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「ダイバーシティは成果につながる」は本当か?~多様性を進めるために、より深く向き合う~

神谷俊
著者
株式会社エスノグラファー代表取締役 バーチャルワークプレイスラボ代表
SHUN KAMIYA

この数年、ダイバーシティに関連する制度やルールを構築する企業からのご相談を頂くことが増えました。テレワークの導入によって働き方の多様化が進んだことや、高度なスキルを持つ海外人材の採用に注目する企業が増えたことなどが影響してのことなのでしょう。従来よりもダイバーシティの推進に着手する企業が増えてきている印象です。

これらの動きを踏まえ、本コラムでは改めて企業における多様性に注目します。ダイバーシティに関する研究結果を参照しながら、これから多様性と向き合う企業に対する示唆を提供します。

ダイバーシティとは

まず、多様性の定義を確認しておきましょう。Jackson et al.(2003)の定義(※1)によると、「ダイバーシティとは、相互関係を持つメンバー間の属性分類」とされています。

さらに「属性分類」は、次の2種類の多様性(※2)に整理されます。「表層レベル(surface-level)」と「深層レベル(deep-level)」です【図1】。「表層レベル」の多様性は、デモグラフィック・ダイバーシティとも呼ばれており(※3)、「性別」や「国籍」など深層レベルの多様性に比べて観察・知覚しやすい(表出しやすい)属性分類です。反対に「深層レベル」の多様性は、個人の「価値観(キャリア観・仕事観・家族観等)」「経験」「知識」などが含まれます。より知覚しにくく、ある程度の関わりを通して理解が進む多様性であると言われています。

多様性の分類図/筆者作成
【図1】

なお、この2つの多様性の分類について、ダイバーシティ研究では興味深い傾向が見出されています。「表層レベル」に比べて、「深層レベル」の多様性の方がパフォーマンスや成果へ影響しやすいことが報告されているのです(※4)。「表層レベル」の多様性を高めても組織パフォーマンスには変化がみられなかったという事例や、「深層レベル」の多様性の方が表層レベルよりも集団の関係性により強く影響を与えたという事例が報告されています。

これらの結果は、私たちに多様性をより深くとらえることの重要性を示しています。社会的には、「女性」管理職の登用や「シニア」「外国人」人材の採用など表層レベルの多様性が強調されているように感じます。表層レベルの多様性にKPIを定めることは、多様性の推進レベルを分かりやすく確認・周知するうえで有意義と言えます。他方で、その深みに潜在している価値観や考え方、あるいは経験的な多様性についても私たちは意識的になり、異なる価値観の間で生まれる相互作用を支援していくことも大切な姿勢と言えるでしょう。

多様性に対して、より深く向き合っていくこと。これがダイバーシティの推進を次のステージに進めるうえで1つの課題と言えるかもしれません。

ダイバーシティの “負” の側面

さて次は、多様性の効果について見ていきましょう。ここで改めて確認したいのは「組織の多様性を高める」ことは、企業の競争優位につながるのか?」という問いです。

「多様性は企業の創造力を高める」
「多様性はチームの学習姿勢を促す」
「多様性は生産性を向上させる」

このような言説がビジネス分野では広く用いられています。一方で学術分野においては、この点に関してまだ一貫した結論を見出すことができていません(※5)。ダイバーシティ研究では、度々「諸刃の刃(double-edged sword)」という表現が使用されます(※6)。どうしたら効果的にダイバーシティを推進できるのか。そのアプローチは実はまだ模索段階にあると言えます。

求められているのは、多様性の持つ作用をより深く理解し、より良いアプローチを探索する慎重な姿勢です。これを踏まえ、ここでは敢えて多様性のネガティブな影響について提示します。多様性を受け入れる取り組みを進めた結果、ビジネスへどのような「副作用」が生まれたのでしょうか。過去の研究結果を確認すると、代表的な不具合として主に次の4つが報告されています(※7)。

集団内のコンフリクト(衝突・対立)

まず多くみられる問題ケースが、「集団内のコンフリクト(衝突・対立)」の発生です。多様な人材が協働するときに、チーム内・チーム間で葛藤や対立、あるいは混乱が発生しやすいことが報告されています(※8)。

個人に対するネガティブ効果

また、個人の「心理に対するネガティブ」な影響も報告されています。上記のようなコンフリクトの発生は、組織社会のなかで互いに対する蔑みや批判を生みます。それによって、個人の自尊心が傷ついたり、幸福感の低下が発生したりするなどの事例が報告されています。

チームや組織に対する愛着の低下

さらに、チームや組織に対する「コミットメントの低下」です。多様性が高まったことで、チーム内の関係が悪化し、その結果、集団や組織に対する愛着や好感が失われ、離職意識が高まるなどのリスクが発生するケースが報告されています。

職場のパフォーマンスの低下

最後に、「パフォーマンスの低下」です。関係性や心理的側面への悪影響の帰結として、組織やチームのパフォーマンスや、生産性が低下してしまうことが報告されています。

ダイバーシティの推進は、社会的な文脈では平等や機会均等、個人のアイデンティティを尊重する取り組みとして高く評価されるものです。そのために、活動を肯定的にとらえて積極的に推進をする企業も多いことと思います。
一方で、これらの活動は、ビジネスにおいてはネガティブな効果を生み出す可能性もあるということを改めて認識しておくことが大切です。社会的な意義と、ビジネス効果のジレンマを適切にとらえたうえで、慎重に進めていく姿勢が求められていると言えるのではないでしょうか。

多様性の「副作用」は、なぜ生まれるのか?

