マイナビ キャリアリサーチLab

企業と学生の2つのデータからみる内定後のコミュニケーション —九州大学ビジネス・スクール講師 碇邦生氏

碇邦生
著者
九州大学ビジネス・スクール講師 合同会社ATDI代表
KUNIO IKARI

就職先に満足しているが課題も感じる入社前の新入社員

大学を卒業して、新社会人としてのスタートを気持ちよく切りたいと思う気持ちは多くの新入社員にとって共通だろう。これは新入社員を迎える企業にとっても同様だ。入社した新入社員が気持ちよく入社日を迎え、会社での業務を通じて自己実現し、長期にわたって活躍して欲しいと願う。しかし、現実はそう簡単にはいかない。

厚生労働省の「新規学卒就職者の離職状況」によると、大企業であっても就職後3年以内の大卒者の離職率は3割弱となっている。公益社団法人全国求人情報協会の「2022年卒新卒者の入社後追跡調査」では、入社後半年で40.8%の新入社員が転職志向にあるという。いまや3年3割の早期離職は企業規模を問わずに起きている。

早期離職の理由はいくつかあるだろうが、その1つとして、内定から入社までの期間が長く開いてしまい、就職活動中の入社意欲が維持できていないリテンション(入社意欲の維持)の問題があると思われる。たとえ公益社団法人全国求人情報協会の「2022年卒新卒者の入社後追跡調査」では、新卒者の5人に1人は入社前に「転職志向」があるという。

新卒採用では、内定受諾から入社日までに平均して半年以上の期間があく。早い学生では3年生次に就職活動を終わらせてしまうので、1年以上も保留状態が続く。この期間に、学生が自らの選んだ就職先に不安を感じ、入社意欲が減退してしまう。その結果として、入社前からすでに退職したい新入社員ができてしまう。

マイナビキャリアリサーチLabとの共同研究で実施した調査(※1)では、このような内定後の学生が抱える不安と入社意欲の現状が明らかとなった。
※1:「2023年卒の内定者に対するコミュニケーション」に関する企業向け(回答数 2,008社)と学生向け(回答数 1,847名)の調査(期間:2022年10~12月)

学生向け調査では、8割が内定先の企業を「魅力的」だと評価し、65.8%が「他者にも勧めたい」と回答した。おおむね、学生にとって内定先の満足度は高いようだ。しかし、「早く内定先で働きたい」と回答した学生は39%にとどまり、「入社後の仕事が楽しみで仕方がない」の40.1%の結果とあわせて考えても、働くことへの肯定的な姿勢は過半数を割り込んでしまっている。

また、「仕事が自分にできるか」「良好な人間関係が築けるか」「組織に適応できるか」「新生活」の4つの項目に対して6割以上の学生が不安に感じていると回答している。

これらの調査結果からは、学生は内定先企業に満足しているものの、実際に働くことや新生活に対する不安を多く抱え、仕事に対して前向きになり切ることができていない姿が見て取れる。

内定後のコミュニケーションの現状

内定後のリテンションのために、企業は先輩社員との懇親会や入社前研修などのコミュニケーション施策を通じて対策を講じることになる。特に、学生の数よりも求人の数の方が多い、売り手市場である昨今の新卒採用市場では、内々定を複数持つ学生が少なくない。「マイナビ 2023年卒 内定者意識調査」では、内々定保有数の平均は2.25社となっている。入社日を迎えるまでは、学生が競合他社にとられてしまうリスクがある。また、入社意欲が下がりすぎると、内定辞退をして就職浪人する学生も出て来る。

しかし、多くの企業にとって、内定後のコミュニケーションはやらなくてはならないと思いつつも、手が回っていないところでもある。限られた人員で採用活動を行っているだけではなく、最近はインターンシップやダイレクトリクルーティングなど、採用手法のバリエーションも増えた。採用活動でも手一杯なのに、内定後のフォローにまで割くことができるリソースが不足しているところが多い。

企業調査の結果でも、内定後のコミュニケーションに一定の効果を認めているものの、施策の充実に苦労する企業の姿が透けて見える。図1は内定者とのコミュニケーション施策の実施状況と効果への評価を整理した。実施率の高さに応じて、4つの段階に分けている。【図1】

