マイナビ キャリアリサーチLab

内定後に入社意欲を高める「2つのフィット」
—大分大学・碇邦生氏

碇邦生
著者
九州大学ビジネス・スクール講師 合同会社ATDI代表
KUNIO IKARI
新卒社員の意欲を高める内定から入社までのコミュニケーション

就職活動の早期化で高まる内定後のコミュニケーション施策の重要性

これまで、採用活動の早期化による青田買いを防ぎ、学業の阻害が危惧されて経団連を中心にルールが整備されてきた。しかし、現在は、経団連による取り決めが廃止され、政府主導で就活ルールを整備しようという動きがみられるが、かつてほどの強い影響力はない。

日本独自の足並みをそろえた新卒一括採用は、半ば終わりを迎えようとしている。採用の早期化の流れは止まらないだろう。だが、早くに内定を出しても、それで入社日まで学生を放置しておくわけにもいかない。企業は内定が早まった分、学生のモチベーションを維持し、成長を促す施策を講じる必要が出てくる。

しかし、これまでの連載で見てきたように、内定後のコミュニケーション施策を「内定式」と「懇親会」で済ませて、施策の充実に割く余力がない企業も多い。

取り組みたくても余力を割けない企業の事情

内定後のコミュニケーション施策の充実に、採用活動のリソースを割くことを躊躇させる理由の1つとして、効果がわかりにくいこともある。

10月1日の内定式を終えた後に辞退されることは少なく、特にアクションを起こさなくても4月1日の入社日を迎えることができる。そのときにモチベーションが下がっていても、新入社員研修で対処が可能だ。

また、eラーニングなどの入社前の研修の効果も見えにくい。研修によって仕事に必要な能力が高められるのならば良いが、検証が難しい。加えて、研修の負担が大きすぎると学業に支障をきたしてしまい逆効果だ。

入社後間もないのに転職を考える新入社員

内定を出してから何もしない期間があることは本当に問題がないのだろうか。厚生労働省の「新規学卒就職者の離職状況」によると、大企業であっても就職後3年以内の大卒者の離職率は2009年以降、緩やかに増加傾向にある。

500人以上999人未満の企業で26.3%から29.6%、1000人以上の企業で20.5%から25.3%となっている。公益社団法人全国求人情報協会の「2022年卒新卒者の入社後追跡調査」では、入社後半年で40.8%の新入社員が転職志向にあるという。統計調査からは、社会人としてのスタートが好ましい状態にはない新入社員が数多くいることが見て取れる。

それでは、どのような内定後のコミュニケーション施策をとれば、新入社員の意欲を高め、好ましい心理状態で入社日を迎えることができるのか。本稿では、マイナビキャリアリサーチLabとの共同研究で実施した「2023年卒の内定者に対するコミュニケーション」に関する学生調査の結果を用いて考察していく。

調査では、マイナビ2023を利用している2023年卒の大学4年生を対象として2022年12月にデータを収集し、1,847名から回答を得た。男女比率は男性が44.67%で女性が55.33%だ。大学の所在地は、首都圏が35.95%で、関西が20.41%、その他地域で43.64%となっている。

2つのフィットを高めるコミュニケーション施策で新入社員のモチベーションを喚起する

内定後のコミュニケーション施策が新入社員のモチベーションに及ぼす影響を検証するために、図1のような理論モデルを設定した。内定後のコミュニケーション施策が直接、新入社員のモチベーションに作用するのではなく、「この会社は自分に合っている(フィット)」という実感を通してモチベーションを高めるのではないかとリサーチクエスチョンをたてた。

内定後コミュニケーションが入社に向けた心理状態に及ぼす影響モデル

①内定後のコミュニケーション施策因子
内定後のコミュニケーション施策は、学生に対して実際に自分が受けた施策を9つの項目(例「内定先とのコミュニケーションには全体的に満足している。」「内定者同士のコミュニケーションの機会はどれくらいありましたか?」等)で評価してもらった結果を因子分析した。因子分析は、回答傾向からカテゴリを見出す心理統計の手法だ。

この結果から、内定後のコミュニケーション施策は「満足度」(5項目)と「量」(4項目)の2つにまとめられた。つまり、「内定後のコミュニケーション施策に満足しているか」、「内定後のコミュニケーション施策の量は豊富だったか」の2つに整理されている。

②フィット因子
2つのフィットについては、経営学でよく用いられている2つの適合の概念「組織への適合」(例「内定先の組織は、どの程度、あなたにマッチしていますか?」)と「職務への適合」(例「入社後に担当すると思われる仕事内容は、どの程度、あなたにマッチしているとおもいますか?」)のほか、採用研究で使用される「組織への誘因」(例「内定先に対するあなたの総合的な魅力を評価してください。」)を既存研究から援用した。

