効果的なフィードバックの実践ポイント~受け手の心理を踏まえた効果的なアプローチとは~
「1on1」という面談スタイルが職場に浸透し、上司と部下が定期的に面談を行う企業が増えています。上司と部下のコミュニケーションに関心が集まるなかで、管理職から相談される悩み事の1つに”フィードバック”があります。たとえば次のようなお悩みです。
- 「部下に対して、ネガティブなことをどのように伝えればいいかわからない」
- 「フィードバックをしても、きちんと受け止めてもらえないような気がする」
フィードバックを効果的に行うためには、どのようなポイントを押さえれば良いのでしょうか。本コラムでは先行研究を踏まえながら、フィードバック効果を高める実践ポイントを解説します。
目次
奥が深いフィードバックの実践
フィードバックは、個人がパフォーマンスを高める上で非常に貴重な情報資源です。フィードバック研究では、フィードバックの効果として、3つの主要効果が報告されています。
1つ目は、「パフォーマンス」を改善する効果です(※1)。フィードバックを受けることで、部下は目標達成のために効率的・効果的な術を学ぶことができます。その結果、パフォーマンスが高まりやすくなると言われています。
2つ目は、両者の「関係性」を強化するという効果です(※2)。上司が部下に対してフィードバックを行い、部下のパフォーマンスが高まった場合、部下は上司に対してポジティブな評価をしたり、上司の能力を信頼したりするようになります。また上司も自分のフィードバックに忠実に業務を遂行した部下を評価し、信頼するようになっていきます。
3つ目は、「モチベーション」に対する効果です(※3)。フィードバックによってパフォーマンスを高めるためのヒントを獲得した部下は、「なんとかできそうだ」と期待感や効力感を高め、意欲的に業務に関わりやすくなることが報告されています。
ただし、これらの効果が得られないばかりか、フィードバックによってパフォーマンスが低下してしまうケースも複数報告されています。たとえば、上司の(1)専門性が低い、(2)熱意が感じられない、(3)部下が信頼していないなどの要因によってフィードバックの効果が低減する可能性が論じられています (※4)。
部下のミスや誤りを指摘することは簡単ですが、その指摘をより“効果的”に行うことは、複雑で難しいものであると言えます。
フィードバックが必要な社員ほど、”エゴ・ディフェンス”を発揮する
今回のコラムで注目したいのは、フィードバックを受ける側である部下の影響です。
上司が部下にフィードバックを行う場合、部下がどのようなタイプや心理状態なのかによって、フィードバックの効果が大きく変わる可能性があります。
たとえば、仕事の中で「より多くのことを学びたい(学習志向性が高い)」という考えを持った部下(※5)や、「自分ならできる(自己効力感が高い)」と自信を持っている部下(※6)は、積極的にフィードバックを求めてくる傾向にあり、フィードバックによってパフォーマンスも伸びやすいと言われています。
このようなタイプの部下は、成長に対するモチベーションが高いために、自分の不足点を積極的に知ろうとします。また一定レベルの自信を持っているために「上司にネガティブな評価をされにくいだろう」と考え、積極的にフィードバックを受けようとします。
反対に、目標達成を何よりも重視する部下(目標志向性が高い)や、知識や経験が未熟で自信を持てない部下(自己効力感が低い)は、フィードバックを回避する傾向があると言われています。
仮に部下が仕事の中で報告・連絡・相談をしなかったり、質問機会を与えても質問して来なかったりする場合、上記のようなフィードバックを回避する特性を持っていることも考えられます。「目標をなんとしても達成しなくては」と焦っていたり、「自分はちゃんとできていない」と自己評価を低く感じていたりする可能性があります。
またこのような特徴を持つ部下は、上司がフィードバックを行ってもそれを真正面から受け入れにくい可能性も指摘されています。「エゴ・ディフェンス」と呼ばれる防衛反応を示すことが先行研究で報告されています(※7)。エゴ・ディフェンスとは、自分の外的なイメージや、自らの自己評価や尊厳を守るための防衛反応です。
エゴ・ディフェンスが発揮されるとき、自分にとってネガティブなメッセージや評価を緩和したり、割り引いたり、時にそのメッセージを歪曲して解釈すると言われています。
たとえば、上司から強く注意をされた際に「”ちょっと”だけ注意された」と解釈したり、「(自分の準備不足・勉強不足を注意されているにも関わらず)上司の指導が十分でなかった」と自分にとって都合よく受け止めたりするなどの反応するようになります。
フィードバック不足によるネガティブ・サイクル
上司にとって悩ましいのは、上述のような知識や経験レベルの少ない部下にこそフィードバックが重要であるにもかかわらず、そのような部下ほどエゴ・ディフェンスをするためにフィードバック効果が薄まってしまうという点です。
さらに、このフィードバックの問題は、手を打たなければよりネガティブな影響を生み出すことも懸念されます。
次のイメージ図は、フィードバックにおける悪循環の構造を説明するものです。知識や経験レベルの低い部下が、「エゴ・ディフェンス」を発揮し、フィードバックを回避し続けると、当然ながらパフォーマンスは停滞していきます。
