マイナビ キャリアリサーチLab

「社員を健康に」その一歩先へ(大橋運輸株式会社)
—健康経営を考える

矢部栞
著者
キャリアリサーチLab編集部
SHIORI YABE

少子高齢化社会の到来により労働人口が減少するなか、長時間労働と残業の多さが課題とされる日本で、働き方改革が企業の重要な経営課題となっています。そして、働き方改革とともに企業が取り組むべき課題として近年注目を集めているのが「健康経営(R)」(※1)です。
企業が「健康」に経営を進めるためには、従業員の「健康」は決して無視できない重要なテーマとなっています。シリーズ第三回となる今回は、健康経営に熱心に取り組んでいる愛知県瀬戸市の運輸会社、大橋運輸株式会社にインタビュー。健康経営に取り組んだことにより、どのような成果がみられたのかを探っていきます。
※1:「健康経営(R)」は特定非営利活動法人健康経営研究会 (以下、健康経営研究会)の登録商標

企業紹介

まずは、大橋運輸株式会社についてご紹介します。

会社名:大橋運輸株式会社
設立:1954年3月17日
従業員数:96人(2022年6月現在)

■おもな健康経営の取り組み
・管理栄養士による栄養指導
・地域健康プロジェクト
・8020運動
・禁煙サポート など

健康経営以外にも、ダイバーシティ&インクルージョン、SDGs、地域活動とさまざまな取り組みをされています。
今回は、代表取締役社長の鍋嶋洋行さん、管理栄養士の太美善さんに、さまざまな取り組みを始めるに至ったきっかけやその効果などを詳しく伺いました。

——健康経営に取り組み始めたきっかけを教えてください。

チラシ配布の活動に積極的に参加する社員の様子

鍋嶋: 当社が健康経営を意識し始めたのは、今から15年ほど前になります。当時の運送業界は、今と変わらず市場競争が激しい時代でしたが、仕事はたくさんあっても人手が足りないという状態が続いていました。しかし、将来的に労働人口が減少していくことを考えると、多様な人材に活躍していただける環境を整備することは喫緊の課題となっていました。

将来的な労働人口確保、ひいては付加価値のある人材の確保のために、まず取り組んだのが女性活躍推進です。運送業界はどうしても男性社員中心の職場になってしまいがちですが、労働時間や勤務日数を配慮して、少しでも女性が働きやすい職場環境を整備しました。その結果、現在は全社員のうち約2割が女性で、管理者比率でいうと4割近くが女性です。また、外国人労働者や障がい者の採用を積極的に進め、近年はLGBTQ+理解への取り組みなども行っています。こうして、少しでも従業員満足度の高い企業を目指すべく、多様な人材が活躍できる職場づくりを進めてきました。

ダイバーシティ&インクルージョンを推進し、多様な人材が活躍できる環境づくりを進めてきましたが、運輸業で大切なのはやはり安全です。安全を確保するためには、従業員に心身ともに健康でいてもらう必要があります。当社で活躍してくれる従業員の皆には、働いている期間だけでなく「定年後も健康でいて欲しい」という思いから健康経営についても取り組み始めました。社員の健康は会社の財産なのです。

——健康経営の具体的な取り組みについて教えてください。

栄養指導をする管理栄養士の太美善さん

鍋嶋: 具体的には、平成30年度から管理栄養士を採用し、社員に対してきめ細かい健康指導を行っています。「治療より予防」という考えのもと、コミュニケーションツールを使用した情報発信を行っており、食事や運動、睡眠など健康に関する知識を自然と身に付けられるように工夫をしています。


太: また、旬の野菜・果実や腸内環境を整える乳酸菌飲料などを社員に配布しています。加えて、社員の健康相談を中心に気軽に相談ができる「LINE相談窓口」や、社長に直接相談できる「社長直通メール」などを導入して、社員の意見や不満・悩みなどを把握し、社員1人ひとりが働きやすい職場環境づくりを進めています。

鍋嶋: ここ最近では、社員に「1年中頑張らないでください」と伝えていて、強化している部分です。やはり人間なので、花粉の時期がつらい人もいれば、冬の寒さが苦手な人もいて、ずっと頑張り続けるのは難しいと思うのです。社員がランダムに活躍すれば十分じゃないかと思い、趣味応援企画など仕事もプライベートも”人生を楽しく”過ごすための取り組みも行っています。

——さまざまな取り組みを進めるにあたり、社員の戸惑いや反発などはありましたか?

