企業は内々定後の辞退が発生する原因を「他責」としていないか?
—大分大学・碇邦生氏
新卒一括採用は「内々定後の辞退」が発生する仕組み
新卒採用では、「入社したい」と強い意欲を持った学生が応募し、企業も吟味して「この学生にこそ入社して欲しい」と納得した学生に内々定を出し、無事に入社日を迎えることが望ましい。しかし、学生と企業の双方にとって理想の採用活動をすることは難しいのが現実だ。
新卒一括採用のシステムでは、企業は応募者の母集団を作り、何度も選考を繰り返しながら自社に合う人材をかなりしぼりこんで選抜していく。このことは裏を返すと大量の不合格者を出す仕組みだ。そうすると、学生としては不合格のリスクを低減するために、大量の求人に応募を出すことになる。少なくとも数十社、多いと3桁を超える企業に応募を出す学生からすると、特定の企業に強い思いを持って入社したいと考えることは稀だ。そうして、数か月から1年弱に及ぶ就職活動の末に、学生はいくつかの企業から内々定を受け、その中から本当に自分が働きたい企業を選ぶことになる。
一方で、企業としては内々定を出すまでのコストは決して安いものではない。できることならば、内々定を出した学生全員に入社して欲しい。そこで、法的な拘束力はないことを理解しながらも学生に内々定を受ける代わりに内定承諾書や入社承諾書の提出を求めるなどの工夫をしている。なかには「オワハラ」と呼ばれるような厳しい対応をする企業もあるが、それだけ内々定の辞退は企業にとって悩ましい課題だ。
しかし、企業も学生に対して大量の不合格通知を出している手前、内々定を出したあとに、今度は学生から選ばれる立場になるのはどうしようもないことだ。そのため、企業としても、ある程度の辞退者が出ることを見込んで採用活動を進めることになる。
それでは、企業の採用担当者はどれくらい「内々定後の辞退」に対して課題だと考えているのだろうか。また、辞退者が出る理由について、どのように捉えているのか。本稿では、マイナビキャリアリサーチLabとの共同研究で実施した「2023年卒の内定者に対するコミュニケーション」に関する企業調査の結果を用いて考察していく。
「内々定後の辞退」に対する課題意識
本調査では、「マイナビ2023」を利用している企業2,008社を対象として「内々定後の辞退について課題感を持っているか」と「内々定後の辞退の原因はどこにあると考えるのか」について質問した。
その結果、「内々定後の辞退」について課題感を持っている(※1)と回答した企業は全体の60%で、課題感を持っていないと回答した企業はわずか23%だった。「どちらともいえない」(17%)も踏まえると、「内々定後の辞退」に対して何かしらの課題を感じている企業が8割弱いることになる。【図1】
※1:「内々定後の辞退について課題感を持っているか」という質問に対して、「とてもよくあてはまる」(29.95%)と「ややあてはまる」(30.38%)を足したものを「課題感を持っている」としてまとめ、「あまりあてはまらない」(9.96%)と「ほとんどあてはまらない」(12.81%)を回答した企業を「課題感を持っていない」としてまとめた。
次に、具体的にどのような企業が課題として認識しているのかを「業種別」と「企業規模別」で見ていきたい。
「業種別」では、「製造業」と「情報通信業」、「非製造業(情報通信除く)」の3つで分類している。それぞれの業種での回答企業数は、製造業が782社、情報通信業が212社、非製造業が1014社となっている。
3つの業種を比較してみると、どの業種も課題感を持っている企業が過半数を占めている。また、情報通信を除く非製造業がもっとも課題だと感じ(62.88%)、反対に情報通信業が課題としての認識が薄い(54.29%)傾向がわかった。【図2】このことは、情報通信業は他の業種と比べて、インターンシップ採用をはじめとしたダイレクト採用の取り組みに盛んな傾向があること、志望する学生もエンジニア職をはじめとして情報通信業にしぼった就職活動をすることから、内々定後の辞退に対する課題感が比較的弱いものと推察される。
