就活ファッションの歴史—服装による「好印象」を考える
目次
面接の印象にも影響する”就活ファッション”
就職活動の広報活動が始まる3月1日を境に、街には黒や紺のスーツに身を包んだ”リクルートスーツ”姿の学生が見え始める。
新型コロナウイルス感染症の流行を機に、オンラインでの会社説明会や面接も増えているが、マイナビが行った「2023年卒学生就職モニター調査6月の活動状況」によると、最終面接が対面式の面接だった割合は53.0%でWEB面接を上回る結果となっており、対面式での面接をする機会は新型コロナウイルス感染症流行開始のときよりも増加傾向にある。
リクルートスーツは、合同説明会や会社説明会での着用機会もあるが、とくに面接での身だしなみとして気にする人も多いだろう。面接の際、企業は学生のどこをみているのだろうか。
マイナビが行った「2023年卒企業新卒採用活動調査」では、企業に対し「面接で注視すること」を聞いている。結果は1位が「コミュニケーション能力」(46.5%)、2位が「入社したいという熱意」(43.7%)、3位が「明るさ・笑顔・人当たりの良さ」(43.0%)、4位が「職場の雰囲気に合うか」(33.1%)と続く。逆に回答数が少ないものでいうと、「大学で学んでいることをきちんと説明できるか」(3.9%)、「技術的・専門的な知識」(3.5%)、「個性的な人材かどうか」(0.8%)、「1つのことを極められること」(0.4%)などである。【図1】
人の印象を左右するものとして、心理学者のアルバート・メラビアン氏が提唱した「メラビアンの法則」がよく出される。第一印象を判断する要素として、視覚が55%、聴覚が38%、言語が7%というものだ。この「視覚」とは、服装だけでなくしぐさや振る舞い、視線や表情などの視覚から入る情報のことを指す。「聴覚」は声の大きさや話すトーン、口調など。「言葉」で伝える内容よりも、言葉に頼らない「非言語コミュニケーション」の方が印象を大きく左右するといわれている。
先に提示した調査結果においても、企業は笑顔や雰囲気など、非言語コミュニケーションを重要視していることがわかる。
現在では「リクルートスーツといえば」と思い浮かべるスタイルがある程度確立されているように思うが、先輩方に話を聞くと、80年代や90年代は現在よりも自由度が高かったらしい。そこで、1980年代からのここ40年に焦点をあて、マイナビ社が持つ資料などを参照しながら、非言語コミュニケーションのひとつである服装について歴史を追う。そして、人に好印象を与える服装は時代によって変化するのかをみていきたい。
1980年代から1990年代前半~選択肢が豊富でファッショナブルな時代~
1980年代の日本といえば、バブル経済真っ只中でファッションも華やかなものが流行したとされる。田中里尚 著『リクルートスーツの社会史』(青土社、2019年)によれば、「この時代はリクルートスーツのスタイルが「リクルート・ファッション」と呼ばれる程度には、男女ともに選択肢が豊富だった」(41ページ)ようだ。
マイナビ(旧毎日コミュニケーションズ)が発行していた、1987年の『月刊コミュニケーション』をみてみると、9月号には「今年の女子のリクルートルックはモノトーンが主流。活動時期が早まったせいか、紺や茶の無地は敬遠され、千鳥格子などが目についた」とあり、翌10月号には「解禁日が早まり、女子学生のリクルートルックも様変わり。麻のスーツに開襟やボウタイのブラウス、とすっかりキャリアウーマン風。」とある。千鳥格子や麻のスーツなど、現代の就活ではみないファッショナブルなスタイルで就職活動を行っていたようだ。
その後1990年代も、まだ現在のような就活ファッションは確立されておらず、比較的自由度が高かったことがうかがえる。
