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企業文化を活かした採用の5ステップ
– 大分大学・碇邦生氏

碇邦生
著者
九州大学ビジネス・スクール講師 合同会社ATDI代表
KUNIO IKARI

多様化と専門化する採用

この20年で、採用は大きく変化してきた。その変化をまとめると、多様化と専門化という2つのベクトルで表すことができる。

まず多様化については、かつて採用というと主流は新卒採用だった。高校や大学を卒業した新規学卒者が基幹社員であり、欠員が出たときの補充や補助的な業務に携わる社員の採用が随時足りない部分を補う形だった。それが、中途採用が当たり前となり、女性活躍推進から時短勤務やプロジェクト単位での期間限定採用など、多様な雇用が拡がっていった。

専門化に関しては、事業経営における採用ニーズの高まりが担当者に求められる専門性を高度なものとしている。採用の主流が新規学卒者であったときには、採用の業務プロセスは毎年似たような手順の繰り返しであり、変化に乏しかった。しかも、やるべきことが決められており、ある程度の定型化ができていた。そのため、長年、採用は人事経験が浅い新人の仕事として扱われてきた。

しかし、中途採用が当たり前のものとなると求人のポストに応じて求める人材要件が異なり、採用担当は現場の仕事にも精通する必要が出てくる。また、テクノロジーの進展によって、求人や選考において、新たな採用選考ツールやプロセスデータを活用して、人材の最適化を行わなくてはならなくなってきた。

採用と企業文化を連携させる必要性

このように採用が多様化と専門化が進む中で、1つの問題が生じてきた。多様な採用経路から多様な人材が働くようになり、組織として一体感を醸成することが困難な事象が発生した。たとえば、新卒採用で入社した従業員の多い組織では、企業文化として価値観や行動様式が暗黙的に共有されている。「こう動いて、こう考えるのが常識だろう」と自然と意思決定する。しかし、中途採用者は同じ文脈を共有していないため、新卒採用の従業員が言う「常識」や「当たり前」が理解できない。そこでコミュニケーションの齟齬が生まれたり、中途採用者がパフォーマンスを発揮できない状況に追い込まれたりする。つまり、多様な人材が働くようになったことで、それまで暗黙的に共有していた企業文化が理解されず、明示化することが必要となった。

また、即戦力と実績を重視して採用を行ったところ、自社の企業文化とはそぐわない人材を採用してしまい、現場が混乱することになったという事例も良く聞かれる話だ。採用では、職務遂行能力だけではなく、企業文化との適合も同じくらい重要であり、両者のバランスをとることが求められる※1。
※1 専門的には、Person – Organization fit(個人・組織適合)と Person – Job fit(個人・職務適合) と呼ばれる

加えて、ビジネス環境の変化スピードが速まることで、企業文化を見直して随時アップデートする必要も出ている。端的な変化は、従業員のプライベートに対する配慮だろう。バブル期のCMにあるような「24時間、働けますか?」という働き方は、今の時代は許されない。それが企業文化として染みついているのであれば、修正する必要がある。

企業文化を変えることは、当然、簡単なことではない。しかし、不可能というわけでもない。手段の1つが、採用時にそもそも異なる価値観を持った人材を組織に入れないことだ。求職者にメッセージとして伝え、選考時に評価し、入社後の定着期にコミュニケーションをとって期待値を調整することで従業員の価値観と企業文化とのチューニングをする。NETFLIXで一躍火が付いたカルチャーデッキは、そのチューニングのために作られ、使用するツールだ。

企業文化を採用に応用する5ステップ

それでは、企業文化をどのように採用に活かすのか。ここでは5つのステップで解説していく。

ステップ1では、まず組織の現状を把握する。暗黙的に従業員の間で共有されている常識や当たり前とされる行動様式、意思決定の癖を洗い出す。「細部に神が宿る」と言って深夜残業や休日出勤が当たり前となっている職場に対して、「働き方改革だから残業するな」と言っても意味がないように、実態とかけ離れたお題目の企業文化は定着しない。

ステップ2では、事業戦略の目標を達成するために、既存の企業文化をどのように修正すべきか方針を決める。現状、多くの企業で直面していることがデジタル化への対応だ。テクノロジーの活用は研究開発などの一部の部署だけの問題で、全社的な問題ではないという価値観を持っていた企業は、大変革を求められている。このように、将来を見据えて企業文化をどのように修正していくかを把握することが肝要だ。なぜなら、採用は将来の成功のために必要な人材を社内に獲得するための施策であるためだ。