「企業規模別」では、従業員数で回答企業を3つに区分(「従業員数300人未満」「従業員数300人以上1000人未満」「従業員数1000人以上」)した。「従業員数300人未満」の企業は1353社、「従業員数300人以上1000人未満」は436社、「従業員数1000人以上」は219社あった。
結果をみると、「内々定後の辞退」に対する課題認識は企業規模が大きくなるにつれて増加する傾向にあることがわかった。「従業員数1000人以上」の企業では83.06%の企業が課題感を持っていると回答し、「従業員数300人未満」の52.17%と比べると大きな差がある。【図3】
このことは、大企業は採用人数が多いことと、競合他社と内定者が重複することから内々定後の辞退が発生しやすいと考えられる。また、企業規模が小さくなるにつれて課題認識が減少する理由は、中小企業は大企業の採用や公務員試験の結果が出てから本格的に動くケースが多くみられることと、大企業の総合職と異なって異動を好まない地元志向の学生が就職先として選びやすいことから、大企業と比べて採用時の競合が少ないことが推測される。
これらの結果から、「内々定後の辞退」は企業にとって業種と企業規模を問わずに課題として認識されていること、特に情報通信業を除く非製造業と大企業にて顕著なことがわかる。それでは、企業は「内々定後の辞退」に対して、どのような原因で起きていると考えているのだろうか。原因をどう捉えているのかを知ることで、課題解決のための具体的な行動の糸口を見つけることが期待できる。
「内々定後の辞退」の原因をどう捉えているか
「内々定後の辞退」の原因については、11の項目に対して5件法(「1. あてはまらない」~「5. あてはまる」)であてはまるものを選択してもらった。その結果をまとめたのが【図4】だ。
【図4】の結果からは、企業が原因として考えているのは主に3つあることがわかる。まず、もっとも多くの企業が原因として挙げているのは「志望順位の低さ」(75.95%)だ。次に、「勤務地・給与などの条件面」(44.70%)、「知名度の低さ」(41.74%)へと続いている。
「志望順位の低さ」については解釈が難しい。これは選抜時に何度も確認する頻出項目だ。尚且つ、説明会や採用面接などの学生と接点を持つ機会を通して、志望順位を上げることもできる。もし採用活動を通して学生の志望順位を上げることができず、内々定の辞退に至っているのだとすれば、活動に対する課題意識が高まるはずだ。
しかし、調査結果では「社風・企業文化」「事業に対する理解」「働き方改革への取り組み」「面接官の対応」といった、志望順位を上げることに繋がる活動に課題を感じた企業は少なかった。
次に、課題の原因を「業種」と「企業規模」で多重クロス集計することで、企業の特性によって課題認識に違いがあるかどうかを検証した。その結果の中で、特徴的な違いがある課題の原因をまとめたものが以下の表だ。
表の結果からは、特徴的な違いがあった原因として4つが確認できた。1つ目の「社風・企業文化とのミスマッチ」(45.45%)と2つ目の「事業に対する理解の齟齬」(45.45%)は、情報通信業の従業員数1000人以上の大企業で顕著に表れた。メガベンチャーに代表される情報通信業の大手は、他の業種と比べて新しい取り組みに積極的な企業が多い。内々定後の辞退を抑制するために、応募者とのマッチングの精度を高めようという意識が強いのではないかと考えられる。
3つ目の「家族や親族、友人からの反対」は情報通信業を含んだ非製造業の従業員数1000人以上の大企業で課題として強く認識されていた。非製造業は堅実ではなく、安定性に不安があるというイメージが、学生の家族や親族にあるのかもしれない。
