マイナビ キャリアリサーチLab

給与のデジタル払いは普及するのか

栗田 卓也
著者
キャリアリサーチLab所長
TAKUYA KURITA

2023年4月に解禁された「給与デジタル払い」

2023年4月1日より給与の支払いに関する省令が改正され、給与の受け取りにおいて、これまで認められていた「現金」 「銀行口座」 「証券口座」に加え、新たに指定を受けた資金移動業者 ※が運営する「決済サービス」を選択することが可能になった。支払い方法の拡大は25年ぶりとなる。海外と比べて日本は電子マネーの普及が遅れているとする報道もある中、政府としても電子マネーの普及推進に努めたい意向もあるのだろう。

ではこの「給与デジタル払い」は今後普及していくのだろうか。現状の整理を踏まえつつ、弊社が実施した調査結果をもとに雇用者・求職者双方の意見を紹介しながら、今後の可能性について確認していきたい。

※資金移動業者「銀行等以外で送金サービスを行っている事業者」

「給与デジタル払い」の現在

まず「給与デジタル払い」について概況を説明しておこう。厚生労働省のホームページ「資金移動業者の口座への賃金支払(賃金のデジタル払い)について」 によると、2023年4月 に資金移動業者(○○ペイ等)が厚生労働省に指定事業者の申請を受付・審査している最中であり、2023年5月 末時点では審査を通過している事業者はまだいない状況。その為、実際に給与デジタル払いが可能になるのはもう数か月後になるようだ。

資金移動業者は申請において、経営破綻に備えて給与の全額保証が可能な体制を組む必要があり、多額の保証準備が必要になるなどハードルは高い。しかし、個人決済の主たるサービスとなり得るメリットは大きいと判断しているようだ。現状ではデジタル給与払いの口座上限額が100万円と設定されており、給与全額をデジタル払い一択に強制することも認められていない。あくまでも銀行口座のサブ的な使い方を前提としているようだ。

支払いを行う企業側は、事前に雇用主と労働者間で労使協定の締結が必要となり、雇用主は労働者個人に事前説明をした上で同意を得ておく必要がある。またデジタル払いを強制することなども出来ず、あくまでも給与支払いの一手段として選択が可能なだけであり、これまで通りの銀行口座入金や手渡しなどの手段が前提となる。

また現金化できないポイントや仮想通貨での支払いも認められていない。あくまでも1円単位で現金化できる仕組みを必須としている。詳細は厚生労働省のホームページを参照頂きたい。

「給与デジタル払いのメリット・デメリット」

それでは「給与デジタル払い」が雇用主や労働者にとって、どのようなメリット・デメリットがあるのであろうか。

給与支払いをする雇用主としては給与振込手数料の軽減が挙げられる。現状、電子マネーへの入金は手数料がかからない場合が大半の為、銀行振り込みの手数料より安価に抑えられる可能性がある。しかし正社員の場合、口座上限が100万円では実質的には銀行口座との二重運用になるので、社員の生活利便性を向上させる福利厚生の一環として考える方が良いだろう。アルバイトやパートといった支払額が少ない労働者への支払いや、口座を持たない労働者への現金準備の手間軽減などは十分メリットになり得る。

労働者にとっては決済アプリへの入金の手間が省ける。現在は電子マネーへの入金は銀行口座を登録しておけば何度でも無料でチャージできるのでメリットと言えるほどではないかもしれないが、一部の電子マネーで2回目以降に支払手数料が発生するといった報道などがあるように、将来的にはチャージの際に手数料がかかるようになれば、給与を直接入金してもらうことのメリットは高まるかもしれない。

また、計画的に入金を管理することで家計管理もしやすくなる可能性もあり、即時に利用できると言う点もメリットではあろう。いずれにしてもいまだ不透明な部分が多いのが現状だ。まだ、実質的な運用が始まっていない現状では、あくまで可能性の整理でしかないが、下記のようなメリット・デメリットとなる。

給与デジタル払いのメリット・デメリット整理

雇用主のメリットとしては「給与手数料の軽減」「口座を持たない労働者への支払い」「福利厚生の一環」など、デメリットとしては「銀行口座との二重運用の手間」「システム連携の費用負担や工数増加」などがあげられる。

また、労働者のメリットとしては「決済アプリへの入金の手間軽減」「入金後すぐに利用が可能」など、デメリットとしては「不正利用のリスク」などがあげられる。

企業側の利用を決定している割合はわずか4.9%

それではまず雇用主である企業側の検討状況を弊社調査の「非正規雇用に関する企業の採用状況調査(2022年11-12月)」 の結果から見ていきたい。調査の対象としてはより導入に関心のありそうな非正規雇用 に関連する企業を対象に、今年(2023年)の1月に調査を実施している。非正規雇用を行っている人事担当者に「2023年4月以降にアルバイトの給与支払い方法としてデジタル払いを利用するか」聞いてみたところ、「利用することが決定している」はわずか4.9%で、「利用を検討している」(18.2%)「これから利用を検討する」(16.3%)を合わせても4割に満たない結果となった。「利用することが決定している」企業を業種別に見ると「ソフトウエア・通信」(11.6%)や「製造」(8.2%)などが積極的に取り入れているようだ。一方で明確に「利用する予定はない」(46.4%)とする企業も5割近く存在し、企業側としてあまり積極的な姿勢は見られない【図1】。

