2024年度の最低賃金引き上げに対する企業の意見と年収の壁問題
目次
2024年度の最低賃金とこれまでの推移
厚生労働省において、2024年度中央最低賃金審議会目安に関する小委員会が行われ、仮に、目安どおりに各都道府県で引き上げが行われた場合の全国加重平均は1,054円となることが決まった。
全国平均の上昇額は50円(前年度は43円)となり、1978年度に目安制度が始まって以降で最高額となった。政府が2030年代半ばまでに全国加重平均が1500円となることを目指すことや地域間格差を是正するという方針を打ち出していること、物価高の影響などを重視した結果とみられる。
最低賃金の引き上げは労働者の待遇改善を期待できる一方で、最低賃金は企業が労働者に最低限支払わなければならない賃金であるため、過去最高の上げ幅となる50円の上昇は企業に与える影響としてもこれまでより大きいものになると考えられる。
そこで、本コラムでは2024年度の最低賃金引き上げに関する企業の意識と影響についてマイナビで実施した調査結果をもとにみていきたい。【図1】
2023年度(現在)の最低賃金引き上げの影響
現在の最低賃金の負担感と影響
はじめに、現在の2023年度最低賃金の負担感や2023年度の最低賃金の引き上げが行われたことによる影響についてみていきたい。
現在の最低賃金について負担に感じている企業は42.3%で3社に1社以上となり、業種別では[飲食・宿泊]が55.5%ともっとも高く、次いで[小売]で50.0%となった。従業員数別でみると、[50~300人未満]で45.8%ともっとも高く、次いで[300人以上]で43.4%となり、比較的採用人数が多いと考えられる従業員数が50人以上の企業で最低賃金を負担に感じている様子がうかがえた。【図2】
最低賃金に近い金額で働くアルバイトをはじめとする非正規雇用労働者が多い企業や業種では、新しい最低賃金を下回る賃金で働いている労働者全員の賃上げを行う必要があり、企業の負担感に影響していると考えられる。
そこで、総務省の労働力調査から非正規雇用労働者数がもっとも高い業種をみてみると、[卸売業・小売業]がもっとも高く、次いで[医療・福祉][宿泊業・飲食サービス業]となった。【図3】
また、最低賃金の改定は毎年10月に行われる。そこでアルバイト・パートの平均時給レポートから改定前となる2023年9月度のアルバイト平均時給をみると、全体が1,200円にも関わらず、[飲食・フード]や、コンビニやスーパーなどの小売業に該当する[販売・接客・サービス]の職種は1,000円台となっており、他の職種と比べても平均時給が低いことがわかる。【図4】
このことから、飲食・宿泊業や小売業では、最低賃金に近い金額で働く非正規雇用労働者が多く、2023年度の最低賃金の引き上げに伴い、賃上げを行った企業が多いと考えられる。
実際、2023年度の最低賃金の引き上げを受けて、賃上げを行ったか企業に聞いたところ、最低賃金を下回ったため、賃上げした割合は36.6%と3社に1社以上となった。また、「最低賃金を下回ったため、最低賃金額まで賃上げした」割合を業種別でみると、[小売]が32.7%ともっとも高く、次いで[医療・福祉]で24.7%、[飲食・宿泊]で19.6%となった。【図5】
これらのことから、飲食・宿泊業や小売業では、最低賃金に近い金額で働く人が多いアルバイトをはじめとする非正規雇用労働者が多く、現在の最低賃金の負担を感じている企業が多いといえるだろう。2024年度の最低賃金の引き上げが行われた際にも、飲食・宿泊業や小売業といった業種への影響は特に大きいと考えられる。
2023年度の最低賃金の引き上げに伴う賃上げの影響
次に、2023年度に最低賃金を下回ったため、引上げを行った企業の賃上げを行った際の影響を聞いたところ、「どちらともいえない」が57.4%ともっとも高く、次いで「良い影響があった」は28.5%、「悪い影響があった」が14.1%となった。どちらともいえないが約5割と高いものの、「良い影響があった」は「悪い影響があった」を上回っており、約4社に1社以上が良い影響があったと回答した。【図6】
