回答者の理由コメントをみると
- 業績が好調で資金に余裕がある
- 現状上回っているから
- 取引先へ交渉して金額の見直しをする
といった、経営が好調で人件費増を補う対応ができるコメントのほか、
- 大変だけどやらなければいけない
- 時代の要請
- 上げないと、人手が集まらない
といった、困難に思いつつも必要性を理解して覚悟を決めている様子のコメントも印象的だった。
「できないと思う」回答者のコメント
「できないと思う」回答者の理由のコメントをみると
- 費用が確保できない
- 売上が追いつかない
- 商品価格は上げられない
などのコメントがあがり、業績が不安定・価格転嫁が難しいなど人件費増加に対応できず利益が圧迫される課題がうかがえる。
- 事業が継続できない
- 経営が成り立たない
といった事業が行き詰まる悲鳴のようなコメントもみられた。
できると思う企業はどのように実現する?
「できると思う企業」について、最低賃金が全国平均1,500円になった場合の人員への対応をどのようにするか聴取したところ、「人員数」「労働時間」の「どちらも変えない」が56.0%でもっとも多かった。【図11】
同じく人員対応とは別の施策をみると、「価格転嫁・値上げ」がもっとも多い。実際に予定どおりいくかは未知数であるが、想定としては、人員体制は大きく変えずに価格転嫁で対応の見込みだ。消費者としては値上げとなる可能性が高いが、人員削減や労働時間削減となるケースは少なく働き口の減少は避けられそうだ。【図12】
できないと思う企業はどのようなサポートが必要なのか
一方で「できないと思う」回答者について最低賃金が1,500円になる場合の必要なサポートをみると、「賃上げに向けた財政支援」がもっとも高く「税制優遇措置の拡充」が続く。
「できると思う」回答者とくらべて「取引先への価格転嫁推進・サポート」が高い点も特徴的だ。価格転嫁をしたくとも現状ハードルが高いことが1つの障壁になっていることが改めて推察される。【図13】
最低賃金引き上げだけではない企業負担増加要因
106万の壁撤廃で社会保険料負担も増える懸念
2024年10月は最低賃金改定の他にも社会保険適用拡大も適用となっていた。企業の人件費負担の増加を考えるうえで、社会保険料の負担増にも触れた方が良いだろう。
現在、短時間労働者の社会保険の適用条件は「従業員51人以上の企業で週20時間働き、月額8万8,000円以上(年収106万円)以上を受け取っている学生以外」だ。従業員規模の要件を段階的に拡大してきており、将来的には撤廃も検討されている。現在、これに加えて月額8万8,000円の要件の撤廃も検討が進められており、撤廃の場合はいわゆる106万の壁の撤廃となる。【図14】
社会保険は雇用主と折半となるため、今後パート・アルバイトといった短時間労働者を多く雇用している企業は最低賃金引き上げによる時給の上昇とあわせて社会保険負担も必然的に増えていくことが懸念される。
しかし一方で年収106万円を意識しながら就業調整をする必要もなくなり、より長く働くことを後押しするとも考えられる。コスト増加ではなく人手不足を解消する投資ととらえられるよう、政府のサポートが一層求められる。
参考:厚生労働省「社会保険適用拡大特設サイト」
おわりに
人件費の増加は企業にとって抵抗感があるが、最低賃金引き上げによって賃上げを余儀なくされることにより、生産性向上のための工夫を後押しした面もみうけられた。小規模企業を含め多くの企業がそういった方向に踏み切れるようにデフレ脱却や経済成長が進むことが求められる。設備投資などの資金面のサポートや価格転嫁しやすい環境づくりについては政府の後押しも必要だろう。
全国平均1,500円については悲観的な声も多かったが、「やるしかない」と覚悟を決めて受け入れているコメントもあったことが印象的だった。企業としても物価高の中従業員に利益を還元したい気持ちも大きいのではないか。政府のサポートや業界全体の意識の変革などにより、業績が好調な企業に限らず多くの企業が現実的な対応策を練り、賃上げを実現できる環境となることが求められる。
また、最低賃金近傍の給料でも十分に生活していけるようになると、他社や他業界より時給が低かったとしてもやりたい仕事・やりがいのある仕事を選ぶという選択もしやすくなるのではないか。そうなると企業としてもモチベーションの高い社員の確保や高価値商品・サービスの生産につながるという可能性もあり、労働者・企業双方にとって良い影響となると願いたい。
時給上昇と併せて懸念されている年収の壁を意識した働き控えについても年収の壁撤廃の議論でメスが入るなど多方面での議論が進んでいる印象だ。今後さまざまな面から意見交換が進み、政策が洗練されていくことを期待したい。
キャリアリサーチLab研究員 元山 春香