マイナビ キャリアリサーチLab

日本は好きだけど就職したくない留学生
—大分大学・碇邦生氏

碇邦生
著者
九州大学ビジネス・スクール講師 合同会社ATDI代表
KUNIO IKARI

優秀な外国人留学生を如何に日本に定着させるか?

人口減少とビジネスのグローバル化を背景として、外国人留学生の日本企業への就職は増加傾向にある。就職を目的とした在留資格申請に対して許可された留学生は2010年から増加しており、国別で見ると、中国人留学生が36.8%を占め、次にベトナム、ネパールと続き、95%以上をアジア諸国からの学生が占めている。

留学生と日本人学生を比べたときに、基本的には母国を離れて学びに来た留学生の学習意欲は高い。大学で英語を主として受講できるのならば、言語の障害がなくなるため、日本人学生と比べて留学生の方が高い評価を受けることも珍しくない。 たとえば、学生数の約半数を留学生が占める立命館アジア太平洋大学では留学生に対する評価が高い。同校では、2001年から半年に1度、日清食品ホールディングス株式会社創業者の、故安藤百福立命館大学名誉博士からの寄付によって、栄誉賞と奨励賞を授与している。これまでの21年間で183名が受賞しているが、そのうち140名は留学生だ。

留学生採用のニーズの高まりとともに、優秀な留学生が日本企業に就職し、定着してもらうことが企業と政府の双方にとって重要な課題となっている。しかし、優秀層にいる留学生にとって、日本企業は魅力的な進路となっているのだろうか。留学生にとっての「働く環境」という視点から、日本企業の現状の整理とこれからの指針について考えていく。

日本に来た留学生が「就職したくない」

留学先の国で就職することは、先進国の大学・大学院に留学する主要な理由の1つだ。特に、日本の新卒一括採用は日本で就職を目指す留学生にとっては好条件と言える。ほかの国には見られない特殊な慣習ではあるものの、新規学卒者を積極採用するという日本企業の文化は留学生にとってメリットだろう。

しかし、比較的就職先を見つけやすい日本にあって、就職を希望する留学生の割合は少数派だ。独立行政法人日本学生支援機構が行った「外国人留学生進路状況・学位授与状況調査」において、大学および大学院の卒業・終了者数に対する国内就職者数の過去5年間の割合を見てみると、36.0%(2016年)、35.0%(2017年)、35.0%(2018年)、36.8%(2019年)、28.5%(2020年)となっている。コロナ禍で2020年の数値が下がっているものの、おおよそ35%前後で推移していることがわかる。外国人留学生の卒業・修了生数は2010年以降右肩上がりにあるが、国内就業者の割合は大きく変化していない。就職率が変化しないということは、就職先としての日本企業の魅力に変化はないとも言える。

日本再興戦略改訂2016」において、外国人留学生の日本国内での就職率を3割から5割へ向上させることが閣議決定されているように、政府方針としては解決すべき重要課題として認識されている。しかし、現実には有効打が打てていない状態だ。

悪評高い日本企業の働き方

“KAROSHI” (過労死)という日本語がそのまま英単語になってしまうほど、海外において日本企業での働き方は評判が良くない。筆者は勤務校の提携先である海外大学の学生にも講義をしているが、日本企業のイメージは「長時間労働」「強い年功制」「権力格差が大きい」「明文化されていない独自ルールが多い」「意思決定が遅くて複雑」「昇進・昇格が遅い」「給与が安い」「厳格すぎる」とネガティブなワードで埋め尽くされる。

残念なことに、悪条件は重なるばかりだ。導入率の低いテレワーク、各種調査で発表される世界最低水準の労働生産性とエンゲージメント、韓国に追い抜かれた平均給与、台湾に追い抜かれた1人当たりのGDPなど、日本で働くことの将来性と魅力を減退させる要素が、ここ数年で次々と出ている。

留学生を採用することに関する本音と建前

留学生を受け入れる企業にとっても、本当に留学生を受け入れる準備ができているのか不透明なことが多い。今年(2022年)5月には、吉野家ホールディングスが採用説明会に予約した大学生に対して、外国籍であると勝手に判断し、参加を拒否していたと明らかにした。同社は採用サイトに「組織の活性化を目的に、外国籍社員の積極的な登用を続けています」と明記しているにも関わらず、このような対応をとったことは世間を騒がせた。

組織や人材の多様性推進のために、外国籍の新規学卒者を採用したいと考える企業は多い。その反面、日本語能力の問題、人材育成や現場のマネジメント体制が整っていないなど、現場レベルでの問題が山積している。ビザ取得などの労務手続きに手が回らないというケースもある。

建前では外国人留学生を積極採用したいと言いつつも、本音では受け入れられるほどの余裕が現場にはないというギャップが、企業の積極採用に繋がらない原因になっている。その結果、「外国籍の学生にも応募して欲しいと思っています。ですが、特に日本人学生と区別することはありません。」という、方針の見えないどっちつかずな言葉が採用担当者から語られることになる。

留学生活用の4つのステップ

留学生の採用をするために、まずは企業の受け入れ態勢を整えることから手を付ける必要がある。本音と建前が分離している状態では、留学生にとって魅力的な環境とはならない。特に、現場での働き方(休暇のとりやすさ、残業の多さ、勤務時間と勤務先の自由裁量など)に関わる要素は、日本人以上に留学生にとって気になるところだ。これは言い換えると、日本独自の働き方を外国人の目線から見て受け入れられるくらいにまで歩み寄る必要があるということだ。