1998年12月にマガジンハウスより出版された、『就職勝利学2000』に、男子の服装に関して以下のような記載があり、就活時のファッションにおいても選択肢があったことがわかる。
ただ安心のために没個性になるのは本当にまずい。みんなと同じではアピールできないヤツだと思われてしまうだろう。デパートのリクルートコーナーの商品も個性的になりつつあるが、あくまでも自分の目で選ぼう。
サイズはもちろん色、デザインも自分に合ったものに限ることは言うまでもない。(490ページ)
また、あわせて「業界、会社、業種によっては、スーツを着ていく必要もないことは言うまでもない。」(490ページ)とあり、1990年代後半の時点でもスーツ以外でも就職活動を行うことがあったようだ。
女子のファッションにおいても、「ワクにとらわれず、おしゃれで品のあるもの、個性的なものを選ぶべきである。」「ボタンも派手すぎない範囲で、おしゃれすべきだ。」(どちらも492ページ)と記載がある。
この時代は、業界や業種にあわせてファッションを変え、面接での好印象をつかむ努力をしていたようだ。もう少し詳しく、就活ファッションのトレンドを男女別にみていこう。
男性ファッションのトレンド
時代によってあまり差がなさそうな男性ファッションであるが、ジャケットの形やボタンの数、シルエットなど、時代によってトレンドがある。前出の『リクルートスーツの社会史』をもとに、90年代のスタイルの特徴を挙げると、90年代前半はソフトスーツ、細身のトラディショナル、一般的なビジネススーツという選択肢があったようだ。1994年からはソフトスーツブームが終わり、3つボタンスーツがトレンドとなった。
トレンドカラーの変遷でいうと、この時代の定番色は紺とされ、差別化したい人はグレーを選び始めたとのこと。ハースト婦人画報社が発行するメンズ向けファッション誌『MEN’S CLUB』の1995年4月号には、就活スタイルではないもののフレッシュマン向けのスーツとして「ネイビーかグレイでトラッド調を選ぶ。」と見出しをつけている。【図2】
また、本文には以下のような記載も。
(前略)フレッシュマンにとって、まず大事なことは好感度。(中略)今さらバブル経済時代のソフトスーツを選ぶ人はまずいないだろうが、基本的にはトラディショナルなデザインのものをセレクトすれば、まず間違いがない。
現代でもよくみるトラディショナルデザインのスーツが、90年代後半にもトレンドだったことがわかる。
女性ファッションのトレンド
次に、この年代の女性就活ファッションの変化をみていこう。
『月刊コミュニケーション』1992年6月号の座談会記事では、女子学生が「説明会にアパレルの方がいらっしゃったときに、リクルートスーツは二着か三着で、一着目が紺、二着目はグレー、三着目がパステル調って言われました」と発言している。半年後の1992年12月号では、「最近ではスーツは紺でなければいけないなんてことはないですよね。私のまわりもピンクやグリーンといったスーツを着ていた人がけっこういたし…。」という発言も。1990年代前半も、カラフルなファッションで就職活動が行われていたことがわかる。
当時の女性ファッション誌をみてみると、会社訪問に行くときの服装が特集されていて、薄いグレーを基調としたチェックのダブルスーツや、紺のダブルのブレザーにグレンチェックのスカートといったコーディネートが掲載されていた。【図3】
テキストには「かっちりした印象」「さわやか」「オフィシャルな雰囲気」などと記載があり、色合いやコーディネートが異なっても印象として求められていることは現代を大差がないようだ。ほか、業界によってパステルピンクやパステルグリーンのスーツも好感度が高いと紹介されており、この頃は業界や会社の雰囲気に合わせてスーツを選んでいた、というのがこの資料からもわかった。