内定者とのコミュニケーション施策の実施状況と効果への評価

第1の段階は、60%以上の企業が実施している定番施策だ。「人事からの状況確認連絡」、「対面での内定者懇親会」、「内定式」が含まれる。

第2の段階は、30%以上の企業が実施している”企業の特徴が出る施策”だ。特に、実施した企業の中で肯定的な評価がされた施策は、「先輩社員との懇親会」「社内見学・工場見学」「人事との面談」だった。反対に、「社内報・社内資料の送付」は、実施率が49%と約半数の企業が行っているのにも関わらず、効果に否定的な評価を下した企業の方が多かった。また、「レポート課題を課す」とした企業は効果に対する評価が賛否両論となった。

第3の段階は、20%よりも多くの企業が実施している施策だ。これらの施策は、「インターンシップ」や「宿泊を伴わない研修」など、内定者とのコミュニケーション施策として比較的新しい試みが含まれる。「宿泊を伴わない研修」「先輩との面談」「アルバイト・インターンシップ」「社内行事への招待」を実施している企業からの評価は高く、広く認知されることで実施率が今後高まってくると思われる。

第4の段階は、実施率が20%以下の”多くの企業が実施していない施策”だ。まだ数は少ないものの、「内定者向けWeb掲示板やSNS」は実施している企業の中では比較的評価が良い。しかし、「通信教育」と「研究室・ゼミ訪問」は、ほとんどの企業が実施しておらず、効果も賛否両論となっている。

これらの4つの段階を概観すると、約半数の企業が実施している施策のなかでも効果を疑問視している施策がいくつかあることがわかる。効果を疑問視しながらも実施されている施策は再考の余地がある。
また、実施率が2~3割の間にあるような比較的新しく、挑戦的な施策は効果の高さが評価される傾向にある。実施することに困難さがあるかもしれないが、新しい施策には挑戦する価値がある。

内定後のコミュニケーションの充実が新入社員の満足感を高める

では、内定後のコミュニケーションを充実させることで、どのような効果が期待できるのか。その効果について、企業と学生の視点からデータを分析する。企業側の視点からは、採用した新入社員に対して、新入社員の仕事への取り組みに対する満足をきいた「職務適合の満足」と仕事への意欲やモチベーションの高さを評価した「組織適合の満足」の2つを効果とした。これらの効果に対して、モチベーション施策の充実度と内々定後の辞退に対する2つの課題意識(「ミスマッチ」と「競争力不足」)が及ぼす影響について検討した。その結果を視覚化したのが【図2】だ。 

内定後のコミュニケーションと課題が新入社員の満足度に及ぼす影響

分析結果からは、内定後コミュニケーションを充実させることで、新入社員に対する「職務適合」と「組織適合」の満足感が高まることがわかった。特に、「職務適合」は「組織適合」を高める効果もあり、新卒採用だからといって、職務適合を軽く見ないほうが良いことが示唆されている。

加えて、競合他社と比べて自社の競争力が不足していると考えている企業は採用のミスマッチに関する課題意識を高め、実際に新入社員の職務適合に対する満足感を低下させることが明らかとなっている。これらの課題意識を軽減させるためにも、内定後に学生と丁寧にコミュニケーションをとることで、競合よりも志望順位を高め、ミスマッチを減らす努力が必要だ。

内定後コミュニケーションの量より質が入社意欲を高める

企業調査の結果から、内定後のコミュニケーションの充実が新入社員への満足度に繋がることがわかった。それでは、学生の視点からみたときに、内定後のコミュニケーションはどのような効果があるのだろうか。【図3】と【図4】は、「内定後のコミュニケーションへの満足度」と「量」の2つが「会社へのフィット」(組織風土や職務が自分に合っていると感じ、組織に魅力を感じているか)と「人材へのフィット」(内定先企業の社員と一緒に働きたいと感じるなど魅力を感じたか)を高め、入社へのモチベーションに関する4つの指標(「就活やり直し意向」「入社意欲」「入社への不安」「長期勤続の意欲」)に及ぼす影響について分析結果を表した。

内定後のコミュニケーション施策が入社に向けた心理状態に及ぼす影響(会社への適合の認知)
内定後のコミュニケーション施策が入社に向けた心理状態に及ぼす影響(人材への適合の認知)

