マイナビ キャリアリサーチLab

時代によって移り変わる就活3種の神器—大分大学・碇邦生氏

碇邦生
著者
九州大学ビジネス・スクール講師 合同会社ATDI代表
KUNIO IKARI

変革期で正解が見えにくくなった新卒採用

近年、新卒でもジョブ型採用の導入が検討され、エンジニアなどの特定の職種では新卒時から処遇に差をつける企業も増えてきた。現代の状況は、新卒採用における変革期とも言えるもので、毎年新しい変化が生まれている。面接や会社説明会のオンライン化も変革期における変化の1つだ。

このような変革期にあって、学生にとっても企業にとっても、正解が見えにくい世の中になっている。たとえば、1990年代以前では、どのような企業であっても、求める人材要件が似ていたため、それが採用における「正解」に近かった。それが時代の変化と共に、企業毎に求める人材要件が多様化するようになった。

学生にとっても、「良い大学に入って、良い会社に入り、将来は安泰だ」というような価値観は過去のものだ。大学に入ってから、何を学んだのか、何に取り組んだのかが重視されるようになり、学生生活が忙しくなった。

それでは、正解の見えにくくなった状態で、企業は何を基準に学生を判断すべきなのか。また、学生はどのような活動に貴重な学生時代を費やすべきか。本稿では、採用における3つの大きな変革期と照らし合わせて3種の神器と銘打って考察してみたい。

インターネット社会以前の3種の神器

1995年にインターネットが一般社会に広く普及するまで、新卒採用における多様性は低く、就活に有利とされてきた学生時代の経験も画一的だった。これは、大学新卒を採用する企業の多くが、入社後の成長に対する期待を評価基準として、即戦力としての期待をほとんどしていなかったためだ。
また、ハガキと電話が主な募集方法の時代だと、何度も募集をかけることの効率が悪い。そのため、丁寧に選考をかけるよりも多めに内々定を出す傾向にあり、内定重複も多かった。

そのような時代だと、就職に有利とされてきた経験は、どれだけ会社に馴染めるかが重視された。
第1の神器は「体育会の経験」だ。上下関係と礼儀に厳しい体育会の経験は、組織の構成員として好ましい姿勢を身に着けることができた。また、地道で苦しい訓練に耐えることが社会人としてのストレス耐性を養うと期待された。

第2の神器は、「自動車の免許」だ。異動や配属によって、どこの部署になるのか、どこの勤務地になるのかがわからないため、自動車移動が求められる営業職や地方の拠点でも大丈夫なように自動車免許の有無が重視された。

第3の神器は「英語」だ。米国を中心として海外展開を急速に進める日本企業のニーズから、日英バイリンガル人材のニーズが高まった。

パソコン社会の3種の神器

Windows95とWWW(ワールドワイドウェブ)の登場によって、企業の採用活動と学生の就職活動は大きな変革を迎えた。企業にとっては、学生へのアプローチのコストが下がり、手法の多様性も広がった。大手就活ポータルサイトも2000年前後には求人情報のメディアとして主流なものとなり、求人活動のデジタル化が進んだ。デジタル化によって、採用に関する公開情報の量と質の双方が向上した。

就活における3種の神器も、パソコンとインターネットの登場で大きく変わった。
第1の神器は「パソコン技術」だ。Windows95の登場から間もなく、ほとんどの業務でパソコンの操作が必須となった。それを受けて、学生時代からパソコンを使うことができないと新入社員だとしても仕事にならなかった。

第2の神器は「海外留学経験」だ。文部科学省によると日本人の単位を伴う長期留学生数は1986年から2004年までおおむね増加傾向にある。2004年以降は減少傾向にあって2010年からは横ばいに転じる。しかし、単位取得を伴わない留学も含めると2004年以降も日本人留学生は増加傾向にある。企業としてもグローバル領域の職種を希望する学生に対して、英語のスコアだけではなく、半年以上の留学経験を期待値として設定し、加点材料としている。

第3の神器は据え置きの「自動車免許」だ。日本企業の慣例として、転居を伴う異動が総合職の前提となっていることは変わっていない。勤務地や配属部署がどこになるかわからないため、交通手段として自動車が使えるように求めるニーズは変わっていない。

スマホ社会の3種の神器

2010年代後半以降になると、テクノロジーの更なる進展によって採用は大きく変化を迎える。この変化は、スマートフォンの普及によって誰もが情報の発信者となることができるようになったことが大きい。たとえば、動画面接とAI診断の組み合わせは2010年代後半に欧米諸国を中心に広がり、コロナ禍にあって日本でも多く取り入れられるようになった。学生が企業情報をSNSから得るようになり、企業側もSNSを活用したPRを積極的に行っている。

このような変化を踏まえ、第1の神器は「デジタル・マインドセット」だと言える。デジタル・マインドセットとは、次々と出てくる新技術に適応し、学び続けていこうという志向性だ。変化のスピードが速いため、特定のスキルが求められるのではなく、変化に対応できる適応力が期待される。

