第1章「ゾーン状態」で成果を出し続けるために必要な「良い波」
~ゾーンコントロール術を考える~
技術革新が進み変化の速い現代において、仕事で安定して成果を出し続ける難度は増している。今のままで良いのか、なんとなく不安を感じている人も多いのではないだろうか。仕事で成果を出し続けるにはどうしていけば良いか。結論から言うと「集中力のコントロール」が重要な役割を果たしている。
なぜならば、社会の変化が速いために集中力を高めて短期間でハイパフォーマンスを発揮していく必要があるからだ。また同時に、再現性のある「超集中状態」には質の良いリラックス状態も不可欠となる。集中とリラックスをコントロールすることで、持続的にハイパフォーマンスを出せるようになるだろう。
今回の特集は、この「集中力のコントロール」について解説している。集中力の高め方については、究極の集中状態としてアスリートの世界で言われる「ゾーン」に関する研究に着目した。集中は普段からしていることだと感じる人もいるだろうが、自身でコントロールしているという人は少ないのではないだろうか。
先行研究や集中・リラックスのヒントを持つ方々へのインタビューを踏まえながら、仕事の生産性や付加価値を高め、持続的に成果を出し続けるために必要なこと、さらには組織として成果を出し続けるための環境づくりについても考えていく。
第1章となる今回は特集の導入として、超集中状態であるところの「ゾーン」の概要と「リラックス」との関わりについて見ていこう。
目次
スポーツ以外に、仕事でも「ゾーン」に入れる
ゾーンとはなにか
まずは「ゾーン」とはなにかについて改めて紹介しよう。「ゾーン」とは、学術的には「フロー」と呼ばれる心理状態のことで、心理学者のミハイ・チクセントミハイが提唱した概念である。時間の感覚や自我を失うほど目の前の作業に没頭している状態で、体験者がこの瞬間について、物事が自動的に進む流れ(Flow)の中にいるようだと語ったことによって「フロー状態」と名付けられた。
特にスポーツの文脈において「ゾーン」として知られ、アスリートが「体が勝手に動いた」「ボールが止まって見えた」などと表現するように、この状態では集中が極限まで高まって能力が引き出され、最高のパフォーマンスを発揮できるとされる最高の精神状態なのである。
本特集ではこの「ゾーン」を、より良い成果に繋がる究極の集中状態として、「フロー理論」を元に述べていく。
仕事でも能力を引き出す「ゾーン」
一般的にスポーツの分野で語られることの多い「ゾーン」だが、チクセントミハイは、要素さえ揃えばどんな活動でもこの超集中状態に持っていくことができ、仕事中にも起こるとしている。
また、この超集中状態は個人の活動に限らず、チームでの活動時においてメンバー全員で入ることも可能とされる。フロー理論を提唱したチクセントミハイの弟子である、キース・ソーヤーはこのようなグループ活動でのフロー体験を「グループ・フロー」と呼び、その条件を研究している。
前述のように、ゾーン状態は自意識も時間の感覚もなくなるほど没頭し、行動を完全にコントロールできる感覚になるとされる。そのような集中状態で個人が、さらにはチーム全体が仕事にあたれるようになれば、組織のパフォーマンスも生産性もより良いものになるだろう。
そこで、必要な条件を自身の仕事の要素に置き換えて整えることで、「ゾーン」に個人やチーム全体で入りやすい環境をつくり、良い成果に繋げる方法を考えようというのが本特集のはじまりである。
実は「ゾーン」とセットで必要な「リラックス」
超集中のままでは危険?重要な「リラックス」への切り替え
ただ、最大の能力を引き出すとされる「ゾーン」には難点もある。前述の通りゾーン状態では目の前の物事に夢中になっているため、特に集団でゾーン状態が続いている場合、自身の体力・気力の限界に至っても自分個人ではブレーキをかけられずにバーンアウト(燃え尽き症候群)やうつ病などの病に繋がる危険があるのだ。
このリスクを防ぐためには適度なタイミングで集中を解き、「リラックス」モードへ切り替えることが重要になる。
そもそも超集中に入るのに必要な「リラックス」
また、この「リラックス」には、ゾーン状態が続きすぎることでバーンアウトになることを防ぐという意味合いだけでなく、「そもそもゾーンに入るために必要な要素」という面もある。
クライミングや激流下りなどに代表されるエクストリームスポーツと「フロー」の関係についての研究を行ったスティーヴン・コトラーは自著にて、「フロー」の前には「解放」というリラックスの段階が必要と述べている。スポーツの試合の前に肩の力を抜く、深呼吸するなど、一度緊張や集中を解いてリラックスしている光景を目にすることは珍しくないだろう。「リラックス」は「ゾーン」の前にも欠かせないのだ。
良い成果には良い「波」(サイクル)が必要!
つまり、「ゾーン」とは単体で考えられるものではなく、常に「リラックス」とセットで考える必要があるものなのである。実際、勉強や仕事でも、1日中ずっと根を詰めているよりも、適度に休憩したり気分転換したりというメリハリをつけた方がかえって集中が高まったという経験は誰しもあるのではないだろうか。
そして、今回のテーマである「成果を出し続ける」ことをあわせて考えると、最高のパフォーマンスに繋がるゾーン状態を、バーンアウトを起こさずに断続的にもたらすには、適度なバランスでの「集中の波」が必要なのだ。
そこで本特集では、仕事で「ゾーン」=超集中モードに入ることを起点に、「ゾーン」⇔「リラックス」の良い波をつくる方法について考えていく。
第2章以降に向けて
今回注目していく「波」を表現したのが以下の図である。横軸は時間を表し、上にいくほど集中度が高く、下にいくほどリラックス度が高い状態を示している。また、集中が極限に高まったところを「ゾーン」としている。
以降、第2章では❶の「ゾーン」に必要な要素と❷超集中を持続させる方法について、第3章ではチームでの「ゾーン」とその弊害について語る。
第4章では➌の「リラックス」と❹その持続について、という各ポイントごとに語っていく。
先行研究とともに、ゾーン状態を経験している人や良いリラックスを実践している人へのインタビューを踏まえて、それぞれの状態を作り出す方法について考えていく。
最高のパフォーマンスに繋がる「超集中とリラックスの良いサイクル」を生み出す環境づくりのヒントとなるコンテンツをお届けしたい。
キャリアリサーチLab 「ゾーンコントロール術」特集メンバー
<参考文献>
・『フロー体験入門―楽しみと創造の心理学」M.チクセントミハイ (著), 大森 弘 (翻訳) 世界思想社
・『超人の秘密 エクストリームスポーツとフロー体験』スティーヴン・コトラー(著)、熊谷玲美(翻訳)、早川書房
・K. Sawyer, Group Flow and Group Genius, The NAMTA Journal. Vol. 40, No. 3(2015)