「意志力」の科学~その思い込みが成果を左右する~

伊達 洋駆
著者
株式会社ビジネスリサーチラボ代表取締役
DATE YOKU

はじめに

日々の生活や仕事で、私たちは何度も自分を律する必要に迫られます。「朝、もうちょっと寝ていたい」という誘惑と戦って布団から出る。「このお菓子、おいしそうだけど我慢しよう」と健康を優先する。「集中してこの仕事を終わらせないと」と、つい見てしまいそうになるスマートフォンを脇に置く。これらの葛藤の背景には、一般的に「意志力」と呼ばれる心の働きがあります。

「あの人は意志が強いから成功した」「自分は意志が弱いからダメだ」。私たちはしばしば、意志力を生まれ持った才能のように捉えてしまいます。しかし、この考えは、果たしてどこまで本当なのでしょうか。

近年の心理学研究は、この意志力という馴染み深い概念に新たな光を当てています。実は、意志力は固定的なものではなく、トレーニングによって鍛えることができるというのです。さらに興味深いのは、意志力の絶対量そのものよりも、「自分は意志力をどう捉えているか」という、いわば「意志力観」が、私たちの行動や精神的な充足感に影響を与えているという事実です。

本コラムでは、奥深い意志力の正体とそのメカニズムに迫ります。意志力は本当に鍛えられるのか。私たちの意志力に対する思い込みは、日々の生活にどのような変化をもたらすのか。そして、より賢く意志力と付き合っていくためのヒントはどこにあるのか。意志力の科学的な知見を一緒に探っていきましょう。

意志力は「才能」か「技術」か

心理学の世界では、意志力は「自分の欲求や慣れ親しんだ行動パターンから自由になり、目標に向かって自らを導く精神的な力」と説明されます。要するに、頭で考えた理想と実際の行動との間に横たわるギャップを埋め、誘惑や困難に直面したときに自分をコントロールする能力と言えるでしょう。

高い成果を上げている人々は高い意志力を持つ

この力は一部の人にだけ与えられた特別な「才能」なのでしょうか、それとも誰もが習得できる「技術」なのでしょうか。この問いに答えるため、ある研究チームが多角的な調査を行いました[1]

まず、社会のさまざまな分野で高い成果を上げている人々(たとえば、トップ経営者や優れたアスリート、特殊任務に就く兵士など)の意志力のレベルを測定したところ、一般の人々と比べて格段に高いスコアを示しました。

彼ら彼女らに共通していたのは、自分を律する力、自分ならできると信じる力、規律を守る力に優れ、困難な決断を下して、目標を粘り強く追求し、他者との約束を重んじる姿勢でした。

意志力は後天的に獲得・鍛錬できる能力

しかし、注目すべきは、これらの優れた資質が必ずしも生まれつきではないという点です。研究チームが意志力の強い人々に個別のインタビューを行ったところ、彼ら彼女らの多くが、幼少期に親や兄弟、祖父母といった身近なロールモデルから規律や努力の大切さを学び、それを実践する経験を積み重ねていたことが明らかになりました。

彼ら彼女らは成人してからも、運動習慣や、あえて自分の限界を超えるような挑戦を続けることで、意識的に意志力を磨き続けていたのです。これは、意志力が後天的に獲得し、鍛え上げることのできる能力であることを示唆しています。

科学的なアプローチに基づいた意志力強化のトレーニング方法も開発されています。たとえば、「努力を要する状況で自分をコントロールする能力(努力的制御能力)」は、適切なトレーニングによって向上し、個人の目標達成の可能性を高めることが実証されています[2]

興味深いのは、「学習された勤勉性」という理論です。これは、努力を重ね、その結果として報酬を得る経験を繰り返すことで、努力そのものが一種の「快感」と結びつき、さらに努力を続けようという意欲が内側から湧き上がってくるという考え方です。

意志力を鍛えるトレーニングを続ければ続けるほど、そのプロセス自体がポジティブなものに感じられるようになり、さらなる向上を求める好循環が生まれる可能性があるのです。このように、意志力は持って生まれた変えられない特性ではなく、適切なアプローチで着実に育てていける能力であることが、科学的にも裏付けられています。

「意志力は無限」と信じるか、「いずれ尽きる」と考えるか

意志力を鍛えることができるという事実に加え、心理学はもう一つ、私たちの常識を覆すような発見を提示しています。それは、意志力の「実際のキャパシティ」よりも、私たちが意志力に対して抱いている「イメージ」や「信念」の方が、日々の行動に影響を及ぼすというものです。

