マイナビ キャリアリサーチLab

内定先に満足しているがベストとは思っていない新入社員たち
—大分大学・碇邦生氏

碇邦生
著者
九州大学ビジネス・スクール講師 合同会社ATDI代表
KUNIO IKARI

内定後の学生は期待と不安感でいっぱい

私が企業人から大学教員に転職して驚いたことは数多くあるが、その1つが就職活動を終えた学生の変容だ。それは、就職活動が終わった瞬間に、学生の活動量と積極性が著しく低下するのだ。当然、卒業論文作成へのモチベーションも就職活動が終わった瞬間に急激に下がる。就職活動を始める前までは、課題や課外活動に積極的に参加し、リーダーシップを発揮していた学生が、就職活動が終わったとたんに積極的ではなくなる。夏前に就職活動が終わって、残り半年余りの学生生活はもはや消化試合だと言わんばかりの態度を示す。

なかには、学生生活の頑張りは良い就職先を見つけるためだと割り切っている学生もいるだろう。しかし、学生の様子からは功利的な理由よりも、気持ちが浮ついてしまって何事にも手に付かないような印象を強く覚える。長い学生生活が終わりを迎え、これから社会という未知の世界に飛び出していく直前で、社会人になるという期待と自分は社会人としてやっていけるのかという不安が混在して、気持ちが不安定になっているようだ。

新入社員迎える企業としては、このように不安定な状態の学生とコミュニケーションを重ねて安定させ、高いモチベーションを持った良い状態で入社日を迎えてくれるように準備することが定着と早期の立ち上げにつながる。そのために、入社直前の学生がどのような心理状態で入社日を迎えるかを知ることは重要な情報となるだろう。

本稿では、マイナビキャリアリサーチLabとの共同研究で実施した「2023年卒の内定者に対するコミュニケーション」に関する学生調査の結果を用いて考察していく。調査では、「マイナビ2023」を利用している2023年卒の大学4年生を対象として12月にデータを収集し、1,847名から回答を得た。男女比率は男性が44.67%で女性が55.33%だ。大学の所在地は、首都圏が35.95%で、関西が20.41%、その他地域で43.64%となっている。

5人に1人は内定先企業に魅力を感じていない

まず初めに、学生は自分の内定先に対してどれくらい魅力を感じているのか、調査結果を見ていきたい。新卒採用では、学生は少なくとも2桁、多いと3桁にも及ぶ大量の求人に応募して、繰り返し企業から選抜を受け、ようやく内定を取得する。応募する企業数が多く、なおかつ、同時に複数社の選考が進んでいる状態であるため、企業にとっては選考過程を通して学生が自社にどれくらい魅力を感じてくれているのかを知ることは難しい。

調査では、内定先の魅力について2つの質問を投げかけた。1つは「内定先に対する総合的な魅力」で、もう1つは「友人や知人、後輩に内定先企業を就職先として勧めたいか」である。この結果をまとめたものが【図1】と【図2】だ。

左【図1】内定先に対する総合的な魅力・右【図2】内定先企業を就職先として勧めたいか/「2023年卒の内定者に対するコミュニケーション」に関する学生調査
左【図1】内定先に対する総合的な魅力・右【図2】内定先企業を就職先として勧めたいか/「2023年卒の内定者に対するコミュニケーション」に関する学生調査

内定先に関しては、8割の学生が魅力的だと回答し、14.9%がどちらでもなく、5.1%が魅力的とはいえないと回答している。つまり、5人に1人は内定先企業に魅力を感じていないという計算になる。

また、他者にも内定先企業を就職先として勧めたいかという問いには、「お勧めしたい」と回答した割合が65.8%までしぼられる。3人に1人は内定先企業を勧めないということだ。就職活動を終えた学生が、後輩や他者に就職活動の体験を話すことや相談に乗る機会は少なくない。大学からの依頼もあれば、学生団体の企画、個人的なつながりもある。企業によってはリクルーターとして母校でPRすることもある。そのとき、3分の1の内定者は「お勧めしたい」という気持ちを持たずに話をしていることになる。

8割が「魅力的」だと評価し、65.8%が「他者にも勧めたい」と回答したことについて、良し悪しの判断は企業によって分かれるところだろう。過半数は肯定的な反応を見せてくれているのだ。しかし、企業としては、内定者の約2割には魅力を伝えきれておらず、約3割については他者に勧めるほどではないと回答している状態に対して、伸び代だと捉えて、内定後のコミュニケーションを改善する余地はあるだろう。

学生は厳選して応募し、活動を通して志望意欲を高めている

調査からは、約2割の学生が内定先企業に魅力を感じないまま就職を決めているという結果が出た。それでは、内々定を受けるときにも、内定先企業に対する入社意欲は同様に5人に1人が魅力を感じないまま入社したのだろうか。

内定先企業に対する入社意欲について、「応募時」「2次面接時」「内々定直後」の3つのタイミングで入社意欲がどうだったのかについて、過去を振り返る形で回答してもらった。その結果が【図3】となる。