加えて、新卒採用のときによくみられる採用時に合った社員が魅力的だから入社したという動機を考慮して「人材への適合」(例「就職活動中に出会った内定先企業の社員に一緒に働きたいと感じた。」)の4つの概念について因子分析を行った。

その結果、因子数は2つにまとめられた。1つ目の因子は、「組織への適合」と「職務への適合」、「組織への誘因」の3つの概念がまとめられた。内定先の会社と職務が自分に適したものだと感じ、組織自体にも魅力を覚えていることから、「会社へのフィット」(13項目)とした。

2つ目の因子は、「人材への適合」が独立してみられたため、「人材へのフィット」(8項目)とラベル付けした。

③新入社員モチベーション因子
最後に、新入社員のモチベーションについて32項目の設問で回答してもらった。そのデータを因子分析にかけると4つの因子に分かれた。1つ目の因子は「就活のやり直し意向」(7項目)だ。「特に不利益がないのであれば、内定辞退できるのならしたい。」といった設問に代表される。内定先に不満や不安があり、できることなら就職活動をもう1度やりたいと考えている。

2つ目の因子は「入社意欲」(8項目)だ。「私は、内定先の入社後のことを考えると気分が高揚する。」のように、会社に対して前向きで期待を持っている状態だ。

3つ目の因子は、「入社への不安」(7項目)だ。「入社するにあたって、私は内定先の組織に適応できるか不安がある。」が象徴的な設問だ。

4つ目の因子は、「長期勤続の意欲」(4項目)だ。「私は、嫌なことを我慢してでも同じ組織で働くよりも、見切りをつけて転職するだろう」のように長期勤続を志望しない逆転質問で構成される。

これらの因子分析の結果を、図1の理論モデルに従って共分散構造分析を行った。共分散構造分析は人間の志向や意思決定の癖のような目に見えない変数同士の因果関係を検証するときに用いられる分析手法だ。

内定後コミュニケーション施策で会社へのフィットを高める

共分散構造分析では、「会社へのフィット」と「人材へのフィット」を別々にして2つのモデルについて検証を行った。このことは、2つのフィットが「内定後コミュニケーション施策への満足度」と「量」が直接、モチベーションの4つの因子に影響を及ぼすのではなく、媒介する効果があるか確認するためだ。その結果をまとめたのが図2だ。

内定後のコミュニケーション施策が入社に向けた心理状態に及ぼす影響(会社への適合の認知)
※1:モデルの適合度が良好とは言えない数値を出しているが、これは観測変数の多さから自由度が大きいためである。豊田(2002)は自由度が大きいときにはモデルの適合度が低くでると指摘し、多少の不足であれば許容範囲内として考えられるとしている。

共分散構造分析の結果からは、「内定後コミュニケーション施策への満足度」と「量」は「会社へのフィット」を高める効果があり、「会社へのフィット」はモチベーションの4つの因子に好ましい影響を及ぼすことがわかった。

会社にとってネガティブな要素である「就活のやり直し意向」と「入社への不安」を減じる数値結果と、「入社意欲」と「長期勤続の意欲」を高める結果がみられた。一方で、「内定後コミュニケーション施策の量」は「長期勤続の意欲」へも直接影響を持ち、転職意向を高めている。

このことから、「会社へのフィット」を高める内定後コミュニケーション施策であればモチベーションに好ましい影響があることがわかった。一方で、コミュニケーション施策の量については注意が必要で、むやみに数を増やすと「入社して合わなさそうであれば転職も考えよう」という気持ちを掻き立てるようだ。

人材へのフィットは入社意欲を掻き立てるが効果が限定的

就職活動中の接点から社員が自分に合っているなと感じる「人材へのフィット」を仲介として、内定後のコミュニケーション施策がモチベーションへ及ぼす影響を分析した結果が図3だ。この結果からは、「人材へのフィット」を高めることは有効である一方で、効果が限定的であることもわかった。

「内定後のコミュニケーション施策への満足度」と「量」を充実させることで、「人材へのフィット」を高めることができる。その結果として、内定者の「入社意欲」を向上させることにつながる。しかし、「就活のやり直し意欲」、「入社への不安」、「長期勤続の意欲」には効果を見出すことができなかった。

一方で、「内定後のコミュニケーション施策への満足度」は「入社への不安」へ、「内定後のコミュニケーション施策の量」は「長期勤続の意欲」へ、それぞれ直接効果を持つことがわかった。内定者が満足だと感じることで、入社に対する不安が減少させる。また、「会社へのフィット」の時と同様に、「量」を増やすことは「長期勤続の意欲」を減少させている。

