マイナビ キャリアリサーチLab

新入社員の活躍に繋がる内定後コミュニケーションの重要性
—大分大学・碇邦生氏

碇邦生
著者
九州大学ビジネス・スクール講師 合同会社ATDI代表
KUNIO IKARI

なかなか手が回らない内定後コミュニケーションの充実

新卒採用は他の採用方法と比べたときにさまざまな特殊性があるが、内定(内々定)から入社までの間に数か月から長いと1年以上も期間が空くため、学生のリテンション(入社意欲の維持)が必要になる。内々定の通知を受けた直後は入社意欲も高まるが、時間経過とともに減衰してしまう。そのままでいると、意欲が下がった状態で入社日を迎えることになり、入社日の前に辞退を申し出られる可能性もある。そのため、企業は学生の入社意欲を高めるために施策を講じることになる。

しかし、内定後(※1)のコミュニケーションをとろうにも課題はいくつもある。もっとも切実なのは、企業側の労力と予算の限界だろう。昨今の採用活動は年間を通して何かしらの案件が走り続けているに等しく、内定後のコミュニケーションのために新たな施策をしたくても手が回らないという企業は多い。
また、内定後のコミュニケーションの効果もわかりにくく、施策を実施したからといって新入社員の意欲が高まるか確証はない。逆に負担をかけすぎると学業との両立に支障をきたしてしまう可能性もあり、もしそれで卒業要件が満たされなければ入社ができなくなってしまう。
※1:内々定後も含めるが、本稿では「内定後のコミュニケーション」に記述を統一する。

本連載の第1回で、内定者とのコミュニケーション施策の実施状況についてまとめたが、企業の実施率が6割を超える定番施策は「人事からの状況確認」「内定者懇親会」「内定式」の3施策だった。それ以外の施策はできる余裕のある企業は実施するが、そうではない企業の方が多い状況だった。
それでは、内定後のコミュニケーション施策が充実している企業とそうではない企業では、入社後の新入社員の活躍に差があるのだろうか。本稿では、マイナビキャリアリサーチLabとの共同研究で実施した「2023年卒の内定者に対するコミュニケーション」に関する企業調査の結果を用いて考察していく。

内定辞退への問題意識と内定後コミュニケーションの充実度

調査では、マイナビ2023を利用している企業2,008社を対象として「内定後のコミュニケーション施策」と「内々定後の辞退の課題感」「新入社員の満足度」について質問した。また、前年度の新卒の採用実績が0名の企業は分析対象から除外している。その結果、対象として1,443社からの回答を分析に用いている。

分析では、複数の質問項目の結果をまとめて(※2)、いくつかの概念を作ったうえで内定後コミュニケーションの効果を検証している。具体的には、内定後のコミュニケーションとして質問した16の施策(「内定式」「先輩社員との懇親会」「内定者懇親会」「社内見学・工場見学」など)について、「実施していない」から「実施したうえで効果を実感している」の6件法で質問した結果を「内定後コミュニケーションの充実度」として整理している。
※2:質問項目の結果をまとめるために因子分析を行っている。因子分析の結果は付録を参照。

効果については、今年度の新入社員の入社直後の評価を質問した12の項目を2つの概念にまとめた。1つ目は、6項目(「新入社員は、集中して業務に取り組むことができている」「新入社員は、目の前の仕事をこなすことができている」など)で構成され、【職務適合の満足】 とラベル付けした。2つ目も6項目(「新入社員から会社で活躍しようという意欲を感じる」 「ほとんどの新入社員からモチベーションの高さを感じた」)で構成され、【組織適合の満足】とラベル付けしている。

また、「内々定後の辞退に対する課題意識」が、内定後のコミュニケーションと新入社員の評価に及ぼす影響も同時に検討している。このことは、内々定後の辞退に強い課題意識を持つ企業では、その解決のために積極的なコミュニケーションをとっていることや、新入社員への評価が厳しくなると仮説をおいている。

分析では、「内々定後の辞退に対する課題意識」は2つの概念に整理されている。1つ目は6項目(「内々定後の辞退は、内々定者の事業に対する理解の祖語に原因があると考える」「内々定後の辞退は、社風・企業文化とのミスマッチに原因があると考える」など)で構成され、【ミスマッチ】とラベル付けした。2つ目は6項目(「内々定後の辞退は知名度の低さが原因だと考えている」「内々定後の辞退は、志望順位の低さが原因だと考えている」など)で構成され、【競争力不足】とラベル付けしている。