【図3】内定先企業に対する入社意欲の変化/「2023年卒の内定者に対するコミュニケーション」に関する学生調査
【図3】内定先企業に対する入社意欲の変化/「2023年卒の内定者に対するコミュニケーション」に関する学生調査

結果からは、選考の段階を踏むごとに学生にとって入社意欲が高まるという傾向が見てとれた。2次面接時には、83.6%の学生が入社意欲のある状態で面接に臨んでいる。また、応募時にも67.4%の学生は入社意欲があり、「どちらでもない」の20.7%を勘案すると、ほとんどの学生は応募時には入社に比較的肯定的な態度で臨んでいることがわかる。

つまり、内定を出した学生は求人をしっかりと精査し、入社したいと思える企業に応募していることになる。そして、選考活動を通じて、入社意欲を高めていき、内々定を受諾している。このことから企業としては、求人広告を出して、エントリーを募る段階から入社意欲を掻き立て、選考活動を通じて応募者の入社意欲を継続して高め続けるように「カスタマージャーニー」(※1)のようなマップを描くことで良い学生と巡り合う確率が上がるだろう。
※1:商品やサービスの認知から検討、購入、利用といった消費者がたどる時系列の体験をシナリオとして捉えるマーケティング用語

これらの結果を簡単にまとめると、企業に魅了を感じず、入社意欲が高くないまま内定を受けている学生が一定数いるものの、内定者のほとんどは内定先企業に魅力を感じ、入社意欲の高い状態で内々定を受けていることがわかった。企業として改善すべき余地はあるが、それでも多くの学生にとっては内定先に満足しているといえるだろう。

学生が組織に求める価値観の女性性の強まり

内定者の意欲を高めるために企業はどのような情報を与え、改善していくべきだろうか。改善の方向性を決めるには、まず学生が入社する組織に求めることを整理することが大切だろう。学生が入社する組織に求めることについて9つの項目で質問した。その結果についてまとめたものが【図4】だ。

【図4】入社する組織に求めること/「2023年卒の内定者に対するコミュニケーション」に関する学生調査
【図4】入社する組織に求めること/「2023年卒の内定者に対するコミュニケーション」に関する学生調査

この結果からは、成長やキャリアアップ、高い収入、競争的な環境はおおよそ20%台で留まり、ワークライフバランスと安定した人間関係を求める声が強いことがわかる。特に、コラボレーションを大切にする組織は72.8%と非常に高く、独立して働くことが評価される組織が22.5%しか求められていないことを踏まえると、協業的な環境で働きたい傾向が強い。

この傾向は、ヘールト・ホフステード博士の「異文化価値観」理論で語られている1つの指標と非常に近しい。それは「男性性 対 女性性」という価値観だ。この表現が現在の価値観にそぐわないことは承知しているが、わかりやすくするため、元の表現を利用する。具体的には、働くときに何を重要だと考えるのかという優先順位の傾向をグラデーションで表している。
ホフステード博士の理論では、「男性性の価値観は、出世や社会的地位、実績、金銭的な成功を重視」し、「女性性の価値観では、生活の質やワークライフバランス、良好な人間関係が重視」されるという。「男性性」と「女性性」の関係はきっちりと分かれるものではなく、天秤のようにどちらの価値観を重視するかという比重で判断される。

ホフステード博士が調査をした1970年代の日本では、男性性の強い価値観を示していた。つまり、出世や社会的地位、金銭的成功など、自己の強さが働く価値観として重要視された。しかし、2020年代の現在では正反対の結果が出ている。学生は、ワークライフバランスと生活の質、良好な人間関係という女性性の強い価値観を示している。なお、1970年代で女性性の強い価値観を持っていた国は、スウェーデン、ノルウェー、デンマークなどの北欧に多かった。

この結果から、企業は働き方や職場環境の良さ、良好な人間関係を築く企業文化といった女性性に関連した情報をオープンにして、学生に伝えることで魅力的だと認知してもらいやすくなるだろう。たとえば、“Great Place to Work”(働きがいのある会社) の認定や厚労省が主催するアワードを取るなど、PRで役立つ指標は数多くある。

内定者が抱える不安と入社への迷い

ここまでの調査結果から、内定者の多くは内定先企業に対して全体的には魅力を感じ、入社意欲もあることがわかっている。特に、内定者は、ワークライフバランスや人間関係といった女性性の強い要素を入社する組織に求める傾向が強かった。

それでは、内定先企業に魅力を感じているから、高いモチベーションを持って働く意欲をみせているかというと、そうともいえないようだ。調査では、内定先企業への入社意欲の質に関する8つの質問と、内定先に対する不安、できることなら内定辞退したいのかについて質問した。

まず、入社意欲についてまとめた結果が【図5】だ。

【図5】新規学卒者の入社意欲/「2023年卒の内定者に対するコミュニケーション」に関する学生調査
【図5】新規学卒者の入社意欲/「2023年卒の内定者に対するコミュニケーション」に関する学生調査