先に述べたダイバーシティに起因する諸問題は、なぜ発生するのでしょうか。ここでは理論的な背景を踏まえながら、多様性の本質について考えていきたいと思います。

自明なことではありますが、多様性を高めるということは、異なる属性の人同士の関わり合いを高めることです。つまり、表層レベルならば「性別」や「年齢」、深層レベルでは「価値観」や「経験」などが異なる人々の関わり合いを促していくこと。それがダイバーシティの推進です。
そのため、両者には相応の配慮や知性が求められます。互いを尊重する姿勢がなく、ありのままに自らの属性でのみ通用する「常識」を主張すれば、当然ながら対立や行き違いは避けられません。

このような異なる属性を持った人々の間で生まれる「副作用」はどのようなメカニズムで生まれるのでしょうか。人あるいは集団同士が、結びついたり、隔たりをつくったりする心理について、幾つかの理論を参照しながら解説していきたいと思います。

まずは社会心理学における「類似性ー魅力仮説(The similarity-attraction paradigm)(※9)」を手掛かりに人と集団への理解を深めましょう。この理論では、人は自分と似ているものに愛着や魅力を感じやすいことが提示されています。たとえばみなさまは「同じ境遇や経験を持った人」に対して、好印象を持ったことがあると思います。同じ学校出身だったり、同じ職種を経験していたり、家族構成が似ていたり。そういう自分と似ている部分がある人に対して、私たちは「自分をより良く理解してもらえる」と期待を抱き、とくに接近しやすいと言われています。【図2】

類似性ー魅力仮説(The similarity-attraction paradigm)/筆者作成

また、人間は似ている人に対して関係を構築しようとする一方で、似ていない人・異なる属性の人に対しては、それに反する行動をとりやすいと言われています。ダイバーシティ研究において度々引用される「社会的アイデンティティ理論(social identity theory)(※10)」では、そのような人間の性質が提示されています。つまり、自分が属する集団がいかに素晴らしいのかを見出す一方で、自分が属する集団から見て、「外」にあるグループに対して、批判的な眼差しや蔑視、偏見などを強めてしまうというものです。【図3】

社会的アイデンティティ理論(social identity theory)/筆者作成
【図3】

このように、人間は自分とは異なる他者や、自分の属する集団の「外」に対して、批判的になりやすい性質を持っています。これらの「似たもの同士」や「身内」を尊重する人間の心理が前提にあるからこそ、異なる属性の人同士が有機的に関わり合いを持つことが難しくなるのです。

多様性に影響する要因をとらえる

では、私たちはダイバーシティと向き合う際に何に注意し、何を促進すべきなのでしょうか。多様性を高めることは、効果につながることもあれば、「副作用」を生み出すこともある。その前提に立脚するならば、その不安定さとどのように向き合うことが求められるのでしょうか。

この問いに対して、発展的な提言をしたのがVan Knippenberg et al. (2004) です。彼は「カテゴリー化・精緻化モデル(CEM:Categorization-Elaboration Model)(※11)」を提唱し、ダイバーシティの効果に影響を与えるような「他の要因」を精緻に検証すべきという主張をしています。

つまり、多様性が仕事の文脈でポジティブな影響を生み出すのか、それともネガティブに働くのかについては、媒介する「別の要因」に目を向けるべきではないかということです。この考えに基づいて検証された先行研究では、次のような「別の要因」が多様性を成果につなげる可能性が示唆されています。【図4】

カテゴリー化・精緻化モデル(CEM:Categorization-Elaboration Model)Van Knippenberg et al. (2004)/筆者作成

たとえば、多様性に影響する要因として「タスクの複雑さ(※12)」が高い組織ほど、多様性を成果につなげやすいことが報告されています。複雑性が高い課題に取り組む部署では、多様性を高めることで意思決定の質などチームのパフォーマンスにつながる効果がみられるという傾向です。反対にルーチンワークが多く、業務の複雑性が低い部署において多様性が高い場合は注意が必要です。成果にはつながらないばかりか、問題が発生してしまうリスクがあるとされています。

また「小さなチームサイズ(※13)」の方が、多様性は効力を発揮する可能性があることも報告されています。構成員が多いチームにおいて多様性を高めると、コミュニケーションの機能が低下しやすくなり、メンバーの職務満足レベルが低下してしまうことが提示されています。