良い影響の内容としては「より長い労働時間を希望する人が増えた」が52.0%ともっとも高く、次いで「従業員のモチベーション向上」が37.3%、「人材の確保・採用ができた」が36.0%となり、最低賃金の引き上げによる賃上げは、働き手の就業時間の増加や人材の採用など、人手確保に繋がっている様子がうかがえた。
一方で、悪い影響の内容としては、「人件費の増加」が70.3%ともっとも高く、次いで「人材の確保・採用が難しくなった」が32.4%となり、最低賃金の引き上げによる人件費の増加を抑えるために、新規に人材の採用・雇用を行うことが難しくなった企業が多い様子もうかがえた。
新規の採用が難しくなった背景には、最低賃金の引き上げにより最低賃金に近い時給を設定していた企業が一律に最低賃金に引き上げしたことで、それまでは他の企業よりやや時給が高かった企業においても他社に追いつかれて時給のアドバンテージがなくなって採用力が薄れたこともあると考えられる。【図7】
最低賃金の引き上げは、企業の人材確保や労働者のモチベーション向上に繋がるという点で良い影響がみられたものの、人件費の増加という点が課題としてみられることから、今後人件費の増加に対応するための何かしらの対応策を実施していくことや、それを政府が支援していくような環境整備が必要となるとともに、企業の人材確保のためには待遇の改善に加えて働きやすい環境の整備など待遇面以外の整備も重要となってくると考える。
2024年度の最低賃金引き上げに関する企業の意見
2024年度の最低賃金引き上げの賛否
ここまで2023年度の最低賃金の負担感と影響についてみてきたが、ここからは2024年度の最低賃金引き上げに関する企業の意見についてみていく。
2024年度の最低賃金の引き上げは行うべきだと思うか聞いたところ、「最低賃金を引き上げるべき」は73.1%、「引き上げるべきではない(最低賃金の引き上げはせずに、現状の金額を維持するべき+最低賃金を引き下げるべき)」は26.9%となり、最低賃金を引き上げるべきだと考えている企業が多い様子がみられた。
最低賃金を引き上げるべきだと思う割合を業種別でみると、[ソフトウエア・通信]で85.5%ともっとも高く、次いで[建設]で77.9%となった。【図8】
ソフトウエア・通信では業務のDX化などの対応もあり、技術者のニーズが高まっていること、建設では2024年問題により、人手不足が課題となっていることなどが影響していると考えられる。
また、従業員数別では、[300人以上]で82.6%ともっとも高く、次いで[50~300人未満]で77.3%、[10~50人未満]で70.6%となり、従業員数が多い企業ほど、最低賃金の引き上げに賛成の企業が多い様子がうかがえたが、従業員数が少ない企業でも7割以上の企業が最低賃金の引き上げを行うべきだと考えていることがわかった。
最低賃金の引き上げ額についての考え
2024年度の最低賃金について、引き上げるべきだと思う上昇額では、「5%以上~6%未満の上昇」が23.5%ともっとも高く、次いで「8%以上の上昇」が17.1%となった。
2024年度の最低賃金の引き上げ幅は過去最高の5%増となることが決まったが、「5%以上(計)」は44.0%にとどまり、半数を下回っている。つまり、半数以上の企業は5%未満の上げ幅を挙げていたことから、2024年度の最低賃金の引き上げ上昇額は企業にとっては予想以上の上げ幅となったとみられる。
また、5%以上(計)を業種別でみると、[ソフトウエア・通信]で53.2%ともっとも高くなり、2024年度の最低賃金の引き上げに賛成の割合が高かった[ソフトウエア・通信]で引き上げるべきだと思う上昇幅も高い様子がうかがえた。
従業員数別でみると、[10~50人未満]で45.5%ともっとも高く、次いで[50~300人未満]で41.3%、[300人以上]で39.9%となり、従業員数が多い企業ほど低くなった。【図9】
