海外のレポートに見るテレワークのミライ
目次
はじめに
弊社が今年4月に実施したマイナビライフキャリア実態調査によると、非正規雇用も含めた就業者を分母とした場合の日本国内のテレワーク経験者は26.1%。また今年7月に実施した「転職者における行動特性調査(2021年)」では調査対象が転職者や転職活動を行っている正社員を分母とした調査結果ではあるが、51.1%が在宅勤務・リモートワークを経験している(した)と回答している。この調査では実際の経験者に対し、在宅勤務・リモートワークによる生産性についても聞いているが、生産性の向上を実感した人が16.5%に対し、生産性が低下したと考えている人が61.1%という結果になっている。
在宅勤務を語るには前述の調査にある生産性といった課題に加え、メンタルヘルス、業界・職種別の物理的・制度的な環境整備度合い、従業員視点と経営者視点など、さまざまな観点で検証するべきだが、今回は在宅勤務の生産性について、海外で報告されている研究レポートや記事を紹介し、そこから見える今後のテレワークの動向を大まかにでも予測してみたい。
尚、文章中にテレワークとリモートワークの表記が混在しているが、各調査に合せて表記している事を予めご了承いただきたい。
生産性向上がみられたシートリップの実証実験
これはスタンフォード大の研究チームが上海に本社を持つ中国の大手旅行代理店「シートリップ」で行った実証実験の結果であり、2015年にハーバードビジネスレビューで発表されていた内容だ。コールセンターで航空運賃とホテルを担当する部門において6カ月以上の勤務経験を持つ従業員508名を対象に、週4日自宅で勤務できるという選択肢を提示。くじびきで在宅組と出勤組に2分して、9カ月間業務に従事してもらった。
その結果、①在宅勤務組のパフォーマンスは9カ月間で13%アップする一方、出勤組のパフォーマンスに変化はなかった(オフィスで働くことによる悪影響も見られなかった)。在宅勤務組の単位時間当たりの生産性が高かった主な要因は、休憩の回数と病欠の日数が減ったためにシフト内での実働時間が増えたことである。但し、コールセンター業務は従業員が単独で行うことができ、コラボレーションやイノベーションはあまり求められない業務に限定されているといった職務上の特性が、生産性向上に結び付きやすかった可能性があると付記している。
もう一つの効果として②在宅勤務組の離職率は大きく改善し、出勤組と比べて50%近くも減少、という結果が報告されており、従業員満足度に大きく貢献していることがわかった。在宅勤務組への聞き取りによる心理調査でも、仕事の満足度が大幅に高まり、業務による消耗が少ないという回答が得られるなど生産性向上につながる結果をえられたとしている。
この結果を見る限り、(コールセンターなどの)単独遂行業務では生産性が向上する可能性があること、従業員満足度に良い影響があることがわかる。ただし、この会社で実際に在宅勤務制度を導入して改めて希望を募ったところ、在宅勤務組の半数がオフィス勤務へと戻り、出勤組も4分の3がオフィス勤務を選択したと報告されている。出社を選択した主な理由は、自宅勤務に伴う孤独感にあるようだとレポートではまとめられており、実験と実態では乖離が出ることも示されている。
元論文:Nicholas Bloom, John Roberts ”DOES WORKING FROM HOME WORK?
EVIDENCE FROM A CHINESE EXPERIMENT”
https://nbloom.people.stanford.edu/sites/g/files/sbiybj4746/f/wfh.pdf
全社的なリモートワークによりコミュニケーションロスが生じているとするマイクロソフトの実証実験
もう一つ紹介するレポートはnature.comに掲載されていた、米国マイクロソフト社が全社的にリモートワークに移行する2020年3月前後のデータである従業員61,182人の2020年上半期(2019年12月~2020年6月)に利用した電子メール、カレンダー、インスタントメッセージ、ビデオ/音声通話、勤務時間などのさまざまな社内データを用いて、全社的なリモートワークが社内コラボレーションとコミュニケーションに与える影響を調査した結果だ。前述のシートリップと異なり、すべての職種で実施されている点や、実際の行動データを基に分析している点で網羅性がある。
その結果、①全社的なリモートワークによって、従業員同士のネットワークが従来メンバーを中心に固定化され、新たな社員との新規の仕事に費やす時間が減少するなど、従業員が新しい情報を獲得したり共有したりすることが難しくなっているとしている。
また、②マイクロソフト社内のビジネスグループ間でも相互の関係が希薄になったことや、③社内のビジネスグループ内においても、社外での付き合いといった非公式なつながりの機会や時間が減少したと報告されている。業務上のコミュニケーション方法も④音声・ビデオ通話などの同期型コミュニケーションが減少する一方、インスタントメッセージ・メールなどの非同期的なメディアによるコミュニケーションが増加する傾向がみられた。
これらのことから、全面的なリモートワークの移行によって元から強い関係性を持っているチームやメンバーとのコミュニケーションへの影響は限定的だが、関係性の薄いチームやメンバーとの新たな業務遂行や創造的活動にはその間を埋める行動や回数が減少しているため、何らかの対策が必要だと見て取れる。
実際にマイクロソフト社では2020年10月にマネージャー職に対して、恒久的なリモートワークを承認する権限を与える一方で、ハードウェアの研究開発やデータセンターなどの業務に携わる従業員は、引き続きオフィスに出勤することが求められているそうだ。また、リモートワークを選択する従業員は、全勤務時間の50%未満であれば自由に在宅勤務でき、オフィスに固定スペースはない代わりに、出社時には所定の場所で働けるようにしている。必要に応じて部署単位やマネージャーの裁量範囲内でリモートワークをコントロールしつつ、従業員にも選択肢を提示しながら、業務に必要なコミュニケーションを担保する取り組みを模索していると推察される制度だ。
Longqi Yang”The effects of remote work on collaboration among information workers” nature human behaviour.