結果からは、内定を得たことから認知バイアスが働いて会社の名前が目に付くようになったという変化を過半数の学生が覚えていることがわかった。しかし、高いモチベーションを持って働けそうかというと49.6%でわずかに半数に及ばなかった。その他の項目も4割程度で推移している。

このことから、内定をもらったことから内定先企業の情報に敏感になってきたものの、自分から能動的に情報を取りにいくことや、高いモチベーションを持つのは2人に1人いないことがわかった。

また、内定先に対する不安では、過半数では何かしらの不安を抱えた状態でいることも明らかとなっている。【図6】に、内定先に対する不安の結果をまとめている。

【図6】内定先に対する不安/「2023年卒の内定者に対するコミュニケーション」に関する学生調査
【図6】内定先に対する不安/「2023年卒の内定者に対するコミュニケーション」に関する学生調査

不安については「仕事が自分にできるか」「良好な人間関係が築けるか」「組織に適応できるか」「新生活」の4つの項目が6割以上の学生が不安に感じていると回答している。これら上位4項目と下位4項目の大きな違いは時間軸にあるように思われる。上位4項目は入社日直後から実感するところだが、下位4項目は「キャリア」「成長」「働き方」「給与」と長い目で見ないと判断がしにくい項目だ。それでも、すべての項目で少なくも3割以上が不安だと感じているということは、学生にとっては多様な要因から、内定先企業に対して不安を感じていると解釈できるだろう。

最後に、内定辞退に関する質問の回答をまとめたものが【図7】だ。全体的にはそう簡単に内定辞退をしたいとは思わない傾向が見てとれるが、唯一、「条件の良い企業から内定をもらえるなら辞退したい」が4割を超えている。この傾向は、複数社から内々定を得て内定先を選んだ学生と1社から内々定を得て内定先を選んだ学生の間で有意な差はなかった。つまり、約4割の学生は相対的に良いと判断した企業の内定を受けている状態で、この会社だから入社したいと強い志望動機を持っているわけではないと推察できる。

【図7】できることなら内定辞退したいか?/「2023年卒の内定者に対するコミュニケーション」に関する学生調査
【図7】できることなら内定辞退したいか?/「2023年卒の内定者に対するコミュニケーション」に関する学生調査

これらの結果をまとめると、多くの学生は内定先企業に対して多様な不安を抱え、なおかつ内定先企業に対する強い志望動機や高いモチベーションを持っているのは一部に留まるということが見えてきた。しかし、【図5】で示したように約半数の学生は「高いモチベーションを持って入社日を迎えられる」と回答していることから、企業の内定後のコミュニケーション次第で比率を高めることができそうな余地も感じさせる。学生の不安を解消し、入社後の生活と仕事に対して前向きになることができる情報提供と交流の機会を持つことが肝要だろう。

まとめ

企業としては、採用した新入社員には高いモチベーションと期待を持って入社日に臨んで欲しいと期待している。しかし、実際にはそういった前向きな姿勢で内定から入社日までの期間を過ごす学生は約半数で、2人に1人はそうでもないようだ。加えて、約4割はより良い条件の企業があれば辞退して乗り換えたいとまで思っている。

経営学で良く知られる理論としてハネムーン効果というものがある。新入社員のモチベーションは入社時に非常に高く、そこから一定の期間は維持するものの、時間経過とともに減少してくるという。このモチベーションの高い期間のことをハネムーンと呼び、ハネムーンが長く、減少のカーブが緩やかなほど、早期の適応と活躍が見込めるという。

この調査の結果から、ハネムーン効果は、入社時の高いモチベーションあってこそなので、約半数の新入社員はモチベーションが低いまま入社することで会社への適応と活躍までに時間がかかる可能性がある。内定先企業には魅力を感じていても、自分が働くとなったときの心構えや不安感の払しょくが十分にできていない学生が多くいるようだ。

新入社員に高いモチベーションを持って入社日を迎えてもらうためにも、内定後も学生とコミュニケーションを取って、モチベーションを高め、仕事と会社に対する理解を深めてもらうことが重要になる。不安を抱え、働くことの意欲も高くない状態で入社日を迎えるのは、企業にとっても新入社員にとっても、もったいないことだ。せっかく縁があって入社するのであれば、多くの新入社員には前向きな姿勢と明るい期待を胸に抱いて社会人としてのスタートを切って欲しい。


著者紹介  大分大学経済学部講師 合同会社ATDI代表 碇 邦生
2006年立命館アジア太平洋大学を卒業後、民間企業を経て神戸大学大学院へ進学し、ビジネスにおけるアイデア創出に関する研究を日本とインドネシアにて行う。15年から人事系シンクタンクで主に採用と人事制度の実態調査を中心とした研究プロジェクトに従事。17年から大分大学経済学部経営システム学科で人的資源管理論の講師を務める。現在は、新規事業開発や組織変革をけん引するリーダーの行動特性や認知能力の測定と能力開発を主なテーマとして研究している。また、起業家精神育成を軸としたコミュニティを学内だけではなく、学外でも展開している。日経新聞電子版COMEMOのキーオピニオンリーダー。
※所属や所属名称などは執筆時点のものです。

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