2023年4月デジタルマネー(●●ペイなど)による給与支払い解禁後、アルバイトの給与支払い方法としてデジタル払いを利用するか
【図1】非正規雇用に関する企業の採用状況調査(2022年11-12月)

また割合としては少ないが、利用が決定している企業担当42名に期待する点を複数回答で聞いてみると「パート・アルバイト等の人材確保に有利になる」(64.3%)がもっとも多く、次いで「支払いにかかる期間が短縮できる」(45.2%)、「銀行口座を持たない外国人従業員への支払いが便利になる」(35.7%)といった回答が多かった【図2】。

一方で「利用する予定はない」と回答した398名に給与のデジタル払いの懸念点を聞いたところ、「システムエラーやメンテナンスなどでの支払いの不具合」(44.5%)や「セキュリティ不備による不正」(41.0%)といったシステムへの不安が多かった。また「制度の詳細が不明」も4割(42.2%)あり、まだ概要が見えないことにより様子を見ている という印象が強い結果となっている

給与のデジタル払いへの期待感
【図2】非正規雇用に関する企業の採用状況調査(2022年11-12月)

労働者側の認知度は6割、利用意向は4割

つづいて労働者がどのように考えているかを弊社調査の「非正規雇用に関する求職者・新規就業者の活動状況調査(2022年11-12月)」 の結果から見ていきたい。調査の対象としては直近で非正規の仕事探しをした人を対象に、今年(2023年)の1月に調査を実施している。

まず賃金がデジタル支払いできるようになったことを知っていた人の割合は6割(59.5%)と、比較的認知度は高かった。また利用意向についても4割(40.3%)が受け取りたいとしており、半数近い人がデジタルで給与を受け取りたいと思っていることが分かった。特に若い世代ほど利用意向も高くなる傾向が見られ、電子マネーの取り扱いに慣れている様子がうかがえる。男子の10~20代や学生に限定すると、利用意向は6割ほどになっている【図3】。

2023年4月デジタルマネー(●●ペイなど)による給与支払いが解禁されたことをご存じでしたか。また、非正規雇用の仕事の給与をデジタルマネーで受け取りたいですか。
【図3】非正規雇用に関する企業の採用状況調査(2022年11-12月) 

給与をデジタル支払いで受け取りたいとした4割642名に「電子マネーで受け取りたい給与の割合」を聞いてみると、「給与総額の50%程度」がもっとも多く34.0%だったが、「給与のすべて(100%)」(22.0%)を含む75%以上の回答合計が39.1%となっており、比較的給与の一定割合以上をデジタル払いで受けることに肯定的な結果となっている【図4】。

デジタル支払いで受け取る割合
【図4】非正規雇用に関する企業の採用状況調査(2022年11-12月) 

受け取りたいと思う理由については複数回答で「キャッシュレス決済の方が支払いがスムーズだから」(43.6%)や「ポイント還元があるから」(43.1%)「チャージの手間が省けるから」(34.9%)などが上位に挙げられている。一方で、デジタル支払いでは受け取らないとする6割の人にその理由を複数回答で聞いてみると、「キャッシュレス決済を取り扱ってないところ(店舗など)もあるから」(44.8%)、「システムエラーやメンテナンスなどで、支払いの不具合となる時がありそうだから」(41.2%)、「決済アプリより、現金やカードで支払うことが多いから」(39.3%)といった意見が上位に挙げられている。

但し、単一回答では「決済アプリより、現金やカードで支払うことが多いから」が26.2%でもっとも高く、普段使いが現金決済か電子マネー中心の決済かで分かれているようだ。利用意向を見る限り、若い世代中心に電子マネーの利用度は上昇している為、今後は労働者側の需要が高まることも予想される結果となっている【図5・6】。

受け取りたいと思う理由/受け取りたくないと思う理由
【図5・6】非正規雇用に関する企業の採用状況調査(2022年11-12月) 

最後に

ここまで企業・労働者双方の状況を確認してみると、給与デジタル払いの利用にあまり積極的ではない企業側に対し、労働者側は比較的利用意向が高い結果となっている。メリット・デメリットの整理においても労働者側には大きなデメリットは見られないことから給与支払いの方法に選択肢が増えることに反対する人は少ないだろう。

一方、企業側にとっては導入コストや制度の詳細など、いまだ不明瞭な部分も多く二の足を踏む気持ちはよく理解できる。今後、政府がより一層踏み込んだ支援策を提示していくか、銀行の手数料が大幅に上昇するなどの要因がなければ、給与のデジタル払いは広がりを見せないかもしれない。

敢えて広がる可能性をさぐるとすると、やはり非正規の給与支払いや外国人労働者への支払いを行っている会社であろう。人手不足が深刻化する中、短時間だけ働くアルバイトの雇用が注目されており、少額の支払いを多く実行しなければならない場合にデジタル支払いは親和性がある。求職者にとっても給与の「当日払い」などが可能になると、応募意欲が高まることも考えられる。

但し、この場合も支払いの証跡は残しておく必要があり、企業が労働者に支払った履歴をもとに給与として支払ったと証明できないといけない。その為に、新たなシステムが必要になるなど障壁はあると思うが、デジタル支払いの即時性を活かしたサービスも出始めることが予想される。
いずれにしても本格的な運用はこれから。今後の推移を確認しつつ、新たな広がりを期待したい。

キャリアリサーチLab 所長 栗田 卓也


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