意志力に対する「暗黙の理論」

研究者たちは、人々が意志力に対して無意識のうちに持っている考え方を「暗黙の理論」と名付け、二つのタイプに分類しました。一つは「有限理論」。

これは、意志力をまるでスマートフォンのバッテリーのように、使えば使うほど消耗し、いずれは空っぽになってしまうエネルギー源だと捉える考え方です。もう一つは「無限理論」。こちらは、意志力は使っても枯渇しない、むしろ使えば使うほど湧き出てくる泉のようなものだと捉える考え方です。

意志力への意識がもたらす影響

この二つの「意志力観」の違いが、実際の行動にどのような差を生むのかを検証した実験があります[3]。参加者に、ある思考を意識的に抑えるという、自己コントロールを要する課題(たとえば、「白いクマのことは考えないでください」という指示)に取り組んでもらいました。その後、彼ら彼女らの行動を観察すると、驚くべき違いが見られました。

意志力を「有限な資源」と信じている人々は、この課題の後、「リラックス」や「休憩」といった休息を連想させる言葉により敏感に反応するようになりました。これは、自己コントロールを使ったことで、「早く休みたい」という欲求が強く刺激されたことを表しています。

さらに、彼ら彼女らはソファやクッションといった休息を促すアイテムをより魅力的に感じ、逆に学習書や筆記用具といった努力を要するアイテムへの関心を失う傾向が見られました。

実際の行動レベルでも、課題後により長い時間休憩を取ったり、椅子に座っている時間が長くなったりするなど、休息を求める行動が増えました。一方、意志力を「無限の資源」と信じる人々には、このような顕著な変化は見られませんでした。

「意志力観」と自己コントロール能力

この現象を深く掘り下げるため、大学生を対象とした長期間にわたる追跡調査も行われました[4]。学生たちの意志力に対する信念と、日々の自己コントロール行動(課題の先延ばし、食生活、金銭管理など)、さらには学業成績との関連を調べたのです。その結果、意志力を「無限の資源」と信じる学生は、「有限の資源」と信じる学生に比べて、総じて自己コントロール能力が高いことが明らかになりました。

大きな差が出たのは、試験期間や多くの課題を抱える時期など、学業のプレッシャーが高まる状況下でした。意志力を「無限」と捉える学生は、このような厳しい状況でも、課題の先延ばしが少なく、時間管理もうまくこなし、不健康な食習慣に走ったり衝動買いをしたりすることも少ない傾向にありました。

対照的に、意志力を「有限」と捉える学生は、プレッシャーが高まると自己コントロールが低下し、課題を先延ばしにしたり、ストレス発散と称して不健康な行動に走りやすくなったりする姿が見られました。

この自己コントロールの違いは、学業成績にもはっきりと表れていました。履修科目が多く、学業負荷が高い学生の間では、意志力を「無限」と信じる学生の方が、「有限」と信じる学生よりも良い成績を収めていたのです。そして、この成績差の大きな要因が、課題の先延ばしの頻度にあることも突き止められました。

これらの研究結果が示す重要な点は、私たちの意志力の「実際のタンクの大きさ」よりも、そのタンクに対する「思い込み」そのものが、自己コントロール行動を左右する要因になるということです。

言い換えれば、「自分にはやり遂げる力がある」と信じること自体が、実際にやり遂げる能力を引き出す鍵となるのかもしれません。この発見は、意志力というものの見方、そしてその活かし方に、新たな視点を与えてくれます。

意志力観と自己コントロール能力の関係/Job, Walton, Bernecker and Dweck(2015)および本文の内容をもとにマイナビが作成
意志力観と自己コントロール能力の関係/Job, Walton, Bernecker and Dweck(2015)
および本文の内容をもとにマイナビが作成

仕事の成果から心の健康まで左右する「意志力観」

意志力に対する私たちの「思い込み」は、学業や日常の自己管理だけでなく、職場でのパフォーマンスやもっと広く心の有り様、つまりウェルビーイングにまで深く関わっていることが明らかになってきました 。

意志力観と感情のコントロール

興味深い知見が得られているのが、職場における「感情のコントロール」に関する研究です[5]。多くの仕事においては、顧客への対応や会議での振る舞いなど、内心で感じていることとは異なる表情や態度を意識的に作り出す必要が生じます。

このような「本当の感情と表に出す感情のズレ(感情的不一致)」は、目に見えない心理的なコストとなり、私たちを疲弊させることが知られています。しかし、この影響の受けやすさが、個人の意志力観によって異なることが分かってきました。