地域セミナーで講演する太さん

鍋嶋: 最初は、乳酸菌飲料を配られて「自分たちは子供じゃないよ」と反発されたり、バナナを配ると馬鹿にされているように感じた社員もいましたが、取り組みを継続することで血圧が低下することがわかるとみんなの意識も少しずつ変化して、今では健康経営の取り組みに対する理解も深まりました。目的や効果が分からないと戸惑いもありますが、理解が深まることで積極的に取り組みに参加してくれるようになりましたね。

太: 大切なのは、社員の反発にあってもくじけることなく取り組みを継続することです。健康に関する情報を発信するためにLINEなども活用していますが、最初はLINEの登録に苦労したものの、社員本人だけでなく社員の家族にも情報の有用性が共有されるようになって、社員の意識はどんどん変化していきました。取り組みの理由をきちんと伝えることで浸透していると思います。継続的な情報発信によって、認知を深めることができています。

——社内の取り組みを地域へも展開されているのはどうしてでしょうか?

鍋嶋: 運送業界の仕事というのは外からは見ることできません。お客さまに提供しているサービスの品質を理解していただくのがとても難しいので、受注時はどうしても価格競争になりがちです。しかし、私たちのような地域の中小企業は、地域の皆さまのご理解・ご支援なくして事業の運営は成り立ちません。そのため、日頃の感謝の気持ちを込めて、また、少しでも会社の考えや社員の取り組み姿勢を理解していただくために、社内でやっている取り組みを地域の皆さまにも提供していこうと、「健康寿命を延ばす」活動をスタートしました。

地域活動:ヨガ講習会の様子

太: 具体的には、地域の皆さまに食事・運動・睡眠などに関するお悩みに対して、管理栄養士の私がアドバイスさせていただく「おはなし広場」を設けたり、バランスボールインストラクターによる講習を開催したり、太極拳やヨガの講習会を実施しています。
本社のある愛知県瀬戸市は高齢化率も高く、社員だけでなく地域の健康寿命を延ばすことが大切です。また、地域活動をすることによって会社の考え方や社員を知っていただく機会となり、地域の方々からの「信頼」を獲得できていると実感しています。

鍋嶋: これらの取り組みは瀬戸市後援事業、地域福祉パートナーシップ事業者認定制度の認定を受けているため、安心してご参加いただいています。最近では、地域セミナーの講演依頼も増えているんです。アウトプットをすることで、社員の成長にもつながっています。

——健康経営の取り組みで、どのような手応え・効果が得られたでしょうか。

鍋嶋: 2022年3月に経済産業省が認定する「健康経営優良法人2022(中小規模法人部門) ブライト500」を受賞しました。ブライトの受賞は2021年に引き続き2年目で、健康経営優良法人は6年連続の受賞です。また、全国健康保険協会愛知支部において、健康宣言優良事業所(健康取組優良事業所)の金賞を受賞しています。

大橋運輸株式会社では、さまざまな取り組みが評価されています

こういった成果を従業員が知ることで、健康経営に対する従業員の意識も高まり、その結果として、安全運転のドライバーが増えること、従業員の健康寿命が延びることなどにつながっていると思います。また、当社の取り組みをメディアで知って、ダイバーシティや健康経営に関心の高い学生が入社してくれましたし、当社の企業姿勢が口コミで広がって中途採用における採用力強化にもつながっています。

当社が健康経営にかけるコストは、10年前と比べて10倍に増やしました。健康経営はかけたコストに対して、意外と成果を回収しやすい取り組みではないかという感触を得ています。従業員の健康意識が高まることで健康寿命が延び、雇用延長する社員が増えてきました。それに、さまざまな取り組みは社員同士のコミュニケーションの場になり、社内の活性化にもつながります。 また、健康経営に取り組み始めてから、求人応募数が増えた実感があります。それだけでなく社員の家族の紹介や、ドライバー同士の交流で他社から来ることもあって、採用コストが下がったと思います。新卒採用に関しても、他府県からの応募があって採用に繋がりました。