またそれだけでなく、パフォーマンスの停滞によって「目標達成をしなければ」という危機感や切迫感が強化され、目標達成志向が促されたり、「自分はできていない」と自己評価が低下し、自己効力感が低くなってしまったりするリスクが発生します。
このようにして、目標達成志向が過剰に強化されたり、自己効力感が低下したりすると、知識や経験レベルの低い部下は、さらにフィードバックを回避する行動を取りやすくなります。仕事で十分にパフォーマンスを発揮できないという心理が「エゴ・ディフェンス」をより促してしまうためです。
この悪循環に入り込んでしまえば、その部下は、十分な学習機会を得ることができず、成長が停滞してしまいます。
フィードバック環境の構築
上司に求められるのは、このような悪循環を回避するためにフィードバック環境を整えることです。適切なフィードバック環境を整えることにより、フィードバックの量・質を担保し、フィードバック効果を高めていくことができます。ポイントは次の3点です。
1.高頻度なフィードバック機会の設定
上述の通り、知識や経験の浅い部下は自らフィードバックを求めにくいところがあります。そのため、上司から部下に対するフィードバックの絶対量が少なくなってしまいます。まずは、この「量」の問題に対処しなければいけません。定期的にフィードバック機会を設け、部下に対するフィードバック量を確保していきましょう。目安として、1週間に1回程度の機会を設けて丁寧にフィードバックを行うことが大切です。
フィードバックの頻度が少ないと、フィードバック量が減ってしまうだけでなく、フィードバックの適切なタイミングを逃してしまうことにもつながります。部下に改善してほしいアクションがある場合、そのアクション後に迅速にフィードバックを行った方が、改善される可能性が高いことがわかっています(※8)。
反対に、当該のアクションが実践されてから時間が経つほどフィードバックの効果は低下しやすくなります。特定のアクションに対して、フィードバックをするタイミングが2週間後や3週間後では、改善効果は下がってしまいます。
そのために定期的・習慣的にフィードバック機会を用意し、フィードバックを行うことが有効です。
2.ポジティブ・フィードバックの活用
フィードバックの効果を高めるためには、部下のエゴ・ディフェンスを緩和・解除することが求められます。
部下の防衛反応を解消するためには、ポジティブ・フィードバックが有効です。ポジティブ・フィードバックは、否定的なフィードバックに比べて、はるかに受け入れられやすいものです。特にそれがポジティブな感情(上司が喜んでいる、嬉しそう、驚いているなど)を伴うものである場合、さらに訴求力は高まります。
まずは、部下の仕事に対する尽力を具体的に取り上げ、肯定的に評価していることを伝え、部下の存在が自分のチームにとって不可欠なものであることを説明することが大切です。
このようなポジティブ・フィードバックから入ることで、上司と部下の間に信頼性が生まれ、両者のコミュニケーションの質が改善されるでしょう。
3.「場」のデザイン
部下のエゴ・ディフェンスを解消するために不可欠なのが、「場」のデザインです。どのような「場」でフィードバックを行うのかというもので、ポイントは2つあります。
1つ目は空間的・環境的な意味における場のデザインです。フィードバックを受ける際に、その内容が周りに聞かれてしまうようなオープンな環境で実施をすると、部下はフィードバック内容に集中することができません。
また、同僚に自らのネガティブな情報を聞かれたと思い込み、面談後に自分の”メンツ”を保つために上司の悪口やいかに上司が自分のことを考えてくれていないのかなどを吹聴するかもしれません。
実際に、オープンな場でネガティブなフィードバックを行った場合、このような「エゴ・ディフェンス」行動を取るリスクは高くなります。1対1で互いの意見に集中できる環境で面談を行うことが大前提です。
2つ目のポイントは、フィードバックの「場」に対する部下の認識や解釈を整えてあげることです。部下が、そのフィードバックの面談をどのような場であると認識しているのか?を確認し、精緻に理解させることが非常に重要です。
たとえば「また嫌みを言われる」という心持ちで、部下がそのフィードバックの場に参加すれば、その場は「小言を言われる場」と認識され、部下は終始「エゴ・ディフェンス」を発揮するでしょう。
反対に、部下が「上司は誠実に向き合ってくれている」と知覚すれば、フィードバックの場を「自分を受け入れてくれる場」「自分を高めていく場」と解釈して、防衛反応は薄まっていlきます。では、どのような振る舞いが部下の「エゴ・ディフェンス」を和らげるのでしょうか。コミュニケーションのポイントは複数ありますが、たとえば下記のようなポイントが有効とされています。
(1)穏やかな言葉遣いや態度
前提として、上司は穏やかな印象を保持することが必要です。反対に、ネガティブな感情表現や批判的な態度・トーンは、かえってエゴ・ディフェンスを強めてしまいます。
(2)部下視点の理解
部下の興味や視点を尊重し、彼らの視点を理解しようとしましょう。部下が感じている不安や疑念を軽んずることなく、関心を持って理解する姿勢が求められます。
(3)オープンな質問
「どう感じているか?」「どう思っているか?」など敢えてオープンに問いかけることで、部下が自分の考えや感情を詳しく説明できる機会が増えます。部下が自分の意見を提示しやすい「場」であると知覚すれば、エゴ・ディフェンスは緩和されます。