71人の社会人を対象に10日間にわたって行われた調査では、日々の感情の状態、職場でどれほど感情のズレを経験したか、そして各自の意志力観が記録されました。その結果、やはり感情のズレを経験すると、職場での消耗感が増し、その疲れが家庭にまで持ち越されてしまう傾向が確認されました。

しかし、ここで注目すべき発見がありました。意志力を「無限の資源」と捉えている人々は、感情のズレが心身の消耗に与えるマイナスの影響が、明らかに軽減されていたのです。彼ら彼女らは、同様に感情のコントロールが必要な場面に直面しても、「自分にはこの状況を乗り越える力がまだ備わっている」と前向きに捉え、職場での消耗を最小限に食い止めることができていました。その結果、家に持ち帰る疲労感も相対的に少なかったのです。

一方で、意志力を「有限」と信じる人々は、感情のズレを経験すると、「もう気力も体力も残っていない」と感じやすく、職場での集中力や踏ん張りが効かなくなり、その疲労感が退社後も解消されずに家庭生活にまで影を落としてしまう、という悪循環に陥っていました。

意志力観と幸福感

加えて、意志力観は、私たちが日々感じる幸福感にも無視できない影響を与えていることが、複数の調査によって示されています。社会人を対象としたオンライン調査では、意志力を「有限」と考える人ほど、日々の生活に対する満足感が低く、ネガティブな気分を経験する頻度が高いという結果が出ました。

この関連性をより詳しく調べるため、大学生を対象に半年間にわたる追跡調査が実施されました[6]。学期の初め(比較的負担が少ない時期)と終わり(試験などで負担が大きい時期)という、異なるストレスレベルの時点で、意志力観と主観的な幸福度を測定したのです。

すると、意志力を「有限」と考える学生は、学期が進み忙しさが増すにつれて幸福感が低下していく傾向が見られました。これに対し、意志力を「無限」と考える学生は、試験期間のようなプレッシャーの中でも、幸福感の落ち込みが比較的小さく抑えられていました。

この幸福感の維持には、目標達成へのプロセスが鍵を握っていることも明らかになりました。意志力を「無限」と信じる学生は、試験勉強のような困難な課題に対しても、粘り強く効果的に取り組むことができ、目標達成に向けて着実に前進していました。

目標に向かって進んでいるという実感や、効率的に物事を進められているという感覚が、意志力観と幸福感とを結びつける「架け橋」の役割を果たしていたのです。すなわち、意志力を「無限」と信じることで目標達成がスムーズに進み、それが結果として心の充足感を支えるという好循環が存在すると考えられます。

では、なぜ意志力を「無限」と信じることが、より大きな幸福感につながるのでしょうか。研究者たちは、意志力を「無限」と捉える人々は、ストレスの多い状況でも悲観的にならず、目標に向かって努力を継続できるからではないかと考えています。

目標達成へ向かうプロセスそのものが喜びの源泉となり得る上に、彼ら彼女らは疲労を感じたとしても、ただ休息するのではなく、運動や創造的な活動、人との交流といったポジティブな行動を通じて、効果的にエネルギーを回復させている可能性が指摘されています。

意志力観と感情コントロール能力・幸福感の関係/Konze, Rivkin and Schmidt(2018)およびBernecker, Herrmann, Brandstätter and Job(2017)および本文の内容をもとにマイナビが作成

意志力観と感情コントロール能力・幸福感の関係/
Konze, Rivkin and Schmidt(2018)およびBernecker, Herrmann, Brandstätter and Job(2017)
および本文の内容をもとにマイナビが作成

「意志力は無限」という信念は、どうすれば育まれるのか

私たちの行動や幸福感にこれほど影響を与える意志力観ですが、これは一度形成されたら変わらないものなのでしょうか。そして、もし変えられるとしたら、よりしなやかで力強い「無限の意志力観」を育むためには、何が大切なのでしょうか。これらの問いに答える鍵として、「自律性」という概念が脚光を浴びています。

意志力に対する考え方を変化させる方法

初めに、心強いことに、意志力に対する考え方は、比較的簡単に変化させられる可能性を示唆する研究があります[7]。ある実験では、参加者を二つのグループに分け、一方には「意志力は限られた資源で、使うとなくなる」という趣旨の記事を、もう一方には「意志力は使えば使うほど強くなる」という趣旨の記事を読んでもらいました。

その後、全員に少し難しい課題に取り組んでもらったところ、明確な差が現れました。意志力を「無限の資源」として捉えるよう促されたグループは、課題の最後まで粘り強く学習を続けることができたのに対し、「有限の資源」として捉えるよう促されたグループは、途中で集中力が途切れ、成果が頭打ちになってしまったのです。