現場レベルでの働き方の当たり前と同様に、気を付けなくてはならないのはコミュニケーションの在り方だ。INSEADのエリン・メイヤー教授のカルチャー・マップ理論で知られるように、職場レベルのコミュニケーションにおける文化的差異が従業員に及ぼす影響は大きい。就労意欲や職務業績に影響を及ぼすだけではなく、早期離職にも繋がりかねない。これら働き方とコミュニケーションの問題を解決するために、以下4つのステップを踏むことを勧めたい。

留学生活用の4ステップ/筆者作成

1つ目のステップとして、現場での受け入れ態勢を構築するために自社の現状を把握する「現状分析」から務める必要がある。自社の企業文化と日本の文化的背景からくる、働き方とコミュニケーションの当たり前を明示化する。

2つ目は、採用の主な対象となる留学生の国籍の特徴に従って、自社の働き方とコミュニケーションの在り方を「調整」する。ここでは、なぜ自社の働き方とコミュニケーションの在り方が留学生の母国の常識と異なるのかを説明できるようにすることが重要になる。違いがあらかじめわかっているのであれば、インターンシップや内定後コミュニケーションで文化的差異を理解し、適応してもらうこともできる。

3つ目は、「受け入れ準備」としての組織開発とマネジメントの訓練だ。まずは、受け入れ予定の部署や異文化理解に適性の高い管理職を特定して、スモールスタートで始めることが良いだろう。また、NETFLIXのようにコミュニケーションの文化的差異を、測定テストを用いることで数値化し、1on1ミーティングを通して調整することも効果的だ。

4つ目は、「キャリア整備」をすることだ。留学生はすぐに退職するというイメージを持たれることも多いが、ロールモデルを作ることや、キャリアパスを明確にして社内で長期的に活躍する自分の将来像を思い描きやすくすることで早期離職の防止ができる。社内にロールモデルがいないときには、社外に出向させることでロールモデルを見つけてもらう方法もある。

働き方のブランド価値を作ろう

社内で留学生の受け入れ準備を整えることができたら、次に働き方の評判を上げる必要がある。特に、国際的に働き方の良い評判を作ることができると、非常に強いアドバンテージとなる。平均的に日本企業の評判が低い中で、自社の評判を上げることは魅力を際立たせやすい。

働き方の評判を上げることで効果的なのは、国際認証を得ることだ。有名な認証では “Great Place to Work” がある。しかし、2021年版の世界トップ25社の中に日本企業は入っていない。アジア地域に限定して、大企業と中小企業部門で “Best Workplaces in Asia 2021” として受賞する企業が増えてきているものの、多国籍企業部門では日本企業の受賞はまだない。

また、働き方の評判で用いられる指標ではデータで根拠を示せるものが数多くある。たとえば、平均残業時間や有給取得率、育休取得率など、数値で示せるものは積極的に対外的に発信し、働く環境としての魅力を伝えることが大切だ。 働き方のブランド価値を高めるために、是非取り組んで欲しいのはオリジナル施策を作ることだ。働き方に関するオリジナル施策を作るということは、自社の企業文化を表現するのに最適なツールとなる。Google や Airbnb、Zappos のように強い企業文化を持つ企業は、企業文化を体現するユニークな働き方施策を持つことが多い。日本企業では、サイボウズの「自由過ぎる働き方」が代表的だ。

留学生採用で人手不足から脱却する

日本の労働人口が減少する中、留学生は次世代の会社の担い手として有望な人材であり、将来の幹部候補でもある。
今年4月に亀田製菓の取締役会長兼CEOに就任したインド出身のジュネジャ・レカ・ラジュ氏は、素晴らしいロールモデルだ。同氏は大阪大学で生物・発酵工学を研究し、名古屋大学で博士号を取得した元留学生でもある。

グローバル化が進展する中、国際歴な存在感を低下させている日本の現状では生き残るために激しい国際競争で打ち勝つ必要がある。留学生にとって魅力的な就職先となるように変革することが、日本企業の将来にとって重要になってくるのだ。


著者紹介  大分大学経済学部講師 合同会社ATDI代表 碇 邦生

2006年立命館アジア太平洋大学を卒業後、民間企業を経て神戸大学大学院へ進学し、ビジネスにおけるアイデア創出に関する研究を日本とインドネシアにて行う。15年から人事系シンクタンクで主に採用と人事制度の実態調査を中心とした研究プロジェクトに従事。17年から大分大学経済学部経営システム学科で人的資源管理論の講師を務める。現在は、新規事業開発や組織変革をけん引するリーダーの行動特性や認知能力の測定と能力開発を主なテーマとして研究している。また、起業家精神育成を軸としたコミュニティを学内だけではなく、学外でも展開している。日経新聞電子版COMEMOのキーオピニオンリーダー。

←前のコラム          次のコラム→

関連記事

コラム

時代によって移り変わる就活3種の神器—大分大学・碇邦生氏

在日外国人のアルバイト実態調査(2021年)

調査・データ

在日外国人のアルバイト実態調査(2021年)

コラム

Vol.1「コロナ禍における外国人労働者雇用実態」
ゼロからわかる外国人労働者市場~実態から未来予測~