1990年代後半から2000年代~就活ファッションの変換期~
この章では、バブル経済の崩壊後である1990年代後半からみていく。
『リクルートスーツの社会史』によると、現在なじみのある「リクルートスーツ」という言葉は2000年代ごろに定着してきた言葉らしい。
七〇年代中ごろには「背広」での就職活動が行われていた。そこから、どこかの時点でスーツでの就職活動が一般化し、「リクルートスーツ」という言葉が用いられ、二〇〇〇年代には繊維業界も「リクルートスーツ」という言葉を無視できないほどの存在感を得る。(13ページ)
このことから、1990年代後半から2000年代は、前章でみてきたファッショナブルな就活ファッションから、現代に近い就活ファッションへの変換期であることが予想できる。
バブル経済の崩壊以降、就職が狭き門になっていくなかで、学生たちは保守的になっていく。それまでもブレザー・スカート・白ブラウスなどの定型はあったものの、スカートはタイトシルエット、カラーは紺が主流へと変化していったとされている。
『リクルートスーツの社会史』によると、「バブル経済の崩壊は、(中略)見た目による不採用リスクを最小にする服装を求め、販売員もまたリスクが最小になる実績を持つと信じられている無難な紺スーツを奨め……という循環現象をもたらした。」(286ページ)とある。
実際に、『月刊コミュニケーション』1994年6月号には、「MYCOM就職セミナーに来た紺色のスーツの群れ」という表現があった。残念ながら写真が白黒なのでわかりにくいが、男女ともに濃い色のスーツを身にまとっていることがわかる。【図4】
また、メンズファッションのトレンドカラーをみてみると、『MEN’S CLUB』2000年2月号では、「究極のファーストスーツと出会う」という特集のなかでグレーのスーツを推している。【図5】
グレーといってもさまざまな色味があるが、この号では「限りなく黒に近いヌーベルグレイ」と命名して紹介している。また、「ここ数年、ブラックスーツがネイビースーツにとって代わり、売れ行きが好調であると聞く。」という記載も。1995~2000年の間に、スーツのトレンドカラーが変わりつつあることがわかる。
【図6】は2000年に大阪で行われた就活イベントの写真であるが、ほとんどの学生が黒や紺のスーツを着ている。
明るいグレーから黒に近いグレー、そして黒へ、というようなかたちで人気色が変化していき、現代の定番である「黒いスーツ」が台頭したようだ。
2010年代から現在~黒のスーツがスタンダードに~
「就活のときにどんな服装にする?」と聞かれた場合、スーツ店で「フレッシャーズ」と銘打って販売されている黒や紺のスーツを思い浮かべる人も多いのではないだろうか。就活生に対してマナーなどを解説する、いわゆる「就職対策本」の最新版をみてみると、「スーツ選び 5つのルール」として下記のように書かれている。
①流行を追い過ぎないシルエット
②男女ともに2つボタン
③色はネイビーか黒
④柄は無地もしくはうっすらストライプ
⑤徹底したサイズ合わせ
※『絶対内定2024 面接』(ダイヤモンド社、2022年)より抜粋
こういったスタイルは、近年の就活ファッションとして多くの人が思い浮かべるものと合致するだろう。就職対策本をさかのぼってみると、2008年に発行されたポイントと、最新版でほとんど変わらない内容が記載されていた。異なる点といえば、②が「2つボタンか3つボタン」となっているくらいである。
このことから、少なくともここ10年程度は「スタンダード」とされる就活ファッションはあまり変わっていないといえる。
コロナ禍による変化はどう影響している?