https://www.nature.com/articles/s41562-021-01196-4
今後どのように変化するか
では今後、海外企業ではテレワークとどのように向き合っていくだろうか。
今年5月にWorld Economic Forumに掲載された記事によると、マッキンゼーが業種や地域を問わず100人の経営者を対象に行った調査では、パンデミック後の未来の働き方について、10人中9人の経営者がリモートワークとオンサイトワーク(出社型)を組み合わせて考えていると記されている。また、大多数の経営者は、出社の必要がないすべての従業員について、出社時間は勤務時間の21~80%、または週に1~4日になると予想している。冒頭で紹介した弊社の「転職者における行動特性調査(2021年)」でも100%「在宅勤務」は8.2%と少なかった。全体において「出社より在宅勤務が多い(在宅勤務率60~90%)」が46.7%、「出社と在宅勤務が半々程度(在宅勤務率50%)」が10.3%、「在宅勤務より出社勤務が多い(在宅勤務率10~40%)」が34.8%と出社とリモートワークのハイブリッド型が主流となっている。日本経済団体連合会でも出勤者数制限に関する方針を改訂し、出勤者数の一律「7割削減」を撤廃するなど、一律の規制から各社が最適解を模索し始めている状況だ。※1
※1″新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針の全面改訂について(出勤者数制限に関する方針改訂など)” Keidanren Policy & Action.
リモートワークにおける生産性向上のカギとは
ではどのように制度や比率を設計していけば良いのか。先のマッキンゼーの調査では各社の生産性についても経営者に質問している。その結果、約6割の経営者は「個人の生産性が向上した」と回答し、3割が「変化を感じない」、1割が「個人の生産性が低下した」と回答している。
ではこの「個人の生産性が向上した」6割の経営者は何を行っていたのか?
そのポイントは「Making the small connections count」(従業員同士の小さなつながりを作る)ことだとしている。
たとえば、個人の生産性が向上した経営者の場合、プロジェクトについて話し合ったり、アイデアを共有したり、(社員同士の)ネットワークを作ったりする機会など、従業員同士の小さなつながりをサポートしていることがわかった。このレポートでは今後、リモートワークと出社のハイブリッド型で運営しながら生産性を向上させるために、以下のような点に留意する必要があるとまとめている。
<これまでとは異なる方法で管理する>
リモートワークの環境下で従業員同士の小さなつながりをサポートするには、マネージャーの支援の在り方において、これまでとは異なるスキルが必要になるとしている。そのために、マネージャーに新たな研修を受けさせ、マネージャーが部下に与えるプラスとマイナスの影響や、フィードバックの方法などに関するスキルについて研修を重ね、これまでとは異なるコミュニケーションの方法でチームをより効果的にリードする手段の提供が必要だとしている。
<柔軟性を持った対応>
生産性を高めている企業の経営者は、リモートワークをよりよくサポートするために業務プロセスの再設計が必要だと認識し、その改善ポイントも特定している人が大半だったとしている。但し、直ちに業務プロセスを改善してルールを固定してしまうのではなく、状況の変化に応じて「トライ&エラー」を繰り返しながら、業務プロセスを継続的に微調整していたことが調査で明らかになったとしている。
<採用を再定義する>
今回のパンデミックでは、約3分の2の企業が採用に何らかの変更を行ったが、採用活動を根本から見直したのは3分の1にとどまっていた。そんな中、生産性を高めた企業の経営者の40%は、採用活動全体を総合的に再設計したとしている。たとえば「これまで同様に特定地域での採用か、採用拠点の概念を捨てて幅広い地域に採用の門戸を開くべきか」や、「対面面接のままか、WEBで遠隔地の面接を増やすべきか」など、採用においてもこれまでの常識を一旦度外視して考えることが必要だとしている。
<人材配置を再考する>
パンデミックの際、約3分の2の企業が、社内の各役割、各機能の人員数を再評価した。しかし、生産性を高めた企業の経営者は、再評価だけにとどまらず、さらに踏み込んだ変革を実行している。企業がハイブリッドの未来を再設計する際には、適切な優先事項と労働力をマッチングさせることで、生産性の向上に拍車をかけることができるだろうとしている。
上記の内容は経営者100人のアンケートに見る生産性を高めている企業の傾向なので、あまり具体的な施策に踏み込んだ分析ではないかもしれないが、いずれの要素でも環境の変化にいち早く対応し、人材育成や制度の再設計など、困難な対応にも柔軟に取り組む姿勢が感じられる結果となっている。日本国内においても、まさにこれから各社が実践と実験を繰り返しながら、各社にとっての最適解を模索し始めた時期となる。
今後はこのサイトでも、各社の事例や取り組みの成果などをレポートし、みなさまにその変化の最前線をお届けできるようにしていきたい。
キャリアリサーチLab所長 栗田 卓也
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