マイナビ キャリアリサーチLab

企業パーパスと個人パーパスをブリッジする非認知能力
~会社や社会の“未来”につながるサステナブル人材を育む~

矢部栞
著者
キャリアリサーチLab編集部
SHIORI YABE
非認知能力ヘッダー

VUCAの時代といわれ働き方や価値観が多様化するなか、自分自身のキャリアに悩むビジネスパーソンに向けて、「自分の”得意”を理解し、それを社会で活かす」ために、近年注目されている「非認知能力」に焦点をあてた。 
本特集では、先行研究の紹介と働く人へのインタビューを中心に、「非認知能力と評価」について考察している。 

前回(第4回)の個別取材では、職場で発揮した非認知能力が他者から評価・承認されることにより、個人の「性格などのパーソナリティ」に可変性を与え、職場における「自己の確立」「存在意義」という「ワークエンゲージメント」の獲得に繋がっていき、性格や考え方に影響を与えることがわかった。 

最終回となる今回は、前回の「職場」という現場感の強い部分とは異なる経営層のレイヤーからみた非認知能力とその評価について探るため、ある企業の取締役を務める方に取材を行い、その考えを伺った。

取締役インタビュー

今回お話を伺ったのは、印刷とデジタルコンテンツの二軸で広告、宣伝に関する企画制作及びマーケティングサポート全般を行う企業(所在地:東京都)の取締役であるAさん。新卒で入社し、現場で活躍しながら現在の取締役となった。会社では営業部門・クリエイティブ部門・デジタルコンテンツ部門など、さまざまな部門の評価者として活躍する傍ら、パーソナルな部分では、アーティスト活動も行っており子供たちの非認知能力を培うサポートなども行っている。 
取締役となる前、取締役になってから問わず多くの個人的・経営的な苦難もあり、その度に将来の事業展開や進むべき道を悩み模索しながら、「みんなで何かにトライして、振り返りをする”共感”を大切にして」現在に至っている。 
もともと非認知能力に対して感度の高い方であるが、従業員を評価するという点においてどのように捉えているのか、また会社を経営する立場としてのお考えなども伺った。 

——まずは「非認知能力」に対するイメージを教えてください。

絶対になくてはいけない、とても大事なものだと取締役になる以前から思っています。一方で、その見えずらい行動や能力の成果や評価をいかに可視化させるかが課題だとも思っています。 

——目に見えない能力の可視化は、ほかのインタビューでも課題として挙がっていました。可視化させるために工夫していることはありますか?

さまざまなプロジェクトを立ち上げるなかで、個々人の非認知能力を自ずと発揮させるための環境づくりに力を入れています。たとえば、企画会議を行う会議室は、自然と意見を出しやすくなる色使いにリフォームするなどもその1つです。 
プロジェクトを引っ張って「統率力」を発揮してくれる人だけでなく、縁の下の力持ちタイプの人に対しても、オフィス環境を整えることで、これまで発言を躊躇していた人でも発言しやすくし、それを評価できるようにしています。 

また、広報部を立ち上げて社内コミュニケーションの活性化も図りました。具体的には、従業員一人ひとりにフォーカスした取材を行い、これまで見えていなかった人の活躍を多くの部門の人にも見える化することで”見えない活動”に対する評価を行いやすくしました。 

これらの「仕組み化」で、見えてきた個人の非認知能力をもとに、様々なプロジェクトや従業員の企画に対して、適したメンバーアサインをすることもあります。 
これにより、個人のモチベーションアップはもちろんですが、プロジェクトや企画がブラッシュアップされたり、従業員同士がほかの人にも関心を持つ第一歩となったりして、組織の活性化にも繋がっていると思います。 

また、今後取り組みたい内容としては、従業員同士で、日ごろの仕事の成果や行動をお互いに褒めあってポイントを送り合える仕組みを検討しています。

——さまざまな工夫で非認知能力を評価しようとされていますが、具体的にはどんな能力を評価したいと思いますか。

アンテナの立て方、情報のすくいあげ方、コミュニケーションがうまく取れているかなどを見ていますね。チームで動いているとき、批判的な意見を出した人も「その視点はいいな」と思ったものはメモをしています。 

あとは、個人的に「主体性」や「共感性」が大事だと思っています。0から1、1から100をつくっていくためには、指示待ちではなく主体性を持って取り組む姿勢が必要です。何事もトライしてみて、失敗して気づくこともありますしね。みんなで何かにトライして、振り返りをする「共感」も大切だと思います。