しかし、ここ数年で大きく変化したこともある。2020年の新型コロナウイルス感染症の流行により、就職活動のスタイルが大きく変わり、WEB面接という新しい採用手法がとられるようになった。対面ではなく画面上での面接のため、「画面の映り方」も重要となる。好印象とされるリクルートスーツのスタイルに変化はないものの、先に参照した就職対策本においては、「オンライン面接の対策ポイント」としてライティング(照明)や目線、反応の仕方や背景画像についてアドバイスが記載されている。画面上では、人柄や雰囲気が伝わりにくいこともあるため、「通常の1.5倍のリアクションをして、元気と明るさをアピールしよう。」(『絶対内定2024 面接』188ページ)とある。
このように、コロナ禍前にはなかったオンライン面接が定着化したことにより、リクルートスーツの着用機会は減少したのだろうか。ここで、マイナビが調査した「2022年卒大学生活動実態調査(5月)」をみると、WEB形式での就職活動において、企業から服装の指定がある場合を除いてどの程度スーツを着用しているかという設問がある。結果は「すべての活動でスーツを着用している」学生が7割以上であり、大多数の学生は必ずスーツで選考に臨んでいることがわかった。オンラインであっても、リクルートスーツを着用して就職活動をする、という価値観にそこまで変化はないようだ。
次に、「2023年卒 学生就職モニター調査 3月の活動状況」をみてみる。3月の就活費用を聞くと、スーツや書籍にかけた費用の平均は5,074円。経年変化をみると、20年卒と21年卒を境に費用が約半分になっており、予備のスーツを買う費用などが押さえられたのではないかと考えられる。【図7】
また、近年ではリクルートスーツのレンタルサービスも開始されている。このことも就活費用の減少に影響しているのかもしれない。
「好印象」を考える
1980年代から現在までの就活ファッションについて、その変遷をみてきた。さまざまな資料を参照したが、時代によって色やシルエットは違っていても「清潔感」「爽やかさ」などを意識した服装であるという点は同じであったように思う。
服装の色が与える印象効果についてはさまざまな論文があり、庄山茂子らの研究(2004)では、女子学生のリクルートスーツのなかに着るシャツの色によって与える印象に違いがあるかを明らかにしている。「企業側が好感を持つ1位のBlueと2位のWhiteは「誠実さ」の因子得点が高かった」とあり、ほかに「清潔さ」や「きちんとした」印象を持てる色の好感度が高い結果になっている。反対に、責任感を感じない色(lignt gray)は評価が低かった。
また、木山奈那の研究(2014)では、社会的経済地位、社会的移動性、社会的役割、社会的規範などを要因として挙げ「被服行動は社会や文化によって直接的または間接的に統制を受けている」としたうえで、「被服行動は非言語的コミュニケーションの一種であり、他社と自己の双方において深く関連している」としている。
このように、シャツの色の違いなど身にまとう服装(=非言語的コミュニケーション)によって相手に与える印象は変わってくる。現在の就職活動においては、ある程度の”正解”といえる就活ファッションがあり、これは企業や業界によってファッションを変えていた時代と比較すると、複数のコーディネートを用意する手間が不要で合理的であると同時に、普段と違う服装をすることで一種のスイッチの切り替えになるという副次的な効果も期待できる。また、業界によってスタイルに差はあるものの、身だしなみにおいて相手に好印象を持ってもらうように意識して整えることはマナーのひとつであり、TPOに合わせた服装ができるかどうかは社会に出てからも活きる能力である。 面接においては、視覚情報によって印象が左右されることを念頭に、身だしなみに加えて表情や視線なども意識しながら自信を持って挑んでみてほしい。
キャリアリサーチLab研究員 矢部 栞
<参考文献>
・杉村太郎 著、藤本健司 著『絶対内定2024 面接』(ダイヤモンド社、2022年)
・杉村太郎 著、坂本章紀 著『絶対内定2010 面接』(ダイヤモンド社、2008年)
・田中里尚 著『リクルートスーツの社会史』(青土社、2019年)
・杉村太郎 著『就職勝利学2000』(マガジンハウス、1998年末)
・『MEN’S CLUB』1995年4月号、2000年2月号(ハースト婦人画報社)
・『月刊コミュニケーション』1987年9月号、1987年10月号、1992年5月号、1992年12月号、1994年6月号(毎日コミュニケーションズ)
・庄山茂子、浦川理香、江田雅美「リクルートスーツのシャツの色が印象形成に及ぼす影響」デザイン学研究BULLETIN OF JSSD Vol.50 No.6(2004年)
・木山奈那「非言語的コミュニケーションとしての被服—被服による印象形成・対人行動を通じて—」日本女子大学 人間社会研究科紀要 第20号(2014年)