内定後のコミュニケーション施策が入社に向けた心理状態に及ぼす影響(人材への適合の認知)

分析結果のまとめ

本稿で行った分析からわかったことは、会社の風土や企業文化、入社後の仕事内容などの会社の魅力を伝え、「会社へのフィット」を高めるコミュニケーション施策を充実させることの大切さだ。特に、量を増やすことよりも質を高めることが肝要だ。

内定式や先輩社員・同期との懇親会など、内定後のコミュニケーション施策で多く取られているのは、「会社へのフィット」よりも、社員や同期との交流を中心とした「人材へのフィット」を目的としたものが多い。そのこと自体は「入社意欲」を高めることに繋がることから意義はあるが、「入社への不安」や「就活のやり直し意向」、「長期勤続の意欲」を含めた総合的な評価は「会社へのフィット」に劣る。

「会社へのフィット」を高めるには、営業同行やインターンシップ、集合研修などの、実際の業務や職場を体験できるような取り組みが効果的だ。つまり、コミュニケーション施策を設計するときに、どのような変化を内定者に起こしたいのかという目的の設計とコンテンツ作りが重要になる。

また、「量」をむやみに増やすことも慎重になるべきだ。「量」によって「会社へのフィット」と「人材へのフィット」を高めることができれば問題はないが、ただ「量」を増やすことにはデメリットもある。特に、「長期勤続の意欲」を低下させる効果を持つ。このことは、入社前から時間的拘束や負担を強いられることから、入社後の働き方や仕事の進め方に不安を感じさせられることが起因しているのではないかと推察される。

「この会社は私に合っている」と感じてもらう

内定後のコミュニケーション施策の設計は、ただ数をこなせば良いというものではない。それどころか、量を増やしすぎると内定者は入社後に合わなければ転職を考えようと入社前から考え始めてしまう。大切なことは、内定後のコミュニケーション施策を通して、企業文化や風土、職務内容を理解し、「この会社は私に合っている」と感じることができるかどうかだ。

気が付けば、「入社後3年以内に新入社員の3割が退職する」「入社後すぐに転職したくなる」という企業にとっては好ましくない言葉が当たり前のようにニュースに流れ、各種調査でも裏付けるようなデータが出るようになってしまった。

企業でヒアリングをしていると「今年の新卒は何人が残るかな」と漫画のようなことを言う社員と出会うことも珍しくない。学生にとっても「嫌なら辞めればいい」という姿勢で仕事に臨むとチャンスを見逃す機会も多い。

Zアカデミア学長の伊藤羊一氏が語る(※2)ように、足元の仕事に120%の力を注ぐことで拓けるキャリアの可能性は大きい(※3)のである。企業も学生も、双方にとって入社後に新入社員の一定数が辞めてしまう事態を受け入れることは不利益も大きいといえる。
※2:伊藤羊一(2019)『やりたいことなんて、なくていい。将来の不安と焦りがなくなるキャリア講義』PHP研究所
※3:会社や仕事との相性は実際に従事してみないとわからないところがある。どうしても合わない職場や仕事は、無理をせずにキャリアコンサルタントや産業医等に相談することが望ましい。


新入社員の早期離職は採用コストを悪化させるだけではなく、残った同期や新入社員が去った職場のモチベーションに負の影響を与える。また、新入社員のモチベーションが低いことを当たり前と受け入れてしまうと、従業員のモチベーション・マネジメントの観点からも問題だ。

モチベーションが上がらないことを問題視しない企業文化ができていることは大きな危険をはらんでいる。早期離職した新入社員にとっても、その後のキャリアの立て直しで苦労する。

企業には、内定後のコミュニケーション施策をしっかりと設計し、コンテンツを作りこむことで、新入社員からしっかりとモチベーション・マネジメントに取り組む、従業員のやる気を大切にする文化を作って欲しい。


著者紹介  大分大学経済学部講師 合同会社ATDI代表 碇 邦生
2006年立命館アジア太平洋大学を卒業後、民間企業を経て神戸大学大学院へ進学し、ビジネスにおけるアイデア創出に関する研究を日本とインドネシアにて行う。15年から人事系シンクタンクで主に採用と人事制度の実態調査を中心とした研究プロジェクトに従事。17年から大分大学経済学部経営システム学科で人的資源管理論の講師を務める。現在は、新規事業開発や組織変革をけん引するリーダーの行動特性や認知能力の測定と能力開発を主なテーマとして研究している。また、起業家精神育成を軸としたコミュニティを学内だけではなく、学外でも展開している。日経新聞電子版COMEMOのキーオピニオンリーダー。
※所属や所属名称などは執筆時点のものです。

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