分析の結果、「内定後のコミュニケーションへの満足度」は「会社へのフィット」と「人材へのフィット」の双方を高め、入社へのモチベーションに関する4つの指標にも好ましい影響を及ぼすことがわかった。具体的には、「就活やり直し意向」と「入社への不安」を軽減し、「入社意欲」と「長期勤続の意欲」を高めることがわかった。

一方、「内定後のコミュニケーションの量」は、満足度ほど強い効果を持たないものの、おなじように「会社へのフィット」と「人材へのフィット」の双方を高め、入社へのモチベーションに関する4つの指標にも好ましい影響を及ぼしていた。しかし、「長期勤続の意欲」に関しては、直接的には負の影響を持っていた。このことから、「内定後のコミュニケーションの量」を増やすことで内定者に企業と人材が自分に合っていると実感させることができたときには良いが、そこに結び付かないときには量が増えることで長く働きたいとは思わなくなることが示唆されている。

また、「人材へのフィット」は入社意欲を高める効果を持つが、それ以外の指標には有意な影響力を持たなかった。このことから、「人材へのフィット」よりも「会社へのフィット」を高めることを目的として内定後のコミュニケーションを設計することが、内定者の多様な心理状態をカバーすることに繋がる。

これらの結果をまとめると、内定者の入社意欲と長期勤続の意欲を高め、入社への不安と就活のやり直し意向を軽減させることに、内定後のコミュニケーションを充実させることが有効出ることがわかる。特に、内定後のコミュニケーションの量を増やすだけではなく、満足度を増やすことが内定者のモチベーションを高めることに繋がる。そうして満足度を増やすことで、従業員の魅力を伝え、企業文化や組織風土、入社後に従事する職務内容が自分に合っていると感じてもらうことが肝要になる。

まとめ

近年、採用活動に関する変化はめまぐるしいものがある。オンライン面接やHRテックの普及といったDXの推進、通年採用やダイレクトリクルーティングなどの採用経路の多様化というようにさまざまな変化が起きている。

一方、内定後のコミュニケーションには大きな変化がみられない。メディアに取り上げられたとしても、オワハラと呼ばれるような、内々定を出す代わりに就職活動を終わらせるように強制するなど、ネガティブなニュアンスが強い。歴史を振り返っても、1990年代や2000年代の好景気のときには内定者の囲い込みのためにテーマパークを貸し切る企業や、ハワイ旅行に連れていく企業など、内定後のコミュニケーションは迷走気味な施策も少なくない。時代が変化するなかで、内定後のコミュニケーションも見直しが必要だろう。

特に、冒頭で述べたように、新卒採用は内定後に半年以上も期間があいてしまい、その間のモチベーションの維持に課題がある。本稿では、企業と学生の両方の視点から、内定後のコミュニケーションを充実させることで好ましい効果があると実証結果を得られた

しかし、過半数以上の企業が実施している施策は、内定式と内定者や先輩社員との懇親会など、インフォーマルな人間関係を作るものに集中している。企業文化や職務内容への理解を深め、「会社へのフィット」を高めることに繋がる研修やインターンシップなどの取り組みは限定的だ。

新入社員に高いモチベーションをもって入社日を迎えてもらうためにも、内定後のコミュニケーションで企業ができることは多い。5人に1人が入社前から「転職志向」にあるという現状は、多くの企業にとって好ましいとはいないだろう。同時に、学生にとっても働く前から転職が頭にある状態では、仕事への身の入り方も変わってきてしまう。

新入社員が活躍し、仕事を通して成長してもらうためにも、内定辞退の防止や懇親会で終わらせることのない、内定後のコミュニケーションのあり方が重要になるのだ。


著者紹介 

九州大学ビジネス・スクール講師 合同会社ATDI代表 碇 邦生
2006年立命館アジア太平洋大学を卒業後、民間企業を経て神戸大学大学院へ進学し、ビジネスにおけるアイデア創出に関する研究を日本とインドネシアにて行う。15年から人事系シンクタンクで主に採用と人事制度の実態調査を中心とした研究プロジェクトに従事。17年から大分大学経済学部経営システム学科で人的資源管理論の講師を務める。現在は、新規事業開発や組織変革をけん引するリーダーの行動特性や認知能力の測定と能力開発を主なテーマとして研究している。また、起業家精神育成を軸としたコミュニティを学内だけではなく、学外でも展開している。日経新聞電子版COMEMOのキーオピニオンリーダー。

※所属や所属名称などは執筆時点のものです。

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