ステップ3では、企業文化を人材要件として落とし込む。このとき、例外なく、全従業員が共通して持つべき指標として明示化する。NETFLIXの「カルチャーデッキ」、Microsoftの「企業文化の10の事実」※2が代表例だ。
※2 Microsoftの「企業文化の10の事実」:サティア・ナデラCEOが就任直後から取り組んだ企業文化変革の3年間の取り組みで作り上げられた10の指標。「#1 過去を尊重して未来を定義せよ」「#2 要約する:単純でも戦略的に」「#3 ごまかしは許されない」「#4 目的指向型のミッションを持つ」「#5 大小様々な象徴的変化を実現する」「#6 文化を人に取り入れる」「#7 コミュニケーション、コミュニケーション、コミュニケーション」「#8 テクノロジーにより変化を加速」「#9 全員が漕ぎ手」「#10 謙虚さを保ち、進路を維持する」

ステップ4では、企業文化から抽出した人材要件を採用のプロセスに応用していく。採用は、一見すると一続きの業務プロセスとして捉えられがちだが、本質的には3つの異なる性格を持った業務の複合体であることがわかっている。1つ目は「募集」であり、適材を見つけ出し、志望動機を高め、求人に応募させる。2つ目は「選考」で、応募者が本当に相応しい人材かを見抜くために評価する。3つ目は「社会化」であり、最近ではオンボーディングとも呼ばれる。新入社員が新しい環境に馴染み、パフォーマンスが発揮できるように支援する。これら3つのプロセスにおいて、企業文化から抽出した人材要件を用いて、「募集」で適材を惹きつけ、「選考」で選抜し、「社会化」で実際とのギャップを埋める。

ステップ5では、ステップ4で各プロセスに人材要件を応用した手法を実践に移す。募集では、適材のみを惹きつけるように求人広告や募集要項に明確なメッセージ(シグナリング)を載せ、適材からの応募を引き出す。選考では、評価するための尺度やツールを開発する。IKEAのように企業文化との適合を見るために独自のテストを開発している企業も多い。社会化では、1on1面談のような手法を用いて入社前と入社後の理解や期待値の調整を行う。たとえば、2015年前後に流行した「ノーレーティング」はこの文脈にある。この用語は語感から誤った理解をされることが多い。原語である英語では「No Performance Rating(業績評価をしない)」であって評価はする。評価は企業文化を理解し、どれだけ成長を遂げたのか、成長の方向性は企業文化と適合しているかを見る。入社直後では、オンボーディングと呼ばれる組織への定着促進の施策として行われる。つまり、企業文化に対する理解の細かい調整が入社後の現場レベルで求められる。

これら5つのステップをまとめたものが下図だ。

企業文化から採用を設計する5ステップをあらわした図

企業文化は暗黙的に形成されるものだという価値観は時代遅れのものになりつつある。モーガン・マッコールが著書『ハイ・フライヤー』(2002年、プレジデント社)で語ったように、高いパフォーマンスを発揮する人材は、強い企業文化を持った企業で働くことを志向する傾向にある。しかし、多様な人材が企業で働くようになり、企業文化は自然に任せるままだと弱まってしまう。強い企業文化を醸成するためには戦略的に取り組む必要がある。

採用は強い企業文化を作る上で重要な役割を果たす。それと同時に、強い企業文化は採用の難易度を下げることとなる。採用と企業文化は密接な関係にあるのだ。これからの採用を設計していく上で、企業文化を如何に活用するかが成功の鍵となるだろう。


著者紹介  大分大学経済学部講師 合同会社ATDI代表 碇 邦生

2006年立命館アジア太平洋大学を卒業後、民間企業を経て神戸大学大学院へ進学し、ビジネスにおけるアイデア創出に関する研究を日本とインドネシアにて行う。15年から人事系シンクタンクで主に採用と人事制度の実態調査を中心とした研究プロジェクトに従事。17年から大分大学経済学部経営システム学科で人的資源管理論の講師を務める。現在は、新規事業開発や組織変革をけん引するリーダーの行動特性や認知能力の測定と能力開発を主なテーマとして研究している。また、起業家精神育成を軸としたコミュニティを学内だけではなく、学外でも展開している。日経新聞電子版COMEMOのキーオピニオンリーダー。

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