同様に「社員の在籍期間の短さ」も多様性へポジティブな影響を与えるという研究があります。反対に、在籍期間の長い社員が多いと多様性が高まった際に、既存の関係との間でコンフリクトが発生しやすいと指摘されています。他にも組織のカルチャーやリーダーシップスタイルなど、多様性を成果につなげる要因は複数報告されています。

成果につなげる「何か」を探索する

ここで注意が必要なことは、先述した要因についてもまだ検証過程であるということです。個々の研究結果では、ポジティブな影響を生み出すという結論に至っていたとしても、他の研究ではそうではない結論が出ていることもあります。これらの要因も、業界や企業規模、国や宗教など、ここに挙げていない他の要因の影響を受けることが予測されます。これらを強化しても、成果につながらないケースも充分に考えられます。

ただし、CEMが提示した視点そのものは非常に意義深いものです。成果へとつなげる「他の要因」を検討する視点を持つことで、よりリアルに、深く、ダイバーシティの影響を見通すことができるためです。先に述べたような「タスクの複雑さ」や「チームサイズ」といった諸条件を手掛かりにしつつ(勿論、それだけにとらわれずに)、自分たちの職場を観察し、ときにデータ分析なども活用しながら探究する姿勢が不可欠と言えるかもしれません。

とくに、多様性が巧く機能しているパターンと、そうではないパターンを複数集めて整理していくと、多様性の成否を分ける要因を見つけやすいはずです。多様性を推進し、マネジメントする立場にある担当者は、現場に足を運び、職場の実態やリアルな意見を集めながら、自社やその事業部にフィットするダイバーシティ・マネジメントの進め方を練り上げていくことが求められます。


<参考文献>
(※1)Jackson,S.E.,Joshi,A.,&Erhardt,N.L(2003).Recentresearchonteamandorganizationaldiversity:SWOTanalysisandimplications.Journalofmanagement,29(6),801-830.
(※2)Harrison,D.A.,Price,K.H.,&Bell,M.P.(1998).Beyondrelationaldemography:Timeandtheeffectsofsurface-anddeep-leveldiversityonworkgroupcohesion.Academyofmanagementjournal,41(1),96-107.
(※3)Horwitz,S.K.,&Horwitz,I.B.(2007).Theeffectsofteamdiversityonteamoutcomes:Ameta-analyticreviewofteamdemography.Journalofmanagement,33(6),987-1015.
(※4)Harrison,D.A.,Price,K.H.,&Bell,M.P.(1998).Beyondrelationaldemography:Timeandtheeffectsofsurface-anddeep-leveldiversityonworkgroupcohesion.Academyofmanagementjournal,41(1),96-107.
(※5)O’Reilly III, C. A., Williams, K. Y., & Barsade, S. (1998). Group demography and innovation: Does diversity help?.
(※6)Milliken, F. J., & Martins, L. L. (1996). Searching for common threads: Understanding the multiple effects of diversity in organizational groups. Academy of management review21(2), 402-433.
(※7)Van Knippenberg, D., & Schippers, M. C. (2007). Work group diversity. Annu. Rev. Psychol., 58, 515-541.
(※8)Horwitz, S. K., & Horwitz, I. B. (2007). The effects of team diversity on team outcomes: A meta-analytic review of team demography. Journal of management, 33(6), 987-1015.
(※9)Byrne, D., Clore, G. L., & Smeaton, G. (1986). The attraction hypothesis: Do similar attitudes affect anything?.
(※10)Tajfel, H. E. (1978). Differentiation between social groups: Studies in the social psychology of intergroup relations. Academic Press.
(※11)Van Knippenberg, D., De Dreu, C. K., & Homan, A. C. (2004). Work group diversity and group performance: an integrative model and research agenda. Journal of applied psychology89(6), 1008.
(※12)Pelled, L. H., Eisenhardt, K. M., & Xin, K. R. (1999). Exploring the black box: An analysis of work group diversity, conflict and performance. Administrative science quarterly, 44(1), 1-28.
(※13)Stahl, G. K., Maznevski, M. L., Voigt, A., & Jonsen, K. (2010). Unraveling the effects of cultural diversity in teams: A meta-analysis of research on multicultural work groups. Journal of international business studies41, 690-709.

著者紹介
神谷俊(かみや・しゅん)
株式会社エスノグラファー 代表取締役
バーチャルワークプレイスラボ 代表

企業や地域をフィールドに活動。定量調査では見出されない人間社会の様相を紐解き、多数の組織開発・製品開発プロジェクトに貢献してきた。20年4月よりリモート環境下の「職場」を研究するバーチャルワークプレイスラボを設立。大手企業からベンチャー企業まで、数多くの企業のテレワーク移行支援を手掛け、継続的にオンライン環境における組織マネジメントの知見を蓄積している。また、面白法人カヤックやGROOVE Xなど、組織開発において革新的な試みを進める企業の「社外人事(外部アドバイザー)」に就くなど、活動は多岐にわたる。21年7月に『遊ばせる技術 チームの成果をワンランク上げる仕組み』(日経新聞出版)を刊行。

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