——採用面での取り組みとして、2025年から「禁煙採用」を始められるそうですね。

鍋嶋: 業界的にも喫煙率が高く、社内にもヘビースモーカーの方がいました。受動喫煙など本人だけの問題ではないと思います。現状の社内喫煙率は、業界全体からみれば少なく抑えられているものの、やはり禁煙できない人も多いです。そういった現状から、社内での禁煙サポートに加えて「禁煙採用」を始めるに至りました。
喫煙は依存性が高いので厳しい挑戦かもしれませんが、引き続き取り組んでいきたいです。

——最後に、健康経営の導入を検討する企業に対してアドバイスがあれば教えてください。

ダイバーシティ啓発イベントに参加する鍋嶋洋行社長と社員のみなさん

太: 健康経営の取り組みは、資金や特別なノウハウがなくても始められると思います。大切なのはITツールをうまく活用して、こまめに情報発信をすることで社員の健康意識を高めていくことです。まずはできることから、身近な取り組みから始めてみて、それを継続していくことが重要だと思います。

鍋嶋: そもそも健康経営は、「ブームだからやる」というよりは、継続して取り組むことでそれぞれの会社の文化にしていく、そんな意識で取り組むべきかと思います。その意味では、短期で成果を求めないことが重要です。単年度で成果を求めてしまうと健康経営の担当者も大変になります。健康経営の担当者は、社員のことを思ってさまざまなアドバイスをするのですが、社員からは煙たがられてしまうことがあります。担当者のモチベーションを維持するためにも、長期的な視点で取り組み、みんながメリットを実感できるような取り組みにできるといいと思います。

高齢化は今や日本全体が直面する課題ですが、地域を支える人びとの高齢化が進み、さまざまな地域課題が浮き彫りになってきているなかで、私たちのような地域に根ざして事業活動に取り組む中小企業こそ、地域貢献を視野に入れて健康経営に取り組むことに大きな意義があると思います。しかし、すべてを自社だけで解決しようとせず、行政や地域のさまざまな企業と連携しながら、自社の従業員だけでなく地域の人びとの健康サポートにも貢献できるといいですね。


■プロフィール
鍋嶋洋行(なべしま・ひろゆき)写真右
大橋運輸株式会社 代表取締役社長。大学卒業後、地元信用金庫に7年勤務。その後、妻の祖父が創業した大橋運輸に1998年4月入社、同年11月代表取締役就任。
運輸業として付加価値を高めるために、社員のES向上やダイバーシティ経営に取り組み、女性・高齢者・外国人・障がい者・LGBTQ人材の活用を推進。個人活動として、社会福祉法人の評議員や市民後見人として、地域活動に取り組んでいる。

太美善(たい・みそん)写真左
大橋運輸株式会社 安全衛生推進室 管理栄養士。中国出身。臨床医学部を卒業後、栄養学を学びに2008年に来日。2014年日本の管理栄養士資格を取得。
「治療より予防」の観点から健康経営に力を入れている同社と価値観が一致し、2020年に入社。安全課所属 管理栄養士として「健康あっての安全」をモットーに社員の健康をサポート。地域健康プロジェクトを牽引。健康無料栄養相談広場を担当し、運動無料体験を運営。趣味は健康太極拳とドローン。

編集後記:キャリアリサーチLab研究員 矢部 栞
「定年後も健康でいてほしい」「社員だけでなく地域全体で」という考えを大切に、さまざまな施策に取り組み、それにより信頼される会社になっているという、まさに“健康経営のあるべき姿”を深く学ばせていただいたインタビューでした。社員全員が1年中頑張り続けるのではなく、「1年中頑張らない」で社員がランダムに活躍することにより、無理せず長く働き続けられるというお話も、コロナ禍においてメンタルヘルス不調者が増えている今、社会全体として必要な考え方ではないかと思いました。


——次回も、別の角度から「健康経営」に取り組んでいる企業に取材し、取り組み事例の効果や課題などを掘り下げていきます。

←前のコラム          次のコラム→

関連記事

コラム

今考える「健康経営」のこれから
—法政大学・梅崎修氏×武蔵大学・森永雄太氏

コラム

従業員のウェルビーイングを重視するマネジメント
– 武蔵大学・森永雄太氏

コラム

ダイバーシティ&インクルージョンはどこまで浸透しているか!?
日本企業における進捗状況を探る