これら5つの概念(「内定後コミュニケーションの充実度」【職務適合の満足】【組織適合の満足】【ミスマッチ】【競争力不足】)の関係を明らかにするために共分散構造分析(※3)を用いた。
※3:共分散構造分析とは関連を持ついくつかの事象の因果関係を検証する分析方法である。今回はR4.2.3のlavaanパッケージとsemパッケージを用いて分析した。

「内定後コミュニケーションの効果」構成要素
「内定後コミュニケーションの効果」構成要素

問題意識と内定後コミュニケーションが新入社員への満足度を高める

共分散構造分析の結果を描写したものが【図1】(※4)となる。それぞれの概念同士で統計的に有意が確認できた影響力を矢印で表している。青い矢印は正の影響力を持ち、赤い矢印は負の影響力を持つ。
※4:モデルの適合度はカイ二乗検定が棄却されるがサンプル数が大きいためと考えられる。CFIとTLIはやや低い(<0.900)が、RMSEAは良好(<0.08)であり、SRMRは優れた数値(<0.08)を示しているため、総合的に判断してモデルの適合度は許容できると見なした。

【図1】内定後のコミュニケーションと課題が新入社員の満足感に及ぼす影響(全体)
【図1】内定後のコミュニケーションと課題が新入社員の満足感に及ぼす影響(全体)

ここから、「内定後コミュニケーションの充実度」が優れている企業ほど、【職務適合の満足】と【組織適合の満足】が良好となることがわかった。このことから、多様な内定後コミュニケーションの施策を実施し、効果を実感できるほど施策を充実させている企業は入社後の新入社員の働きぶりに満足していることが読み取れる。

加えて、【職務適合の満足】は【組織適合の満足】を高める効果があり、職務経験のない新卒採用であっても、初めの配属先における職務内容との適合は軽視すべきではないことが含意として示されている。

また、「内々定後の辞退に対する課題意識」は「内定後コミュニケーションの充実度」と直接の関係性を見出すことができなかった。ここから、内定後コミュニケーションの施策を充実させるかどうかは、内々定後の辞退に対する課題意識の有無と関係はないことがわかった。

しかし、【ミスマッチ】に課題を抱く企業は【職務適合の満足】に負の影響を持つことが確認された。加えて、間接効果として【組織適合の満足】に対しても負の影響力を有している。このことから、内定辞退の理由として職務や組織風土のミスマッチを感じている企業は、入社後の新入社員に対しても同様の課題を持っていることが伺われる。入社前と入社後に同じような不適合の課題を持っているということは、採用だけではなく、求めている人材要件や認識している組織文化などの人材ポリシーの基幹からズレているおそれもある。
加えて、【競争力不足】が【ミスマッチ】に正の影響を持つことから、自社が競合と比べて知名度や業界での立ち位置で不利にあると考える傾向にある企業は、内定辞退の理由として職務や組織風土にミスマッチを感じやすい結果が出ている。【ミスマッチ】と【職務適合の満足】との関係を踏まえると、内定辞退の理由を知名度や業界での立ち位置に求める傾向にある企業は入社後の職務適合と組織適合の双方に課題があるため注意が必要だろう。

採用充足率が8割を超える会社と8割未満の会社の違い

次に、内定後のコミュニケーションと内々定後の辞退に対する課題認識が新入社員の満足感に及ぼす影響について、採用充足率の高い企業とそうではない企業の間で違いがあるのかについて検討した。分析では、回答企業を採用充足率が8割以上(※5)と8割未満の企業に分け、全体を分析したときと同じモデルで影響力に違いがあるのかについて検証した(※6)。
※5:前年度の採用人数を採用予定人数で割ったもの。
※6:分析では、R4.2.3 のlavaanパッケージを用いて、多母集団同時分析を行った。モデル比較の結果、強測定不変モデルの等値制約を置いている。モデルの適合度はカイ二乗検定が棄却されるがサンプル数が大きいためと考えられる。CFIとTLIはやや低い(<0.900)が、RMSEAは良好(<0.08)であり、SRMRは優れた数値(<0.08)を示しているため、総合的に判断してモデルの適合度は許容できると見なした。

採用充足率8割以上の企業から得られた結果を【図2】、採用充足率8割未満の企業から得られた結果を加【図3】として描画している。

【図2】内定後のコミュニケーションと課題が新入社員の満足感に及ぼす影響(採用充足率8割以上)
【図2】内定後のコミュニケーションと課題が新入社員の満足感に及ぼす影響(採用充足率8割以上)
【図3】内定後のコミュニケーションと課題が新入社員の満足感に及ぼす影響(採用充足率8割未満)
【図3】内定後のコミュニケーションと課題が新入社員の満足感に及ぼす影響(採用充足率8割未満)