【図5】で示したとおり、従業員数が多い企業では、2023年度の最低賃金の引き上げの際に「最低賃金を上回っていたため、変えなかった」「最低賃金を上回っていたが、賃上げした」という企業が多いことから、すでに最低賃金を上回る金額を設定している企業が多いことから、引き上げるべきだと思う上昇額が低くなったと考えられる。
最低賃金の引き上げについて賛否の理由
2024年度の最低賃金について引き上げるべきだと思う理由としては、「人材確保に繋がるため」が52.5%ともっとも高く、次いで「従業員のモチベーション向上のため」が46.5%、「物価高に対応するため」が35.2%となった。
従業員数別では、[10~50人未満][50~300人未満]では、「人材確保に繋がるため」「従業員のモチベーション向上のため」が高くなった一方で、[300人以上]では、「従業員のモチベーション向上のため」「物価高に対応するため」が高くなった。
従業員のモチベーション向上のためという項目は従業員数問わず共通して上位となったが、従業員数が少ない企業では人材確保を目的として、従業員数が多い企業では物価高への対応を目的としている様子が上位に挙がり、従業員数により理由に違いがみられた。【図10】
一方で、2024年度の最低賃金の引き上げを行うべきではないと思う理由としては、「人件費の増加を回避するため」が34.3%ともっとも高く、次いで「業績が悪化・低迷しているため」が29.7%、「物価高によるコスト上昇のため」が25.1%となった。【図11】
2024年度の最低賃金の引き上げ時には、引き上げに難色を示している企業の懸念点を政府が把握した上で、対応策についても支援していくことも必要であると考えられる。
最低賃金の引き上げが行われた場合の企業の対策とは
そこで、企業に対して、2024年度に最低賃金の引き上げが行われた場合に、最低賃金の引き上げに伴う人件費の増加への対応として、必要だと思う施策があるか聞いたところ、「人件費の増加への対応策として必要な施策がある」が70.9%ともっとも高く、次いで「人件費の増加への対応策として実施できる施策はない」が29.1%、「人件費が増大しても対応策は必要ない」が20.2%となり、何かしらの対応策を実施する必要性を感じている企業が多いとみられる。【図12】
企業が必要だと感じている施策としては、「正社員のスキル向上を図り、生産性向上」が26.7%ともっとも高く、次いで「正社員の労働時間の短縮」が23.4%、「売上増に向けた新たな販路の拡大」が20.0%、「設備投資によるデジタル化・省力化を行い、生産性向上」が18.1%、「非正規社員のスキル向上を図り、生産性向上」が17.8%となり、生産性向上に関する項目が多く上位になった。【図13】
そのため、2024年度の最低賃金の引き上げに対応するために、今後労働者生産性向上を目的としてリスキリングやデジタル化・省力化への取り組みを行う企業が増加すると考えられる。また、政府はこれらの支援を企業に対して行っていくことが一層求められるだろう。
最低賃金の引き上げを受けて「年収の壁」への対策の必要性
就業調整状況
加えて、最低賃金の引き上げによる企業への影響として、「年収の壁」が課題である点についてもみていきたい。
年収の壁とは、税金や社会保険料の負担が発生することにより、手取り額が減少する可能性がある年収のボーダーラインのことをいう。たとえば、所得税の非課税限度額を超える「103万円の壁」、配偶者の健康保険や厚生年金から外れる「130万円の壁」といった、各種制度に伴う収入の「壁」の存在がある。
企業が2023年度の最低賃金の引き上げを受けて賃上げを行った際の悪い影響として「より短い労働時間を希望する人が増えた」が16.2%と約6社に1社となっており、これは最低賃金の引き上げにより時給単価が上がることで、「年収の壁」に早く到達することから、年収の壁を超えないように労働時間や日数を調整する就業調整を行い、労働時間を減らす労働者が増えたことが要因であると考えられる。【図14】
