マイナビ キャリアリサーチLab

地方の新卒採用の現状-首都圏から流入してくるトップ大学の学生-
–大分大学・碇邦生氏

碇邦生
著者
九州大学ビジネス・スクール講師 合同会社ATDI代表
KUNIO IKARI

大企業の採用数減少が地方の採用を変える

3年ほど前から、地方企業での新卒採用の様子に変化が起きている。地方の優良企業の新卒採用で、地元国立大学の学生の内定数が伸び悩んでいるのだ。厳しいところでは、減少傾向にもあるという。そのような中で、採用担当者によると、大都市圏の学生の採用に成功しているという。

2000年代以降、地方大学の学生は、大企業と地元の地方企業双方から採用ニーズが高まっている。マイナビをはじめとしたオンラインでの求人サービスが普及すると同時に、地方の大学生が大都市圏の企業、とりわけ大企業への就職を志向するようになった。企業としても地方大学の学生の応募を歓迎する傾向にある。特に、近年はオンライン説明会やウェブ面接などの、地方の学生に配慮した採用プロセスを取り入れる企業も増えている。

地方の学生の県外流出を問題視した文科省は、2013年から、県内就職率の向上を目指して「地(知)の拠点整備事業」※1に取り組んでいる。地方大学の就職活動は、大都市圏を志向する学生と、地元経済の担い手となって欲しい行政および地方企業がすれ違っている構図が長年続いている。結果として、民間企業の進路希望者が多い地方国立大学の社会科学系学部と自然科学系学部では7割前後が県外就職というのが現状だ。 ※2

しかし、ここ数年、地方の優良企業、とりわけ地方銀行の人気が全国的に高まっている。大都市圏の学生からも就職先として選ばれている。マイナビの「就職企業人気ランキング(22年卒)」では、関東甲信越エリアの上位30位以内に7社の地銀・信金の名前を確認できる。特に、千葉興業銀行は前年度63位から26位に急上昇している。この背景には、大企業の新卒採用が大きな変化を迎えていることがある。

※1 2015年からは「地(知)の拠点大学による地方創生推進事業(COC+)」に名称が変更され、より本格的に取り組まれている。
※2 大分大学経済学部の県内就職率は31.2%、理工学部で30.4%。山口大学経済学部が27.4%。新潟大学経済学部が37.84%、工学部で29.3%となっている。

新卒採用の2つの変化

大企業の新卒採用は、ここ数年で激動の時代を迎えている。大きな変化は2つある。 1つは、それまで日本独自の商慣習であった「新卒の定期大量採用」を世界標準の採用システムに移行するグローバリゼーションだ。経団連が「就活ルール」の廃止を宣言し、新卒採用の自由度が飛躍的に高まっている。これまで自粛されてきた採用直結インターンシップも増えている。

もう1つの変化は、業務プロセスのデジタルトランスフォーメーション(DX)による効率化だ。2017年には、3メガバンクが揃って、DXによる効率化で数万人分の業務量を減らすと宣言している。このことは新卒採用にも影響を及ぼしている。3メガバンクは、2021年4月入社の新卒採用数を計1,450人程度とし、5年連続で減少傾向にある。  これら2つの変化は、メガバンクだけではなく、数多くの企業の新卒採用に影響を及ぼしている。表は、コロナ禍が本格化する前に採用が決まっている20年卒と16年卒の新卒採用の人数が多い企業を比較したものだ。

2020年卒と2016年卒の新卒採用数が多い企業の比較/東洋経済新報社「就職四季報」『「新卒採用者数が多い会社ランキング」トップ300』東洋経済新報社「就職四季報」『最新!「新卒採用数が多い」200社ランキング』
2020年卒と2016年卒の新卒採用数が多い企業の比較/東洋経済新報社「就職四季報」『「新卒採用者数が多い会社ランキング」トップ300』東洋経済新報社「就職四季報」『最新!「新卒採用数が多い」200社ランキング』

表1からは、2つの事実を読み取ることができる。第1に、1社あたりの採用人数が大きく減少している。1,000人を超える人数を採用する企業はなくなり、上位10社の合計で約34%減少している。第2に、上位10社の顔触れや業界が大きく変わっている。継続して名を連ねているのは三菱電機や大和ハウス工業などの4社であり、金融業界が採用数を大きく絞っていることがわかる。金融業界が順位を落としたために相対的にメーカーが押し上げられた形になっているが、小売と情報・通信が新たに上位10社に入ってきた。しかし、スギ薬局以下は2016年の水準では欄外の採用人数である。