この研究は、ほんの少しの外部からの働きかけで、一時的にではあれ「意志力は無限である」という見方を植え付けることが可能であることを示しています。意志力観がある程度柔軟に変わり得るものであることを示唆しています。

年齢と意志力の関連

さらに、年齢と意志力観に関連があるという発見があります。18歳から83歳までの幅広い年齢層800人以上を対象とした調査では、年齢を重ねるほど、意志力を「無限の資源」と捉える傾向が強まることが示されました[8]。若い世代の方が意志力を「有限の資源」と見なしやすいという傾向とは対照的です。

一般的に考えれば、加齢とともに体力や認知機能には低下が見られるため、高齢者の方が自己コントロール能力を限られたものと感じやすいと予想されます。しかし、実際の結果はその逆でした。この一見矛盾した結果の背後には、「自律性」という要素が関わっていることが分かってきました。

自律性の高まりによる意志力観の変化

自律性とは、「自分の行動や決定は、他ならぬ自分自身でコントロールしている」という感覚のことです。高齢者と若年者を比較した研究では、精神的に負荷のかかる課題に取り組む際、高齢者の方が若年者よりも高い自律性を感じていることが示されました。高齢者は「やらされている」のではなく「自分の意志で取り組んでいる」と感じる度合いが強く、これが意志力を無限と捉える考え方を後押ししている可能性があります。

自律性の影響を確かめるために、実験的な研究も行われました。参加者をランダムに、自律性を高く感じるような指示を受けるグループと、低く感じるような指示を受けるグループに分け、その操作が意志力観にどのような影響を与えるかを検証しました。

結果は明らかで、高い自律性を感じるよう促された若年者は、高齢者のように意志力を無限と捉える傾向が強まり、逆に低い自律性を感じるよう促された高齢者は、若年者のように意志力を有限と捉える傾向に近づきました。自律性が意志力観の形成に直接的な影響を与えることが実験的にも確認されたのです。

自律的な目標設定や追求の重要性

自律性と意志力観の関係をさらに探った研究では、自律的な目標設定や追求が、意志力に対する信念を形作る上で重要な役割を果たすことが明らかになりました[9]。自律的な目標追求とは、外部からのプレッシャーや義務感からではなく、自分自身の内側から湧き出る興味や価値観に基づいて目標に取り組むことを指します。

208人の参加者を対象とした4カ月間にわたる追跡調査では、自律的に目標を追求している人ほど、時間の経過とともに「意志力は無限である」という信念をより強く抱くようになることが分かりました。

この関係は、「活力」という要素によって媒介されていることも判明しました。自分の意志で目標に向かって努力することでエネルギーが湧き、その結果として「自分の意志力はまだまだ尽きない」という感覚が強化される、というプロセスが存在するのです。

この関係は一方通行ではありませんでした。もともと意志力が無限であると信じている人は、より自律的に目標を設定し、追求する傾向も見られました。意志力観と自律的な目標追求の間に、互いを高め合うポジティブな循環関係があることを示唆しています。

大学生が試験勉強という共通の目標に取り組む過程を詳細に記録した調査でも、同様の結果が確認されました。自律的に勉強に取り組んでいる学生ほど日々の活力がみなぎり、それが意志力に対するポジティブな信念を育んでいました。

実験的な検証も、このメカニズムを裏付けています。参加者を、自分の興味や価値観に基づいて課題に取り組むよう促されるグループ(自律的動機づけ条件)と、外部からの評価や義務感に基づいて取り組むよう促されるグループ(統制的動機づけ条件)に分けました。

その結果、自律的動機づけ条件の参加者の方が、より強く自律性を感じ、課題を「やらされている」とは感じず、取り組む意欲も高いことが示されました。そして、彼ら彼女らの方がより活力を感じ、意志力を無限の資源と捉える信念を強く支持していたのです。

これらの研究が私たちに教えてくれることは、自律性を尊重し、それを育むような環境を整えることが、「意志力は無限である」という建設的な信念を育む上で有効だということです。たとえば、職場において個人の裁量を拡大することは、個々人の活力を引き出し、ひいては彼ら彼女らが自らの意志力をより豊かなものとして捉える手助けとなるでしょう。

おわりに

このコラムを通じて、意志力という身近なテーマが、実は奥深く、私たちの従来の理解が必ずしも十分ではなかったことを見てきました。意志力は、生まれ持った固定的な資質ではなく、適切なトレーニングによって後天的に鍛え上げることが可能な能力です。

そして、さらに重要なのは、意志力の絶対的な「量」そのものよりも、私たちが意志力に対して抱いている「信念」の方が、日々の行動や仕事の成果、さらには心の充足感にまで、より大きな影響力を持つという事実です。

