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人生100年時代、ミドルシニア世代がいかに自分を取り戻すか~必要なマインドとスキルと組織の在り方とは~—法政大学キャリアデザイン学部教授 廣川 進 氏

キャリアリサーチLab編集部
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キャリアリサーチLab編集部

今回のコラムでは「人生100年時代におけるキャリア施策・人的資本経営」と題し、企業の最前線で活躍されている有識者へのインタビューを通し、各企業の取り組みや課題についてふれてきました。今回は、各企業の実情から、総括をしていきたいと思います。

企業の取り組みとして見えたシニア世代の“キャリア自律”の実態

まった無しの少子高齢化が進む中、各企業は、現在在籍している人材に対し、企業の文化や組織の方向性に合わせた人事施策・キャリア教育の見直しを行っている実情がうかがえた。

その一方で、“キャリア自律”という考えのもと、企業は組織の強化や個々の人材を活かしていくことの方針は提示しつつも、ビジネスパーソン側からは、長きにわたる組織への貢献や役割に応じたパフォーマンスを発揮してきたという自負心がある分、現状の見直し方針には、やや唐突感や戸惑いを含んだ受け止めをしている実態が見えた。

ミドルシニア世代の例

たとえば、ミドルシニア世代の目線の典型例では、「できる限り働き続けよ」という社会的・金銭的状況下の中、会社からは「変われる人は活かし」「変われない人は、自身の道を」とも捉えられるプレッシャーを一様に感じている印象がみられていた。

そのプレッシャーを受けている側からすれば、個々の腹の内を素直に語れる相手がいればまだしも、働く意欲がはからずも減退してしまった社員にとって、その方針に素直に従えず、悶々としてしまっている状況もみられた。

組織と個人が併走していくための、重要なキーワードとは

こうした中、企業側では、以前から受け継がれた人事施策や教育体系から、社員個々のキャリアやスキルに着目し、現在在籍している人材の育成強化のプロセスを見直し・改善するなど、各社の地道な工夫が見えてきた。

ある企業では、一人ひとりの個性に応じたキャリアを支援する中、大局的な観点から自身をふりかえる「適応的諦観」をもった人生の見直しをするなど、キャリアと人生のデザインを含めた見直しを重要視していく取り組みなどが挙げられる。

また、組織の実情に合わせた“キャリア支援”を継続的に行う機能を立ち上げ、個々の要望やライフスタイルの実情に応じた働き方に伴う個別課題を深掘り、以前から取り組まれてきた育成施策の更なる強化のため、世代別・テーマ別の教育メニューを設置するなど、課題の詳細化を行いながら、時代に応じた柔軟な施策を生み出そうとする取り組みがみられた。

今後に向けて大切なのは、過去・現在・未来のプランニング

誰しも長い人生を歩みつづければ、部署や役割、キャリアのステージが大きく変わるなど、多くの分岐点に立つことになる。その時に重要なポイントは、今自分に何ができるのか、社会とのつながりがどう得られるか、という観点に立った見直しなのではないだろうか。

というのも、各社のリアルな実態を通して見えてきたのは、「関心が自分に向かっていく人」と、周囲とのつながりや関係性から「何に役立てるのかという思いに至る人」のマインドに大きな違いが見えている。

後者の傾向が強い場合、共通しているのは、次なるアクションを自発的に起こしている傾向にあることから、自身の次なる成功を周囲との関係性を踏まえた視点からみつめられているかどうかが、“自律したキャリア”の重要なカギとなっている。

では、個人としてどのように自身の関心がどちらに向かっているのかを探るうえで、そのきっかけにつながる方法について、いくつか紹介したい。

時間軸に沿って棚卸しをする

一つ目は人生における過去・現在までを時間軸に沿って棚卸しをしてみることである。たとえば”ライフラインチャート(人生曲線を描くシート)“のようなものを手掛かりに、整理をしてみるのも有効な方法の一つとなる。

印象に残っている思い出や出来事、人生における困難な出来事、または感動的な出会い等々、人生の各々の場面が、良い状態であったのか、とても苦い経験であったのかを、その時点の心理状態を思い起こして描き起こしていく。こうした作業によって、自身のルーツや“歴史”が紐解かれる。【図1】

【図1-1】ライフラインチャート /出典:一般財団法人ACCN
【図1-1】ライフラインチャート /出典:一般財団法人ACCN
【図1-2】ライフラインチャート 記入例/出典:一般財団法人ACCN
【図1-2】ライフラインチャート 記入例/出典:一般財団法人ACCN

また、この整理の際、過去における自身の適性を見つめる心理測定の結果なども参考になるであろう。当時の自身の強みや特長、更にはどのような職業や役割に適していたのかなど、振り返りの参考となる情報が、さまざまな観点から提供されているものである。

これらは、過去から現時点までの足跡を言語化していく作業であるため、より深い内省につながる重要なプロセスといえる。

“未来”へのデザイン

二つ目が、自身の今後を見つめる“未来”へのデザインの重要性である。たとえば、“人生のリ・デザインplanningシート”などが挙げられる。この整理のポイントは、4つのLを整理・統合していく作業が特徴の一つとなっている(統合的ライフプランニング(Integrative Life Planning) サニー・ハンセン)。ここで言う4つのLとは、

  • Love(愛、家族、関係、絆)
  • Labor(労働、仕事)                     
  • Learning(学習、学び)
  • Leisure(余暇、自由時間)レクリエーション、遊び re-creation 再創造

の頭文字を取ったもので、これら4つの観点が整理・統合されると、より意味のある全体人生につながっていくと考えられているものだ。これは現在から未来に向けた整理シートとなっている。