——取締役として「仕組み化」の旗を振り、個々の非認知能力が組織全体に可視化されるように取り組まれているのですね。
では、少し個人に落とし込んで非認知能力の評価について教えてほしいのですが、「あなたのこんな部分を評価している」など、本人へ個別に伝えることはあるのでしょうか。

もちろんあります。個人を褒めることはむしろ多いですね。コロナ禍でコミュニケーションが希薄になりましたが、今は「コミュニケーションを取り戻す」という気持ちでパーソナルなケアをする機会を意識的に作っています。 

あるチームリーダーの例をお話しますね。彼はデザイン力がある人なのですが、リーダーとして皆をまとめる仕事の取り組み方に少し課題を感じていました。そんなとき、「デザインコンペが取れた」という成功体験をしたときに褒めると同時に「チームとしても先のビジョンを見ながら考えてみては」とアドバイスしました。すると自信につながり主体的に勉強を始め、結果的にチーム全体にもいい影響をもたらした、ということもありました。 

——取締役という立場から考える「評価の難しさ」や注意すべき点などはありますか。

これは、あくまで私の個人的な考えではありますが、評価へのジレンマを感じることはありますね。たとえば、営業職ではない人たちでも部署の売上に引っ張られた評価となってしまうなど、経営的な観点では売上・利益という数値的な評価は大事であることは言うまでもありません。しかし、もう少しほかのやり方もあるのではないかと思います。ただ、非認知能力のような能力面と、数字の評価ときちんと棲み分けし、バランスを取らないといけないですね。 

評価基準をどのように設定するかが課題になりますが、これも私の個人的な考えではありますが「数字」「能力」「ヘルプ」という3本軸に分けた評価をしたいと思っています。それぞれ営業職はこう、クリエイティブ系はこう、というようにウエイトを分けられたらいいです。 
非認知能力を評価することに関しては、複数人でみて偏らないようにするのもいいと思います。 
会社のパーパスやビジョンに合う個人の行動指針を定めてあげること、会社の未来につながる道を作るのが経営層の役目だと思っていますので、そのあたりも評価を考える際に必要だと思いますね。 

——では、社員のみなさまはそのように評価されることに対してどのような反応でしょうか。

どうでしょうか……。でも、転職していった社員たちが会社の方針や私の考え方に改めて共感して「あなたの考え方は間違っていなかった」と、戻ってきてくれたケースはあります。外の世界を見たことで、改めて自社の「心理的安全性」を感じてくれたようです。自分の考えが社員に浸透しているのを感じると「よかったな」と思いますね。

——最後に、ほかの企業へのインタビューで「非認知能力は上の立場の人ほど必要なのでは」という意見がありました。こちらについてはどのように思われますか。

非認知能力は立場に限らず必要だと思いますが、人の上に立つ人間ほど広域に必要になってくると思います。会社として社会とどう関わっていくか、さまざまな人とコミュニケーションを取っていく中で培っていくべきだと思います。 

これからの時代は、よりパーソナルな能力を発揮して仕事をしていかなければならないと思うので、より必要になっていくのではないでしょうか。

マイナビ研究員の考察

インタビューを受けて

今回は、取締役であるAさんに、経営層からみた非認知能力とその評価について貴重な話を伺うことができた。ただ、Aさんの考えが会社組織の総意となってしまうことは、従業員に余計な誤解を与える可能性もあるということから、匿名でのインタビューとなった。 

インタビューのなかでは紹介しきれなかったが、Aさんが進めた事業の話もしてくれた。それは、ある特定のエリアに点在する各自治体を広告PRを用いて、線でつなぎ、各自治体が地域コミュニティとして面で活性化したというものだ。今ではこの地域コミュニティの活性化事業はAさんが取締役を務める企業パーパスの1つにもなっている。 

ほかにも、変化する広告業界のなか、常に新しい技術に対するアンテナを張り、積極的に自社に新しい技術を取り入れることも行っている。時代の変化やテクノロジーの進化に合わせた事業展開は当然と思われそうだが、Aさんの事業展開の根底には、常にステークホルダーの課題解決がある。