意志力を「限りある資源」と考える人は、自己コントロールを要する状況の後には休息を求めがちで、職場での疲労を家庭に持ち込みやすく、大切な人へのサポートも滞りがちになる傾向が見られました。

一方で、意志力を「使っても尽きない、むしろ湧き出る泉」のように信じている人々は、困難な状況に直面しても粘り強く努力を続け、より高い学業成績を収め、精神的な安定や幸福感も保ちやすいことが分かってきました。

この力強くしなやかな「無限の意志力観」は、自律性によって育まれることも明らかになりました。自分自身の興味や価値観に根ざした目標に向かって主体的に取り組む経験が、内なる活力を呼び覚まし、「自分にはまだまだやれる力がある」という揺るぎない信念を強化していくのです。

しかし、最後に一つ、忘れてはならない視点があります。自己コントロールというものを考える際、意志力という一点だけに焦点を当てるのは、必ずしも最善策ではないという指摘です。近年の研究では、目標を達成するためのもっとも賢明な方法は、目の前の誘惑に必死で抵抗することよりも、そもそも誘惑そのものを巧みに避けることであると示唆されています[10]

意志力は確かに私たちにとって重要な能力ですが、時にもろさも併せ持っています。本当に自己コントロールに長けた人々は、実は日常生活の中で意志力をむやみに消耗させることなく、目標志向の行動を良い「習慣」として身につけ、誘惑が発生しそうな状況を未然に回避することで、スムーズに成果を上げていることが分かってきています。

もちろん、新しい習慣を身につけようとする初期の段階では、意志の力も必要でしょう。しかし、長期的な目標達成を見据えるならば、意志力だけに頼るのではなく、誘惑を避ける工夫、良い行動の習慣化、そして自分にとって望ましい行動を取りやすい環境づくりといった、より多角的な戦略を組み合わせることが、持続可能で効果的な自己コントロールへの道と言えるでしょう。

意志力への理解を深め、より建設的な信念を育みながらも、同時に意志力に過度に依存しない、バランスの取れたアプローチを心がけること。それこそが、真の意味で自分自身を巧みに導き、より充実した職業人生を実現するためのポイントとなるのではないでしょうか。


[1] Karp, T., Lagreid, L. M., and Moe, H. T. (2014). The power of willpower: Strategies to unleash willpower resources. Scandinavian Journal of Organizational Psychology, 6(2), 5-20.
[2] Audiffren, M., Andre, N., and Baumeister, R. F. (2022). Training willpower: Reducing costs and valuing effort. Frontiers in Neuroscience, 16, 699817.
[3] Job, V., Bernecker, K., Miketta, S., and Friese, M. (2015). Implicit theories about willpower predict the activation of a rest goal following self-control exertion. Journal of Personality and Social Psychology, 109(4), 694-706.
[4] Job, V., Walton, G. M., Bernecker, K., and Dweck, C. S. (2015). Implicit theories about willpower predict self-regulation and grades in everyday life. Journal of Personality and Social Psychology, 108(4), 637-647.
[5] Konze, A. K., Rivkin, W., and Schmidt, K. H. (2018). Can faith move mountains? How implicit theories about willpower moderate the adverse effect of daily emotional dissonance on ego-depletion at work and its spillover to the home-domain. European Journal of Work and Organizational Psychology, 28(2), 137-149.
[6] Bernecker, K., Herrmann, M., Brandstatter, V., and Job, V. (2017). Implicit theories about willpower predict subjective well-being. Journal of Personality, 85(2), 136-150.
[7] Miller, E. M., Walton, G. M., Dweck, C. S., Job, V., Trzesniewski, K. H., and McClure, S. M. (2012). Theories of willpower affect sustained learning. PLoS ONE, 7(6), e38680.
[8] Job, V., Sieber, V., Rothermund, K., and Nikitin, J. (2018). Age differences in implicit theories about willpower: Why older people endorse a nonlimited theory. Psychology and Aging, 33(6), 940-952.
[9] Sieber, V., Fluckiger, L., Mata, J., Bernecker, K., and Job, V. (2019). Autonomous goal striving promotes a nonlimited theory about willpower. Personality and Social Psychology Bulletin, 45(8), 1295-1307.
[10] Ainslie, G. (2021). Willpower with and without effort. Behavioral and Brain Sciences, 44, e30.

株式会社ビジネスリサーチラボ代表取締役・伊達洋駆

著者紹介
伊達洋駆(だて ようく)
株式会社ビジネスリサーチラボ代表取締役

神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(すばる舎)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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