(4)解決案の“ブレスト”
部下と一緒に問題の解決策を見つけようとする姿勢を示しましょう。効果が見込めないアイデアや、非常識と思われるアイデアであっても、次々とアイデアを出し合うことで、「場」の安全性が知覚されやすくなるとともに、両者の視点が共有されやすくなります。アイデアはホワイトボードなどに書き出していくと、より出しやすくなります。
(5)タイムアウト
自分が感情的になりそうなときや、冷静な議論が難しいと思われる場合は、一時的な休憩を提案しましょう。感情が落ち着いた状態で再び話し合うことが有益です。
本コラムではフィードバックをテーマに、受け手である部下の心理を踏まえて解説をしてきました。フィードバックにおいて、何よりも大切なことは、フィードバックする相手を1人の人間であると見なし、相手の尊厳や感情に配慮をすることです。
パフォーマンスが停滞している部下を”手っ取り早く”改善したいと上司が意気込んでいるほどに、部下は防衛反応を強めていきます。少し遠回りに見えるかもしれませんが、互いのことを深く理解し、信頼関係を構築しながらフィードバックしていくことがより効果的なアプローチと言えます。
※1 Ashford, S. J., Blatt, R., & VandeWalle, D. (2003). Reflections on the looking glass: A review of research on feedback-seeking behavior in organizations. Journal of management, 29(6), 773-799.
※2 Ashford, S. J., & Tsui, A. S. (1991). Self-regulation for managerial effectiveness: The role of active feedback seeking. Academy of Management journal, 34(2), 251-280.
※3 Seibert, S. E., Silver, S. R., & Randolph, W. A. (2004). Taking empowerment to the next level: A multiple-level model of empowerment, performance, and satisfaction. Academy of management Journal, 47(3), 332-349.
※4 Ilgen, D. R., Fisher, C. D., & Taylor, M. S. (1979). Consequences of individual feedback on behavior in organizations. Journal of applied psychology, 64(4), 349.
※5 VandeWalle, D., Cron, W. L., & Slocum Jr, J. W. (2001). The role of goal orientation following performance feedback. Journal of applied psychology, 86(4), 629.
※6 Ashford, S. J., & Cummings, L. L. (1983). Feedback as an individual resource: Personal strategies of creating information. Organizational behavior and human performance, 32(3), 370-398.
※7 Ashford, S. J., & Cummings, L. L. (1983). Feedback as an individual resource: Personal strategies of creating information. Organizational behavior and human performance, 32(3), 370-398.
※8 Ammons, R. B. (1956). Effects of knowledge of performance: A survey and tentative theoretical formulation. The Journal of general psychology, 54(2), 279-299.
著者紹介
神谷俊(かみや・しゅん)
株式会社エスノグラファー 代表取締役
バーチャルワークプレイスラボ 代表
企業や地域をフィールドに活動。定量調査では見出されない人間社会の様相を紐解き、多数の組織開発・製品開発プロジェクトに貢献してきた。20年4月よりリモート環境下の「職場」を研究するバーチャルワークプレイスラボを設立。大手企業からベンチャー企業まで、数多くの企業のテレワーク移行支援を手掛け、継続的にオンライン環境における組織マネジメントの知見を蓄積している。また、面白法人カヤックやGROOVE Xなど、組織開発において革新的な試みを進める企業の「社外人事(外部アドバイザー)」に就くなど、活動は多岐にわたる。21年7月に『遊ばせる技術 チームの成果をワンランク上げる仕組み』(日経新聞出版)を刊行。