アルバイト労働者で就業調整をしている割合は31.5%で、属性別では[主婦]が54.0%ともっとも高いことから、特に主婦層への影響が大きいとみられる。【図15】
主婦が就業調整している理由としては、「配偶者の社会保険の扶養となる限度額を超えないようにするため(130万円の壁)」が41.5%ともっとも高くなったことから、2024年度の最低賃金の引き上げを受けて130万円の壁を意識して就業調整を行う主婦が増加する可能性も考えられる。【図16】
そのため、最低賃金の引き上げに伴う年収の壁の対策を進めていくことも重要であるだろう。
「年収の壁・支援強化パッケージ」の認知
実際に政府は2023年10月から、年収の壁を意識せずに働ける施策として「年収の壁・支援強化パッケージ」を導入して、アルバイトなどの短時間労働者「年収の壁」を意識せず働くことができる環境づくりを進めている。
しかし、この「年収の壁・支援強化パッケージ」を知っているか企業に聞いたところ、「内容を知っている(計)」は45.7%で、「名前だけ知っている」は29.2%、「知らない」は25.1%となった。
内容を知っている割合がもっとも高い業種は、[ソフトウエア・通信]で61.9%、次いで[建設]で55.8%となった一方で、もっとも低い業種は[インフラ]で37.5%、[飲食・宿泊][サービス]で38.9%となり、業種間で認知のギャップがみられた。
また、内容を知っている割合を従業員数別でみると、[50~300人未満]で51.6%ともっとも高く、次いで[300人以上]で50.0%、[10~50人未満]で43.0%となった。比較的認知度が高い従業員数50人以上の企業での認知においても5割にとどまっており、50人未満の企業においては約4割となった。
2024年10月で実施から1年経過する「年収の壁・支援強化パッケージ」の認知度は5割程度とあまり進んでいない様子がうかがえた。また、企業における活用を進めていくためには業種間や従業員数で認知の差も課題であると考えられる。【図17】
年収の壁・支援強化パッケージ」の利用度
次に、政府が2023年10月から開始した「年収の壁・支援強化パッケージ」を利用しているかを企業に聞いたところ、「利用を検討中」が39.3%ともっとも高く、次いで「利用予定はない」が30.0%、「これから利用予定」が19.7%、「すでに利用している」が11.0%となり、すでに利用中の企業は1割にとどまったものの、これから利用予定+利用を検討中の企業は合わせて59.0%となったことから、今後利用する企業が増加する可能性はあるとみられる。
また、すでに利用している割合がもっとも高い業種は、[ソフトウエア・通信]で24.5%となった一方、これから利用予定の割合がもっとも高い業種は[建設]で32.4%、次いで[小売]で28.6%となり、今後建設や小売といった業界でも利用が広がることが見込まれる。
さらに、すでに利用している割合・これから利用予定の割合を従業員数別でみると、いずれにおいても[300人以上]がもっとも高く、次いで[50~300人未満][10~50人未満]となり、従業員数が多い企業ほど利用度・利用意向が高い様子がうかがえた。【図18】
最低賃金引き上げの影響と必要な対策~まとめ~
2024年度の最低賃金引き上げに関する企業の意識と影響についてみてきたが、最低賃金の引き上げに賛成の企業は7割超えと多い一方で、人件費の増加やそれに対応するための労働生産性の向上などが企業の課題として多く挙げられた。
労働人口が減少し、人手不足が懸念される中で、労働者の待遇改善に繋がる賃上げを行うとともに、企業が賃上げしやすい環境の整備に政府が取り組んでいくことも重要であると考えられる。加えて、働く意欲がある人が年収の壁を気にすることなく働ける環境づくりを行うことも必要であるだろう。
キャリアリサーチLab研究員 三輪 希実