【図2】をみると、「内定後コミュニケーションの充実度」は全体と変わらずに【職務適合の満足】と【組織適合の満足】の双方に正の影響を持つことがわかった。加えて、【職務適合の満足】は【組織適合の満足】を高める影響力も確認できた。
しかし、【ミスマッチ】が【職務適合の満足】に及ぼす影響が有意ではなくなってしまった。このことは、内々定後の辞退に不適合の課題を持っていたとしても、採用充足率が高い企業では導入研修や初期配属などの工夫で入社後の適合を高める仕組みができていると推察される。この仕組みの中には内定後のコミュニケーションで補う部分も含まれているだろう。

採用充足率が8割未満の企業では、全体と同じ影響力が確認されている。このことから、思うように採用人数が確保できず、内々定後の辞退で職務や組織文化の不適合を感じている企業では、入社した新入社員に対しても職務や組織文化との適合で満足度が低いという結果が出ている。しかし、採用人数の確保が思うようにいかなかった企業でも、内定後のコミュニケーションで多様な施策を講じ、効果を実感するほど内容を作りこむことで、新入社員への満足度が高まっている。

内定後のコミュニケーションが新入社員の職務と組織への適合を高める

本調査では、内定後のコミュニケーション施策が充実しているほど、新入社員が職務や組織に適合し、企業が高い評価をする傾向にあることを明らかにしている。この傾向は、新卒採用が予定通りの人数を確保できたかどうかは関係ない。予定通りの人数を採用できた企業でも、思うように採用活動がいかなかった企業でも、内定後のコミュニケーション施策を充実させることで新入社員の職務と組織への適合を促すことができる。そのため、新入社員の立ち上げを順調にするためにも、内々定後のコミュニケーション施策を作りこみ、学生へ提供することが重要となる。

また、新卒採用が思うようにいかない企業では、内々定後の辞退で競合と比べたときの知名度や選考時のミスマッチに課題を持つほど、入社後の新入社員の適合にも負の影響を及ぼすことがわかった。ここからは、新卒採用も思うようにいかず、内々定後の辞退も課題であり、残った新入社員の適合も望ましくないという負の連鎖があるように感じられる。もしここまでの状況に陥っていないとしても、新卒採用で人数を確保できず、内々定辞退か新入社員の適合に課題を持っている企業では、そもそもの求める人材要件を整理しなおすべきだろう。求めている人材の要件が会社の実態とズレると、採用活動で学生を惹きつけることも、選抜で適材を見抜くことも、入社後に活躍してもらうことも難しい。

せっかく縁ができて内定を出した学生に気持ちよく入社日を迎えてもらい、自社で活躍してもらうために、内定後のコミュニケーションは重要である。「人事からの状況確認」「内定者懇親会」「内定式」といった定番の施策に留まらず、多様な施策を通して学生とコミュニケーションをとるべきだ。ここで重要なことは、数を増やして負荷を高めるのではなく、施策に多様性を持たせるとともに、1つ1つの施策に効果が実感できるほど丁寧に作りこむことだ。施策の作りこみのノウハウが社内にない場合には、初期の段階ではノウハウを得るためにコンサルタントなどの外部の力を借りることも良いだろう。内定後のコミュニケーションを通して、入社後の職務内容の理解を深め、早くから組織文化に馴染んでもらうことで、新入社員の活躍を促すことに繋がるのだ。

付録:使用した変数と因子分析の結果一覧

付録:内定後コミュニケーションの因子分析の結果
付録:内定後コミュニケーションの因子分析の結果
付録:内々定後の辞退に対する課題認識の因子分析の結果
付録:内々定後の辞退に対する課題認識の因子分析の結果
付録3:新入社員に対する満足度の因子分析の結果
付録3:新入社員に対する満足度の因子分析の結果

著者紹介  大分大学経済学部講師 合同会社ATDI代表 碇 邦生
2006年立命館アジア太平洋大学を卒業後、民間企業を経て神戸大学大学院へ進学し、ビジネスにおけるアイデア創出に関する研究を日本とインドネシアにて行う。15年から人事系シンクタンクで主に採用と人事制度の実態調査を中心とした研究プロジェクトに従事。17年から大分大学経済学部経営システム学科で人的資源管理論の講師を務める。現在は、新規事業開発や組織変革をけん引するリーダーの行動特性や認知能力の測定と能力開発を主なテーマとして研究している。また、起業家精神育成を軸としたコミュニティを学内だけではなく、学外でも展開している。日経新聞電子版COMEMOのキーオピニオンリーダー。
※所属や所属名称などは執筆時点のものです。

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