最後の4つ目の「内定者フォローが十分ではない」は、情報通信業を除く非製造業の従業員数1000人以上の大企業で課題として強く認識されている。反対に、情報通信業の従業員数1000人以上の大企業では課題と考える企業が少なかった。1つ目と2つ目の結果を勘案すると、従業員数1000人以上の情報通信大手では内々定後の辞退を抑制するために内々定後ではなく、選考途中のコミュニケーションで対策すべきだと考える傾向にあるのかもしれない。
「内々定後の辞退」の原因を「他責」にしていないか
これらの結果を概観してみると、多くの企業が業種と企業規模を問わずに内々定後の辞退を課題として捉えていることがわかった。特に、従業員数が1000人を超える大企業では、業種により「選考時のミスマッチ」や「内定者フォロー」を内々定辞退が起きる原因として考えている企業が多くあることを確認できた。
しかし、それらの企業以外では大きな差はなく、「志望順位の低さ」と「勤務地・給与などの条件」、「知名度の低さ」を主な辞退の原因として考える傾向にあった。実際に辞退の主な原因が「志望順位の低さ」と「勤務地・給与などの条件」、「知名度の低さ」である可能性もあるが、この傾向は好ましいとは言い難いだろう。
なぜならば、これらの3つの原因は企業側でコントロールすることが難しい要素だからだ。課題を認識しているときに、その原因を自分たちでコントロールできない要素に求めることは問題解決のプロセスとして好ましいものではない。言い換えると、問題の原因を「他責」にしている。
内々定辞退の原因を「選考時のミスマッチ」や「内定者フォロー」にあると考えるのならば、これらの原因は企業側でコントロールが可能であり、具体的な打ち手を講じることが可能だ。同じように、「家族や親族、友人からの反対」は選考過程や内々定を出すときに、学生の家族が不安に駆られないようにコミュニケーションの機会を設けることや、情報を発信することで対策もできる。
ここで1つの仮説が浮かび上がってくる。それは、課題と認識しながらも原因を「他責」に求めている状況は「なぜ辞退されるのか」という原因の深掘りが足りていないのではないかということだ。
たとえば、学生になぜその会社を選んだのかを聞くと「選考途中で出会った先輩社員が魅力的だった」という話や「この会社の方が、自分のやりたい仕事ができそうだから」という理由をよく聞く。「比較したときにこちらの会社の方が給料や待遇面が良さそうだから」という理由は、就職担当教員やゼミ指導をしている中で聞いたことはない。また、中小企業は最終面接で社長が面接官をするべきだという話がよくあるが、これは社長と面接をすることで学生が社長の魅力に引き込まれ、強く入社を志望する効果が期待できるためだ。面接官の魅力を高めることで「内々定後の辞退」を防ぐという選択肢もあるのだ。
私が大学側から就職活動をみている実感と、「志望順位の低さ」と「勤務地・給与などの条件」、「知名度の低さ」が原因だと考える調査結果の間に乖離があるように感じる。それが原因の深掘りが足りていないと感じる背景だろう。学生は自分の進路について、自分たちなりに真剣に考えて決めている。
内々定後の辞退を課題だと考えるのならば、その課題解決のために、採用担当者が講じることのできる対策は数多くある。そのためにも、まずは「なぜ、内々定後に辞退されるのか」という課題に向き合って、その原因を深掘りすべきである。
著者紹介 大分大学経済学部講師 合同会社ATDI代表 碇 邦生
2006年立命館アジア太平洋大学を卒業後、民間企業を経て神戸大学大学院へ進学し、ビジネスにおけるアイデア創出に関する研究を日本とインドネシアにて行う。15年から人事系シンクタンクで主に採用と人事制度の実態調査を中心とした研究プロジェクトに従事。17年から大分大学経済学部経営システム学科で人的資源管理論の講師を務める。現在は、新規事業開発や組織変革をけん引するリーダーの行動特性や認知能力の測定と能力開発を主なテーマとして研究している。また、起業家精神育成を軸としたコミュニティを学内だけではなく、学外でも展開している。日経新聞電子版COMEMOのキーオピニオンリーダー。