物価高が大学生に与える影響
~目に見えない体験格差・機会損失が生じている懸念について~
目次
物価高とともに過ごした大学生活
現在も続いている物価の上昇。岸田首相も1月末の施政方針演説で「物価高を上回る賃上げの実現」を目指すと強調するなど、物価高への対策に関して引き続き国としての優先度の高さがうかがえる。
食費の高騰を筆頭に物価高の影響は国民生活のさまざまな場面に及んでいるが、それは大学生にとっても例外ではない。マイナビキャリアリサーチLabが行った「2025年卒 大学生のライフスタイル調査」によれば、物価高や円安によって受けた影響としてもっとも多かったのは「食費が上がった」(50.7%)で、次いで「学食・生協の値段が上がった」(28.3%)「水道光熱費が上がった」(26.4%)などの回答が上位になった。
さらに「交際(飲み会や外食・レジャー)を控えるようになった」「貯金を切り崩した」「大学による食料品支援(100円朝食、割引学食、食料配布など)を利用した」といった回答も1割前後あった。一人暮らしの学生ではその影響はより顕著に表れており、食料品価格の上昇により大学生の学校生活や私生活に影響が出ていることがわかる。【図1】
物価高に関する報道は2022年ごろからみられるが、2021年に大学に入学した2025年卒の学生は、コロナ禍2年目の年に入学し翌2022年から2023年にかけて物価高の進行を経験していることになり、いわば「学生生活が物価の上昇とともにあった世代」である。
本コラムでは、物価高が大学生活に与えてきた影響と、まもなく本格化する就職活動にどのような影響が考えられるかを考察してみたいと思う。
「ガクチカ不足」の2024年卒より環境が改善しているように見える2025年卒
サークル・部活動の参加率
大学入学と同時にコロナ禍に見舞われ、大学構内での活動が大きく制限されていたことで特にサークルや部活動の参加率にマイナスの影響が見られた2024年卒の学生は、サークル・部活動をはじめとした各種活動・経験に関する「ガクチカ不足」(※ガクチカ=学生時代に力を入れたこと。選考書類や面接などで自己PRにつながる)が不安視されていた。
そんな2024年卒の学生に対して、2025年卒の学生はコロナ禍2年目の入学ということもありサークル・部活動参加率は増加に転じた。【図2】
定期的にアルバイトをする割合も増加するなど活動量の面では改善傾向にあり、ガクチカ不足という意味では状況が改善しているように見える。
物価高による経験機会の損失
しかし前述の通り、2025年卒の学生はコロナ禍と入れ替わるように物価高への突入を経験してきた世代である。
先ほど示した物価高の影響に関するグラフ(図1)を見ると、「交際(飲み会や外食・レジャー)を控えるようになった」の他、「海外留学を諦めた」「部活動やサークルに関する出費を切り詰めた」「学習・資格取得・運転免許などに関する出費を切り詰めた」のような回答もあり、物価高によって経験機会の損失を被っている学生がいることがわかる。
もちろん食費に関する項目に比べると数値は極めて低いが、今後も物価が継続的に上昇していくとすれば、こうした数値に変化が表れ、体験格差ともいうべき状況になっていく可能性もある。
「コロナ禍=目につきやすい機会損失」と「物価高=目に見えにくい機会損失」
コロナ禍という緊急事態による外出制限・行動制限は、たしかに多くの学生からガクチカ経験を含め学生生活におけるさまざまな体験・経験の機会を奪ったといえる。
このように、緊急・非常事態によって日本に住む多くの人々が半ば強制的に、かつ一斉に経験した「コロナ禍による機会損失」とは対照的に、コロナ禍と入れ替わりで登場した「物価高による経験機会の損失」を被るかどうかは、その人が置かれている経済的事情に左右される部分が大きい。
つまり、コロナ禍で誰もが一斉に経験した「目につきやすい機会損失」に対して、物価高は影響を受ける層と受けない層がそれぞれ分かれる分「目に見えにくい機会損失・体験格差」を生んでいる可能性があるのではないか。
そしてそれは、大学生のように比較的に経済的な余力の少ない層ほど影響が大きい。前述のグラフにおける、一人暮らしの学生ほど物価高による影響を強く感じているというデータからもそのことが読み取れる。
対面選考の復活で再び表出する就職活動での「交通費」「宿泊費」問題
そんな「目に見えにくい機会損失」を被ってきた可能性がある2025年卒の学生だが、就職活動が3月より本格化していくにつれて影響が懸念されるのが、就職活動に伴う交通費・宿泊費の負担である。
【図3】は2024年卒の学生を対象にマイナビが行った調査で、前年3月~6月までの就活費用のうち交通費・宿泊費のみを取り出したものだ。
コロナ禍前である「2020年卒」を境に、2021年卒以降交通費・宿泊費は激減しているが、これは対面での選考などがオンラインに切り替わったことで学生の移動にかかるコストが大きく減ったことを意味している。これをさらにエリア別で見ると、2022年卒→2024年卒で「東海」「関西」「その他」のエリアでは交通費・宿泊費が増加していることがわかる。【図4】
コロナ禍以降、オンラインと対面の併用が進み、選考を中心に対面実施が増えてきたことが関係していると考えられる。
宿泊費の高騰が地方学生のさらなる負担に?