また4つの観点を縦横にクロスすると9つ枠が形作られ、その枠を埋める作業によって、自身や周囲との関係を含め、今後につながる具体的なイメージが浮かび上がってくる。さらに、9つ枠の中心にある“自身のキャッチフレーズ”などを総称、まとめていくことで、数年先、数十年先にわたる、これからの人生やキャリアの大局観にたったライフ・デザインが描かれていくことになる。【図2】

【図2-1】人生のリ・デザインplanningシート
【図2-1】人生のリ・デザインplanningシート
【図2-2】人生のリ・デザインplanningシート 記入例
【図2-2】人生のリ・デザインplanningシート 記入例

過去・現在・未来のライフ・デザインからアクションプランの整理をしてみる 

ここまでの棚卸し作業は、個々の状況や、現時点で置かれている立場・役割によって当然異なるものであるからこそ、会社側のメッセージや方針などは、会社都合一辺倒ではなく、個人のキャリアを意識した内容をより明確に示していくことが求められる。

以前のような状況からは、大きくキャリア観も変わっていく中、前例を踏襲する人事施策や方針などでは今後のキャリアが描きにくくなっている時代であることを想定しつつ、個々のモデルをつくっていくためのライフ(定年後も含めた)、個人の生活の充実、Well-beingの観点などから、人生全体を見つめ直す(リ・デザイン)作業を、社外、副業の可能性まで含め、検討していくことが求められる。

アクションプランの作成方法

たとえば、以下のような“今の会社でいつまで、どのように働きたいかのイメージを描く”棚卸しも大切な整理作業となる【図3】。中でも、今の仕事を最後まで続けるのか、または異なる部署や環境に身を置いてみるのかなど、これからの時間軸と共に整理をし、目標を定めていく。

その際に大切な観点は、今の自身に足りないもの、補えるものは何なのか、今までの経験の振り返りを踏まえて、リ・スキリングを考えてみることにある。

【図3-1】新たな目標設定シート
【図3-1】新たな目標設定シート
【図3-2】新たな目標設定シート 記入例
【図3-2】新たな目標設定シート 記入例

もう少し具体的に挙げれば、当該業務の経験やスキル、ノウハウから、武器となる部署への異動を希望することや、新たな専門知識、関連する資格を得るために、学びの場(大学院、専門学校、Eラーニング等)に身を置いてみる、という構想を描くことも重要であろう。

もし身近に、社内外のロールモデルになりうる人物がいれば、直接話を聞きに行くことも重要であるし、社内の表と裏、つまり、直接仕事に関係のある表のネットワークや、仕事以外の飲み友達など、表立っていない関係を通じて話を聞いてみるなど、自分が持っている表と・裏の人脈を洗い出して働きかけることも必要となる。

これらの整理から、今後の計画の優先順位をつけたり、今週やれることや今月やれること等、締め切り日を設定したりしてみる。気が付けば1年先も今のまま、何も行動プランがなされていないままの状況から、大きく変えていける可能性が高まっていくと考えられる。

個人のキャリアを支援する、伴走者としての組織の在り方 

また、今回のインタビューを通し、各社共通していたのは、組織としての伴走役を担うキャリア支援室やその機能を設置するなど、継続的な個別フォローの体制づくりやキャリア・カウンセリングに取り組んでいることである。

たとえば「定年まで」、「定年以降」の働き方について、どんな部署でどんな仕事をやってみたいか、組織から求められている役割とのすり合わせを個別にしていく。また、個々人の今後のイメージを実現するために、足りないものは何か、当該業務の経験や専門知識、関連する資格、社内外のロールモデル、ネットワーク、さまざまなルートへのネゴシエーションなどを受容していくことも必要となる。

それらを補うためにどんな行動を取るべきなのかを、サポートしアドバイスを施し、併走しながら個別の目標設定やライフデザインを創り上げていく。そこで、ようやく本人が納得のいくリスキリングにつながっていくものと考えられる。

このように、「世代別」「役職別」「階層別」の教育体系、人事施策に合わせ、個々の特長や特性に応じたキャリア支援を継続的に行っていく機能と役割を設置していくことが、今後ますます求められる時代となっていくと考えられる。

個人のペースに応じて、しなやかに課題を掘り起こし、詳細化し、思索と施策を重ねていく…こうした取り組みこそ、人生100年時代における社会の在り方、企業の在り方につながっていくのではないだろうか。


廣川 進(ひろかわ・すすむ)

廣川進(ひろかわ すすむ) 
法政大学キャリアデザイン学部教授(文学博士)

公認心理師、臨床心理士、シニア産業カウンセラー、2級キャリア・コンサルティング技能士、日本キャリア・カウンセリング学会前会長
ベネッセコーポレーションに18年勤務。育児雑誌ひよこクラブ創刊に携わり、人事部でヘルスケア部門等の業務も経験。社会人大学院(大正大学臨床心理学専攻)、同博士課程を修了し2001年退社。大正大学臨床心理学科教員を経て2018年から現職。ほかにも海上保安庁(惨事ストレス・メンタルヘルス対策アドバイザー)や企業で、カウンセラー、コンサルタントとして関わっている。主著に「失業のキャリア・カウンセリング」金剛出版、「心理カウンセラーが教える「がんばり過ぎて疲れてしまう」がラクになる本」ディスカヴァー・トゥエンティワン、「キャリア・カウンセリングエッセンシャルズ400」金剛出版、「これで解決!シゴトとココロの問題」(労働新聞社)

研究協力:SJキャリア研究所 代表 佐藤 美礼
キャリアデザインアカデミー 代表 相澤秀
(コラム編集・構成:水須明)

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