つまり、大学生にとって、大企業、とりわけ金融業界への就職の難易度が上がっていると言える。加えて、大学生を取り巻く現状は、大企業への就職難に拍車をかけている。

これからも増え続ける大学生

大企業が採用する新卒採用の人数が減少傾向にある一方で、応募する大学生の総数は増加傾向にある。大学生の大企業志向は減退する気配が確認できておらず、現状だと年々減っていく大企業の新卒採用枠を、毎年増え続ける大学生が奪い合っている。特に、もっとも大きなボリュームゾーンの1つとなっていた金融業界が消極的な姿勢をとっていることが、椅子の奪い合いに拍車をかけている。

少子高齢化で人口減少期にある日本社会だが、大学業界は市場が拡大傾向にある。日本の大学生数は毎年増加傾向にあり、2020年時点で約290万人だ。このことは大学進学率の上昇が背景にある。しかも、UNESCO(2018年)によると、日本の大学進学率は上昇したとはいえ、まだまだ高水準にあるとは言えない。OECDの平均が73.74%であるのに対し、日本の数値は63.58%で平均以下だ。しばらくは進学率上昇による大学生数の増加傾向は続くと予測される。

また、5,000人以上の従業員規模を持つ大企業の求人倍率も下降傾向にある。リクルートワークス研究所が発表する大卒求人倍率の推移をみると、全体的には増加傾向にある。しかし、従業員規模別でみると、5,000人以上の企業では求人倍率が2016年卒の0.70倍から減少傾向にある。コロナ前の2019年卒には0.37倍と半減している。2022年卒は少し盛り返して0.41倍だが、この倍率は東日本大震災直後よりも低い。つまり、大企業へ就職する難易度が上がる一方で、求人倍率自体は高いために、大企業志向の学生が中小企業や地方企業に流れている。

変化を求められる地方企業と大学生

首都圏の大学生の進路が地方や中小企業にまで分散してくる傾向は今後さらに強まると予測される。首都圏の大学生は、人気のある大企業で働きたいと考えているのならば、争う椅子の数が減っていることを意識すべきだ。一方、地方の大学生も、かつてのように地元の優良企業にスムーズに入社できると楽観視ができない。どこの大学で学ぶかに関係なく、学生時代を通して、自分の市場価値を高めることに時間と労力を費やすことが求められる。

また、採用する地方企業も意識の変化が求められる。首都圏のトップ大学の学生を採用することができたと喜んでもいられない。近い将来、時代の変化が否応なく、地方企業にも訪れる。たとえば、DXが一向に進まない現状では市場から見捨てられるリスクがある。電子メールですら、その生産性の低さから時代遅れのコミュニケーション・ツールとなりつつある。労働生産性の向上は、大企業だけの問題ではない。企業としての生産性が低い場合、契約を切られる可能性は十分に考慮しなくてはならない。

現在、伝統的な新卒の採用システムは岐路に立たされている。DXによって労働集約的な業務は効率化され、数百人から千人以上の学生を採用するような新卒大量採用は変化していくだろう。そのような中、地方企業は採用した学生をどのように活用していくのかを考える必要がある。従来とは質の異なる学生を採用することは、従来のマネジメント方法が通用しないリスクもある。似たような話として、大企業が積極的に留学生を採用したときに、大量の早期離職を招いたことがある。同じ轍を踏んではいけない。また、学生も大企業への就職競争が激しいことを自覚し、学生生活を通して自信のキャリアについて考える必要がある。企業も学生も変化が求められている。


著者紹介
碇邦生
大分大学経済学部講師 合同会社ATDI代表

2006年立命館アジア太平洋大学を卒業後、民間企業を経て神戸大学大学院へ進学し、ビジネスにおけるアイデア創出に関する研究を日本とインドネシアにて行う。15年から人事系シンクタンクで主に採用と人事制度の実態調査を中心とした研究プロジェクトに従事。17年から大分大学経済学部経営システム学科で人的資源管理論の講師を務める。現在は、新規事業開発や組織変革をけん引するリーダーの行動特性や認知能力の測定と能力開発を主なテーマとして研究している。また、起業家精神育成を軸としたコミュニティを学内だけではなく、学外でも展開している。日経新聞電子版COMEMOのキーオピニオンリーダー。

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