このような事業展開でみられたステークホルダーの課題解決姿勢や、点を線で繋げる動きは、Aさんの人材に対する考え方にも通じていると考えられる。
それは、従業員の非認知能力という点を、「仕組みづくり」という線でつなぎ、プロジェクトやチームとして面の広がりを創出し、取締役でありながら「パーソナルなケアをする機会を意識的に作る」という個人の点の強さも補強するという行動に表れている。
本特集の第4回では、非認知能力が評価されることで本来変化しにくいと思われている「性格やパーソナリティ」が変化し、それにより個人の職場におけるエンゲージメント等に良い影響を与えているのではないかという仮説を立てた。Aさんのこうした取り組みはわれわれの仮説にも通じるものがあり、将来的に従業員1人ひとりにとって意義のあるものになると考え、意識的に行っていると思えてならない。

一方で、経営的な観点からみれば、いかに利益を上げ、会社を大きくし、業界内での影響力を上げるか?などに力点を置かれる。もちろんAさんも経営層として利益や事業拡大を意識した企業活動を行っていることは言うまでもない。しかし、Aさんは利益を重視した活動以上に企業パーパスに繋がる事業を重視している。また、企業パーパスに繋がる事業を通じて、従業員の非認知能力を育てることで持続可能な人材を育み、それが個人のパーパスにもなると考えていることがうかがえる。

昨今、人的資本経営という言葉がメディアを賑わしているが、Aさんの考える人的資本経営の根幹には、非認知能力を評価することで、企業パーパスと個人パーパスをブリッジさせ、サステナブルな人材がサステナブルな企業を作ると考えているのではないだろうか。

「タイパ」「コスパ」などの言葉に代表される、効率性や合理性も重要ではあるが、「会社として社会とどう関わっていくか、さまざまな人とコミュニケーションを取っていく中で培っていくべきだと思います。」というAさんの言葉から効率性や合理性だけでは片づけられない時代になってきていることを感じさせる。 

また、非認知能力について、「これからの時代は、よりパーソナルな能力を発揮して仕事をしていかなければならないと思うので、より必要になっていくのではないでしょうか。」という言葉から、人間だけが持つ多様な非認知能力を活かした働き方が、持続可能なキャリア、持続可能な会社、持続可能な社会のために、重要となってくるのではないだろうか。


働き方や価値観が多様化するVUCA時代の今、非認知能力とその評価は、自分自身のキャリアに悩むビジネスパーソンにとって、持続可能な未来に向けた1つの「道しるべ」になり得るだろう。

特集を通して~一人一人の“得意”にスポットライトを~

ビジネスパーソンが「自分の”得意”を理解し、それを仕事で活かす」ために、企業が従業員一人ひとりの得意を積極的に評価すること。企業が従業員の得意を評価していくために、従業員一人ひとりが自身の得意を意識し、仕事の中で自覚的に顕在化させていくこと。本特集では、非認知能力を軸にしたこの相互的な関係性が、個人のワークエンゲージメントの向上と、それに伴う企業の長期的な成長を促していくことにつながることを見てきた。 

またこうした相互的な関係性は、非認知能力を評価する上司と、評価される部下という一世代における「同時的」な評価・成長サイクルに留まらない。非認知能力を評価されたことで活躍の幅を広げた部下が、将来上司や経営層となって自分の部下の非認知能力を評価することで成長を促し、企業のパーパスなど組織のあり方にその姿勢を反映するなど、「未来」に向かった評価・成長サイクルをも生み出す。前者のサイクルを「共時的(※1)」、後者を「通時的(※2)」といってもいいもしれないが、共時的なサイクルを起点に世代を超えた通時的なサイクルを生み出すことが、個人のキャリアだけでなく、組織としてのサステナビリティに繋がっていくのではないだろうか。 
※1:共時的 ある一定期間における現象や構造について、横軸的に考える態度  
※2:通時的 時間や歴史の流れの中における変化を、縦軸的に考える態度 

個人のキャリアと組織の持続的な成長サイクルを表した図/マイナビ作成
個人のキャリアと組織の持続的な成長サイクルを表した図/マイナビ作成

働き方やキャリア観が多様化する現代では、評価の軸も多様化しなければならない。数値に見える成果に対する評価だけでなく、非認知能力を含めた多角的な評価が加わることで、多くの人によりさまざまな角度から評価のスポットライトが当てられるようになるだろう。ライトの数を増やせば、より多くの人に光が当たるようになる。同じ人であっても、ライトを当てる角度で見え方が変わる。人材の多様性(ダイバーシティ)とは、評価の多様性(ダイバーシティ)によって働く一人ひとりの特性を多面的に見ることからも生まれる。非認知能力は、その評価の多様性を構成する重要なライトの1つになるはずだ。

キャリアリサーチLab 「大人の非認知能力」特集メンバー

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