第2の神器は「多様な人材との協業体験」だ。バックグラウンドの異なる他者と協力し、何かを成し遂げるために必要な能力を総称して、ソフトスキルとも呼ばれる。ソフトスキルの中には、ビジョンを提示するリーダーシップやチームメンバーへの配慮、時間管理、人脈形成、創造的思考、論理的(批判的)思考、紛争解決能力などが含まれる。現代のビジネス環境は、プロジェクトベースの仕事の割合が増大し、学生時代から能力開発をすることが期待されている。

第3の神器は「学業への取り組み」だ。近年では、履修履歴面接のように大学で何を学んだのか、どのような姿勢で取り組んできたのかを重視する企業が増えてきた。大学での勉学の姿勢を知ることで、地道な努力ができるかどうか、目の前の課題に真剣に取り組むことができる実直さがあるかなどの評価ができる。

企業が学生に求める3つの軸

パソコンおよびインターネットの登場と、スマートフォンの登場から立て続けに起きるIT技術の進歩は、採用に対して大きな変化を生んできた。それら3つの区切りで採用と就職活動のトレンドについて見てきた。
時代の変化によって、就職活動で有利とされてきたスキルや経験が異なる一方で、なぜそのスキルが求められたのかを考えると共通の軸を見出すことができる。【表1】

3つの軸インターネット社会前パソコン社会スマホ社会
1.入社直後に求められるスキル体育会の経験パソコン技術デジタル・マインドセット
2.長期的に求められるスキル自動車免許自動車免許学業への取り組み
3.コミュニケーション英語能力留学経験協業体験
【表1】就活の3種の神器と3つの軸

第1の軸は、入社直後に求められるスキルだ。新卒採用がいくらポテンシャル重視とはいえ、正社員であるのだから、入社直後から仕事をしてもらわなくてはならない。新入社員が特別な専門性のいらない業務をこなしていたインターネット以前は、タフで従順な体育会系のノリが好まれた。しかし、業務でパソコンやさまざまなテクノロジーを使うことが求められるようになると、そもそもテクノロジーを使うことができないと何も仕事ができない。そのため、パソコン技術が求められるようになる。今では特定のテクノロジーよりも、どのようなテクノロジーでも学んで使いこなそうというマインドセットが評価されている。

第2の軸は、入社直後には必ずしも必要ではないが、長期的な視点で見たときに好ましいものだ。たとえば、自動車の免許は初めの配属先で必要がなければ使わない。しかし、長期雇用の中でジョブローテーションや異動によって、いつ必要とされるかわからない。学業への取り組み姿勢や、そこで学んだ専門知識においても同様だ。そこで身に着けた能力が直ぐに求められるとは限らない。しかし、長期的に見たときに、地道に頑張ってきた学業への取り組み姿勢と、そこで学んだ専門知識、興味関心の方向性があることは好ましい。

第3の軸は、コミュニケーションに関するスキルだ。コミュニケーションが問題になるのは、組織の中で多様な価値観を取り込んだときに表面化しやすい。かつての日本企業は、同一性の高さからくるコミュニケーションの効率の良さが強みでもあった。しかし、多様な人材の活用が求められる現在のビジネス環境では、それに応じたコミュニケーションスキルを身に着ける必要がある。

これら3つの軸は、日本だけに見られる特有なものではない。海外でも、国によって多少の濃淡はあるものの同様の判断基準を用いている。たとえば、アングロサクソン系では、長期的に求められるスキルの比重が軽くなりがちだ。それでも、5年後・10年後の会社のビジョンを見据えたときに必要となる資質を持った人材を採用するようにしなさいといった人事戦略の方針が出たりする。また、デジタル・マインドセットとソフトスキルを有した人材のニーズは、全世界的に高まっている。
企業の採用担当や学生は、自分たちがどのような基準で採用および就職活動を考えるべきか迷ったときに、これら3つの軸があることを思い出してもらえると嬉しい。


著者紹介  大分大学経済学部講師 合同会社ATDI代表 碇 邦生

2006年立命館アジア太平洋大学を卒業後、民間企業を経て神戸大学大学院へ進学し、ビジネスにおけるアイデア創出に関する研究を日本とインドネシアにて行う。15年から人事系シンクタンクで主に採用と人事制度の実態調査を中心とした研究プロジェクトに従事。17年から大分大学経済学部経営システム学科で人的資源管理論の講師を務める。現在は、新規事業開発や組織変革をけん引するリーダーの行動特性や認知能力の測定と能力開発を主なテーマとして研究している。また、起業家精神育成を軸としたコミュニティを学内だけではなく、学外でも展開している。日経新聞電子版COMEMOのキーオピニオンリーダー。

←前のコラム          次のコラム→

関連記事

コラム

地方の新卒採用の現状-首都圏から流入してくるトップ大学の学生-
–大分大学・碇邦生氏

2023年卒企業新卒採用活動調査

調査・データ

2023年卒企業新卒採用活動調査

コラム

バブル経済期1991年入社の新入社員座談会から当時と今の就活を比べてみた