特に宿泊費については、円安の影響などを受けインバウンド需要が高まっている昨今、宿泊料が高騰しているという現状が、遠方の企業の選考を受ける学生、特に地方学生の負担増につながる可能性もある。【図5】は総務省統計局・消費者物価指数より品目「宿泊料」の推移をまとめたものだが、2023年に入ってから前年比を超えて推移している。
2021年、2022年ともに旅行シーズンである8月がもっとも高くなっているが、2023年7月以降の月のいずれもその8月の数値を上回っていることから、オフシーズンであっても前年・前々年のシーズン以上の指数となっているということになる。
2025年卒の就職活動が本格化していく中で、遠方の企業の選考を対面で受ける際の移動・宿泊にかかるコストはおそらく前年の学生を上回る負担になる可能性がある。就職活動以前の期間に物価高によって「目に見えにくい機会損失」を被ってきた可能性のある学生たちが、今後予定されている選考活動の段階においても、移動・宿泊費用の高騰による機会損失を被ってしまうのではないかということが懸念される。
6割近い学生が企業から交通費・宿泊費を受給
ではこうした懸念に対してどのような対策が有効であろうか。1つ挙げられるのは、採用選考に参加する学生に対して交通費・宿泊費を支給するという取り組みだ。
【図6】は、先ほど就活費用の部分で紹介した「マイナビ 2024年卒 学生就職モニター調査 6月の活動状況」より、これまでの就職活動で、応募した企業から内々定を得る前に交通費や宿泊費を支給されたことがある割合を示したものだが、全体で59.4%、関東以外のエリアではいずれも6割以上の学生が交通費・宿泊費の支給を受けたと回答した。
交通費や宿泊費はどのような機会に支給されたものかを聞いた質問では、もっとも多かったのは「最終面接」(71.7%)で、「インターンシップ・仕事体験に参加する時」(45.5%)が次いで多かった。【図7】
選考の終盤である最終面接だけでなく、インターンシップ・仕事体験のように選考以前のタイミングであっても交通費・宿泊費の支給を受けたという学生が一定数いるようだが、こうした取り組みは学生の就職活動における経済的な不安を軽減するものであるといえる他、企業側にとっても、自社が求める学生と地理的な条件に縛られず直接会うことができるというメリットがあり、学生・企業の双方にとって有益な影響が大きいのではないだろうか。
交通費支給以外の施策
もちろん、交通費・宿泊費を支給する以外にも、たとえば以下のような施策が検討できる。
- 遠方の学生に対しては可能な限りオンラインでの接触機会を設ける
- 遠方の学生が宿泊なしの日帰りでインターンシップ・仕事体験や選考に参加できるように、それらの開始時間を午後1番などに設定する(開始時間が早すぎれば前泊=前乗りの必要があり、開始時間が遅ければ当日の宿泊の必要が生じるため)
- 本社以外での複数エリアでインターンシップ・仕事体験や選考を実施する
最後に
本コラムでは、3月より就職活動を本格化させる2025年卒の学生が物価高によってこれまでの生活でどのような影響を受けてきたのか、そして今後どのような影響が懸念されるのかについて考察した。
かつて「就活貧乏」という言葉があったが、バブル期のような特別な時期を別にすれば、就職活動にかかる費用は学生にとって切実な問題であった。コロナ禍による選考のオンライン化によって影をひそめていたように感じていたが、今後も継続的に物価が上昇していく場合、その影響が就職活動開始前における体験格差、就職活動スタート以降の機会損失というかたちで表出してくる可能性がある。
それを防ぐためには、大学において留学や資格取得といった学習機会に関わる支出について学生割引を拡充させていくといった施策や、前述のように企業側が選考に参加した学生に費用を支給するなど、学生の経験機会を奪わないようなサポート体制が重要になってくるのではないだろうか。
マイナビキャリアリサーチLab 研究員 長谷川洋介